『地域経済の発展』に成功したドイツ地方都市; 日本への示唆

開催日 2013年9月26日
スピーカー 岩本 晃一 (経済産業省 地域経済産業グループ 産業政策分析官)
コメンテータ 中村 良平 (RIETI ファカルティフェロー/岡山大学大学院社会文化科学研究科 教授)
モデレータ 上野 透 (RIETI 国際・広報ディレクター(併)上席研究員)
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開催案内/講演概要

日本の地方都市では、これまで様々な取組がなされてきたが、ほぼ全ての地域で衰退現象を示している。人口減少・少子高齢化が進む日本ではもはや地方が右肩上がりに転じることは無理だとの諦めの声も聞こえる。

だが日本と同様に人口減少・少子高齢化が進むドイツでは、大都市以外にも発展している地方都市が多くあり、全地域の経済力の総和としての国家の経済力は、ユーロ圏で最強となっている。ドイツを見る限り、人口減少・少子高齢化と経済発展又は衰退とは無関係にみえる。かつて「欧州の病人」と言われたドイツの地方都市の産業競争力が如何にして発展したのか、日本と同じく製造業を主力産業とするドイツの手法を日本に導入すれば日本も再び力強い成長を蘇らせることが出来るのではないかとの問題認識の下で行った現地調査結果を紹介し、日本への示唆を述べる。

議事録

現地調査の目的

岩本 晃一写真私は今、持続的な地域経済の成功モデルを調査しており、成功モデルを求めてドイツの現地調査に行って参りました。本日は、そのご報告をいたします。まず「成功モデル」を調査分析する背景から説明します。地域経済発展のアイデアは多く存在しますが、成功した実例がなければ、「そんなことは無理だ」と言われて終わってしまいます。しかし日本国内では、もはや「成功モデル」を見出すことは困難な状況といえます。そこで、日本と国柄の似通ったドイツで「成功モデル」を探すことにしました。

ドイツは、日本と同じように製造業を主力産業とし、人口減少・少子高齢化が進んでいる国です。わずか十数年前には「欧州の病人」と呼ばれ、経済が低迷していましたが、いまやユーロ圏で最強の経済力を誇っています。このドイツの手法を日本に導入することができれば日本も再び力強い成長を蘇らせることができるのではないかと考え、現地調査に行った次第です。

調査対象都市を選定する前に、「地域経済が活性化した」とはどういう状態を指すのか、その定義から始める必要があります。日本ではこの定義が存在しないので、自ら考え、「外需型産業が域外から所得を獲得し、それを域内に発注し、地元で人を雇用し、地元で消費するといった形で地域経済が循環することによって、さまざまな指標が右肩上がりになっている状態」と仮置きで定義し、この定義に合うドイツの地方都市を選定しました。

この定義で考えると、日本の場合はほとんどの地方が衰退現象を示しています。国の経済力は全地域の経済力の総和ですから、いくら大都市が成長しても、地方都市が衰退していれば日本全体の成長は苦しくなります。一方、ドイツでは地方都市を含め経済力の強いエリアが面的に広がっており、経済状況の厳しい北ドイツ・旧東独の中にも、経済力の強い地方都市が点在しています。そのためドイツでは、一国としての経済力の総和が強くなるのです。この点が、日本とドイツとの決定的な違いといえます。

バイエルン州レーゲンスブルグ他の事例

南ドイツの事例として、レーゲンスブルグは1人当たりGDPがドイツ国内第1位の豊かさを実現し、ドイツのなかで経済力が最も強いバイエルン州政府がイチオシで推薦する町です。人口わずか15万人の市政府が二十数年間で作り上げた近代的工業都市・輸出基地で、製造品の約60%を海外へ輸出しています。スイス・プログノス研究所は、レーゲンスブルグを「ドイツの各都市の将来展望及び地域競争力」第5位に位置づけています。

大きな教会が市の中心にありキリスト教の影響が強く、まるで眠っているようだと言われていた都市でしたが、1962年に設置されたバイエルン州4番目のレーゲンスブルグ大学・工科大学がイノベーションを生み出す源となりました。周辺には中小企業が入居する工業団地があり、さらにその周囲には大きな工場地帯が広がっています。大学を活用し、自分たちの生活を豊かにすることを市政府の政治方針として決定し、このような町づくりが始まりました。

中小企業に対するアプローチとして、レーゲンスブルグは家族的経営の中小企業が地域経済を支えており、賃金が40~50%安いチェコまで約1時間の距離にあります。陸続きのため、海外移転圧力や安価品の流入圧力は、日本が中国から受ける圧力よりも強いという話でした。そこで差別化を図り、付加価値の高い製品を開発するために、産業クラスターによってHidden Championを育成することを政府の目標に掲げたということです。市政府は、地元企業を率いて海外の展示会にたびたび出展し、製品のプロモーションだけでなく、市場ニーズを把握して次の製品開発に活用するといった産業クラスターシステムを作り上げています。

大企業に対するアプローチとして、市政府は、大学の卒業生が地元に定住するための職場づくりに取り組むことを方針として掲げています。そのため、息の長い誘致活動を通じて、大企業の新製品の企画、開発、設計部門を誘致しています。現地を案内してくれた経済振興公社総裁はレーゲンスブルグ大学の物理学科の卒業で、同級生はみなミュンヘンで就職したそうですが、現在は物理学科の卒業生はほとんど地元で就職しているそうです。たとえば、コンチネンタル社は、当初15人の事務所からスタートしたそうですが、やがて工場ができ、最終的に企画開発設計部門が来るまで15年を要したとのことです。7000人の従業員のうち、企画開発設計部門で4500人が働いています。

市政府の話によると、「東欧への工場移転は予想していたよりはるかに少なく、企業は、市が提供したビジネス環境に十分満足したようだ」と評価されていました。日本風に言えば、レーゲンスブルグは企業から選ばれる都市になったというわけです。市政府の投資はほぼ回収が終わり、4~5年後には財政収支が黒字化する見込みです。その結果、すべての指標が右肩上がりの「地域経済の発展」を実現しました。

世界遺産の古都で学生時代を過ごしたいとやってきて、この地が気に入り定住したい若者が地元に就職し、人口は増加しています。とくに若い女性が多く、失業率は全国平均5.3%に対し、レーゲンスブルグは3%まで減少しています。住民1人当たりGDPは第2位を大きく引き離して1位となっています。GDP成長率は、ドイツのなかでもっとも成長率が高いバイエルン州の平均よりもさらに高い水準にあります。

レーゲンスブルグが非常に立派なのは、かつて重工業で繁栄したものの産業構造転換に失敗し衰退しているルール重工業地帯や北ドイツ・旧東独を反面教師とし、常に産業構造の転換を推進しているということです。彼らは今の繁栄が永続的ではないと認識し、将来を担うバイオ産業を育成しています。

人口15万人の地方都市でも国内一の豊かさを実現可能であることを、レーゲンスブルグは日本に示唆しています。市政府の下に、経済振興公社という大きな実働部隊が存在するのもドイツの特徴です。

ザクセン州ライプチヒは東西統一後、西側との競争に晒されて10万人が失業し、1933年以来減り続けてきた人口が更に激減しましたが、経済復興により過去10年以上に渡って人口増に転換しています。依然として経済状況が厳しい旧東独の中にあって十数年で経済復興に成功した希なケースで、Financial TimesのEuropean Cities & Regions of the Future 2012/13でも 第1位に選ばれた都市です。人口減少が60年間続いたとしても、産業復興によって増加に転じることが可能ということを、ライプチヒは教えてくれています。

ブレーメン州ブレーマーハーフェンは、経済状況が厳しい北ドイツにおいて約10年間で経済復興を成し遂げました。造船業から洋上風力産業への構造転換に成功し、失業率は25.6%(2005)から、わずか4年後には15.3%(2009)にまで低下しました。成長している企業部門を1つの地方都市へ誘致することで、経済復興を可能にした実例といえます。欧州のマスコミは、ブレーマーハーフェンのサクセスストーリーとして報じています。

産業クラスターによるHidden Championの育成

ドイツは中小企業の国である。ドイツの経済は中小企業が支えており、産業クラスターという手法を用いて中小企業をHidden Championに育成するのが目標だという話は、ドイツのどこへ行っても聞かれました。ドイツの地方都市経済が強いことは、この産業クラスター政策が成功していることの証拠だと思います。産業クラスターを用いてどのようにHidden Championを育成しているのか、その具体的な手法をドレスデンのフラウンホーファー研究所で詳しく聞くことができました。

フラウンホーファー研究所が2009年に行ったアンケート調査によると、中小企業にとってR&Dの必要性は十分認識され、新製品開発は企業の将来を左右する重要な工程と位置づけられています。しかし、たまにしかない新製品開発のために常時最新設備と要員を確保するのは負担であり、外部にアウトソーシングできる適切な機関があればそうしたいと考えています。

ドイツは日本と同様に、職人が毎日同じものを作ることや、図面が与えられれば職人がものを作ることは得意ですが、市場ニーズをとらえて他社と差別化し、世界で売れる製品を自らの頭で考え出すことは苦手なことから、このニーズを反映して制度設計したクラスターが成功しているのだと思います。

フラウンホーファー研究所は、まさにそのニーズの受け皿として活動をしています。研究所数は66、職員は2万2000人、年間収入19億ユーロのうち約3分の1が民間企業からの受託収入、残りは公的機関からの収入と自己資金になっています。欧州最大の「応用研究・結果主義」の研究機関であり、ミッションの1つとして、R&D機能を持たない中小企業のために自身が有するイノベーション・ノウハウを提供し、産業界のために働くことを掲げています。職員数・売上高の高い伸びが、産業界の同研究所に対するニーズの高さを示していると思います。

R&D機能を持つ技術力の高い中小企業は、日本・ドイツともにHidden Championまたは、それに近い存在といえますが、フラウンホーファー研究所は、R&D機能を持たない中小企業を支援対象としてHidden Championに育成しており、これがドイツ地域経済の強さの源であると考えられます。

IWSドレスデンPVD-and Nano tech部門長のAndreas Leson氏は、研究者と会員企業のコミュニケーションを通じた信頼関係の醸成をもっとも重視しています。日本のように「産学連携」の担当者はいるのかと質問したところ、技術を売って回るセールスマンはおらず、クラスターの本質は研究者と企業の技術者の人としての信頼関係を築くことであり、「あの人に任せれば大丈夫」「あの人となら一緒に仕事ができる」という信頼関係ができれば、ものづくりは後からついてくる、という説明でした。

また、東京「ナノテク2013」で知り合った日本企業が、日本のナノテク研究機関を飛ばしてドレスデンまで仕事を依頼に来たという話を聞き、私は軽いショックを覚えました。そこで、日本との違いを質問したところ、日本の研究機関・大学の研究者が提供するのは技術だけのようだが、フラウンホーファー研究所はきめ細かな総合的サービスを提供するという点で異なるのではないか、という回答でした。

新製品を開発するだけなら、Hidden Championではなく、単なるHidden会社で終わってしまうため、Andreas Leson 氏はクラスター参加企業を率いて世界中の展示会に出展しています。2013年の出展計画を見ると、年間12回、うち7回は海外です。そこで製品をプロモーションするだけでなく、ブースを訪問した顧客と会話することで市場ニーズを把握するという努力を行っており、それを次の新製品海発に活かします。

フラウンホーファー型クラスター・モデルの本質は、イノベーションが常に生み出され、新製品が継続的に市場に輩出され、企業の売上げが伸びて成長する「イノベーション・プロセス」といえます。

ドイツでは、地域開発を始める最初の考え方として、日本によくみられる横並び的な産業振興ではなく、他地域と比べて比較優位な地域資源を最大限に活用するところからスタートしています。

Revival(復活) and Revitalization(活性化)

コメンテータ:
地域振興には、“How(どのように)”の視点が大切です。欧米の場合、一般には開発公社の存在が非常に大きいです。そういったところが、いかに産業を組み合わせ、生産現場だけでなく企画・開発・管理部門の誘致、地元中小・中堅企業との連携をどのように進めていくかが重要となります。

移出を増やす供給側の視点として、フラウンホーファーの存在は大きいと思います。(1)工場誘致のあり方、地元の企業の底上げや連携。(2)長期的視点での支援、振興予算の継続、担当者の継続性。(3)企業間連携、産官学連携。――これらはすべてドイツのさまざまな研究所が担う中核的な役割といえるでしょう。さらにデータベースの提供や情報分析、マーケティングのためには、域内外の産業連関構造を把握する必要があります。こういったことを含めて、地域イノベーションを創出することになります。

地域内外の経済循環と成長

地域経済の活性化を図るには、「所得になったマネーの循環」「消費されたマネーの循環」「貯金されたマネーの循環」の3つができているかどうかがポイントになります。

必要条件は具体的な成長素材を見出し、そこから地域産業の国内外の地域間競争力、新たな輸移出品を生み出すことです。地域経済は、外貨を稼ぐ強力な基盤産業を必ず複数持つべきであり、これを可能にするには、地域をより広域的にとらえる必要があります。

厳密には定常的な経済成長が必要であって、資本は減耗するため、内部循環だけでなく常に域外市場から一定のマネーを獲得しなければなりません。そのために、モノであれば創造力を導く新設備、ヒトであれば1度は外へ出た若者が再び戻ってくることができる機会、ノウハウであれば外部の専門家のアイデア支援、それらを地域に根ざした基盤産業の構築につなげることが大切です。地域商業も、観光集客対応や買い物支援などを通じて移出・循環の双方に寄与することも考えられます。

質疑応答

Q:

大学人は、社会貢献として中小企業との協力に積極的に取り組む立場なのでしょうか。それともネガティブな立場なのでしょうか。大学と企業の連携を促進するメンタリティは、ドイツではどうなっているのでしょうか。

A:

ドイツでは、製造業の繁栄が国家の繁栄であるという国民的コンセンサスがあると感じますので、大学の先生はやはり研究がメインであっても、製造業に協力するメンタリティは日本より強いと思います。ですが論文指向は強いらしく、クラスターマネージャーの仕事として、中小企業とサポートする人のマッチングや、中小企業と大学の間に立って調整することが主な役割であり、かつそれがもっとも難しいということでした。

コメンテータ:

日本において大学の学部教員の採用基準は第一に研究業績、その次に教育となっており、地域社会・企業への貢献活動は評価対象となりません。ほとんど趣味としてやっている人が多いと思います。ただし最近の傾向として、地方大学が地域貢献に取り組む方針を文科省も示しているため、それが大学教員の評価に含まれるようになれば大きく変わると思います。

Q:

フラウンホーファーのように機能する機関が日本にはないということですが、各県には工業試験場があり、つくばの研究所、産総研やNEDO、民間のシンクタンクもある中で、フラウンホーファーに近づけていくためには、どのように変えていけばいいでしょうか。

A:

日本人もドイツ人と同じことを考え、各地方でさまざまな研究機関を作ってきましたが、残念ながら現状はフラウンホーファーのような役割からは遠い状況にあります。中小企業をHidden Championに育てるための機関にするためには、大きな改革が必要でしょう。第1に、どのようなモデルを目指すべきかを理解して現場に入り、牽引していくリーダーシップの存在が求められます。第2に、フラウンホーファーと同様、民間と共同研究をして得た業績と収入が比例するシステムに変える必要があると感じます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。