グローバル化と格差

開催日 2014年4月4日
スピーカー エルハナン・ヘルプマン (ハーバード大学教授)
モデレータ 若杉 隆平 (RIETIシニアリサーチアドバイザー・プログラムディレクター・ファカルティフェロー/学習院大学特別客員教授/横浜国立大学客員教授/京都大学名誉教授)
開催言語 英語(同時通訳あり)

議事録

グローバル化の進展により、世界の多くの国で経済格差が拡大し続けている。それでは、こうした格差はどこで拡大しているのか。国家間か、それとも国内格差なのか。また、その要因はグローバル化と技術進歩のどちらの影響が大きいのか。国や地域による特徴はあるのか。

国際経済学の中心的学者の1人であるヘルプマン教授を講師として迎えて開催された今回の特別BBLセミナーでは、こうした経済格差をめぐる数々の論点について、ヘルプマン教授より、長年の研究成果に裏付けされた明確な見解が述べられるとともに、今後の研究課題として、学歴・スキル・職歴などの個人の特性以外の要因による賃金格差の問題が示された。

グローバル化の影響:拡大し続ける格差

エルハナン・ヘルプマン写真貿易依存度(輸出入の対GDP比)が示しているように、貿易は長い年月を経て進化してきました。グローバル化の波は、2度訪れました。1度目の波は19世紀に始まり、第一次大戦と同時に去りました。2度の世界大戦の間の期間は、グローバル化が減退しました。第二次大戦後に再びグローバル化が進み、貿易伸び率は、所得の伸び率の約2倍のペースで上昇し続けています。この長期的な推移は実際のところ、世界経済の成長率と関係しています。

1820年から現在に至るまで、すべての人がグローバル化と成長の加速による影響を受け、世界経済における個人間の所得格差は、拡大し続けています。興味深いことに、この格差の原因は時とともに大きく変化してきました。19世紀初頭以来、国内の格差と、国民1人当たり所得における国家間の格差は、ともに拡大していますが、国家間の格差はより著しく拡大しています。世界経済全体の格差のうち、国内格差が貢献する部分は低下しましたが、世界経済の格差自体は、一定のペースではないにせよ持続的に拡大しています。その主な原因は、国家間格差が拡大していることにあります。

この間、世界経済において「貧困層」に分類される人の割合は着実に低下しました。世界銀行は、1日1.25ドル未満で暮らす人、2ドル未満で暮らす人の割合を追跡調査しています。この指標によると貧困層は減少しており、1990年以降はインドと中国の成長が主な要因となって、貧困層の減少が加速しました。各国の国民1人当たり所得と、最下層20%の平均所得がほぼ45度線図上にある(すなわち、国民1人当たり所得の伸び全体と、最下層20%の所得の伸びがほぼ同じ)ことから、長期的に見ると格差は拡大していないという意見もあります。しかし、格差拡大の大半が、所得分布の上位層で起きているのです。たとえばアメリカでは、この間に上位1%の富裕層の所得シェアが倍増し、多くの国で上位1%の層の所得が他の層をはるかに上回って増加しました。

アメリカにおける格差拡大の原因

アメリカ国内の格差について、面白いデータがあります。大卒労働者の供給数に対して相対的な大卒賃金プレミアムの推移です。大卒賃金プレミアムとは、高卒者の賃金と比較した場合の大卒者の賃金を指します。1960年代初めに大卒賃金プレミアムは約40%でした。つまり、1960年代初めには、大卒者の賃金は高卒者の賃金を約40%上回っていたということです。これが1995年には、70%近くに達し、格差拡大の主な原因になりました。次にこの数値を、大卒者の需給バランスと対比させます。この間を通して大卒者の供給は増加しましたが、不思議にも、供給増大にもかかわらず、その増加した大卒者の相対価格は上昇しました。これは、一般的な需要供給の法則に当てはまりません。この結果、アメリカでは、非大卒者数に対して大卒者数が相対的に急増したにもかかわらず、賃金・所得の二極化の現象が起きています。

アメリカの格差は長期で見ると、U字型カーブを描いています。極めて大きかった格差が20世紀初頭に縮小し始め、1960年代、1970年代、1980年代に再び加速度的な拡大に転じたことは、よく知られています。20世紀初頭に格差が縮小した主な理由は、労働所得と比較して資本所得が相対的に減少したことによります。1960年代以降に格差が拡大した主な原因は、高所得者層の労働所得が、他の所得層と比較して相対的に上昇したことです。ここ最近、少なくともアメリカでは、資本所得も格差拡大において重要な役割を果たすようになってきました。

今日、私たちは所得分布のさまざまな側面に目を向ける必要があります。時間の経過とともに、所得分布の各層で格差のあり方に異なる変化が生じており、すべての所得層を網羅する格差指標だけでは不十分です。所得分布の上位20~50%の層と下位50~20%の層という格差の2つの指標を示したグラフでは、長期的に見ると2本のU字型カーブになっています。1990年代、アメリカでは格差の状況に変化が生じました。上位層では格差が緩やかに拡大し続けたのに対し、下位層では格差が縮小しています。長期間を経て、下位層と上位層がそれぞれ逆の方向に推移しています。上位層、下位層と相対的に比較して、中間所得層は多くを失ったという点で、非常に重要な変化です。これは、中産階級の空洞化として知られる現象です。他の国でも同じような現象が確認されています。

長期的には格差拡大の傾向にありますが、所得分布のすべての層で同じように格差が拡大しているわけではありません。国際的に見ると、アメリカ国内よりはるかに大きな格差が存在します。

1990年代初頭、労働経済学の分野において、大卒労働者の供給増にもかかわらず大卒賃金プレミアムが上昇し、その結果、格差が拡大している状況が確認されました。当初、その原因はグローバル化にあると考えられていました。一般的な新古典派理論の全盛期で、多くの途上国が世界経済に統合されることによって、非技能型製品(いわゆる労働集約型製品)の供給が拡大し、このような製品の相対価格が低下したと考えられたのです。労働集約型製品の相対価格の低下に伴い、先進国の非熟練労働者の数も減少しました。そのために熟練労働者と非熟練労働者の所得格差が拡大し、大卒賃金プレミアムが上昇したのです。大卒賃金プレミアムはアメリカでより顕著に上昇しましたが、他の国でも上昇しました。また、技術進歩によるスキルの偏向が、大卒賃金プレミアムの上昇を招いたという説も提案されました。スキルと技術の補完関係が、大卒賃金プレミアム上昇の原因だというのです。

私の同僚である、クラウディア・ゴールドウィンとラリー・カッツはThe Race between Education and Technology(教育と技術の競争)と題した有名な著書の中で、19世紀に端を発するアメリカの教育革命と賃金の関係を詳細に分析しています。彼らは、技術進歩が必ずしも技能に対する需要を増加させるわけではないと指摘しました。19世紀末から20世紀初頭の技術変化は、非熟練労働者に偏向しており、これが大卒賃金プレミアムの低下につながった一因です。しかしその後、技術変化によってスキルに対する需要が高まりました。詳細な職業構成と、各職業に従事する労働者に必要とされる特徴を調べた労働経済学分野の研究においても、この見解が裏づけられています。

グローバル化か技術進歩か

グローバル化か技術進歩かというこの論争は、20年前に決着がつき、技術進歩説が勝利を収めました。当時、行われた実証的研究では、熟練労働者と非熟練労働者の相対賃金上昇が、どの程度、グローバル化に起因するかを評価する試みが行われ、寄与度は比較的少なく、一部の研究では約20%であるという結果がでました。相対価格の変化、およびそれが相対賃金に定量的にどう反映されるかを評価するには、技能集約型製品と比較して、労働集約型製品の相対価格がどれほど変動するのかを、推計する必要があります。次にその変動を、相対賃金に換算します。そのためには、熟練労働者と非熟練労働者の代替弾力性を求めねばなりません。当時の相対賃金変動の推計値と、熟練労働者・非熟練労働者の代替弾力性の推計値を統合すると、大卒賃金プレミアム上昇のうち、このメカニズムで説明されるのはごくわずかな部分に過ぎません。海外直接投資(FDI)など、グローバル化に関連する他の原因についても、研究が進められました。その一例が、アメリカ・メキシコ間のFDIに関する大規模な研究です。アメリカ企業は、特に労働集約型の生産活動をメキシコに移転しました。メキシコは、アメリカに比べはるかに非熟練労働集約型です。しかし移転された生産活動の労働集約度を見ると、確かにアメリカにおいては労働集約型生産活動でしたが、メキシコ国内の生産活動と比較するとむしろ技能集約型生産活動だったのです。メキシコ、アメリカ両国で大卒賃金プレミアムが上昇した理由はこれで説明できますが、これだけでは格差の全ては説明できません。もう1つの問題は、オフショアリングの寄与度です。オフショアリングはFDIと海外独立企業への生産委託、いずれの形でも実施できますが、相対賃金に与える影響は、量的な観点でいうと基本的に同程度でしょう。これを考慮するとグローバル化の寄与度は増しますが、それでもほんの一部しか説明していません。最後に、雇用構成の変化に着目すると、貿易説よりも技術進歩説とはるかに整合性がとれています。

さまざまな先進国・中所得国の産業部門の推移に着目する研究の結果、非熟練労働者比でみた熟練労働者の割合は、どの産業部門においても上昇していることがわかりました。これは、グローバル化に原因を求める説と矛盾します。労働集約型製品の相対価格の変化が大卒賃金プレミアム上昇の原因であり、このことによって熟練労働者の相対賃金が上昇しているのであれば、熟練労働者の相対賃金上昇を受け、どの部門においても熟練労働者の割合を減らすはずです。しかし実際は、その逆の現象が生じています。これが、大卒賃金プレミアム上昇の原因をグローバル化に求める説を否定する決定的な要因となりました。

近年、このテーマが新たな関心を集めており、グローバル化の他の側面が格差に寄与していないか、見極めようという試みが再び行われています。20年前には認識されていませんでしたが、格差拡大および格差と国際貿易の関係を理解する上でかなり有効なメカニズムが、新しく登場しています。

国による違い

国際的に2つの重要な意味で、格差の状況は一様に変化しているわけではありません。第1に国によって違いがあるということ、第2に、所得分布の上位層と下位層で違いがあり国によってばらつきが大きいということです。経済協力開発機構(OECD)は2000年以降、十分位間比率のデータを提供しています。2000―2007年の間、分布中位層と低位層との間の格差(第5十分位/第1十分位)、分布上位層と中位層との間の格差(第9十分位/第5十分位)、および分布上位層と低位層との間の格差(第9十分位/第1十分位)の比率を示しています。この指標を用いたところ、この7年間でさえ、アイルランド、日本、韓国、ノルウェー、アメリカなど一部の国では、所得分布の上位層・下位層の両方で格差が拡大しました。フランスのように、上位層・下位層ともに格差が縮小した例外もありますが、多くの国では上位層での格差と下位層での格差が反対に推移しました。カナダやイギリスがその例で、中産階級の空洞化が起きているといえます。スウェーデン、ドイツなどもこの例です。各国の所得分布の詳細なデータを見ると、異なる所得層でさまざまな変動があり、これは技術進歩だけでは説明できません。技術進歩に加え、他の原因によるメカニズムを補足的に考慮する必要があるかを知るには、格差の大まかな指標だけでなく、所得構造のさまざまな部分について詳細な分布を調べる必要があります。

1990年代には、世界経済の構造に関する、新しく詳細なデータを利用できるようになり、賃金、また企業と技術の役割についてより詳細な研究が可能になりました。このデータから、次の点が示されました。 1) データを入手できた多くの国で、どの産業においても輸出企業はごく一部に過ぎない、2) 一般的に輸出企業は、非輸出企業より大規模で生産性が高い、3) 輸出企業は賃金がより高い。これは、アメリカ、日本、フランスをはじめとする多くの国に当てはまります。

格差研究の今後

このようなパターンを生みだしている要因を理解することは、格差を理解する上でも意味があります。学歴・スキル・職歴などに応じて、それぞれ個々人の賃金は異なります。しかしながら、このような特性に応じた報酬は、賃金の差を決定づける、ほんの一部分に過ぎません。労働経済学分野のさまざまな研究の結果、格差のほとんどの部分は残余賃金格差(residual inequality)によることがわかりました。残余賃金格差を生む「残りの要因」は多数あり、時とともにその割合が大幅に増えています。

以上の現象と新たな見識を踏まえ、2種類の研究が進められています。1つ目の研究は、残余賃金格差の拡大に、国際貿易やグローバル化が寄与しているかに着目しています。研究が実施されたさまざまな国で、よく似た現象が見られます。2つ目は、所得分布の各層における貿易格差の寄与についての研究です。現時点でまだ実証研究はほとんどありませんが、変化している格差の多様性について、この種の理論を用いて説明することができます。

多くの場合、賃金格差は集団間ではなく、同一集団内で生じています。データの切り取り方には、ほとんど左右されません。賃金格差の80%は異職種間ではなく、同一職種内において生じています。長期的な格差拡大については、その約90%が異職種間ではなく、同じ職種内に見られます。次に産業部門について見てみますと、やはり賃金格差の83%は異なる部門間ではなく、同一部門内で発生しています。 長期的にみると、変化の70%以上は、同じ部門内で生じているのです。データをさらに細かく切り取り、各部門の職種別に見た場合も、やはり賃金格差の67%は特定部門の同一職種内で起こり、異なる職種間の賃金格差は約3分の1に過ぎず、長期的に見るとこの区分内における変化が大きく寄与しています。ブラジルやスウェーデンなどでも同様の傾向が見られます。

たとえばブラジルの場合、残余賃金格差が約60%を占め、その88%が各部門の同一職種内で発生しています。学歴・職歴・性別・部門の種別を調整後の、狭義でいうところの労働者集団に見られる賃金格差は驚異的な大きさです。同一部門内で見られる格差の大半の部分は、企業特性の違いに起因しています。これは、国際貿易とグローバル化に関連しておきる輸出企業の賃金が、同一規模の非輸出企業と比較して大幅に高いという、いわゆる「輸出企業の賃金プレミアム」という現象が関係しているからです。何年も前に、労働経済学の分野において、企業規模による賃金プレミアムの存在が発見されていますが、新たに輸出企業の賃金プレミアムが生じています。

現在、さまざまな理論に基づき、このデータを説明する分析手法の開発や、統計学的な調査を行うシステムの構築が進められています。これらの理論では、部門単位で貿易を見るのでなく、個々の企業による貿易・グローバル化への寄与度を重視します。企業の異質性を考慮しているため、企業間の賃金格差の説明にも応用できます。企業の異質性、労働者の異質性、そして労働市場の摩擦による相互作用によってもたらされている、現在の賃金分布を説明できる分析モデルの構築が可能になります。さらに、グローバル化によってこの賃金分布がどう変化するかという問題も提起できます。企業の異質性と労働者の異質性といった、いわゆる観察可能な要因以外の能力に重点が置かれています。重要なのは、企業毎に賃金が異なる点です。大きく分けて2つのメカニズムが働くことで、この種のばらつきが生じます。1つ目は、観察可能な要因がまったく同じ2人の労働者でも、それぞれ別の隠れた能力を持っている可能性があるということです。企業は人材管理への投資を通じて隠れた能力を発見できますが、統計学上は説明できません。生産性の高い大企業は、観察可能な要因は同じに見えても、より優秀な労働者を採用できます。そのため、別々の企業で働く、同じような労働者の間に賃金格差が生じ、これが企業間の賃金格差につながります。2つ目に、労働市場において完全な競争原理が作用せず、固有の摩擦がある場合、企業は雇用に伴うコストを負担します。したがって、ある企業で働く労働者は、同じ特徴を備えている場合でも、社外の労働者と等価ではありません。この点は社内の労働者にとって賃金交渉の際に活用できる影響力となり、労働者の代替可能性に応じて企業間に賃金格差が生じるのです。

所得分布の各層間の格差については、実証的研究はまだ徹底的に行われたとはいえませんが、以前よりこの問題に関して信頼できる理論があり、どの理論においてもグローバル化が格差に及ぼす大きな影響が指摘されています。この研究分野では、理論と実証分析の相互作用が非常に重要ですが、研究と新たな事象とのいたちごっこが続いています。

質疑応答

Q:

3点質問があります。第1に、非貿易部門と貿易部門という区別は今も有用なのでしょうか。第2に、日本では対外FDIは盛んですが対内FDIが不足しているという議論が、しばしば聞かれます。今日のお話でいうグローバル化は、おそらく両方を含むと思いますが、両者に何か違いはありますか。3番目は政策に関する質問です。日本では法人税政策が議論されています。つまりグローバル化は、企業の事業機会だけでなく、税制自体、さらに格差の状況に変化を及ぼす可能性がある他の要因にも影響を与えるということです。 この点に関し、ご意見があればお聞かせ下さい。

A:

非貿易部門に関する研究はほとんどありません。私が引用した研究は基本的に製造業中心ですが、それは国際貿易の大半を占めているからです。サービス貿易は急速に拡大していますが、サービス部門を対象とした同等の研究はありません。全ての部門において多くの現象に類似性が見られますが、メカニズムが同じとは限らず、代わりになるメカニズムに関しても詳細な研究は実施されていません。格差においてFDIが果たす役割は、国際貿易ほど詳細に研究されていません。対外FDIと対内FDIの間にも違いがあるでしょう。FDIと貿易が格差に及ぼす影響の共通点は、より生産性が高く比較的規模の大きい企業がFDIを行うという点です。グローバル化に伴う格差が、所得格差を拡大させます。格差拡大が、どの程度FDIで説明できるのか分かりません。政策についてですが、政策課題に関する研究もあるのですが、その範囲は限定的です。国家間の租税競争は限界税率を引き下げるというのは、確実な所見だと思います。政府は、限界税率の引き上げによって企業が国外に流出することを懸念するため、政府の再配分機能が低下します。この現象が及ぶ範囲や、グローバル格差にどの程度寄与するかについては、研究されていません。グローバル化と格差という研究分野は長足の進歩を遂げましたが、今も未解決の問題が多々あります。

Q:

空洞化が話題になりましたが、私が先日読んだ本には、高賃金の労働者も機械に取って替わられる日がくると書かれていました。これについてどう思われるか、またグローバルな企業活動に影響があるのかお聞かせ下さい。

A:

これは昔からある問題です。新たな機械が登場すると、必ず労働者が不要になりますが、これ自体は特に問題とは思いません。問題は、新しい機械が導入された後に労働者が有用な仕事を見つけられるかどうかです。難しいのは、機械が特定の種類の労働者に取って替わる一方、同時に別の種類の労働者の雇用機会が増加する点です。機械が与える影響はさまざまで、労働力全体に対し画一的ではありません。だからこそ多くの人が、技術進歩で失業した人が新たな仕事を見つけられるよう、政府が再訓練事業を実施すべきだと主張しています。機械が人間に取って替わることによるデメリットと、イノベーション推進のメリットの間には、微妙なバランスが存在します。

Q:

企業はさまざまな部門で数多くの事業を運営していると思いますが、統計における企業と産業部門とはどのように関係づけられますか。政策については、世界市場のグローバル化によって賃金格差が拡大し、それが教育やスキル訓練の面で格差を招き、企業間の生産性の違いや、ひいては格差をさらに拡大させている可能性があります。どうすればグローバル化と格差拡大の悪循環を緩和させることができるでしょうか。

A:

一般的なデータ分類法では、中核事業を基準として企業を分類します。多くの企業は、この分類法でかなり合理的に分類されていますが、例外的に漏れが生じる場合もあります。政策面では、成長をもたらす経済的要因に起因する格差と、制度内の摩擦によって引きおこされる格差を区別する必要があります。格差が摩擦に起因する場合、摩擦を緩和させる政策を策定するのが自然な傾向です。一方、イノベーションのように、格差が成長によっておこる場合、トレードオフが生じます。格差が拡大しても更なる成長を目指すのか、それともある程度の成長に甘んじ、成長と格差に一定の歯止めをかけるような政策を採るのか、各国はそれぞれ決めなければなりません。これは単なる経済的な問題ではなく、社会問題です。平等を手にするためどれだけの対価を払うつもりがあるのか? 格差に対する懸念の度合いも、国によって異なります。

Q:

労働市場における労働者と企業のマッチングこそが格差を引きおこす、あるいは貿易によってもたらされる格差への影響を強める、と示唆されました。私は、労働市場の改善・効率化によって、貿易が格差に及ぼす影響が大きくなるという印象を抱いています。先程、摩擦を取り除くために必要な政策見直しに言及されましたが、摩擦の緩和と格差の関係をどのように理解すればよいですか。

A:

摩擦にも種類があり、労働市場には格差のメカニズムを促進する摩擦もあれば、そうでないものもあります。主として同一部門内の企業間格差を促進する摩擦を取り除けば、格差は縮小します。それ以外の摩擦は、解消することで逆に格差が拡大するかもしれません。一様な現象ではありません。

Q:

研究者は、現実の事象に追いつき、新理論を構築するのに必死だという話でした。今日の話から、新たな事象に直面した研究者たちが、その現象を説明できる新しい理論の構築に意欲的に取り組んでいることがうかがえます。日本では、なんでもかんでもアベノミクスに関連づけねばなりません。成長戦略の「3本目の矢」である、グローバル化、技術開発、成長と格差の相関関係を研究することが欠かせません。今日のご講演によると、日本の格差はさほど深刻でなく、拡大もしていませんが、経済はほとんど成長していません。これが日本の問題です。何かアドバイスはありますか? 格差は小さいですが、日本はどうすれば成長できますか?

A:

現在、まさにその問題を研究中です。貿易・グローバル化と格差についての新たな見解を、内生的経済成長理論に組み入れようとしています。理論上は、たとえ成長メカニズムを通じて成長率が一定範囲に収斂しても、やはり国によって格差の度合いには違いが残ります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。