大相撲の経済学 ―そこに見える日本社会―

開催日 2013年9月12日
スピーカー 中島 隆信 (RIETI ファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部 教授)
モデレータ 奈須野 太 (RIETI コンサルティングフェロー/経済産業省 経済産業政策局 参事官(産業人材政策担当))
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開催案内/講演概要

長い伝統を持つ大相撲は特殊な世界なのでしょうか? 否、大相撲こそ日本社会の象徴であり、そこに日本の抱えるさまざまな問題が凝縮されているのです。大相撲を経済学の視点から眺めれば、そこが伝統の維持・継承という目的を達成するためにいかに合理的なしくみを備えているかが理解できます。そして、社会の変容とともにそのしくみが摩擦を起こし始めていることもわかります。大相撲の不祥事に端を発して組織された「ガバナンスの整備に関する独立委員会」での秘話も織り交ぜてお話しします。

議事録

「大相撲」とは何か

中島 隆信写真公益法人の移行認定は11月30日が申請期限となっており、日本相撲協会も近日中に手続きをするとみられています。相撲といえば、時代錯誤的で現実離れした習慣・風習があり、かつスポーツとして競争的、というイメージがあると思います。相撲は江戸時代末期に興行としてスタートした後、昔ながらの伝統を守るために、さまざまな工夫を重ねて進化してきました。

相撲には、他のスポーツと違い「競争を制限する仕組み」がたくさんあります。たとえば「個人別総当たり」は禁止、部屋の「移籍」や「再入門」も禁止です。移籍を禁止すれば、相撲部屋同士の競争がなくなります。部屋を魅力的にし、他の部屋から力士が移ってくるのを待つこともできません。競争を激しくすれば、ルールを明確にするといった透明化が求められ、伝統文化がだんだん異質なものになってしまうためです。

「年功制」も、相撲の大きな特徴です。象徴的な例として、「褒賞金制度」は過去の実績の積み重ねに応じて支給される仕組みです。また、「大関という楽園」が存在します。一旦大関になれば、2場所連続で負け越さない限り下にさがることはありません。年間でみると、24勝66敗でも地位を維持できるのです。

さらに「年寄制度」によって、相撲界を引退した後、105あるうちの年寄株を1つでも手に入れれば、65歳の定年まで相撲協会にいられます。仮に35歳で引退すれば、30年にわたって年金が支給されるのです。年寄株は、これまで実質的に数千万円から億単位の金でやりとりされてきたため、資金力のある人が年寄になれることは明白です。

「曖昧なルール」として、「物言い」という不思議なものがあります。また相撲協会は、他のスポーツに先駆けてビデオ判定を取り入れました。ただし、どちらが勝ったかをはっきりさせるためにビデオ判定をするのではなく、ビデオを参考にした後に「同体取り直し」となります。厳格なルールを取り入れているように見えて、運用が実に曖昧なのです。

かつては、千秋楽に2人の力士が相星で残った場合、より地位の高い力士が優勝となりました。たとえば平幕力士と横綱が相星になった場合、敬意を表して横綱が優勝になるという伝統がありました。しかし、あえて優勝決定戦が行われるようになりました。3人残った場合は巴戦が行われますが、最初に対戦する2人は、1回負けられる分だけ有利になります。また、最初の2人はくじ引きで決められます。このように曖昧な部分が多く、番付の決め方をみても、疑問に思うことが多々あります。

「転用が難しい特殊な人的資本」も特徴的です。力士の成長の過程をみればわかりますが、力士の人的資本は、白鵬でいうならば「盤石な下半身」と「柔らかい上体」といった体格の形成といえます。学歴、生活習慣、体型を考えると、相撲をやめてから一般社会で仕事に就くのは難しいため、成功した力士たちの第2の人生を考えた仕組みが「年寄制度」といえます。相撲という閉鎖的な世界で自分たちの特殊な人的資本をつくり、内部完結できるような仕組みをつくっているわけです。

角界の不祥事とその原因

しかし、この内部完結的で閉鎖的な世界を原因とする不祥事が起こっています。2007年以降の暴行死、薬物、野球賭博、暴力団、八百長といった相次ぐ不祥事について、協会の年寄たちに原因を聞いてみると、大抵の人がモラルの低下、教育不足、能力低下だと答えます。しかし根本的な原因として、閉鎖社会ゆえの身内ルール、相撲部屋ありきのガバナンスの欠如などが指摘されます。

さらに、何かを変えようとすると現場の親方たちが反対し、下からの突き上げで理事や理事長は何もいえなくなってしまいます。結局、理事会で何も決められないため、「世の中の変化に対応しきれない決断の遅さ」や、トカゲの尻尾切り的な対応に終始し、組織変革ができない現状があります。

八百長問題が起きたとき、私は、組織改革のチャンスだと思いました。これだけ大きな問題が起きたのだから、それをきっかけにして日本相撲協会の組織を変える方向へ議論を持っていきたかったわけです。しかし、世間の反応が八百長の対策ばかりに集中したため、改革は難しいと感じました。

メディアの報道をはじめ周囲の人たちが、「スポーツなのに八百長とはけしからん」と善悪論一辺倒で扱ってしまったため、その対処も、力士の携帯電話を取り上げ、親方が支度部屋へ入って私語を監視するなど、まったく意味のないものになってしまったのです。仮に今後、相撲協会が何か深刻な問題を抱えるとすれば、この不毛の半年間に改革の機を逃したことが最大の原因といえるでしょう。

より深刻な角界の構造的問題

「年寄名跡問題」は、より深刻です。会社や大学では一般的に、有能な人材を残して昇進させていくのが組織として当然の人事です。しかし相撲協会は、カネでポストを買う仕組みをずっと続けてきたため、基本的に金持ちが残るわけです。それが世間一般からみて非常識であることよりも、むしろ最大の問題は、本当に協会に残すべき人材が残らないことです。

「相撲部屋の相続問題」として、相撲部屋は親方の個人財産となっています。昔は両国の駅周辺に多くの相撲部屋があったのですが、列島改造ブームやバブル期の頃に地価が高騰して弟子が買い取れなくなったため、部屋を壊してビルを建て、1階でちゃんこ鍋の店を出すケースがみられるようになりました。そして弟子は地価の高い東京を離れ、千葉、茨城、埼玉、山梨などで部屋を開いたわけです。

しかし私は、部屋とは相撲文化の財産だと思うのです。今年、二所ノ関部屋が閉鎖されました。二所ノ関部屋といえば、あの大鵬がいた部屋です。相撲の伝統を財産・価値として守っていくために、「ここで大鵬が汗を流した」という部屋を、いかに保全していくかを考えるのが協会の役目だと思います。しかし、各親方の自由に任せて平気で潰していくのが、今の相撲協会のやり方なのです。

「潜在失業者の滞留」も深刻な問題です。三段目は出世の分かれ目といわれており、ある程度稽古して体格が大きくなると、三段目までは出世できるものです。しかし、そこから上にいくかどうかは、その後の精進にかかっており、三段目に多くの力士が溜まるようになります。また、上から落ちてくる力士もだいたい三段目に溜まってくるため、滞留する三段目の年齢をみることは重要です。

三段目の年齢が若いときは健全ですが、年齢が高い場合は、上がる見込みの少ない力士が滞留していると考えられます。統計によると、昭和51年には25歳以上の三段目力士は13人しかいませんでしたが、平成25年には合計で109人に増加し、そのうち25歳以上が半数以上を占めています。これが相撲協会の現状です。しっかり稽古を積んで昇進していく力士が少なく、高齢化も進んでいるため、外国人の若い力士が入ってくるとすぐに出世していくわけです。引退できずに高齢化した力士たちは、若い力士の稽古をつけるなど、住み込みの賄い係として働いています。

「深刻な場所の不入り」については、八百長問題の後に大きく落ち込み、昨年は盛り返してきましたが、基本的には減少傾向にあります。観客動員数も、やはり下がっている状況です。さらに、2008年度からの累積赤字は70億円を超えています。今の相撲協会は、この赤字を補てんするために協会の財産を食い潰している状態です。そのうち深刻な経営危機を迎えると思いますが、株式会社ではないため株価が下がって警鐘が鳴ることもありません。いよいよ立ち行かなくなってから、表面化するかもしれません。

しかし、それに対して経営責任はゼロです。普通の会社ならば、これだけ赤字を出せば、まず役員の報酬が下がります。しかし協会は、理事も理事長も給料は下がらず、人件費の約4割が年寄の給与で占められています。不思議なことに、経営責任を誰もとらないのです。

結局、「経営と現場の分離」ができていないわけです。理事会に現場の親方が入っているため、師匠が審判と理事、さらには評議委員を兼任するという状況があります。これを野球にたとえるならば、チームの監督やコーチが試合の球審をやっているようなものです。それについて、誰も文句を言いません。客観的に指令すべき人が、指令される側でもあり、理事会が完全に形骸化しているのが相撲協会の現状といえます。親方衆や元横綱の貫録や威圧感は相当なものですから、経営の現場に現役の親方たちを多く入れるべきではありません。少なくとも半分以下に抑えなければ、結局は形骸化してしまうことでしょう。

大相撲を通して日本社会をみる

大相撲を通して日本社会をみると、たとえば「閉鎖社会の論理」は、会社ならば会社人間、政治家では永田町の論理、大学の場合は象牙の塔などといわれます。それらに象徴されるのは、やはり内部で自分たちにとって都合のいいルールをつくってしまう体質であり、相撲はその典型的な例といえるでしょう。

そこには当然、「曖昧さ」というものがあり、人事や仕事の評価がどこまで客観的に行われているか、明らかではありません。大学にも同様に、「大相撲の経済学」がそのまま当てはまると思います。「潜在失業」については、本来ならば三段目に滞留している力士たちをリストラすべきだと思いますが、多くの人が溜まっています。

今後、協会をどうしていくかは、「競争」と「協調」の配合率にかかっていると思います。スポーツですから競争はある程度必要でも、競争ばかりでは他のスポーツと変わらないため、協調も求められます。八百長が協調とは言いたくありませんが、互いに助け合う仕組みや、年長者を敬う仕組みが相撲にはあります。そういう部分を残しつつ、外部に納得してもらいながら魅力を伝えていく戦略が必要だと思います。

しかし、そのような戦略を考えていくには、現状の組織のままでは司令塔とガバナンスが決定的に不足しています。今後、公益認定を受けたとしても、現場の声に振り回されて改善策を決断していくのは難しいと感じます。その観点から今後、日本相撲協会のやり方を注意深くみていきたいと思っています。

質疑応答

Q:

公益法人認定の申請期限が迫っていますが、「収益事業が全事業の過半を超えない」といった条件がある中、日本相撲協会は現在どういう状況にあるのでしょうか。

A:

相撲協会にとって一番のハードルは、やはり興行が収益事業であるという点ですが、これまで「興行すること自体が伝統文化である」と主張し、そのハードルはクリアしてきました。相撲は、興行する分だけ大きなお金が動くため、よりガバナンスの厳しい組織に変えた上で公益法人に認定されるべきです。しかし、法律をクリアするための決め事はしているものの、実態はあまり変わっていないようです。おそらく今後、改善策を示すことで認定されると思いますが、柔道連盟のような不祥事には注意すべきでしょう。

Q:

相撲の構造問題を解決するために、一般のファンは、どのような貢献ができるとお考えでしょうか。

A:

一番の問題は、ひどい赤字です。これについては、もっと報道すべきだと思います。毎年10億円の赤字が出ても、理事会は自分たちの給料を下げず、相撲協会の財産を食い潰しながら運営しています。非営利的な組織の財産は本来、国民のものといえます。国民も非営利組織のガバナンスのあり方について無関心なため、わかりやすいところから手をつけるべきでしょう。そうなれば、赤字の原因として不採算の部屋など経営上の非効率が見直され、個々の末端組織に対する協会のガバナンスも働いてくると思います。

Q:

近年、欧州で相撲の競技人口が増加しているようです。そこで、相撲を日本発の輸出物と割り切って世界へ発信し、テニスのウインブルドンのように世界選手権を両国で開催するといった戦略は、考えられないでしょうか。日本の企業のように、外圧によってガバナンスも改善すると思います。

A:

日本の将来の人口を考えると、現在の年6場所を維持することはできません。外国人の力士も増えている中で、海外の興行あるいは巡業を定期的に組み込んでいくことはできると思います。ただし、コンテンツとしてどのように見せていくか、見せ方が重要になるでしょう。やはり、取り組み前の呼出や塩まきといった雰囲気全体に相撲のよさを感じるわけですが、それを世界の人々も感じてくれれば十分成り立つと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。