2014年版ものづくり白書 ―ものづくりの現状と方向性―

開催日 2014年7月18日
スピーカー 平塚 敦之 (経済産業省通商政策局通商機構部通商交渉調整官(前ものづくり政策審議室長))
コメンテータ・モデレータ 宮島 英昭 (RIETIファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授/早稲田大学高等研究所所長)
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開催案内/講演概要

本年の白書では、我が国製造業が直面する課題と展望を分析しています。我が国製造業の足下の業況は、中小企業も含め改善の兆しが現れていますが、一方では貿易赤字の拡大が続いており、当白書では「輸出を支えるための国内生産基盤の維持」や、グローバルニッチトップ企業やベンチャー企業等の「新しい輸出の担い手の育成」、さらには、「グローバル需要の取り込み、経常収支維持のための海外収益還元促進」等といった足下の課題と、デジタルものづくり、モジュール化への対応など、今後の方向性について分析しています。

議事録

2014年度版「ものづくり白書」の全体像

平塚 敦之写真「ものづくり白書」は、ものづくり基盤技術振興基本法(議員立法により平成11年成立・施行)に基づく法定白書で、今回で14回目を迎えます。経産省・厚労省・文科省の3省で執筆しており、経産省は「製造業が抱える課題と今後の展望」、厚労省は「製造業における雇用や人材活用」、文科省は「製造業を支える教育・研究」を担当しています。

現状認識・課題として、為替の円安方向への推移もあり、製造業企業の業績改善の動きが見られるものの、我が国の経常収支は3年連続で黒字幅が縮小し、少子高齢化と生産年齢人口の減少という問題も抱えています。

貿易赤字については、燃料輸入増大やエレクトロニクス産業の黒字縮小が主因であるものの、生産拠点の海外移転による影響もあり、円安下においても輸出(特に輸出数量)が回復しにくい状況にあります。

そこで、今後の対応の方向性として、主力産業の自動車、電気機器、一般機械の「輸出を支えるための国内生産基盤の維持」が重要であり、加えて、グローバルニッチトップ企業やベンチャー企業など「新しい輸出の担い手の育成」も必要です。さらには、伸びゆくグローバル需要の取り込みのため、汎用製品を中心に海外へ展開の上、「富を国内に還流し経常収支を維持」することが重要となります。

一方、将来に向けた環境変化への対応をみると、モノの作り方(3Dプリンタなどによるデジタルものづくり)やサプライチェーン構造(自動車のモジュール化)の変化により、高付加価値領域と低付加価値領域に二極化が進んでおり、今後は「稼げるサプライチェーン」(グローバルな調達戦略や従来のケイレツ関係に縛られないオープンサプライチェーン)の構築と「稼げるビジネスモデル」(サービス化、データ活用、知財戦略など)の確立が求められています。

実は、電気・電子、鉄鋼、自動車といった業の問題ではなく、企業がどう勝ち、どう負けるかというビジネスモデルの問題である――というメッセージが込められています。また今回のものづくり白書では、必要なインフラ整備として1)今後のものづくりの高度化に即した人材育成、2)戦略的IT投資、3)M&Aの戦略的活用、の3点を掲げています。

第1節 我が国製造業の足下の状況

我が国製造業は、2012年と比較すると、株価の上昇、収益の改善がみられ、さらには賃金引き上げの動きが広がっています。景気の回復に伴って生産は拡大し、中小企業も業況改善の兆しが表れてきました。アベノミクス効果が着実に浸透しているといえます。

一方で、経常収支は3年連続で黒字が縮小し、とくに貿易収支は鉱物性燃料の輸入増加などを背景に、過去最大の貿易赤字を計上しました。黒字を支えてきた輸送用機器、電気機器、一般機械の3本柱がそれぞれ伸び悩んでいます。とくに、「電気機器」(いわゆるエレクトロニクス産業)の貿易黒字額は2005年比で約8割も縮小しました。とくに通信機(おもに携帯電話)や太陽電池の輸入拡大が主因となっています。

「輸送用機器(自動車など)」は約14兆円の貿易黒字を維持しているものの、電気機器の黒字縮小や、エネルギーの赤字拡大をカバーするには至っていません。円安は進行しましたが、価格引き下げや、輸出数量の伸びが大きくないところがポイントです。

むしろ、価格水準によらず販売量の維持が期待できる高価格帯の車種は輸出価格を据え置き、利益を確保していると考えられます。低価格帯の車種は地産地消が進み、生産拠点も海外移転しているため、輸出台数は減少する懸念があります。一方、中価格帯は横ばいで推移しており、今後の価格引き下げを様子見している例もみられました。高価格帯は日本で生産し、先進国市場へ輸出拡大することが期待されます。

第2節 我が国製造業の競争力強化に向けて

では、国内生産基盤・輸出力の強化と海外で稼ぐためのインフラ整備のために、何をすればいいのでしょうか。最近、一部の新興国(中国・タイなど)では人件費の上昇が懸念材料になっていますが、過度な円高が是正される中、国内需要製品を中心に国内回帰がみられます。

また、中期的には汎用品を中心に海外展開が進む中で、国内拠点は高付加価値品の開発・生産、海外拠点は汎用品の開発・生産という国際分業の流れができつつあります。輸出を支えるためには、将来を見据え、アジアなどにも範になり得る取り組みが必須であり、生産ラインの人と機械の最適調和に加え、生産リードタイム・効率的物流などにも配慮した全体としての「ものづくり機能の高度化」が求められます。

具体的には、国内拠点では(1)人と最先端設備(ロボットなど)の最適な棲み分け・協調、(2)国内産業集積の厚みの活用、(3)最先端の研究開発機能との隣接性、(4)顧客の多様なニーズに対する短納期対応などが挙げられます。ロボット・機械の導入については、大量生産・簡単な工程から進められてきましたが、最近は少量多品種、複雑工程にまで導入が及んでいます。

投資の拡大、国内拠点の高度化の兆しを確実なものとするためにも、いわゆる「六重苦」問題への対応(円高を除く)や「立地競争力」の強化が求められます。また、エネルギーコスト対策や経済連携の促進、法人実効税率のあり方の検討が課題になると思っています。

新たな輸出の担い手の育成として、ドイツでは非大企業が輸出に大きく貢献しています。たとえば、輸出を行う中小企業は日本が約3%であるのに対し、ドイツは約19%に上ります。我が国も大企業のみによらず、裾野広く輸出で稼いでいくことが必要です。そのためには、グローバルニッチトップ企業の支援や製造業ベンチャー企業の創出・育成を、中堅・中小企業も対象に地域経済を含めた日本全体で行っていくことが求められます。

経常収支の黒字維持のためには、海外での稼ぎを日本に戻し、研究開発などの投資に向けてもらうことが必要となります。現地生産の進んだ企業によっては、貿易収支から、所得収支、ロイヤリティ収入にシフトする例もみられます。製造業の海外展開に伴い、黒字が拡大する所得収支や、ロイヤリティ収入増加などにより赤字が縮小するサービス収支を通じて、経常収支の黒字拡大を図る取り組みが重要となります。

第3節 事業環境が変化する中での「稼ぐ力」向上

稼げるビジネスモデルの構築にあたって、将来に向けたビジネス環境のパラダイムシフトの可能性に注目すべきだと思っています。3Dプリンタといったデジタルものづくりやモジュール化など、サプライチェーンが変化する可能性や、付加価値の高い領域と低い領域の二極化、サプライチェーンの企業間の繋がりをより緩やかにさせる動きがみられています。

また、稼げるサプライチェーンへの変革が求められる中で、大企業が取引企業を牽引するこれまでの手法の限界を踏まえ、大企業主導、限られた企業とのつながりを改め、(1)グローバルな競争を見据えたよりオープンな企業間連携、(2)脱下請け、自立化、(3)新しい技術分野への進出を支援する産業集積、支援機関の新しい動きが起こっています。

「技術で勝ってビジネスで負ける」と言われますが、製品自体の付加価値が下がる中、単なるものづくりでは限界があります。価値創造の源泉を獲得するためには、サービスとの組み合わせ、顧客との共同開発などによるサプライチェーン内対応と消費者対応の両面からの高収益のビジネスモデルの確立が必要であり、ビジネスモデルの工夫の上で、知的財産の公開(オープン化)と秘匿・権利化(クローズ化)を使い分ける「オープン・クローズ戦略」など、知財戦略も重要になってきます。

事業環境の変化に対応した人材育成と少子高齢化に直面する中での全員参加のものづくり として、日本のものづくり基盤の高度化と軌を一とするとともに、少子高齢化の中での人材難を見据え、真に国際競争力ある人材の育成が求められます。従来のものづくりの現場を越えて、幅広い形で人材育成を行っていくことが必須といえます。

各省の協力のもとで、(1)生産技術(ライン設計のエンジニア)、市場戦略を含めたイノベーション人材、(2)機械と人の適切な棲み分けを踏まえた現場の技能工、(3)海外展開、M&A対応など企業価値向上につなげていくマネジメント人材(高度人材)の育成と確保が必要と考えています。

企業の価値は、ものの価値からITや制御の価値に移ってきます。すると、バリューチェーン(開発・製造・販売・サービスといった付加価値を生む一連の流れ)の変化の可視化、限られた経営資源の機動的な組換えを可能とするインフラの整備が必須となります。ITは企業の経営を効率化するだけでなく、新しいビジネスのあり方を可能とし、競争優位を確保するものといえます。

事業環境の変化の中で、バリューチェーンの変化をうまく捉えるためにはM&A、外部資源の活用が欠かせません。一方、日本の場合は「技術の壁」、「組織の壁」があり、自前主義や支配にこだわる例も見られますが、事業部門の切り出しがうまくいかないことが経営資源の重点的な配分を妨げ、経済全体で見た場合の非効率を生んでいます。再編により十分なR&D投資、人材を確保できるケースも少なくありません。

買うだけでなく、売ること、またマイノリティになることも含め、うまく事業の再編を行い、バリューチェーンの変化を見据えた事業ポートフォリオ、経営資源の有効活用を行うことが、これからの競争力強化の鍵になると考えています。

コメント

宮島氏:
今回の白書は、リーマンショックや東日本大震災後の日本の新たな現実に対する的確な認識を示し、方向感のある今後の政策課題を示している点に特徴があります。

その上で、3つの論点を示したいと思います。第1に、白書で注目されている所得収支の改善に関しては、「いかにして投資の還流を促進するか」という戦略的視点が不可欠であり、現在の還流の水準が直接投資資産残高からみて適正かを考える必要があります。そのためには、海外現地法人の財務政策の分析、地域別・企業別の投資収益率、グループレベルの資金循環の分析が不可欠でしょう。

第2に、「環境変化に対応した高度人材をいかに確保するか」については、アウトソーシングや、M&Aなどの外部調達と、内部訓練の選択の問題を検討する必要があります。IT関連(社内のネットワーク構築+攻めのIT)、財務・IR (機関投資家の増加)、法務(知財・M&A)、マーケティング(国際競争、R&Dとの結合)の専門家のニーズが高まっていますが、そうした人材の確保は、内部養成で間に合うのか、外部からリクルートをするならば、供給源はどこかといった問題があります。

第3は、「M&Aをいかに促進するか」です。白書では丁寧な事例分析が行われていますが、日本のM&A件数はまだ少なく、7~8兆円(最大でも15兆円・GDPの3%)に留まっています。今後、売り手のインセンティブをどのように生み出していくかを分析していく必要があると思います。

平塚氏:
投資の還流を促進するためのポイントとして、国と国の綱引きになっているような現状を打破する外交ルールが求められます。また、法人税や電力料金の議論もありますが、やはり日本に投資をする魅力があり、本社が競争力の源泉を持っていることも重要でしょう。

海外のM&Aについては、いかに任せ切るかという側面があります。成功しているところは、買収した企業に日本人が過度に介入をしておらず、現場に任せるだけの多様性、本当の意味でのダイバーシティを感じます。そういうマネジメントのできる人材を、どう育てるかを考えていく必要もあります。企業の成功事例について、内部ルールをより研究し、白書などで公表していくことも今後、あり得ると思っています。

質疑応答

Q:

知的所有権といった産業機密の取り扱いについて、日本はどのように考えているのでしょうか。

A:

国家戦略にかかわる重要な点です。知財のオープン・クローズ戦略をはじめ、特許の外にある営業機密をどう保護していくか、といった議論が続いています。業種ごとの盗まれやすさなども研究しているところです。

Q:

グローバルニッチトップ企業の育成における今後の方向性として、数を増やしていくのか、多角化を推進していくのか、どちらを考えているのでしょうか。

A:

個別企業の戦略によると思いますが、政策的には、グローバルニッチトップ企業から本当のグローバル企業になっていく多角化の段階は、それぞれの企業に任せるべきだと考えています。大企業ばかりではなく、中堅企業がグローバルニッチトップ企業になるための支援から始めています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。