サービス産業の生産性向上―実証研究に基づく提言―

開催日 2014年3月13日
スピーカー 森川 正之 (RIETI 理事・副所長)
コメンテータ 八代 尚宏 (国際基督教大学教養学部客員教授)
モデレータ 白石 重明 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 商務情報政策局 サービス政策課長)
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開催案内/講演概要

サービス産業は先進国経済において圧倒的なシェアを占めており、その生産性向上は経済全体の成長力を高めるカギとなっている。 しかし、サービス産業を対象とした生産性分析は日本だけでなく海外主要国でも遅れており、その実態は十分解明されていない。特に、近年の経済学では「企業の異質性」が強調されており、産業集計レベルの平均値を観察するだけでなく、企業・事業所のミクロデータを用いた分析が不可欠になっている。 こうした中、講師が行ってきた企業・事業所データを用いた実証研究の結果(『サービス産業の生産性分析』)を中心に、サービス産業の生産性の実態、生産性を規定する諸要因、生産性向上のための課題を報告する。「サービス産業の生産性は低い」という通念には議論の余地があること、都市計画・労働市場制度・企業法制といった基幹的な経済制度・政策がサービス産業の生産性に大きな関わりを持つことなどを指摘する。

議事録

問題意識

森川 正之写真サービス産業の生産性向上は1970年代に遡る古くからの政策課題です。『新経済成長戦略』(2006年)では、サービス産業の生産性向上を図り、「双発の成長エンジン」にすべきと提言されています。この頃から、サービス産業の生産性向上という政策課題への関心が再び高まりました。

経済成長にとって「サービス産業の生産性向上がカギ」といわれて久しいものの、データの制約などから実証研究は乏しい状況にあります。欧米主要国の事情も同様です。有効な政策を立案するためには、少数のエピソードや「経験と勘」ではなく、実証的なエビデンスの蓄積が不可欠です。そこで、「企業活動基本調査」、「特定サービス産業実態調査」をはじめとする政府統計のミクロデータ(2~5万の企業・事業所データ)での分析結果を報告したいと思います。

サービス経済化と生産性

「サービス産業」は第三次産業(電力・ガスを除く場合もある) で、卸売、小売、金融・保険などを含みます。 「サービス業」は、対事業所サービス業、対個人サービス業という狭い意味で使います。 広義の「サービス産業」は経済の7割超を占め、狭義の「サービス業」でも2001年以降、製造業を上回っているのが現状です。たとえば冠婚葬祭業の売上高は、漁業と林業の合計を上回ります。娯楽業の売上高は、電気機械器具製造業や鉄鋼業を上回っています。

経済成長を要因分解(JIP2013データベース)すると、経済全体として1990年代以降、労働投入量の減少と同時に、生産性(TFP)上昇率が大幅に低下しています。ここにサービス経済化の進展が影響していることも考えられます。

サービス経済化に関しては、産業構造論の分野で1960年代から「ボーモル病」(Baumol's Cost Disease)がいわれています。製造業に比べ、サービス産業の生産性上昇率は低く、所得水準の上昇に伴いサービス産業のシェアは拡大していきます。その結果、長期的な経済成長率低下傾向は必然であるという考え方です。高度成長期における通産省の産業政策は、「所得弾力性基準」と「生産性上昇率基準」の2つを満たすセクターとして、重化学工業化を積極的に進めましたが、現在はそういう好ましい性質を持つ産業は見当たりません。

製造業とサービス産業の労働生産性上昇率を比較すると、どちらも時代を追うごとに低下していますが、製造業に比べてサービス産業の労働生産性上昇率は低くなっています。製造業・非製造業のTFP上昇率(JIPデータベース)をみても、時期を問わず、製造業に比べて非製造業の計測される生産性上昇率は低いといえます。また、サービスセクターの所得弾力性は高く、ボーモル病が起こる条件を確認することができます。

TFP上昇率を国際比較すると、1990年代半ば以降の米国では、サービス産業の生産性上昇率の「加速」がマクロ経済の生産性上昇に大きく寄与し、ボーモル病は治癒したという経済学者も現れました(Triplett and Bosworth, 2003)。とくに、「IT利用産業」である流通業、運輸業、金融などで生産性の加速が顕著です。一方、日本の生産性上昇率の鈍化はサービス産業に限ったことではなく、むしろ製造業でも低い生産性が目立ちます。

サービス産業の生産性を考える際のポイントとして、1)「生産性の企業間格差(企業の異質性)」を考える必要があります。集計値、平均値だけでなく「分布」にも着目すべきです。また「新陳代謝」機能が生産性上昇に重要な役割を果たします。2)「生産と消費の同時性」、3)「市場の競争圧力(外部的規律)の弱さ」、4)「良質なデータの欠如(生産性計測の困難)」といった点も念頭に置く必要があります。

生産と消費の同時性

サービス産業の多くは、在庫を持てないという点で製造業と大きく異なります。サービスの生産と消費には、「空間的な同時性」と「時間的な同時性」が存在します。空間的な同時性として、人口の地理的分布(都市化)がサービス業の生産性に関わります。時間的な同時性では、需要のヴォラティリティを平準化することが生産性に影響を及ぼします。

稼働率が大事だということです。たとえばタクシーの実車率、ホテルの客室占有率など、需要変動への対応がサービス企業の生産性を大きく左右します。こうした「同時性」を克服する方法として、サービスをモノへ代替することがあり得ます。CDやDVD、マッサージ機、レトルト食品は、もともとサービスだったものをモノに代替することができた例です。

家事サービスをモノに置き換えたといえる家電製品の普及は、先進国の女性就労率を高めた大きな技術的要因となっています。将来的には、介護サービスを介護ロボットで代替することで生産性を向上する余地があると考えられます。ただし、いずれにしても必ずサービスは残るため、その部分は同時性の影響を受けます。

人口密度と生産性について、生産関数の推計結果に基づき、立地する市区町村の人口密度が2倍だと全要素生産性(TFP)がどれだけ高いかをパーセント換算すると、サービス業は、製造業と比べて「密度の経済性」が顕著に表れています。総人口が減少する中、「コンパクト・シティ」の形成が重要なことを示唆しています。

推計した生産関数の結果によると、対個人サービス業では、(1)事業所規模の経済性、(2)企業規模の経済性、(3)範囲の経済性が存在します。つまり事業所の集約化、多店舗(チェーン)展開がサービス業の生産性向上に有効であり、複数のサービスを提供することで、集客力の向上などを通じた「範囲の経済性」を享受し得ることを示唆しています。

日本の人口移動率は1970年をピークに低下を続け、都道府県を越えた移動は2%を下回る状況にあります。米国や北欧諸国の人口移動率は10%を上回っています(Sánchez and Andrews, 2011)。少子高齢化という人口動態要因もありますが、日本では移動に対するさまざまな制約・障害があることが考えられます。人口密度が高い地域に立地するサービス事業所はエネルギー効率が高く、コンパクト・シティは省エネにも寄与します。

「時間的な同時性」として、週日と週末の間の需要変動が大きいほど、また年間の需要変動が大きいほど、サービス事業所のTFPは低下します。フレックスタイム、休暇の分散(有給休暇取得率の向上)といった労働時間に関わる仕組みが、これらサービス業の生産性にプラス効果を持つ可能性が示唆されます。

企業レベルでの売上高のヴォラティリティが高い企業では、製造業、非製造業のいずれにおいても、非正規雇用、特に派遣労働者の利用がTFPに対し正の効果を持ちます。経済活力の向上と雇用の安定がともに政策目標であり、両者の間にトレードオフがあるとすれば、非正規労働者のセーフティネットや人的資本投資の機会を確保しつつ、企業が労働投入量を柔軟に調整できるようにすることが、経済全体にとって望ましいポリシーミックスといえます。

「経営の質」と生産性

「経営の質」と生産性を分析するにあたって、「企業特性と生産性(IT、外資、企業年齢)」については、「企業活動基本調査」のパネルデータ(約3万企業×10年間)を用いてTFPへの企業特性の効果を推計しました。「同族企業の生産性」および「労働組合と生産性」については、「企業活動基本調査」、「企業経営実態調査」をリンクさせたデータ(数千社)を用いました。また「ストックオプションと生産性」については、「企業活動基本調査」のパネルデータを用いて推計しています。

これらの結果によると、単にIT投資をすれば生産性が高まるわけではなく、それを生かすような企業固有の特性(「経営力」)が生産性を強く規定しています。また、同族企業は生産性上昇率が低く、存続確率が高い傾向があります。

米国とは異なり、日本では労働組合がある企業の生産性の水準および伸び率は高く、労使関係の重要性が示唆されます。長引く株価低迷でストックオプションの利用は停滞していますが、企業データでの分析によると、ストックオプション採用の後、生産性(労働生産性、TFP)は上昇する傾向が見られます。

結論

サービス産業の生産性の実態は、データの制約が大きく、未だわかっていないことが多い状況にあります。少なくとも、日本のサービス産業の生産性が低いという通念は不正確、または多くの留保が必要と考えるべきでしょう。ただし、いくつかの実証的事実は、生産性向上の余地がかなり存在することを示唆しています。企業間での生産性の分散(格差)が大きいこと、「新陳代謝」が十分でないこと、「経営力」(企業統治、労使関係等)の役割が大きいことについては、改善の余地が十分にあると思います。

政策的含意として、「新陳代謝」が重要となると、参入・退出規制、外部労働市場、信用保証制度などが生産性に影響を及ぼします。生産と消費の同時性では、コンパクトな町をつくっていくことがサービスセクターの生産性に重要な意味を持つことから、地理的移動の円滑化が求められます。容積率、用途地域、地方自治体の大店立地制限、建築士資格、資産課税などが重要となってきます。海外では、地域の生計費にインデックスした所得税控除、地域間移動に対する補助といった政策提案が存在します。

派遣労働制度・正社員の解雇規制、賃金調整の柔軟化、フレックスタイム、有給休暇など、労働投入量の調整、働き方の柔軟化も大事な課題となります。経営の質については、コーポレート・ガバナンスや労使関係に関わる会社法などの制度改善が、生産性向上に寄与します。

コメント

コメンテータ:
日本のサービス産業の生産性を上げる余地があることは間違いなく、産業内の新陳代謝を妨げている規制や政策の改革が求められます。とくに保育や介護、医療といった公共的サービスについては、価格の低さによる混雑現象が発生しており、低所得者層の購買力の保障を前提に、適切な価格にするとともに、サービスの高付加価値化を妨げる画一的な規制は外さなければいけません。

日本のサービスは高品質でありながら、なぜ価格に反映されないのかを考えると、正確性や迅速な対応といった特性が、ある意味でサービス残業に支えられている面があるのではないか。つまり急な需要に対して労働者が迅速に対応することが、必ずしもコスト増に対応せず、価格にも反映されないという労働市場の特性です。

空間的な同時性は、都市集積の利益(生産者・消費者の集積が高度なサービスを維持)をもたらしますが、日本ではこれまで大都市一極集中防止のために、過疎地への公共投資など、地域間人口移動のマクロの生産性向上効果に逆行する政策が行われてきた。シンガポールや北欧など、都市国家の効率性の高さが顕著となっている中で、日本の大都市一極集中防止の政策のコストはますます大きくなっています。現在、国家戦略特区として生産性の高い大都市に特区をつくり、直接投資を促進する政策が進められていますが、これは過去の「地域の均衡ある発展」政策の見直しという意味で効果が大きいと思います。

労働者の円滑な移動のためには、社会的安全弁を確保する必要があります。「企業ではなく、個人を守る」北欧型市場国家の考え方を進める必要があるでしょう。医療・介護・保育・教育分野といった高齢化社会の成長分野は、従来いずれも企業を排除し、国公立や「非営利法人」の独占的市場となってきました。それは、競争を制約することで、サービスの生産性を低める要因です。こうした公共サービス分野へ生産性向上の手法を適用していく上で、本研究は重要です。

森川氏:
サービスの品質の高さは、基本的には価格に反映されていると思っています。コンビニエンスストアでは同じ商品の価格が量販店よりも2割ほど高いことがその一例で、消費者は利便性への対価を支払っています。ただし国際比較する場合は、裁定が働きにくいため、たとえば米国に比べて日本の価格が高いといった違いが起こる余地はあると思います。

質疑応答

Q:

なぜ、サービス産業の生産性を上げなければいけないのでしょうか。サービス産業に要求されている機能について、考えてみる必要があると思います。

A:

日本の経済成長率が低下している中で、製造業の生産性を上げる余地は小さく、あるいは1%生産性が上がった場合のインパクトは非製造業のほうが大きいわけです。経済成長が必要だということを前提に考えれば、サービス産業の生産性向上の必要性は自明だと思います。

コメンテータ:

混雑、行列、稼働率の低さといったサービス産業の生産性の低さは、人々の生活を不便にしている代理変数の1つになっていると思います。つまり生産性の向上は、人々の生活がよくなることと共通性を持つと考えています。

モデレータ:

B to Bのサービス業も含めて考えるべきだと思います。さらに付加価値を提供するという意味では、製造業も非製造業も同じ土俵で議論することが可能です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。