平成25年度 年次経済財政報告書

開催日 2013年8月27日
スピーカー 増島 稔 (内閣府参事官(経済財政分析―総括担当))
モデレータ 片岡 隆一 (経済産業省 経済産業政策局 調査課長)
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本年度の経済財政白書では、「日本経済の好循環をどう確立していくか」という問題意識から、経済財政をめぐる短期、中長期の課題について、現状の把握と論点の整理を試みる。第1章「経済財政の現状と課題」では、リーマンショック後の経済財政の動向を振り返るとともに、経済政策のレジーム転換後の展望を探る。第2章「日本企業の競争力」では、日本企業が生産性や収益性を向上し、所得を生む力、すなわち競争力を高めていくための課題を分析する。第3章「経済活動を支える基盤」では、経済活動の基盤としての人材、金融サービス、社会インフラに着目し、国が選ばれる時代への対応を探る。

議事録

3つの好循環

増島 稔写真平成25年度経済財政白書には、「―経済の好循環の確立に向けて―」という副題をつけています。ここでいう「経済の好循環」には、3つあります。支出・生産・所得の好循環による「持続的成長」、経済再生による税収増が財政健全化に貢献し、財政健全化が長期金利の上昇を抑え消費や投資を促進する「経済再生と財政健全化」、そしてマクロ経済の好転が企業の前向きな決断を促し、政府の成長戦略によって企業の行動が変化しマクロ経済を好転させるといった「マクロ経済環境の好転と成長戦略の促進」です。この3つの好循環をどう実現していくべきか――という観点で全体をまとめています。

第1章 経済財政の現状と課題

第1節「我が国経済の立ち位置」では、おもに足元の景気動向について述べています。景気は2013年に入って持ち直し、回復に向けた動きが出てきました。特徴として、過去の持ち直し局面に比べて、個人消費が強い一方、輸出が弱い状況にあります。その背景には2012年秋からの円安株高があり、アベノミクスの影響があったといえるでしょう。

また、東日本大震災が起きた2011年以降、輸入価格の上昇や輸出数量の減少によって、貿易収支は赤字傾向にあることがわかります。輸出は、海外景気が持ち直す中で円安の動きを背景に2013年以降持ち直し、貿易収支の赤字幅の拡大が止まってきています。

円安の影響で、生産や企業収益にも改善がみられています。ただし、日本の生産は主要国・地域と比べると相対的に弱く、日本の得意な資本財の出荷が遅れていることが反映していると思います。企業収益は、製造業、特に輸送用機械などの加工業種を中心に改善しています。

他方で設備投資は、GDPベースで4-6月期にも小幅なマイナスが続いています(注1)。主要先進国と比べて低い稼働率が、とくに製造業の設備投資を抑制していると考えられます。非製造業では、期待成長率の低下が設備投資を抑制しています。

(注1)2次速報(9月9日公表)で上方修正され、非製造業を中心に持ち直しの動きもみられています。

個人消費は、景気が底堅く推移する中でマインドが改善し、持ち直しの動きがみられています。とくに高齢者の消費が個人消費を継続的に下支えしており、アベノミクスで株価が上がり、高齢者の消費を中心に個人消費を1%程度押し上げています。

第2節「金融政策のレジーム転換と物価動向」では、おもに期待の変化を中心に分析しています。大胆な金融緩和などを背景に、市場参加者の予想物価上昇率は上がってきています。2013年に入って、消費者物価の前年比下落率は縮小しています。食料品価格が上昇しており、耐久消費財の価格には下げ止まり感が出てきています。

実際にデフレ脱却に至るためには家計行動が変わる必要がありますが、家計の低価格志向の緩和を背景に、平均購入単価は上昇しています。フィリップス曲線をみると、GDPギャップが改善しても物価がなかなか上がらない状況にある中で、デフレ脱却のためには、予想物価上昇率を高めることが重要といえます。

アンケート調査によると、企業は、市場価格の見通しに合わせる形で自社商品価格の引き上げを行う傾向があります。また、販売価格を変更する際に重視する要因として、「競合他社の価格」を挙げる企業の割合が高くなっています。つまり、業界全体として価格が上昇する環境が整えば、デフレ脱却が促進されることを示しています。また、先行きの経済環境や業況の改善を見込む企業は賃金を引き上げる傾向にあります。

第3節「財政・社会保障の現状と財政健全化」では、リーマンショック以降、わが国の財政収支は大幅赤字が継続しており、その要因として、構造的財政収支の影響が大きいことを指摘しています。高齢化を背景に社会保障費と社会保険料収入の差は拡大傾向にあり、2010年度以降、年金積立金の実績値は見通しを下回って推移してきました。

現在のところ、我が国の財政の持続可能性に対する市場の信認は維持されていますが、2007~2011年の債務残高の増加ペースは、欧州周縁国並みに悪化しました。EU諸国では、財政健全化のために付加価値税を引き上げる国が増加しましたが、そういった付加価値税の引き上げは、必ずしも経済成長を阻害しているわけではありません。

第2章 日本企業の競争力

第1節「製造業企業の収益性と生産性」では、おもに製造業の収益性(ROA)を上げていくための方策について述べています。ROAは企業の競争力すなわち付加価値を生む力を表していると考えられますが、日本のROAは主要国に比べて低水準にあります。業種別ROAの日米比較では、いずれの業種でも米国を下回っています。日本企業の収益性が低い要因を分析すると、まず、企業が活動しやすい国ほど収益性が高い傾向にあることが指摘できます。

日本のROAは平均値が低いという特徴がみられ、製造業上場企業におけるROAの分布は米国やドイツでは裾野が広いのに対し、日本では大きな山を描いています。いわゆる横並び体質で製品差別化が進んでおらず、企業間の収益性のばらつきが小さい状況といえます。また、米国やドイツに比べて市場寡占度の低い日本は、過当競争に陥っている可能性があります。

日本企業全体がROAを向上させていくためには、個別企業がROAを改善するとともに、ROAの高い企業が伸び、低い企業が撤退していくことが1つの方策となります。しかし、米国やドイツに比べて日本の製造業は、企業の新陳代謝が弱く、資源配分が非効率な状況にあります。また、我が国製造業では、売り上げに占める原価の割合が高く、流通の多段階性がコスト構造を生み、利益を圧迫していることがわかります。

日本の中小企業・製造業では、設備投資が2000年代に入って低迷し、新しい技術が導入されていないことが収益性の低さに結びついています。日本の研究開発投資の効率も、米国やドイツに比べ低い水準に留まっています。一方で、製造工程のアウトソーシングは生産性上昇に寄与しており、特に海外において社外にアウトソーシングを実施している企業の生産性が向上していることが注目されます。

第2節「海外進出を通じたグローバルな活力の取り込み」では、グローバル化を通じた収益性や生産性の向上について触れています。最近の特徴として、現地市場獲得型の海外進出が多くなっており、元請企業の要請がなくても、積極的に海外進出する下請企業が増えています。そういった元請企業からの要請なしに海外進出した下請企業の業況は、リーマンショック後の悪化度合いが小さく、現地市場獲得型の海外進出企業の業況は、国内生産代替型の企業を上回っています。

リーマンショック後、海外進出企業には国内生産拠点の雇用を削減する動きがみられています。それに伴い、製造業の生産工程従事者の中で非製造業へ転職せざるを得ない人が増加しています。若年世代を中心に転職が増加しましたが、若年層の転職は賃金の低下が限定的となっています。

第3節「非製造業の競争力強化に向けた課題」では、非製造業の海外進出の重要性や、収益性向上のためにICT投資、とくにソフトウェア投資が重要であることを指摘しています。「非製造業における海外進出開始企業と非進出企業の収益性の比較」をみると、非製造業企業の収益性は、海外進出開始後に上昇する傾向があります。

日本の場合、非製造業の労働生産性上昇率の低迷はICT資本蓄積の低さが一因であり、ICT投資の中でも、コンピュータや通信機器などのハードウェアに比べ、調達管理システムや顧客管理ソフトなどのソフトウェア投資に遅れがみられます。

ソフトウェア資産保有率が高いほど、非製造業企業のROAも高い傾向がみられています。ICT資本蓄積に伴って、企画・立案や研究・分析などの高度な専門知識を活用する業務(非定型業務)に従事する人の割合は増加します。ICT投資と同時に組織改革を行い、さらに高度知的業務に従事する人の割合を高めることで、非製造業の生産性は上昇する可能性があります。

第3章 経済活動を支える基盤

第3章は、人材、金融サービス、インフラについて扱っています。第1節「人材を巡る三つの論点」では、若年非正規雇用比率が上昇傾向にある中で、非正規に陥らないための方策としてキャリア教育などが重要であることを示しています。若年非正規雇用へのOFF-JT(Off-the Job Training)実施率も減少している可能性があるため、外部労働市場における人的資本の蓄積が重要となります。学び直しに向けた大学などの取り組みには改善の余地があります。

情報サービスを含む情報通信は人手不足の状況にあります。ICT関連職種の年収は高めではありますが米国ほどではありませんし、労働時間も長いので、憧れの職業とは言い難い面があります。「日米SEおよびプログラマーの年齢別労働者数」をみると、日本は30歳台後半になると急激に減少していますが、米国では40歳台を超えても多くの人が働き続けています。日本型雇用慣行の中で、ICT人材といった専門職の処遇がうまくいっていないといえます。ICT教育にも改善の余地があります。

我が国の外国人流入比率は主要先進国に比べ圧倒的に少なく、定住者も少ない状況です。英国では、高技能の移民のうち3割程度が定住しています。FTAの締結や留学生数が外国人高度人材の流入に影響を与えており、政策的な対応が望まれています。

第2節「投資資金の供給基盤」では、まず「過去10年の資金循環の変化」をみています。小泉改革以降、公的な金融部門を縮小し、民間金融部門を拡大していく方向性が示され、たしかに民間金融機関への資金フローは拡大しました。しかし、結果的には中央・地方政府へ向かう資金フローが増えており、財政資金のファイナンスに回っています。

機関投資家の状況として、保険の資産構成にも顕著な国債シフトがみられ、公的年金(GRIF)のポートフォリオも債券が中心となっています。デフレから脱却するにつれて、ポートフォリオのリバランスが求められます。

ベンチャー投資は、リーマンショック後の落ち込みから回復しつつあるものの、低水準に留まっています。創業支援融資の伸び悩む地域金融機関は、数が多く収益力やコスト構造にもバラつきがあることから、連携や合併が必要と考えられます。金融機関の海外M&Aは増加傾向にあり、とくに銀行がアジア系の金融機関を買収する動きが盛んになっています。

第3節「社会インフラの供給基盤」では、人口減少下で道路、電力、通信といったインフラの維持コストが全体的に高まっていくことを指摘しています。今後は、都市のあり方の見直しや、民間資金を活用したインフラ整備などが重要となってきます。

現在現れている好循環の芽を育てていくためには、成長戦略が重要です。成長戦略とは、けっして目新しいものがあるわけではなく、やるべきことをしっかりやっていくことが重要である――。それが白書の全体としてのメッセージになっています。

好循環の芽

実質GDP成長率は、2013年4-6月期に前期比2.6%増となり(注2)、個人消費と輸出が引き続き牽引力となっています。社会給付が可処分所得の押し上げに寄与しており、高齢者消費の原動力になっていると考えられます。

(注2)2次速報で3.8%増に上方修正されました。

雇用情勢は改善傾向がみられています。有効求人倍率は引き続き上昇し、完全失業率も6月には3.9%まで下がってきています。雇用者数も増加傾向がみられています。定期給与(所定内+所定外)は全体的に持ち直す動きがみられ、特別給与(6月分)は一般・パート計で前年比2.1%増となっています。アベノミクスの効果は経済指標にも表れています。

6月の消費者物価は緩やかに上昇しており、特殊要因を除くとほぼ横ばいとなっています。デフレとは「継続的な物価の下落」のことですが、デフレとはいえない状況が目前まで来ています。

円安の影響もあって、上場企業の経常利益(2013年4-6月期)は、全産業で前年比25.0%増、製造業では同45.8%増、非製造業でも同6.0%増と大幅に改善しています。設備投資は相変わらず弱いのですが、企業へのアンケートでは期待成長率が上昇する動きがみられているので、それに連動して伸びていくことが期待されます。実質金利も下がってきており、設備投資増加に向けた環境は整っているといえます。

今後、物価が上昇すれば、金利は上がり、国債費増加のリスクが懸念されます。また、足元の税収弾性値は低下している可能性が高いことから、成長だけで財政健全化を果たすのは難しい状況です。

質疑応答

Q:

日本の製造業における研究開発効率が、米国やドイツに比べて低い要因について、うかがいたいと思います。

A:

日本の研究開発効率は、大企業が中小企業より低くなっています。基礎研究を含めた中長期にわたる研究開発を行うためですが、日本の大企業の研究開発投資が諸外国に比べ大規模で効率が低いからといって、必ずしも悪いとはいえません。白書では、中小企業の研究開発投資、より製品開発につながる研究開発投資の重要性を指摘しています。

Q:

実質金利の高止まりと設備投資抑制の関係について、もう少し詳しくうかがいたいと思います。

A:

ゼロ金利制約に直面しているため、政策金利をこれ以上は下げることができないので、実質金利が高止まりしています、このため、設備投資を中心に累積で約8兆円程度GDPを押し下げていると推計されます。1つの目安ですが、設備投資抑制のうち実質金利の高止まりに起因する部分は大きいといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。