これからの年金改革を考える -何を解決すべきか

開催日 2014年10月31日
スピーカー 中田 大悟 (RIETI上席研究員)
モデレータ 小黒 一正 (RIETIコンサルティングフェロー/法政大学経済学部准教授)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

本年6月に公表された政府の「平成26年財政検証結果」を受け、今後、具体的な年金改革の検討がなされることになっている。

「100年安心」とも称された2004年の年金制度改正からすでに十年が経過した。その間、経済、財政、労働など、年金が依って立つ環境は大きく変化したものの、年金制度の対応が進んでいるとは言い難い。

ここでは、現在の年金制度が直面している課題を整理した上で、何を解決すべきなのか、という点について考える。

議事録

やるべきことはまだある

中田 大悟写真日本の公的年金制度が破綻することは、おそらくないでしょう。日本国政府が存在する限り、年金制度は何らかのかたちで存続しうるわけです。とくに、まだ1度しか発動できていないものの、長期的な給付の抑制機能(マクロ経済スライド)がある利点は大きいといえます。「所得代替率5割」というあまり意味のない制約を外し、デフレ下においてもマイナス改定することを認めれば、長期的な財政均衡を図ることは可能です。

だからといって、「100年安心」というわけではありません。社会保障制度の改革とは、飛んだまま飛行機を修理するようなものですが、制度の連続性を軽視した民主党政権による幻想の抜本改革案が改革の議論を停滞させ、さらに自公政権によっても特例水準の解消が遅れるなど、2004年制度改正から数えて「年金改革の失われた10年」が発生してしまいました。これに加え、デフレがここまで継続したことは日本にとって不運だったといえます。

マクロ経済スライドが発動できず、就労環境も構造変化が定着してしまったのに、年金が対応できなかったことは悔やむべき10年間だったといえるでしょう。今まさに、「これから『年金』の話をしよう」という時期に来ているのだと思います。

平成26年財政検証には、年金改革の失われた10年を取り戻そうとする厚労省の意気込みがにじみ出ています。過去の財政再計算および財政検証に向けられていた疑問・要望を可能な限り取り込んだ検証結果だと感じます。

検証結果に大きな影響を与える「経済前提」については、ケースA~Hまで多様なシナリオが採用されました。所得代替率5割維持と報道するメディアもありましたが、それは明示されていません。とくに国民年金保険料納付率については、8割という従来の楽観的な前提から、6割という現実的なものに置き換えて推計を行っています。加えてオプション試算として、現行制度の大枠の中で、取り組むべき課題について、議論のたたき台を提示しています。

経済前提の多様な設定をどうみるか

よく、「100年後のことなんてわからないのだから、そんなに手の込んだことをする必要はない」という人がいます。しかし少なくとも、年金数理保守的な前提も含めて多様な将来像を提示し、年金のリスクを国民に提示することは、制度への信頼回復のためにも重要です。とくに今回、短期的・周期的な景気変動のリスクまで提示されたことは評価できると思います。ただし、「賃金利回りスプレッド論」が強調され過ぎることには注意を要します。

給付の水準を測るために用いられるのが「モデル世帯の所得代替率」です。モデル世帯は、夫が40年間厚生年金に加入して平均所得を稼ぎ続け、妻は第3号被保険者として40年間国民年金に加入しているという稀なケースです。しかし、モデル世帯の非現実性を非難するのは必ずしもフェアな議論ではありません。この特殊な世帯設定は、基礎年金制度を通して被用者年金制度が国民年金を救うことになった際、従前の厚生年金制度の給付水準と比較可能にするために用いられたフィクションなのです。ただ、やはりこれがモデル世帯として制度の基準とされていることは、考え直すべきでしょう。

そもそも所得代替率という指標で収益性は測れず、内部収益率でみるほうが適切です。また所得代替率では、所得再分配の効果も測れません。私の知る限り、少なくとも主要国の公的年金制度において、代表的家計の所得代替率を給付水準のメルクマールとしている国はありません。

給付水準の維持のための給付開始年齢引き上げ

現在の制度は100年間で財政均衡を図る方式のため、給付開始年齢を引き上げようが、引き上げまいが、財政そのものは維持できます。また年金を単に強制貯蓄の制度とみるならば、現行の給付開始年齢を維持して、可能な水準の給付を出せば良い。そうではなく、長寿のための保険とみるならば、後期高齢者になっても可能な限り高水準の給付があることが望ましいため、支給開始年齢を引き上げるべきだという結論になります。

ですから給付開始年齢は、年金に対して私たちが何を期待しているかということに依存して決まってくると思います。現状でも、繰り上げ・繰り下げが選択できるのは事実ですが、65歳という年齢が「参照点」として機能してしまうため、この参照点自体を上げる議論はやはり必要でしょう。

国民皆年金制度ができた1960年ごろの65歳時点の平均余命は、現在の75歳時点での平均余命にほぼ等しくなっています。また、国立社会保障・人口問題研究所による将来人口推計によると、これまでの日本人の長寿化は過去の予想よりも進展していることがわかります。給付開始年齢をどうするかは早期に方針を固めるべきです。早いうちに決まっていれば貯蓄による対応もできますが、60歳になって急に「給付開始は70歳からです」といわれたら計画が狂ってしまいます。

Gøsta Esping-Andersen(イエスタ・エスピン-アンデルセン)は、福祉レジーム論を展開しています。「家族」「市場」「国家」の間で、社会保障に対する責任がどのように配分しているかを通し、福祉国家を自由主義レジーム(米国など)、社会民主主義レジーム(北欧諸国)、保守主義レジーム(大陸欧州諸国)の3つに分類しました。

保守主義レジームでは、宗教倫理を背景とした性別役割分担を前提として、家族の役割が重視されるとともに、社会保障制度も世帯単位で設計される傾向があります。年金の場合、給付は夫に対して夫婦(世帯)分が支払われ、失業手当なども家族の生活が維持できることを前提とした水準で給付されるわけです。

日本の社会保障制度は、年金に限っていえば保守主義レジームの影響を強く受けていることは間違いありません。とくに所得代替率で給付水準を測ろうという発想は、保守主義レジームに根ざしているといえます。

ただし日本の年金制度は、「普遍主義」を取り入れようとする姿勢において大陸欧州型の年金とは異なっています。日本では「国民皆年金」が至上命題になっているのに対し、それにこだわらないのが欧州型(選別主義)といえます。

日本の公的年金は、普遍性を維持するためのツールである国民年金の実質的な破綻状態が1970~80年代にかけて明らかになり、それを解決するための手段として、基礎年金拠出金制度を導入しました。これによって、日本の年金制度は制度間で財源を再分配するという変則的な社会保険制度として運営されています。

基礎年金は、当時の状況を考えれば有効な手段だったと思いますが、そろそろ考えるべき時期ではないでしょうか。おそらく欧州の職域年金制度では、このような再分配は正当化されません。たとえばA社が破綻したからといって、B社の年金拠出金を移転したらB社の社員は納得しないわけです。

女性の働き方と年金制度

女性活躍のモデルとしてよくわれるのが、北欧モデル(社会民主レジームの下で、男女ともにフルタイム正規労働者として働く)とオランダモデル(ワークシェアリングと並行して、主として女性のパートタイム労働者の基幹労働力化を徹底して進める。現在では、男性と女性の均衡待遇がさらに強く推し進められている)です。

両モデルとも日本にとって示唆に富んでいますが、北欧モデルの場合、必要となる財政負担の水準において、日本と距離があります。またオランダ女性の短時間基幹労働者としての社会進出において、社会保険はフルタイム労働者と同等の条件で速やかに適用拡大されました。オランダにも普遍的な国民年金が存在しますが、財源の面において二階の職域年金と完全に分離しています。

女性の活躍する社会を実現するには、並行して年金制度も対応していかなければなりません。その1つのあり方が「公的年金制度(とくに被用者年金制度)の個人単位化」ですが、中でもパートタイム労働者への適用拡大と第3号被保険者制度をどう変えていくかが課題です。

パートタイム労働者への適用拡大の鍵となるのは、国民年金との負担格差をどうするかという問題でしょう。標準報酬月額の下限(現在の1等級は10万1000円以下で保険料1万7125円)を引き下げていくと、国民年金保険料よりも低い負担で基礎年金満額と二階年金を受給できてしまいます。これを避けて、低所得パートタイムにも一定額以上の負担を求めれば、手取り所得が大幅に減ってしまいます。

第3号被保険者制度の導入時には、専業主婦への新たな負担は求められませんでしたが、それは今でも難しいかもしれません。被用者年金の加入者には事業主負担がありますが、第3号分だけを抜き出して個人負担にすれば、第3号被保険者世帯は負担の純増になってしまうためです。

また、現行の正規労働者のみがカバーされる年金制度では、若年世代の多くが制度から抜け落ちてしまうのは明らかです。制度から抜け落ちた非正規層が、将来の貧困世帯に転じていく可能性は非常に高いため、世代内の格差縮小が急務となります。それを解消することは、必然的に女性に対する格差解消にもつながるということが、今日の私のメッセージの1つです。

1つの視点として、将来の給付水準ではなく、将来の貧困率の予測値を、年金制度のアウトカム指標として採用するべきだと思います。貧困率を低く抑えるには、より広範囲の労働者を年金制度の対象としていく必要があります。ただし、それは現在のような制度間のトランスファーを必要としない制度によって達成されることが望ましいでしょう。

年金改革私案:基礎年金分離案

私案として、現行の基礎年金拠出金制度を廃止して基礎年金を財源的に独立した年金制度(国民年金制度はこの制度に吸収)とし、厚生年金は純粋な報酬比例年金として全被用者が加入する制度として適用を拡大します。

新たな基礎年金制度は、全国民が定額(ただし減免あり)で保険料を負担します。今現在、給付の2分の1に対して注がれている国庫負担を、基礎年金の拠出(保険料負担)の2分の1に対する国庫負担として入り口を変えます。これは、被用者年金加入者にとっても事業主負担部分の代替となります。

基礎年金勘定には、現在の国民年金の積立金全額と厚生年金から4割弱の積立金を割譲し、新たな新基礎年金積立金として運用。おおよそ100年間で負担の平準化を図ります。私の試算では、毎月の保険料負担は約1万7000円程度で100年間の財政均衡を図ることが可能です。

GPIF改革と公的年金財政の安定性

積立金運用の基準ポートフォリオにおける国内株式比率を20%程度にするという話が出ていますが、現在の基準ポートフォリオは「国内債券(ほぼ国債)」「国内株式」「外国債券」「外国株式」「その他」で構成されています。なぜ、リスクを「国内」と「外国」に分けて語る必要があるのでしょうか。それでは為替リスクの議論しかできませんから、現在のポートフォリオのあり方は、運用リスクを考えるために必ずしも適切な分類とはいえません。

オーソドックスな考え方でいけば、年金制度の積立運用は最低限のリスクで運用したほうがいいので、ほとんどを国債で保有すべきということになります。しかし、低金利で定常化した日本国債では、年金財政を持続できるだけの運用収益は上げられません。

そこで分散投資によるリスク資産の保有となるわけですが、リスクのとり方が見えやすいように、情報を公開することがポイントだと思います。また今後重要なのは、国債中心の運用はインフレリスクに弱いという観点です。アベノミクスの出口戦略と公的年金積立金の運用は、この意味で強く関係しています。日本国債はキャッシュアウト用の保有に限り、残りはその他の資産で保有という戦略も長期的には考えられますが、やはりアベノミクスの出口戦略と整合的に語られる必要があるでしょう。

質疑応答

Q:

国民年金が独立した制度をつくった場合、遺族年金はどうなるのでしょうか。

A:

女性が社会進出して自前の厚生年金を受け取ることで、遺族厚生年金の給付は現状の3分の1程度に縮小できると考えられます。遺族年金の給付を縮小することで、その分、厚生年金本体の収益性改善に回すことが可能となります。

Q:

私案のご説明について、事業主負担分を国庫負担にすれば財源が減ってしまうと思いますが、どのように計算されているのでしょうか。

A:

基礎年金部分に対する事業主負担を国庫負担に置き換え、2050年代に高齢化率・給付額は最大化することを見越して、基礎年金の積立をする必要があります。後半の50年間は、それを取り崩して財政の均衡を図るという案になっています。事業主負担と保険料負担を下げることで企業の人件費の軽減を図り、若年層を中心に雇用を拡大することに眼目を置いた案といえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。