地域活性化における地方大学の役割

開催日 2014年11月7日
スピーカー 宇多川 隆 (福井県立大学理事・副学長・生物資源学部特任教授)
モデレータ 上田 圭一郎 (経済産業省産業技術環境局技術振興・大学連携推進課課長補佐)
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開催案内/講演概要

地方を支えている伝統的産業には学ぶべきものが多い。地域の伝統の技を科学的な視点で見つめ直し、新しい事業・商品を提案することは、地域と共に生きる地方大学の重要な役割である。私たちは福井の伝統的食品の研究から生まれた新しいタイプの商品を開発し事業化してきた。地域の伝統に学び新しい事業を創る、「温故創新」的な取り組みを紹介する。

議事録

企業人から大学人へ

宇多川 隆写真福井県では昔から、鯖のなれずしや鯖寿司など、鯖を利用した発酵食品が多く食されています。私は、三十数年間ずっと企業人として働いた後、2008(平成20)年から福井県立大学に移りました。大学人として大事な2つのミッションのうち、1つが教育です。現在、私は応用微生物学を担当し、とくに微生物を使ったものづくりを中心に、自分が企業で経験した苦労話などを織り交ぜながら授業を進めています。

もう1つの大事なミッションは、研究を通じた学生の育成にあります。県立大学では、企業にいた頃の延長線上のテーマではなく、「地域に軸足を置き、地の利を生かす研究」をしたいと考えました。また、長年の知見や情報など「企業の経験を生かしたものづくりの研究」を行い、そして任期の5年(当時)で決着をつけ、県民に結果を示せる「短期決戦型のテーマ」を取り上げよう。――この3つの考えをもって福井に向かいました。

初めて小松空港へ降りたとき、売られていた発酵魚「へしこ」を手にしてこれは面白いと感じ、研究することにしたのです。地域の伝統的発酵食品の技をサイエンスの目で見直し、新製品の開発につなげる「温故創新」的な研究をしようと、取り組みを開始しました。

伝統的「へしこ」の技の展開

「へしこ」は、鯖をぬか漬けして発酵させたものですが、地域独特の秘伝のたれ(調味料)で仕込まれることで食べやすくなり、広く食されるようになりました。発酵の過程では魚のタンパク質が分解し、アミノ酸やペプチドといった化合物をつくります。このアミノ酸やペプチドが、味や風味を形成する重要な因子となっています。また最近、ペプチドは血圧を下げる効果があることが研究で明らかになってきています。

魚と同じようなタンパク質でできている食肉に「へしこ」の技を応用しようとしました。ところが、塩漬け期間を鯖と同じように1~2週間にすると、塩辛くて食べられたものではありません。そこで何度か試行錯誤して、肉1kg当たり1日の塩漬けで十分だという条件をみつけました。糠漬け発酵を8カ月ほど行うと、日本的なハムが完成します。

平成23年2月、大学の近くにあるサニーサイドというレストランの方に創作料理をつくっていただき、「へしこハム」の発表会を行いましたが、実は生肉扱いとして保健所から不特定多数への販売を止められ、残念ながらビジネスにはつながりませんでした。

しかし、「へしこハム」に強い関心をもち、県内で獣害を起こしている「いのしし」を「へしこ」にして、ビジネスをしたいという方が現れました。大変熱心な方で、保健所に何度も足を運び、できた発酵肉に火を通せば販売してよいという許可を取られたのです。

そこで、平成24年11月から約1年かけて「いのししへしこ」をつくりました。(株)スターフーズという地域の会社がジビエカフェ「森の星」を福井駅前にオープンされ、「いのししへしこ」は手まり寿司として提供されています。

伝統食「へしこ」から生まれた魚醤

鯖の「へしこ」をつくる際、廃棄される内臓を発酵させて魚醤ができれば一石二鳥だと考えました。まず、大量の塩と魚を混ぜて長時間発酵する一般的な方法を試してみました。できた魚醤をお配りしたところ、しょっぱいし、匂いが気になるという反応が返ってきました。そこで再度、発酵条件を科学的に検討したところ、面白いことがわかりました。

塩を入れることで雑菌の増殖を抑えることができますが、魚醤生産を担う自己消化酵素の働きも抑えてしまいます。かといって食塩を抜くと、雑菌が出てきて腐ってしまう。そこで、食塩を入れずに、温度を上げることで雑菌を抑える方法に取り組みました。すると、50℃以上の高い温度で発酵すると雑菌はほとんどみられず、自己消化酵素はむしろ活性化され、魚醤の発酵が1日で出来ることがわかりました。

これを魚醤の「速醸法」として活用しています。食塩で雑菌を制御する従来の方法との比較を行ったところ、魚醤の味を決定するアミノ酸濃度はまったく変わりませんでした。つまり1カ月かけても、1日でつくっても、うまみはほとんど変わらないのです。

平成22年7月からは、この鯖魚醤を「県大ラーメン」(学食販売)の隠し味に使っていただいています。また今年4月からは、おでん用鯖醤油が発売されており、冬場に向けてどんどん売れているという話です。さらに減塩魚醤油(塩分8.5%)や、それを使った鯛の「しょうゆ一夜干し」も開発し発売されています。うまみは変わらず塩分は少ないということで、「しょうゆ一夜漬け」は東京ビジネスサミット2013の食部門で准賞を受賞しています。

こうした商品開発は、無塩発酵技術と減塩技術を開発した福井県立大学と、原料供給会社、販売会社の三者が協力し、産学連携によって進めました。昨年3月からは、鯖魚醤に麹を添加して再発酵した食べる魚醤「鯖こうじ」も発売されています。

本年4月に発売された醤油風味ノンアルコール魚醤の「福むらさき」は、北陸地区で初めてハラール認証を受け、ジャパンタイムズで紹介されるなど大きな注目を集めました。この魚醤油を使って、日本の和食をイスラム圏の方に提供できないかと取り組んでいるところです。

また現在、ニシン、イワシ、カツオ、タイ、アンチョビ、バス、タラ、ブリといった魚を原料に速醸法で魚醤を調製し、多くのパートナーに提供しています。魚醤を使用した料理のレシピ集を料理学校につくってもらい、情報とともに魚醤商品を販売する取り組みも行っています。

速醸魚醤の漁業・農業への展開(開発中)

漁業や農業にも、魚醤を利用できます。速醸魚醤に塩15%を入れた未精製のものは、集魚効果、餌効果、海洋生物増殖効果を示します。現在、この領域での開発をサカイオーベックス(株)という福井県の企業と進めています。しかし、魚醤を食用に利用する場合は法的に問題ありませんが、魚の餌や農業資材に用いると化製場法に抵触し、すぐにはビジネス展開ができません。昭和23年にできた法律が、新しい技術の実用化を阻害しているという状況で、悩みの種となっています。

農業向けには、まだパートナーは見つかっていませんが、有機肥料としての利用を検討しています。速醸法は無塩の魚醤をつくることができるため、塩害は起きません。こうした利点を生かして、今夏はトウモロコシの肥料に使ってみましたが、根の張り方、茎の太さ、葉の大きさ、実の量にわたって、無塩粗魚醤の効果を確認しています。そこで、もう少しデータを集めて事業化に結びつけたいと考えていますが、農業用や漁業用に事業展開しようとすると法律が障害となります。

福井県には、江戸時代から梅肉を製造販売されている高野由平商店があります。その商店の梅壺から酵母を分離し、「梅酵母」という名前をつけて利用しています。平成23年、梅酵母を(株)白山やまぶどうワインという福井のワイナリーに持ち込んで、商品化したのが「梅わいん」です。その後、スパークリングタイプやロゼワインといったバリエーションも展開しています。

昨年は、梅酵母から麦芽糖資化株を取り出し、福井の六条麦を使い、(株)越の磯という醸造元で「越の麦酒」を作り販売しています。また、梅酵母から炭酸ガス高発生株を選び、福井の社会福祉施設とのコラボで梅ジャム入りの梅パンをつくるベーカリー事業を今年の秋から始めました。現在は、梅酵母のアルコール耐性株から福井米の酒を開発中です。

福井県大バイオインキュベーションセンター(FBIC)設立

大学に相談に来られる企業の方の話を聞くと、「自分のところでも新製品を開発したかったけれども、場所がなかった。装置もない」ということでした。そこで今年1月にバイオインキュベーションセンターを立ち上げ、私が使っていたラボを解放することにしました。産学官連携によるバイオ新製品・新事業の開発拠点とし、バイオものづくり研究を通じてものづくり人材の育成を図ることを目的としています。

魚醤類の開発・生産、発酵ラボの解放、発酵技術コンサルティング、バイオ新事業開発支援、微生物開発・培養を通して、地域の課題に取り組むバイオセンターを目指しています。

これまでの産学官連携の実績として、最初に目をつけていただいたのはサークルKサンクスで、平成21年に、コンビ二の期間限定「へしこ醤油弁当」の調味料として採用されました。その後、本日紹介した製品などが次々と商品化されています。

連携している会社の中には上場企業もありますが、ほとんどは家族経営の小規模企業です。今後も地方大学の役割として、地域に軸足を置き、地域文化を尊重し、地域を支えてきた方々とともに課題にチャレンジしたいと考えています。

質疑応答

Q:

地域の産学官連携の取り組みに触れ、学生も刺激を受けて活性化すると思いますが、教育への展開について、お話をうかがいたいと思います。

A:

学生の中には、流行の遺伝子組み換えに関する卒業論文に取り組みたい学生と、私たちのように泥臭いところでやりたいという学生がいます。私は、とくに食品系企業への就職を希望する学生たちを担当するよう心がけ、品質管理などの知識と技術を、ものづくり研究を通じて教育しています。体で覚えてもらう教育に努めています。

Q:

商品化にあたって、連携する企業には、どちらからアプローチされるのでしょうか。また、課題になりやすい「価格」と「販路」について、そのように取り組まれていますか。

A:

昨年10月、原料調査・販路開拓を専門に行う福井ビオテック(株)というベンチャーを設立し、商社出身の方が社長を務めています。商品化については、サークルKサンクスの弁当企画に私たちが応募したのがきっかけです。それをメディア報道で知った企業の方が大学に来られ、その開発製品が報道されることで、さらにいろいろな方が来られるようになりました。

ワインの場合は、私が梅酵母をワイナリーまで持って行ってお願いしました。双方向で行き来する関係が成り立っていると思います。価格は比較的高めのため、商品に特徴やストーリーを持たせることで、付加価値をつけていく必要があると考えています。

Q:

ハラール認証の醤油風味魚醤について、海外への展開状況と見通しをうかがいたいと思います。

A:

先日、ハラール認証を得た醤油風味魚醤を使った和食の試食会を開いたところです。このような企画を福井県で進めていきたいと考えています。2020年のオリンピック開催に伴い、観光で訪れるムスリムの方々を対象としたホテルやレストランをターゲットにしています。

輸出に関しては、マレーシアとインドネシアに展開しようとしていますが、国によって反応は異なるようです。マレーシアではハラール食品が当たり前のようで、そこへ新たに入っていくのは難しいようにも感じています。

Q:

魚醤が好調に売れると、原料の確保が難しくなるのではないでしょうか。また、学内異分野との連携はありますか。

A:

魚醤に関しては、すでに大口の話も来ており、鯖の加工工場の内臓を回してもらうだけでは間に合わなくなってきているのが現状です。そこで今年8月、タイのカセサート大学とコラボしていることもあり、現地の缶詰工場を見学してきました。契約はまだ成立していませんが、原料を輸入することを考えれば大量に入手することは可能だと思います。

学内では、「これは研究ではない」という先生もいますし、結構クールにみられています。もちろん一緒にできればいいと思いますが、私たちのグループが孤軍奮闘しているのが現状です。

Q:

「へしこ」に限らず、地元の産品が林業など他の産業に広がりを持てるようなものは、あるでしょうか。

A:

傾向として、水産は水産だけ、農業は農業だけなど、横のつながりがないことを感じています。異分野を自由に渡って海と山などを結びつけることができるのが大学人だと思います。

今は法律が障害になりますが、たとえば魚の発酵物を肥料に用いることで、水産業と農業で新しい動きが起こればいいと考えています。それぞれの歴史や地域性がありますので、放っておいて融合することはまずないと思います。誰かが入ってコーディネートしないと難しいと思います。

Q:

県立大学と国立大学の役割分担について、どのようにお考えでしょうか。

A:

福井県立大学から10kmほど離れたところに国立の福井大学があります。福井大学は最近COC事業に取り組んでおり、本来は県立大学がやるべきことを積極的に行っています。私は、県立大学ももっと頑張らなければ飲み込まれてしまうと、危機感を持っています。お互いに情報交換してコラボが成立すればよいと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。