今後50年の世界経済展望

開催日 2014年7月2日
スピーカー 玉木 林太郎 (経済協力開発機構(OECD)事務次長(兼)チーフエコノミスト)
モデレータ 藤井 敏彦 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省通商政策局通商政策課長)
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開催案内/講演概要

OECDは、現在世界共通となっている経済・社会問題が継続された場合の今後50年の世界経済展望を発表します。

今後の各国の成長戦略や持続可能な環境政策にいかなる影響を与え得るか。世界貿易は今後いかなる変革を遂げるのか。グローバル化の進行が我々の経済に対する考えを変えることとなるのか。少子高齢化の中では知識ベースの経済成長が必要とされるが、それを支えるようなスキルを持つ労働力が十分にあるか。所得格差はこれまで以上のペースで進むことになるのか。

玉木林太郎 OECD事務次長兼チーフエコノミストは、現在世界が直面する課題が継続した場合、50年後の世界の経済及び社会にはいかなる結果が待っているのかを提示し、現在いかなる政策転換が必要とされているのかOECDからの警告と提言を示します。本展望を発表することで、今後の世界経済に対する活発な議論がされることを期待します。

議事録

今後50年の政策課題

玉木 林太郎写真OECDは、2011年に50周年を迎えました。1961年にOECDがスタートした後、最初に新規加盟国として入ったのは1964年の日本です。今年5月初め、安倍首相がパリのOECD閣僚理事会に出席されたのは、日本の加盟50周年にあたってのことです。1964年4月にOECDに加盟した日本は、IMF8条国に移行し、秋にはIMF世銀総会を東京で開催しました。

OECDは2060年に100周年を迎えます。これから50年間にわたる世界の主な政策課題と、それらの相互関連性を明らかにするために、「OECD 50年グローバルシナリオ」のスタディを始めたわけです。

今回OECDが行っている作業は、2060年の世界を予測しているものではありません。シナリオを書くこと自体が目的ではなく、このシナリオのまま進むことをよしとしないならば、我々は何をすべきかをあらかじめ考えておくというものです。ですから、数値は1つのステップにすぎず、「では、何をすべきか」というメッセージの発信を目的としています。

世界の経済成長は鈍化する

当然のことながら、世界の経済成長はバラ色の絵ではありません。英語では、こういう姿を“mediocre”と言いますが、これはたとえば美味しくないワインを評価するときに使う言葉です。日本語に訳すならば、「さえない」といった感じでしょうか。要するに、パッとしない、さえない成長がこれから続いていくということです。先進国では、主として高齢化の影響で潜在成長率も実際の成長率も低下し、新興国の成長減速が、今後50年間の世界経済の姿を大きく変えていくことになります。

もちろん新興国は先進国より高い成長を維持し、2040年頃には、中国の1人当たりGDPは米国に追いつくことが予想されます。それでも新興国の成長は急激に減速していきます。キャッチアップのペースは鈍化し、「中所得の罠」 (Middle Income Trap)に近い事態が、今後いくつかの国で発生してくるリスクがあります。

緩やかな成長ながら全体的な所得は向上し、貧困は解消される見通しが立ったとしても、欧米をはじめ多くの国で、所得格差の問題が政治あるいは政策当局者にとって最大の問題になっています。先進国にとって、いかに格差を拡大しないまま成長を続けることができるかが、最大の政策テーマだと思います。中国やインドでも、格差の拡大が大きな課題になると思います。

新興国経済は、より付加価値の高い活動に移行する

世界のGDPに占める輸出の割合は、現在の20%弱から2060年には30%を超える水準まで増加する見通しです。世界経済の相互依存性は、ますます増していくことになるでしょう。これは製造業だけでなく、サービス業でも同様のトレンドが今後、明らかに拡大していきます。

その構造についても、OECD諸国同士の貿易は縮小し、先進国と新興国の貿易は拡大しますが、それ以上に新興諸国間の相互貿易が全体の3分の1を占めるようになり、多極化することが1つのトレンドといえます。

新興国経済は、現在の製造産品重視から、より付加価値の高いサービス産業重視のセクターになっていくと思います。とくにインドでは、ビジネスサポートのサービスが大きなシェアを占めるようになるでしょう。すでに日本では70%以上がサービス分野を占めていますが、こうした先進国の産業構造に中国やインドがキャッチアップし、同じようなパターンを示すようになります。

就業者数増加は、もはや成長の主な牽引力とはならない

これまで、新興国を中心に成長の源泉であった就業者数の増加は、もはや成長の主な牽引力とはならず、高齢化が人口増加による経済成長の機会を軽減します。たとえばフランスでは、今後数十年間、1人当たりGDP成長率はドイツより低い見通しですが、2060年にはドイツとフランスの経済規模はほぼ並ぶことが予想されます。

フランスは人口が増加しているため、人口減少が明らかなドイツに比べて、1人当たりの豊かさでは負けても、国全体ではドイツを凌ぐ存在になるわけです。このように人口は、2050~60年にかけて、これまで以上に重要な要素となります。

そういう中で、我々が成長の源泉としなければいけないのは、イノベーションと生産性を向上させることです。全要素生産性に働きかけることによって、成長を高めるしかありません。そのために、教育と技能の向上が何にも増して重要となります。

3つの政策課題

2060年に向けて、3つの政策課題があると思います。第1に、「成長の持続」です。そのためには、スキルの向上により知識集約的な付加価値の高い産業構造への転換が求められます。第2に、「広がる格差」にどう対応するか。第3に、「環境保護」です。とくに気候変動問題の対応に、欧州の政策当局者の関心が集まっています。

日本は、2010-2030年には1.2%程度の成長率が予想されていますが、リフォームが進むことによって、2030-2060年の成長率は若干上昇する見込みです。ユーロは横ばい、中国は半減する勢いで減速し、2030年以降の成長率は2%強まで低下するシナリオとなっています。インドの成長率も低下しています。

今後の成長を達成するためには、堅実な政策が要求されます。ナレッジベースの高付加価値な産業構造へのシフトのために、さまざまな改革を行う必要があります。

高齢化は成長の維持をより困難にします。15~74歳の総人口に対する比率をみると、日本は2060年には60%近くまで低下することが示されています。世界的な現象として、潜在的な労働力人口の比率が急減していく問題を克服する答えを出さない限り、成長の機運が大きく損なわれることは間違いありません。

高齢化の影響を緩和するために、移民に頼ることも困難になることが予想されます。現在、多くの移民を受け入れている国々でも、これから労働力の低下を移民で補っていくことは難しくなっていきます。日本は外国人労働力の活用に関する議論を長く続けていますが、時間はそれほど残されていないと思います。20年、30年経って、いよいよ受け入れを決めたときには、もう入ってくる移民自体が減り、賃金も上昇していることでしょう。外国には、いつでも貧しくて職を求めている多くの人々がいるという前提は、急激に失われていくと思います。

格差については、総賃金比率(トップ90%/ボトム10%)が各国とも拡大しており、2060年のOECD諸国における所得格差平均は現在の米国に近いレベルになることが予想されます。こうした格差が発生する要因は、スキルを重視した産業構造への変化であり、高技能労働者の賃金は高まり、先進国における低技能労働者の所得は低減することが予想されます。

格差の問題に対処するためには、多くの人に高いスキルを与えるような教育・技能・生涯学習への更なる投資が必要です。高等教育をより普及させるとともに、中高年の人たちが新しいスキルを身につける場を提供することが課題です。

格差是正のためには、税制や社会保障を通じた所得の再分配機能の充実、累進性と分配性を重視した政策がより求められます。今後の政策立案の考え方として、何をしたいのか、誰を支援したいのか、ターゲットを明確にして集中すべきであるというメッセージが込められています。

温暖化の被害を最大に受けるのは、南アジアと東南アジアです。洪水をはじめ不安定な気候が沿岸部の都市に大きな影響を与え、農業生産にもマイナスとなります。一方で、それによって反射的なプラスが発生する地域もあるため、温暖化の影響を受ける地域と、それほど受けない地域に分かれることになります。

温暖化ガスの排出は累積していくため、対策のアクションを早くとることが、経済や社会生活へのインパクトを和らげるために効果的なことは明らかです。2040年、2050年に温度が4.5℃上昇するといった事態になる前に手を打たなければ、多くの企業のビジネスモデルや社会モデル自体を変更する必要に迫られます。その方策を、一刻も早く講じなければいけません。環境、とくに温暖化対策が日本で考えられているよりも、はるかに差し迫った問題だというメッセージを伝えたいと思います。

政策課題への新しいアプローチ

いろいろな政策手段を考えるときに、一定のシナリオを想定し、方向性を定めたら、早くアクションをとる必要があります。また、政策手段の有効性についてよく検証し、ターゲットを絞った政策に切り替えていくことが大事です。

今の日本にとって、財政の再建は、非常に忙しい重大なテーマです。消費税率10%への引き上げが来年10月に予定されていますが、その上で、2015年のプライマリーバランスはまだ5.2%の赤字、2016年には4.5%の赤字、という回復に留まることが試算されています。2020年のプライマリーバランスゼロという目標を達成するためには、たった4年しか残っていません。

もし財政再建のためのアクションをとるとすれば、まず議論をし、立法し、準備期間を置いて実施し、平年度化されるという長いプロセスを要しますから、来年10月の消費税率引き上げはもちろんのこと、その先についても、より具体的な信頼できる財政再建プランを立てておくことが、とても大事なことだと思います。

税制については、OECDで議論している多国籍企業の法人税の問題があります。これは2060年のシナリオの中でも、どんどん捕まえにくくなる税源の1つとして、法人所得が挙げられています。企業が生産活動を世界中に拡大することによって、法人税は難しい税金になってきています。

もう1つ難しいのは、環境課税です。温暖化ガスの排出に価格をつけ、汚染者が負担するという原則に立ち返ったときに、環境課税は大事な手段ですが、生産活動がグローバル化することによって、汚染源が世界中に散り、ますます難しくなってくるわけです。

そこで将来的には「動かないもの」にフォーカスし、たとえば中国における固定資産税導入、鉱山といった自然資源への課税、消費の課税などへシフトしていかなければ、これからの税収確保、公平性の確保は難しいと考えられています。

質疑応答

Q:

累進性が高く可動性のある税源の対策と、所得格差の拡大是正のマッチングについて、もう少し詳しくうかがいたいと思います。

A:

企業の所得が移転可能で、本来生産活動をしている国での税源が浸食されていくというテーマについては、モビリティのある税源を捕まえるための国際協力が求められます。OECDでは、タックス・ヘイブン対策やBEPS対策についても、加盟国34カ国以外に範囲を広げ、グローバルフォーラムとして議論しています。コアのグループにはBRICsのほとんどの国が参加しています。

動いてしまう税源への対策は、第1に、国際的な協力によって無駄な動きを留めることです。第2に、累進性の高い税制で所得再配分をしていくには一定の限度があるため、社会保障制度を通じた所得移転機能の拡大が必要です。第3には、格差の原因となるスキルの偏在を正していくことです。この3つを集中的に、政策との整合性を保ったまま運営していくことで、格差問題に取り組んでいくべきだと思います。

Q:

途上国と先進国の境目が相対化していく中で、従来の「先進国クラブ」ではなく、よりグローバルな枠組みでのOECDがあり得ると思います。それは、既存の国際機関がグローバルな課題に対応していくようなイメージでしょうか。あるいはTPPのように有志国間の連携が生まれ、新たなルールができていくようなイメージでしょうか。

A:

OECDの加盟国数は34カ国ですが、委員会活動では、アソシエイトメンバーなどで多くの途上国のメンバーが入ってきています。G20は、2008~09年当時、皆が期待したようには機能していません。政治化するほど、政策論の場として望ましくないというマイナスの効果もあり、政治的な見栄えをその年の議長国が確保したいという意図も働いてしまいます。

G20はもちろん有効な場であり、OECDとの連携においてもさまざまなプロダクトを生み出してきました。ただし、この2つが今後の国際協調の場として有効かを考えると、力が弱いと思います。ブティック化した専門国際金融機関の可能性は、さらに低いでしょう。

現在、OECDでは、低炭素社会への移行に伴う各種政策のすり合わせをテーマにしたスタディを始めようとしています。今後、ゼロエミッションを目指したアクションがバラバラにとられると、それぞれの効果を打ち消し合うことになりかねません。政策間のコヒアランスをとるためには、専門家の議論を水平的につなぎ合わせるフォーラムが効率的に回っていくことが大事だと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。