アウトソーシングの国際経済学について

開催日 2015年2月6日
スピーカー 冨浦 英一 (RIETIファカルティフェロー / 横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 教授)
モデレータ 松本 加代 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省通商政策局企画調査室室長補佐)
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開催案内/講演概要

中間財の製造や最終組立にとどまらず、かつては日本企業では社内でしか行われていなかった多様なサービス業務が、国境を越え、そして企業の境界をも越えて、アウトソーシングされるようになった。また、経済学において、企業のグローバル化行動に関する研究が今世紀に入って新・新貿易理論として本格化した。企業ミクロ・データを活用して、日本企業による海外アウトソーシングを定量的に把握し、生産性、雇用、研究開発に関する理論的仮説を検証した実証研究を紹介するとともに、我が国にとっての政策的インプリケーションを探る。

議事録

海外アウトソーシングが注目された背景

冨浦 英一写真近年、国際貿易では、完成品や天然資源よりも、部品や素材といった中間財の割合が急速に拡大しています。それが特に東アジアにおいて加速していることは、すでに指摘されているところです。その背景には生産工程のフラグメンテーションなどがあるわけですが、貿易可能なサービスは拡大し、それぞれの最適値に立地するようになってきました。その結果、国境をまたいだアウトソーシングが広がってきています。

UNCTADは数年前のレポートの中で、もはや国際分業を国際貿易か海外直接投資かの二分法でとらえるのは古く、アウトソーシングといった所有関係にない企業との海外取引が「第三の形態」として重要になっていると指摘しています。

海外へのアウトソーシングは、いわゆる「2000年問題」を契機に活発化したといえます。世界的なベストセラーとなった『World is Flat』にも当時のエピソードが紹介されていますが、ソフトウェア・プログラミングやコールセンターなどが、インドへ米国からアウトソーシングされるようになりました。日本でも、「総務課」が中国へアウトソーシングされている状況があります。

業務によって、海外へアウトソーシングされる可能性には差があります。デジタル化され、遠距離でも質が劣化せず提供可能なものは海外へ出せるわけですが、そうでないものもあります。ブラインダーの試算では、相当数の人がオフショア可能な業務についており、海外との競争に直面していることが示されました。モノは貿易財であるけれどもサービスは非貿易財であって国際競争から遮断されているという二分法の時代から、グレーゾーンが増えてきていることは確かだと思います。

高度な技能は途上国との競争から守られていて単純労働が海外へ出ていくという傾向は必ずしも見られません。つまり、これまでの資本集約・ハイテク産業を重視する古いタイプの産業政策は合わなくなってきています。したがって、先進国の国内に残る業務がすべてハイスキルな職種というわけではないのです。これが労働経済学において「中間層の陥没」といわれるもので、米国や英国で関心が高まっています。かつて先進国では、賃金の高い職種で就業者数が増え、低賃金の職種は国際競争にさらされ減少する傾向にありました。しかし最近は、給与水準が高い職種と低い職種の両極で働く人が増え、中間層が減っているということです。

ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンは、「新貿易理論」で不完全競争や産業内貿易について分析しましたが、今世紀に入って若い研究者が発表した「新・新貿易理論」に注目が高まっています。これは、同じ産業内でも企業によって異質性がある点に着目し、グローバル化を分析したものです。

日本企業による海外アウトソーシングの概況

海外アウトソーシングの「尺度」として、産業連関表における中間投入輸入、貿易統計における部品の貿易などが用いられていますが、いずれの場合も、最終組立の外注などが抜け落ち、あるいは汎用品の輸入などが混入してしまうという問題があります。また、委託加工貿易も、アウトソーシングのごく一部に過ぎません。

そこで企業に直接調査する必要が生じるわけですが、近年、企業活動基本調査統計では、生産だけではなく、サービスも含めて海外へのアウトソーシングを調査するようになったため、蓄積するにしたがって貴重なデータになることが期待されます。こうした調査は、フランスなどごく一部の国でしか実施されていませんので、国際的にも注目されることでしょう。

ただし、海外では研究目的で貿易統計の個別の取引データを用い、さらに企業の統計と結びつけて分析するといったことが活発に行われていますので、今の時代に合った統計あるいは調査項目の検討が必要な時期といえるかもしれません。

今回の分析に用いた企業データの1つは、商工業実態基本調査です。これは1998年に1回だけ調査されたもので、裾切りがなく零細企業も含む11万8300社を対象としています。そして、製造の外注についての項目では、国内なのか、海外なのか、さらに金額まで調査した貴重なデータとなっています。

もう1つは、2006年にRIETIで実施した独自調査です。中堅・大企業に限定し、製造だけでなくサービスの外注も含めています。さらに5年前(2001年当時)の状況を質問する項目を入れ、時間的な変化をたどれるようにしました。

商工業実態基本調査の結果をみると、海外にアウトソーシングしている企業は、ごく一部の大企業に限られています。またRIETIの調査では、海外にアウトソーシングしている企業は、ほとんどのケースで国内でもアウトソーシングをしていました。また、2001年と比べて2006年の方が増えている中にあっても、海外アウトソーシングをやめている企業もあります。業務別では、製造関係を海外にアウトソーシングしている企業が多く、サービスの外注は少ないことがわかりました。

海外アウトソーシングと企業特性の関係

生産性の格差を見ると、海外アウトソーシングをしている企業は、国内のみに留まる企業よりも生産性が高く、とりわけ海外直接投資を行っている企業は顕著に高くなっています。同じ業種、似た企業規模で比較したり、平均値だけでなく分布型を見たり、いろいろな観点で検討しても、このランキングは変わりませんでした。

労働/資本比率について、ナイキは、途上国を中心に多くの契約工場があり、アウトソーシングしていることで有名です。それに対してインテルは、直接投資によって関連子会社を設立し社内で生産しています。この2社には、調達に関して「社外」と「社内」という強いコントラストがあるわけです。

労働集約的なものは一定の裁量を任せて現場のインセンティブを効かせた方がうまくいき、資本集約的なものは機械を買うなど援助する形で垂直統合的な体制の方がうまくいくと考えられます。つまり、労働集約的な産業・企業の方が「社外」のアウトソーシングを選ぶ傾向があるといえます。ただし資本集約度は、同じ産業内でも大きく違います。私たちは、企業レベルでみても、資本集約度とアウトソーシングの「社外」「社内」の比率に関係があることを確認しました。

生産が単純労働、非生産が高度技能というのは、過度な単純化だと思います。海外にアウトソーシングしている日本の企業では、生産労働の割合が低下します。しかし、非生産労働全体が増えているわけではなく、非生産労働の中で高度技能の割合が上昇しています。つまり海外アウトソーシングが増えると、生産から非生産へ、非生産の中でも単純労働から高度技能へと移行していることが確認されました。

また、海外アウトソーシングをしている企業では、非正規雇用の割合が高い傾向があります。ただし、同時に派遣規制緩和なども進行しているため、「海外アウトソーシングをしていると非正規に置き換わる」と主張するのは難しいところでしょう。

雇用規制と国際貿易に関しては学界でも大きなテーマになっていますが、雇用規制によって解雇がしにくい国は、労働需要の弾力性や国際分業に影響します。つまり雇用が弾力的で解雇しやすい国は、需要の変動が激しい産業に比較優位を持つわけです。

業種を比べると、海外向けでもアウトソーシングが活発な繊維・衣服に対し、自動車では国内 の割合が高くなっています。企業ベースでみても、研究開発集約度が高い企業は、アウトソーシング先として海外よりも国内を選択する傾向が有意に強いことがわかりました。つまり企業は、単純なコスト比較で海外へアウトソーシングしているわけではなく、複雑な業務は国内・近距離・対面に留まることが示唆されています。

海外アウトソーシングの今後を占う視点

近年の流れとして、日本の企業の場合、アウトソーシングは製造関係の業務が中心で、アウトソーシング先の半数以上が中国となっています。距離が近く、かつ賃金格差が大きいことでアウトソーシングの機会が広がったわけですが、近年は中国でも賃金が高騰してきました。また、中国の内部でも沿海部から内陸へと立地点が移り、アウトソーシングのメリットが薄れてきています。

他方で、デジタル化や通信技術の発達・普及によって、アウトソーシング可能な業務は広がっています。かつての記録的な円高を経て、生産拠点が海外に移転している企業も多いことを踏まえると、製造拠点の本格的な国内回帰を示す要素は乏しく、海外アウトソーシングは長期的に拡大する趨勢にあると考えられます。

今後を占う視点として、まずR&D集約的な企業は、アウトソーシング先として国内を選択しており、単なるコスト切り詰め競争ではなく、制度の安定性・信頼性が国際分業や比較優位に影響するという議論が出てきています。

日本全体の輸出額が減っている中、単純な製造業務だけでなく、比較的高度と思われる製造関係の業務も純輸出が減っている状況です。そうした中、製造業のモノの輸出について詳細をみると、数学、科学や複雑な問題を解決する業務の輸出は微増に留まり、財務的な資源の管理や対人関係の調整にかかわる業務の輸出は増えてきています。

いまや、アウトソーシング先は単に低賃金の地域ではなく、たとえばコールセンターの業務自体が機械化されコンピュータで回答を選ぶということになれば、そういった機械やシステムのあるところへアウトソーシングすることになります。それによって、アウトソーシングされる業務がさらに拡大することも考えられます。

国境を越える国際貿易や国際分業、また企業の境界を越えるアウトソーシングは複雑に絡み合っており、無視できないかたちで広がってきています。これは、企業単位で何かを考える際は注意を要する動きといえるでしょう。

質疑応答

モデレータ:

アウトソース先として、中国、ASEAN、その他アジアで全体の7割を占めているわけですが、地域によって業務に特徴はあるでしょうか。

A:

件数はごく少ないですが、研究開発については、先進国に外注する割合が高いです。しかし、製造だけでなく、サービス(研究開発を除く)を含めたすべての業務で、トップは中国でした。

アウトソーシング先の特徴として、ASEANの場合は、日本企業が長年海外直接投資をして日系企業のネットワークができているためだと思いますが、自社の子会社や日系他社へ外注している割合が多くなっています。

Q:

「新・新貿易理論」に関して、政策的メッセージをいただきたいと思います。

A:

ブラインダーは、業種単位の産業政策、特に先進国で資本集約・ハイテク産業を重視するような政策は時代遅れになっていると指摘しています。必ずしも高学歴・高度な技能というわけではなく、非常にハイスキルでグローバルに顧客を確保できる国際競争をする業務と、オフショアラビリティ、トレーダービリティのないローカルなマーケットで対面のヒューマンタッチなサービスを重視する業務に将来性があると思います。

製造業が競争にさらされて途上国へ生産地が移ってきたのに続き、デジタルで海外でも提供できるようなサービス的業務はどんどん低賃金国へ移っていくため、その辺りを考えて、教育などの政策的対応をすべきだということです。

トロント大学のトレフラーは、自分の子どもたちの世代へのメッセージとして、国際コスト競争のフラットなフィールドで正面衝突するのか、製品差別化されたトレーダービリティの低い職種に根を張っていくのか、そのチョイスだと述べています。

Q:

日本の産業全体の競争力について、感じていることはありますか。

A:

付加価値で日本の競争力を測っている研究者もいて、国内の付加価値率の低下とアウトソーシングの活発化が同時に観察されていることから、生産工程や企業活動において付加価値の高い部分が海外に漏れ出てしまっているのではないかという議論もあります。しかし、海外へのアウトソーシング自体がまだ限定的なため、日本全体の競争力への影響を考えるのは難しいと感じます。やはり、個別の付加価値を計測する必要があると思います。

モデレータ:

多国籍企業がアウトソース先を集約する動きにについて、ご見解をうかがいたいと思います。

A:

サプライヤーが集積している国かどうかが、アウトソーシングが活発になる1つの要因という議論が出てきていますので、その詳細なデータが収集できれば明らかにできると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。