アジア経済とADBの役割

開催日 2014年2月19日
スピーカー 中尾 武彦 (アジア開発銀行(ADB) 総裁)
モデレータ 森川 正之 (RIETI 理事・副所長)
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開催案内/講演概要

最近のアジア経済を俯瞰するとともに、ADBの役割を議論します。

議事録

直接投資のメリット

中尾 武彦写真中国をはじめアジア各国の発展は、直接投資に対してオープンであったことが非常に大きいと思います。ベトナムでは、直接投資の国内への波及効果について疑問が投げかけられていますが、外国企業と差別するかたちで国内産業を優遇しても、うまくいかないだろうと考えています。

日本も貿易を自由化した後、ビッグスリーの日本への進出を制限する産業政策をとっていました。結果的に日本の自動車産業が育ったことで、世界における自動車の選択肢が増え、技術革新も進みました。しかし、今の時代にベトナムがそれをやるのは、正しい選択とは考えられません。

また日本の成長パターンは、貯蓄を前提に自前でやっていくという経済モデルであり、戦前からの蓄積で、それだけの力があったわけです。ただし、成功モデルの日本についても、あえて別の見方をすれば、今の日本経済の状況をみたときにそれが完全によかったのかは議論を呼ぶところです。つまり、より開放的なシステムをとったほうが、さまざまな直接投資によって多様な技術や経営資源が日本に入ってくることにより、今とは違った開放的なモデルで成長した可能性も考えられるわけです。

直接投資を受け入れることで、スピンオフなどの波及効果も期待されます。中国には明らかに、その傾向があります。税制面で優遇するかは判断の問題ですが、ある時期からは、外国企業を優遇する政策は必要ないと思います。

中国について

中国の成長率は、昨年7.5%を超える水準を維持し、今年も7.5%程度となることをアジア開発銀行(ADB)は予想しています。いうまでもなく中国は、いろいろな問題を抱えています。環境問題、政治腐敗の問題もあります。国有企業が行っている設備投資や、地方政府による公共投資、それに不動産投資は、過剰投資を招いているリスクもあります。それが金融セクターにおけるシャドーバンキングの問題、地方の第三セクター的な借り入れの問題にも繋がっています。

全体として、民間セクターはまだ弱く、国営企業が強大な力を持っています。都市化によって生産の拡大を確保しようとしていますが、農村における余剰労働が減少しているため、賃金上昇が進み、それに対応するだけの生産性を維持できないという問題もあります。高齢化や一人っ子政策による歪みも生じています。大卒者の増加に対応するだけの雇用を生み出せないなど、問題を挙げればキリがありません。

これまでも、北京オリンピックや上海万博の後に、中国経済は落ち込むのではないかといわれてきましたし、遅かれ早かれ、いろいろな矛盾が問題になるといわれてきました。しかし、今のところは、7.5%程度の高い成長率を維持しているわけです。この水準は、新たな労働力に対応するためには十分と考えられています。

そういう意味で、私は中国政府の統治能力はこれまでのところ非常に高いと思っています。もしかすると私自身、これまで中国人民銀行や中国政府の人々とよく話をしてきたため、ポジティブにみる面があるのかもしれませんが。

中国の将来についてポジティブにみている理由として、たとえば三中全会のペーパーをみると、資源配分上、市場を基本とすることが明言され、国有企業の改革や金融セクターの自由化を明確に打ち出しています。

中央計画経済から市場経済に移行したのはしばらく前ですが、今後さらに民間セクターを強化するには、金融セクターの役割が重要です。どこに成長のポテンシャルがあり、どういう収益能力があるかをみながら融資し、モニターし、場合によってはテコ入れをするのが金融機関の役割といえます。中国の銀行は、より民間的な機能を高め、貸出金利に合わせて預金金利を自由化していく方向性が必要だと思いますが、中国政府はそれを明確に意識しているわけです。

また、戸籍制度をより自由にし、農村から都市へ移り住んだ人々にも、子弟の教育や社会保障を与えるといった方向性を明らかにしています。土地利用の権利を強化し、地方政府が勝手に収用できないようにすることも書かれています。

中国の大臣と話をしたところ、国と地方の権限関係の再調整が必要だということを強調していました。たとえば、国がやるべきことはもっと国がやり、地方には権限に応じてより多くの税収を与える必要があるということです。彼は、モラルハザードの議論が重要になっている流れも把握しており、国と地方の役割分担についても歳出を抑制するインセンティブを組み込む必要性を強調していました。また、当方から高齢化が進む中で社会保障をきちんと賄うためには付加価値税の機能が重要であることを指摘したのに対し、よく理解しているようでした。

中国の指導者は、全体として、経済、社会のどこに問題があるかをよく理解しており、三中全会の文書などで明確に打ち出すことが政治的にも可能な状況にあります。それを実際に実施することが重要ですが、共産党の力が強い体制であるために、選挙に一喜一憂する他の新興国の民主主義に比べると、実施されやすい状況にあると思います。

シャドーバンキングと地方財政の問題はありますが、GDPに対する公的債務の比率は、圧倒的に日本より低い水準にあります。今後、これらの問題への規制を強め、高い成長率を維持することで、そういった問題は相対的に小さくなっていく可能性があると思います。また、財政上の国と地方の権限関係を整理することによっても、対応が可能です。ただし、5%を超える高い成長率が2050年まで続くというほど、中国経済を楽観的にはみていません。

アジアの成長はアジアの需要が支えている

最近、テーパリングオフの影響に関する議論が高まっており、IMFの元調査局長であるインドのラジャン中央銀行総裁は、もう少し途上国に配慮すべきであると明言しています。G20でも、先進国の当局は政策変更にあたって十分コミュニケーションを図る必要があるといわれています。

しかし、新興国の市場に影響を与え、それが新興国の多少のアップダウンを導いてしまうことはあっても、Fed(連邦準備制度)の政策が変わっていくのは米国経済がより安定し、成長力が強くなっていることの裏返しでもあります。確かにインドネシアやインドは、昨年5月以降相当通貨が切り下がり、株価も下落しました。しかし、その後市場は安定を回復しており、ADBは、市場はテーパリングオフの影響をかなり織り込み済みとみています。

全体として、97~98年のアジア通貨危機に比べると、マクロ経済政策は健全に運用されていますし、銀行には十分は資本があり、それらに対する規制は改善し、中央銀行の独立性も担保されています。何といっても外貨準備のバッファが多くなっています。

ADB自身も世界金融危機以降、インドネシアに対し、世銀と一緒に5億ドルのクレジットラインを設定しました。またADBは、貿易のためのドルの流動性を確保するために、ツーステップローンで各国の銀行を通じてドルを提供しました。

アジア経済は全体的に相当強くなっている上に、危機に対する備えもよくできています。その分、過去の経験からよけいに不安になることはあったとしても、アルゼンチンやトルコのような不安定な国とは分けてみる必要があります。

昨日、韓国へ行って財務大臣と話をしました。韓国では経常収支が改善しており、昨年は黒字がGDP比6%から7%に改訂されるともいわれています。米国および欧州経済の見通しがよくなっている影響で、成長率も今年は4%程度まで伸びるともいわれています。そして韓国財務省主催のセミナーでは、ASEAN+3、RCEP、TPPなどを進めるうえでも、経済的な重みのあるCJK(中国・日本・韓国)の経済統合をさらに深化させる必要性が強調されていました。

アジアの成長は、欧州や米国よりも、次第にアジア内での需要に支えられるようになってきており、より消費に着目した成長になっています。アジアでは中間層が相当増加しており、自動車やエアコンといったものだけでなく、化粧品や紙おむつなど多岐にわたって中間層が求めるものの需要が高まっています。そこで直観的に、日本は消費文化の発達している国ですから、今後、その強みが発揮されるように思います。

アジアにおける日本の立ち位置

ADBに対する日本の貢献は大きく、戦後のアジアの発展における日本のODAや貿易、直接投資の影響はどの国よりも大きいものです。また日本の外交や民間企業の行動は、短期的な利益よりも長期的に、自分たちの利益を追求しつつ地域の人々にも受け入れられるものでした。フィリピンやインドネシアなどを含め、そのことは十分に認識されています。

ADBの本部は、マニラ(フィリピン)にあります。フィリピンの1人当たりGDPは、1950年代には韓国よりも高く日本に次ぐ水準にありました。比較的発展していたことが、フィリピンが本部に選ばれた1つの理由です。ところが2013年(見通し)のアジア各国の1人当たりGDPをみると、フィリピン(2792ドル)は、タイ(5879ドル)はもちろんインドネシア(3499ドル)よりも低い状況です。

フィリピンが劣後した理由として、あるフィリピンの学者は、1980年代の円高で日本からの直接投資の勢いが大きかったときに、フィリピンはマルコス政権が倒れて不安定になり、若王子氏の誘拐事件などが発生し危険な国であるというイメージが強くなった、そのため、日本から大量の直接投資が流れ込み、1つのクラスターが形成される時期に、それができなかったということをあげていました。フィリピンは、チャンスを失ってしまったのだという意見です。

戦争直後は、日本に対する印象はフィリピンではとても悪かったわけですが、今は好感度は米国と並んで一番です。この70年の間に「アジアの平和と繁栄が日本の成長と安定につながる」ということを目標にやってきた日本の信用は、私が思っているよりも大きいと感じます。

日本は1966年のADB設立当初より加盟し、初代総裁以来、わが国から歴代の総裁を輩出しています。また日本は、米国と並んで通常資本財源(OCR:Ordinary Capital Resources)への最大出資国であり、アジア開発基金(ADF:Asian Development Fund)への最大の拠出国でもあります。

安全保障の面で日米同盟体制を堅持することも大切ですが、日本はもっとソフトパワーを大事にできると思っています。日本の大学には14万人の留学生が来ていますが、うち中国人は9万人を占めています。多くの企業では、中国、インドネシア、ベトナムといったアジアの人材は、語学も堪能で意欲的なことから高く評価されているようです。日本には、そういう資産もあると思います。

アジア開発銀行(ADB)

ADBの主要株主は、日本(15.6%)、米国(15.6%)、中国(6.4%)、インド(6.3%)などです。専門職員数1083人のうち、日本人と米国人がそれぞれ150人程度、インド80人、中国70人、韓国50人などとなっています。

主な業務として、アジア太平洋地域の途上国に対する融資、グラント(無償支援)、技術支援を行っています。融資には、OCRおよびADFがありますが、2013年11月現在、OCRの残高は528億ドル、ADFの残高は284億ドルとなっています。

OCRの貸付先はインドや中国が中心であり、電力などのエネルギー、道路を中心とした交通が多くなっています。ADFの対象国は、ミャンマー、アフガニスタン、パキスタンなどの債務負担能力が低い地域です。

アジアの労働人口については、今後中国では減少し、インドでは増加する見通しです。2011年のADB委託研究「アジア2050」では、「アジアの世紀」のシナリオを発表しており、2050年には、世界人口の52%をアジアの人口が占め、GDPの割合もアジアが52%を占めることを予想しています。

必ずしも2050年に、現在の米国が持っているような影響力を持ち、アジアが世界の中心になるとは思っていませんが、正しい政策を続けることによって貧困をなくし、アジアの人々が豊になり、より平和で安定的な地域になる可能性は十分にあるでしょう。

ADBでは現在、長期戦略の中間レビューをしているところです。まず、知見やスキルをさらに蓄積し、職員間でシェアしていく必要があります。中所得国が増えている中で、資金調達能力のある国に対し、どうサービスしていくかという課題もあります。貧困削減とともに、ADBでは中所得国との関連性も1つのテーマにしています。またADB自身、一定の規制緩和も必要と考えています。

質疑応答

Q:

エネルギー政策など、主要株主である各政府の意図は、ADBの融資方針にどの程度影響を与えるものでしょうか。

A:

各国の政策は理事会を通じて影響を与えますが、たとえばアジアの国と日本が賛成すれば50%を超え、多数決で承認できます。先進国の一部の意見だけで、左右されるべきではないと思っています。

Q:

今後、アジアが文化・知識創造の比重を増し、クリエイティビティを向上させていくにあたり、日本の果たす役割は大きいと思います。一方で、日本が一番進んでいると満足していることもできないでしょう。アジアでは、韓流に比べて日本の存在感は薄いともいわれています。今後、ADBにはアジア全体の文化や知識創造における協力についても、大きな役割を果たしていっていただきたいと思います。

A:

たしかに韓国は後から来ることのメリットを享受し、IT関連など日本より明らかに進んでいる部分もあります。音楽や芸能の分野でも、強い訴求力をもつサービスを作り上げています。韓国政府では健康保険の改革も進めており、日本の問題を教訓にしながら伸びていく要素があるようです。日本には多くの資産があり、各国からの信頼も全体として厚いわけですが、勢いという意味ではもっとがんばる必要があります。

なお、ADBの役割に関連し、タイが政治的に不安定になり、バングラデシュでも選挙後、不安定な状況がみられますが、アジアの発展は政治的な安定に支えられています。いろいろなプラスサムの部分を伸ばしていくマインドセットを各国が共有する必要性が高まっています。まずは政治的安定と各国の協調関係が必要です。ADBがそのような面でも一定の役割が果たすことができれば、と願っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。