世界経済と金融市場:今後の見通しと政策課題

開催日 2014年11月14日
スピーカー 木下 祐子 (RIETI コンサルティングフェロー/国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)次長)
モデレータ 清水 幹治 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)次長 木下祐子氏が、
「世界経済見通し(WEO)2014年10月」
http://www.imf.org/external/japanese/pubs/ft/weo/2014/02/pdf/textj.pdf
「国際金融安定性報告書(GFSR)2014年10月」
https://www.imf.org/external/japanese/pubs/ft/gfsr/2014/02/pdf/execsumj.pdf
について講演します。

議事録

金融危機の遺産、暗雲、不確実性

木下 祐子写真IMFの世界経済見通し(World Economic Outlook:WEO)2014年10月のサブタイトルは「金融危機の遺産、暗雲、不確実性」と、どれも明るいニュースとはいえません。世界金融危機後、債務過剰となったユーロ圏の国々がいまだ停滞し、世界経済全体が相変わらず需要不足で低成長の状態が続いています。

不確実性については、ウクライナとロシア、中東といった地政学的要因、エボラ熱などのリスク要因が挙げられます。いずれにしても、世界経済が回復基調にあるという見方は変わっていませんが、前回4月に発表したWEOに比べると、下方修正が行われました。

世界経済の最近の動向

先進国の経済回復にはバラつきが見られます。米国は、2014年第1四半期に天候不良などの一時的要因で予想以上に落ち込みましたが、第2四半期は力強い回復を示しています。そして10月末には、Fedが量的金融緩和(QE)政策を予定通り終了しました。

一方、ユーロ圏では、ドイツの回復が遅れており、フランスは横ばい、イタリアは悪化しています。その中で、スペインは緊縮財政の足かせがとれ、順調に経済回復の軌道に乗り始めようというところです。

日本は、4月の消費税率引き上げ前に駆け込み需要で消費が伸びた後、第2四半期は予想以上に落ち込み、今日に至っています。また、新興国の経済回復は依然持続性に欠ける状況ですが、インドをはじめ南アジアの成長率は上方修正が行われています。

ラ米地域は低迷する状況ですが、メキシコは急速に回復しています。ブラジルやロシアは停滞し、中国は政策主導の意図的なスローダウンを図っています。こうした中、インドは回復軌道に乗りつつある局面に来ています。

金融状況は、先進国、新興国とも緩和状態にあります。しかし回復のペースは依然脆弱でむらがあり、投資伸び率も依然緩やかな状況です。インフレ率に関しては、日本は消費税増税の駆け込み消費で2014年は3.0%に上昇しましたが、その影響を除いて考えると、いまだに1.1%程度に留まっています。米国も同様に2.0%を切っており、ユーロ圏はむしろデフレ気味となっています。このように先進国のインフレ率は概ね中央銀行の目標を下回る一方、先進国は全般的に安定して推移しています。

世界経済の見通しと政策課題

WEOの前提として、財政インパルス(構造的財政収支の増減対GDP比率)の推移から、ユーロ圏およびストレス下にある国・地域(ギリシャ、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペイン)を除く先進国では緊縮財政が縮小し、2015年後半に米国の金利が上昇を始め、各国の政策金利差は広がることを仮定しています。

緩和政策はいずれ終わるわけですが、米国のようにすでに終了した国、英国のようにこれから行う国、ユーロ圏のようにまだ継続する国など、国によってスピードが異なることで、国際金融市場に影響を及ぼすことが多少懸念されます。

WEO2014年10月の実質GDP成長率(前年比)見通しは、世界全体で2014年3.3%(4月見通しでは3.6%)、2015年3.8%(同4.0%)に下方修正されています。日本は、2014年0.9%(同1.4%)、2015年0.8%(同1.0%)と大きく下方修正されているのが目立ちます。ユーロ圏は2014年0.8%、2015年1.3%の数値は変わっていませんが、ドイツの低迷など、構成には変化が起こっています。米国は、2014年2.2%(同2.8%)に下方修正されていますが、2015年は3.1%(同3.0%)と堅調な見通しです。

ブラジルは2014年0.3%(4月見通しでは1.8%)、2015年1.4%(同2.7%)、ロシアは2014年0.2%(同1.3%)、2015年0.5%(同2.3%)と、どちらも大幅な下方修正がなされています。ロシアは、ウクライナ情勢に関するいろいろな経済制裁が行われていること、投資の減少、ルーブルの下落などの影響で打撃を受けています。ブラジルは、中所得国の罠ともいえるボトルネックの課題を克服しない限り、これまでのような高成長は望めないと思われます。

一方、インドは2014年5.6%(4月見通しでは5.4%)、2015年6.4%(同6.4%)と、予想以上に回復しています。中国は、2014年7.4%(同7.5%)、2015年7.1%(同7.3%)で特筆すべきことはありません。当局がこの水準の軟着陸を目指しているということで、中国の場合、万が一落ち込んだとしても、財政刺激策などで下支えが可能なため、不確実性は低いといえます。

LIDCs(low- income developing countries)は、2014年6.1%(4月見通しでは6.3%)、2015年6.5%(同6.5%)と若干の落ち込みをみせています。これはブラジル、ロシアの減速や中国の成長鈍化の影響によるものです。

下振れリスクが増大

WEO2014年10月には、概ね今夏までの状況が織り込まれていますが、世界経済のGDP成長率見通しにおける90パーセント信頼区間のバンド幅は、4月時点よりも大きく広がっています。その背景として、中東、ウクライナ、ロシア情勢の緊張の高まりといった地政学リスクが挙げられますが、数カ月前よりは落ち着いてきたといえます。

米国ではQE政策が終了し、長期金利の予想以上の急上昇があった場合、国際金融市場にネガティブな影響を及ぼすリスクがあります。しかし、イエレンFed議長は引き続き、市場とのコミュニケーション戦略をとっていくことが予想されます。明確な方法で伝えていくことが米国にとって大切といえるでしょう。

新興国地域では、金融市場のセンチメントの変化と資本フローの逆回転が懸念されますが、打つ手はあります。インドは為替の柔軟性を尊重し、介入を最小限に抑えて実態経済への影響を小さくしており、それが市場に評価されているわけです。平時のときにやるべき施策を講じ、資本が逆流したときも被害を最小限に食い止める努力をしていく必要があります。

先進国地域および主要新興国地域では、中期的に経済が停滞しています。潜在成長力が以前に比べ軒並み低下しており、日本でも成長力をいかに上げるかが課題になっています。新興国でも、インドはもっと大きく成長できるはずなのですが、中所得国の罠としてサプライサイドにいろいろな問題が出ていると考えられます。中長期的な構造改革、生産性を上げる政策を推進していく必要があります。

また、エボラ熱の流行は経済的損害を及ぼす可能性があります。世界経済に対し、どの程度のネガティブスピルオーバーがあるかを概観すると、米国でも貿易などに影響が出ています。とくに人の交流が激しい欧州や米国では実際に感染者も出ており、2次的な影響も考えられます。しかし、最近になって薬剤治療の有効性も示されてきており、安定してきている状況です。

経済成長の優先事項

バラつきのある弱い経済成長の下では、内需を下支えする政策と、中長期的な供給サイドに対処する政策の両輪が必要となります。先進国は、低インフレを克服し、経済回復を維持することがキーポイントとなります。金融政策は個々の国で課題は違いますが、日本は、先日も日銀が思い切った緩和政策を追加しました。方向性は合っていますが、付随する財政健全化政策や構造政策が求められます。潜在成長力を上げるためには、中期的な成長戦略を確実に実施していく必要があります。

金融安定性については、継続する低金利に伴うリスクが警戒される中で、補完的な形でマクロプルデンシャル政策を実施していく必要があると思います。財政政策は、回復と長期成長を維持するための財政調整と同時に、財政スペースのある国は有効に活用していくことが求められます。

新興国は、内的要因に加え、変化する外的要因に柔軟に対応しなければなりません。外的ショックに適応できるよう為替レートの調整を容認することが重要です。ただし、経済成長のためのマクロ経済政策の余地は対外的脆弱性がある国では限られており、金融安定性を維持し、対外的な脆弱性を抑制するためには、政策調整やファイナンシングが必要といえます。

世界経済全体の課題としては、持続的かつバランスのとれた成長に向けた更なる施策が求められます。吸収能力などの条件が適している場合、公共投資は短期的には需要を刺激し、長期的には潜在成長率を上昇させます。こうしたインフラ投資は必ずしも公共投資に限らず、PPPのように官民が協力して推進することも可能です。IMFでも、技術支援(technology assessment:TA)を通して、プロジェクトをなるべく簡便に評価できるサポートのシステムを提供することを心がけています。

そして、生産性と潜在成長力を高め、より持続可能な成長を実現できる構造改革を推進する地道な努力が引き続き必要となります。

アジア経済見通しは引き続き堅調

アジアの成長率は、2014年5.5%(4月見通しでは5.4%)、2015年5.6%(同5.5%)と引き続き堅調に推移することが予想されています(世界経済見通し2014年10月)。世界経済が回復傾向にある中で米国の需要が増加していることや、金融緩和の状態が続いていることで、アジアも恩恵をこうむっているわけです。

インドネシアは、2014年5.2%(4月見通しでは5.4%)と若干下がっていますが、大統領選も終わり政治的に安定したことで、2015年5.5%(同5.8%)の成長が見込まれています。マレーシアは、2014年5.9%(同5.2%)に上方修正されています。一方でタイは、2014年1.0%(同2.5%)に低下していますが、これは政変に伴う貿易などへの一過的な打撃によるもので、2015年は4.6%(同3.8%)の高い成長となる見通しです。

中国経済は、政策主導のなだらかな減速が予想されています。その影響を懸念する声も聞かれますが、世界経済成長率に対する中国経済の寄与度をみると、それほど深刻ではなく、影響は概ね限定的とみられています。ただし、複雑化している中国を中心としたサプライチェーンへの影響は、まだ解明される余地があるでしょう。

日本:2014年第2四半期減速 必要な政策の実施が不可欠

2014年四半期別の推移をみると、第2四半期にアジア各国が回復する中、日本だけが大きく落ち込んでいます。ですから、これに対処するためには別の政策を講じる必要があり、構造改革の推進が不可欠といえます。

アジアの財政政策としては、緩やかな財政再建が引き続き適切と考えられます。平時のうちに財政スペースを再構築する必要があり、今までの刺激策を転換していく時期に来ています。

金融政策については、主要アジア諸国のクレジットギャップや政策金利をみると、与信率が高く、実質金利はマイナスの国が多いことから、今後段階的に引き締めていく必要があります。すでに引き締めに入っている国もある一方で、まだ緩和傾向の国もありますが、経済循環における位置づけや政府の方針にかかっているといえるでしょう。また為替レートは、アジアにおいてショックの吸収剤になっていると考えられます。

アジア各国における構造改革として、インドではエネルギー部門の政策が重要です。同時にエネルギー補助金改革を進めることで、財政の足かせをとることができます。これはマレーシアやインドネシアも実行されています。

アジア:今後5年間の政策課題

今後5年間の政策課題として、第1に、先進国における金融政策の非同期的な正常化の波及効果をどう食い止めるか。ネガティブなインパクトをどれだけ最小化していくかということが挙げられます。

第2は、主要新興国における生産性伸び率の鈍化、「中所得国の罠」を回避し、いかに中長期的な成長率を上げていくか。第3は、中国の「スムーズな着陸」への対処。第4は、日本の経済成長を持続的に向上させることです。これは、域内全体にとっても重要になってくると考えられます。

質疑応答

Q:

最近の資源価格の下落は、世界経済にどのような影響を及ぼすでしょうか。

A:

商品輸出国がネガティブな影響を受けていることは否めないと思います。資源価格が下がることで輸入価格が下落し、いい国もあれば悪い国もあるため、国によって影響は異なります。

Q:

GDP成長率見通しの90パーセント信頼区間が10月の段階で広がっていることについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

ユーロ圏で景気後退の可能性が高まっており、その他地域や日本も若干その傾向にあるため、下振れリスクが高まっている状況です。

Q:

ユーロ圏の経済成長率が2014年0.8%から2015年1.3%へと上昇する要因について、うかがいたいと思います。

A:

ドイツの輸出持ち直しが大きな要因になっていると思います。ウクライナ、ロシア情勢が来年には沈静化することを織り込んだ見通しであり、その地政学的リスクが減ることで一定の回復が見込まれています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。