決済システムの未来

開催日 2014年7月1日
スピーカー 木下 信行 (日本銀行理事)
モデレータ 小田 圭一郎 (RIETI上席研究員・研究コーディネーター(研究調整担当))
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開催案内/講演概要

決済サービスのエンドユーザーの経済活動は、スマートフォン等によるITユビキタス化、グローバルサプライチェーンの形成等により、急速な変革を示している。経済社会の基礎的インフラである決済システムも、この流れに沿って革新させていかねばならない。こうした動きは、欧州等ではすでに現実のものとなっており、米国も追随する動きを示している等、急速に進展している。わが国においても、中核的インフラである日銀ネットの更改など環境は整ってきており、金融産業は、今後の経済成長を支え、自らの基盤を維持していくため、支払通知の高度化等、決済サービスの革新に取り組む必要がある。

議事録

はじめに

木下 信行写真銀行が企業や消費者に提供する決済(Payment)サービスは、資本主義社会の基本的インフラです。これは、中央銀行を中心とする決済(Settlement)システムの一環として提供されることで、エンドユーザーに便益をもたらしています。ただし、このように独占的地位にあることから、弊害を生ずる恐れがあることにも注意が必要です。

現在、決済サービスのエンドユーザーである企業のニーズは大きく変化しています。これに対し、海外の銀行の決済システムでは対応が進められている一方、わが国の銀行の決済システムは立ち遅れつつあります。これに対し、日本銀行では、来年10月に稼働を開始する新日銀ネットを活用して対応をすすめるとともに、民間銀行の決済サービスの高度化を促していきたいと考えています。

決済サービスに対する企業ニーズの変化と対応

現在、企業の活動では、「経済活動のグローバル化」と「ICT利用のユビキタス化」が進展しており、決済サービスは、こうした企業ニーズの変化に対応して高度化していく必要があります。経済活動のグローバル化に対しては、決済システムの稼働時間延長やアクセスのグローバル化が求められます。また、ICT利用のユビキタス化に対しては、入金通知について、受取先でのSTP処理を可能にしたり、送金者から見てリアルタイムにしたりする必要があります。

まず、最近の企業活動のグローバル化については、アジアを中心とする拠点などが急増しており、とりわけ中小企業の海外進出の拡大が目立ちます。2006年と2010年を比較すると現地法人数はほぼ倍増しており、そのうち設備投資を行った企業数も、製造業を中心に大幅に増加しています。これは、アジアを中心にいわゆるグローバルサプライチエーンが形成されていることを反映したものであり、わが国銀行による決済サービス面での支援が重要となります。

金融面のグローバル化については、わが国銀行の海外貸出は、世界金融危機による欧米銀行からの代替が終わっても、なお前年比1割のペースで急速に拡大を続けています。とくに経済成長率の高いアジア向けが伸びており、こうした資金供給のうち、外貨については資金の安定的調達が課題となります。

非居住者による日本国債投資も増加しており、保有比率は9%程度に達しています。こうした投資家に対し、金融商品としての国債の価値を高めるためには、円滑な力ストディ・サービスの提供が求められます。さらに、世界金融危機の後、流動性カバレッジ比率(LCR)や、OTCデリバティブ規制の導入に向けた国際的な検討が行われていることから、金融機関の資産や差し入れ担保として、流動性の高い安全資産への需要が増大することが見込まれます。そのための有力な商品が日本国債なのですが、欧州レポ市場における利用の度合いはなお低水準です。

一方、ICT利用のユビキタス化に関しては、企業間の電子商取引は拡大を続けており、取引全体に占める比率では、輸送用機械では50%を超えており、食品、電気情報関連機器でも40%以上となっています。

消費者向けの電子商取引は、まだ9.5兆円の規模ながら拡大を続けており、取引全体に占める比率では、宿泊・旅行をはじめとするサービス業が高くなっています。

こうした電子商取引においては、発注から請求まではすべてICTを利用しているのに、入金だけは、別途銀行にアクセスしなければならず、非効率性が目立ちます。

海外における決済システムの対応

こうした企業ニーズの変化の方向性は先進工業国に共通しており、海外の銀行の決済システムでは、こうしたニーズ変化への対応がすすめられています。

大口の資金証券取引の決済に関しては、かねてから、海外中銀の当座取引システムの稼働時間が延長されています。米国や欧州では、1日20時間を超える長時間稼動が行われており、自国の金融機関によるグローバルな資金証券取引をほぼすべてカバーしています。

広域的な企業活動に対する決済サービスの面では、欧州が先行しています。そのためのプロジェクトであるSEPA(Single Euro Payments Area)は、システム的には、ISO20022標準のXML電文、140桁以上の付記情報、支払指図から着金までのSTP処理の基盤を整備します。また、業務的には、口座番号と企業番号の共通化、指図フォーマットの標準化、クロスボーダーと国内の送金手数料の統一などを行います。

SEPAは、振り込みについては2008年、引き落としについては2009年から導入されており、本年8月以降、ユーロ圏の銀行は、これ以外のレガシーシステムを変更または廃上し、SEPAに準拠することが義務付けられます。これによって、企業サイドには、資金管理の効率化やバックオフィス業務のスリム化などの経済効果があり、EU委員会の委託調査の結果では、2013年末時点で97万人年の決済関連労働力の解放などが見込まれています。

また、消費者向けでは、24時間365日でリアルタイムの入金処理を行えるシステムが導入されています。とりわけ英国においては、2008年から、Faster Payments Serviceが導入され、電話番号だけによる送金や企業による直接アクセス等を含むリアルタイム決済サービスが提供されています。

さらに、米国においても、先行する欧州にキャッチアップするためのプロジェクトが昨年から開始されています。

新日銀ネットによる日本銀行の対応

こうした海外の決済システムの動きについては、これまでのところ、わが国では十分認識されていませんでした。そうしたなかで、日本銀行としては、まず、新日銀ネットを有効活用してもらうことで対応をすすめていく考えです。

新日銀ネットは、2015年10月13日から本格稼働予定ですが、業務面からみた基本コンセプトは「アクセス利便性の向上」としています。内外の決済システムや金融機関との接続性を改善するとともに、稼動時間の大幅な拡大を可能とするほか、XML電文の採用、ISO20022対応、システム接続性の向上、稼動時間の大幅な拡大などの基盤整備を行っています。

ただし、エンドユーザーの経済取引などに実際に役立つためには、それだけでは足りず、取引先金融機関が新日銀ネットを有効活用するためのサービス開発や体制整備を行うことが不可欠です。他方、決済システムの機能にはいわゆる「ネットワークの外部性」が働くため、個別銀行からすれば、単独では決済サービスを有効に提供できず、他行との間で経営判断の「すくみ」が生じることがあります。しかし、グローバル化の流れは世界中で進んでいますから、わが国が立ち遅れるわけにはいきません。また、決済サービス提供のためのシステム開発には相応の期間を要するため、フォーワードルッキングな取り組みが必要です。

そこで、日本銀行では、すべての金融機関が決済に参加するという従来の考え方を改め、コアタイムとは別に任意利用時間を設け、個別銀行の経営判断によって新日銀ネットヘのアクセスを延長しても差し支えないという方針にしました。そのうえで、関係機関の実務家による「新日銀ネットの有効活用に向けた協議会」を立ち上げて議論を行い、そこでの共通認識をふまえて、当面の稼動時間を21時まで延長することとしています。

日本銀行では、今後、さらに決済システムの改善を進めていきたいと考えています。その第1として、外国における円の決済サービスの円滑な提供のために、日銀当預先の外国拠点からの直接アクセスを認めることを検討課題としています。これによって、当該行の本店のアカウントでの送金、国債の移転を迅速に処理できるようになりますが、たとえば障害が発生した場合のシステム・事務処理面での対応や、決済リスク管理のためのモニタリングなどの体制整備が必要となります。

また、新日銀ネットにおいては、海外中銀や金融市場インフラのシステムと結ぶことによって、日銀当預の振替による外国証券の取引や、外国での資金決済による日本国債の取引をDVP処理することが容易となります。これは、クロスボーダーの証券決済インフラとなり得るものです。5月のASEAN+3の財務大臣・中央銀行総裁会合では、日本銀行の主張を取り入れ、各国の証券決済システムと中央銀行のRTGSシステムを相互接続することによって、アジア債券市場のインフラとしていく方向が合意されました。日本銀行ではこれに基づき、新日銀ネットをアジア諸国のシステムと接続することについて、実務的な協議を開始しています。人口減少の進むわが国にとって、金融面での確固たる地位を保つために、こうしたインフラを提供していくことが重要な基礎になると思います。

銀行の決済システムの高度化

日本銀行としては、こうした新日銀ネットによる銀行間決済の改善にくわえ、銀行の顧客に対する決済サービスについても、高度化が必要だと考えています。

企業におけるICT活用に関しては、商流情報と金流情報の連携が課題です。今後、新日銀ネットでISO20022対応のXML電文を処理できるようになれば、第6次全銀システムでは既に同じ電文が処理可能となっているため、個別銀行で対応したシステム開発が行われれば、レファレンスデータとなる付記情報の範囲を弾力的に設定することが可能になります。資金決済インフラのシステム面からの制約要因が大幅に緩和されることになります。

実は、証券取引については、現在のわが国でも商流情報と金流情報の連携が機能しています。この枠組みの実現にあたっては、日銀と金融庁の粘り強い働きかけがありました。このように、ユーザーにおける標準化や共通の枠組み整備については、政府が積極的に働きかけるべきだと思います。特に、中小企業がグローバルに展開するためには、クロスボーダーの企業間決済におけるユニバーサルな金融EDIの枠組みを整備する必要があるでしょう。

一方、消費者向け取引におけるICT活用に関しては、入金先に対するリアルタイムの着金通知の実現が課題です。わが国の銀行では、決済の手順毎に必ず入出金処理を行う「本残主義」の厳格な適用に伴って、コンピュータシステムの負荷が重いため、銀行振込が付記情報や処理時間帯などで制約の大きいものとなっています。また、入金先への通知や付記情報の仲介はあまり行われてきませんでした。

これとは対照的に、コンビニエンスストアの収納代行では、現金引渡しという一種の商流情報を金流情報と切り離すことにより、より機能的な処理が行われています。つまり店頭での現金収納時点で、収納の事実と振込票に記された付記情報を速報として請求企業に送信する結果、請求企業にとっては、24時間リアルタイムで入金処理が可能となるという点で、銀行振込よりも高い利便性が提供されているわけです。コンビニエンスストアにとっても、確報段階までの間の信用リスクは、現金を手元に収受しているためにカバーされています。

これを英国のFaster Payments Serviceと対比すると、送金情報の整合性のみをチェックすること、決済リスクを現金担保でカバーすることで、基本的なコンセプトが一致しています。こうした少額決済では、決済に伴う信用リスクが小さいことを考えれば、わが国の銀行としても、より頭を柔らかくして検討することに合理性があると思います。

銀行による決済システムの課題

以上を総括しますと、銀行による決済システムの課題は、エンドユーザーへの情報提供の高度化、とりわけ、取引ニーズに即した入金通知だということになります。銀行としては、ノンバンク、外国銀行との競争を認識しなければなりませんし、ビットコインなどの暗号通貨の拡大は、銀行の決済サービスに対する警告と受け止めるべきです。

そのためには、個別銀行サイドでは、システム面で、総勘定元帳や預金通帳を中心とした、従来の手作業からくるレガシーから脱却することが重要です。また、業務面では、企業の事務処理や資源有効活用に対する能動的サポートが求められます。

経済社会の環境整備としては、関係者の合意形成や標準化の推進が不可欠です。この問題は、わが国の産業競争力にもつながるものであり、外国の例に鑑みれば、政府や中央銀行による働きかけが必要です。また制度面では、国内的には銀行による商流情報の取り扱いや産業とのコラボレーションを広く認めていくこと、国際的にはクロスボーダーの資金移動の制約を緩和していくことが求められます。

質疑応答

Q:

新日銀システムの稼働によって、海外からの日本国債の振替も可能になるのでしょうか。

A:

これまで、海外から直接アクセスすることは認められていません。システム障害が起こった際の対応や、損害が生じた場合の法的処理の仕組みを整備することが課題です。

Q:

「本残主義」からの脱却は、世界的な流れなのでしょうか。

A:

たとえば欧州は、もともと、少額の決済にまで「本残主義」を適用するという考えカをとっていませんので、日本のように、脱却する必要自体が存在していません。

Q:

日本の民間銀行の競争力について、どのようにお考えでしょうか。

A:

日本は、他のアジア諸国と比べ、金融市場の制度やインフラの整備の面では優位にあります。しかし、欧州の銀行は、決済システムの統合が進んでいるので、域内で活動する企業にとって役立っている度合いは、日本の銀行がアジアで活動する企業に役立っている度合いより高いと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。