ものづくり白書(2013年版) ~日本経済を支えてきた製造業の揺らぎ 我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性~

開催日 2013年7月17日
スピーカー 田中 哲也 (経済産業省 製造産業局 素形材産業室長(前ものづくり政策審議室長))
モデレータ 山内 勇 (RIETI 研究員/特定非営利活動法人イノベーション・政策研究所 副理事長/文部科学省科学技術政策研究所 客員研究官)
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議事録

第1節:我が国経済を支えてきたものづくり産業の揺らぎ

田中 哲也写真政権交代以降、足元では鉱工業生産指数や設備稼働率が改善してきていますが、中長期的には、日本のものづくり産業の競争力低下が懸念されています。2012年の就業者数総計6270万人のうち製造業は1032万人(16.5%)を占めています。全体に占める製造業の比率は年々低下基調にありますが、製造業が我が国の雇用を支える中核的な産業であることに変わりはありません。製造業は雇用の裾野も広く、製造業に関連する雇用(間接雇用者数)は688万人に上り、直接雇用と間接雇用を合わせると、全体のおよそ3割が製造業関連の雇用といえます。

「波及効果倍率」 を産業別に比較すると輸送機械が最も大きく、製造業は非製造業に比べ裾野が広い産業といえます。仮に日本からの自動車輸出がゼロになった場合を想定すると、国内生産は25兆円規模、国内雇用は96万人規模で失われることが試算されています。

2012年は過去最大の6.9兆円の貿易赤字を記録しましたが、その要因は鉱物性燃料(天然ガスや原油など)の輸入増加だけではありません。輸出の三本柱である輸送用機器、電気機器、一般機械が伸び悩み、とくにエレクトロニクス(電気機器)の黒字幅は2005年と比べ6割近く減少しています。やはり、製造業の輸出で稼ぐ力が低下しつつあることがわかります。高い水準の貿易黒字を維持している自動車(輸送用機器)も、地産地消の進行や輸入部品の活用増による黒字の縮小が懸念されます。

海外生産を行う企業は年々増加し、上場企業では約7割が海外生産を実施しています。自動車を中心に海外生産が拡大する一方で、国内は頭打ちの状況にあります。エレクトロニクス産業は、国内だけでなく海外での設備投資も伸び悩む傾向が続くとみられ、国内外で競争力を伸ばす余力がなくなる可能性があります。

大企業の海外シフトが進む中、中小・中堅企業の海外展開は相対的に低い水準にあります。ただし、今後は海外進出を志向する企業が増加する可能性があります。

国内での生産減少や輸入部品拡大を背景に、自動車業界においては、セットメーカーと部素材メーカー(中堅・中小企業)の強固な系列(ピラミッド構造)が崩れつつあります。今後、ティア2、ティア3といった企業においても海外需要の取り込みが重要となるわけですが、海外進出の際には、現地マネジメント担当者をはじめ人材の確保が大きな課題となっています。

企業の海外展開は多様化しており、従来の量産・販売拠点ばかりでなく、製品企画や研究開発といった付加価値の高い機能の海外展開が加速化する恐れがあります。また、海外で生産する製品の水準については、約6割の企業が国内と同レベルと答えています。そして約6割の企業は今後3年間、「グローバル市場の成長を取り込むため」を理由に、海外生産をさらに拡大する見通しです。単なる量産拠点ではない、付加価値の高い機能の移転も増えています。

第2節:転換点に直面する我が国ものづくり産業の課題

海外生産シフトを促す要因を見ると、我が国の立地環境の悪化などの国内要因(プッシュ要因)だけではなく、海外事業環境の誘引などの海外要因(プル要因)も大きいといえます。また今後3年間の見通しでは、海外生産の有無にかかわらず、企業は今後、国内雇用を減少させる傾向が強いことがうかがえます。海外事業の拡大は不可避ですが、国内事業を維持するために立地環境の整備が必要な状況にあります。

為替、エネルギー制約、経済連携の遅れなどによって国内での"ものづくり"は諸外国に比べ割高で、規制などが足かせになっています。主要国と比べて我が国は「産業集積」に優位性があるものの、「産業基盤」、「労働力」で劣位し、立地環境が弱点になっています。国内の高コスト構造の是正や規制の見直し、TPPや RCEP(東アジア地域包括的経済連携)、日中韓FTAなどの経済連携の実現が急務といえます。その結果、立地環境の大幅な改善を通じて、企業が世界で一番活躍しやすい国を目指すことが必要です。

製造業を人体に例えると、技術は「頭脳」、設備は「筋肉」に該当し、これらが製造業の競争力の源泉といえます。我が国企業は、依然として海外企業、とくに中国・韓国企業に対して技術面で優位に立っていると認識していますが、事業競争力については「優位」と「劣位」が拮抗しており、技術面での優位性を十分に生かし切れていないことが指摘できます。

研究開発は民間企業が中心的な担い手となっていますが、我が国の民間企業の研究は伸び悩んでいます。一方、中国・韓国企業は大幅に研究開発費を伸ばしている状況です。製造業の研究開発費はリーマンショック以降、ほぼ全ての業種で減少し、とくに情報通信機械で大きく減少しています(「量」の停滞)。今後3年間の見通しでは、国内・海外ともに研究開発投資を据え置く企業が多くなっています。 また我が国企業の研究開発は、短期的な成果を求める傾向が強まっています(「質」の停滞)。

資本金100億円以上の大企業における特許取得戦略と営業利益の相関を分析すると、単に特許を数多く取得するだけでは、必ずしも利益の拡大にはつながりません。むしろ特許の質を向上させ、戦略的に取っていくことが重要です。また、特許は戦略的に活用しなければ、単に自らの技術を公開し、技術伝播するだけです。我が国企業は、特許の侵害を発見した際に訴訟やライセンス交渉を行う割合が低いことから、特許の戦略的な取得と権利行使が必要な状況といえます。

我が国の製造業事業者のうち、約半数は「必要な技術系人材を確保できていない」と答えています。人材の絶対数が少ないことや、育成活動や報酬面での費用負担、人材の質の低下などが課題となっています。とくに機械工学、電気・電子工学分野で不足感が強く、技術系人材を確保できている企業の成功要因は、人材採用後の育成活動にあることがうかがえます。

設備投資の水準は、失われた20年で約3割減少しています。あわせて設備の老朽化も進んでおり、20年間で約6年の老朽化がみられます。フリーキャッシュフロー(営業利益+減価償却費)は設備投資に大きく影響しており、利益率が向上しない限り、更なる設備投資が困難な状況にあります。

投資スピードが速まっている業種を中心に、設備の優位性は後退してきています。国内外ライバル企業との生産設備の生産性を比較すると、「輸送用機械器具」や「鉄鋼業」では「自社が優位」が多数を占める一方、「電気機械」や「化学工業」は「自社が劣位」が多くなっています。「自社が優位」の理由を見ると、「輸送用機械器具」は最新設備を導入していますが、「鉄鋼業」では維持・補修によって優位性を高めていることがわかります。「自社が劣位」の理由として、全体的に老朽化が挙げられていますが、「電気機械」ではライバル企業の投資スピードに追いつけないことを挙げる割合が多くなっています。

エレクトロニクス分野など、コモディティ化が進行した製品分野ではシェアが低下していることから、自前主義にこだわることなく、生産委託の活用といったビジネスモデルの転換が重要となります。また、製品のデジタル化やモジュール化および技術革新のスピードが速まるにつれ製品寿命が短期化し、利益率や生産性の低下の一因となっています。とくに電気機械の分野で短期化が顕著にみられ、投下資本の回収さえ困難な状況が目立ちます。非効率な経営資源を有効活用し、競争力を高める「新陳代謝の促進」が必要です。

第3節:世界の"ものづくり"の潮流の変化

従来の「モノ」(製品)の概念は「ハードウェア」を重視していましたが、次第に単なる製品(ハードウェアとソフトウェア)だけでなく、サービスを組み合わせた「システム」として提供することが付加価値の大きな源泉になってきています。

製造プロセスがアナログからデジタルに変化し、コンピュータによる設計支援や高性能な製造装置の普及によって、熟練技術がなくても一定水準のものづくりが可能になっています。「3次元プリンタ」など、新たな分野でもデジタル化が進んでいます。

知財マネジメントの基本は「知的財産の公開(オープン化)」と、「秘匿・権利化(クローズ化)」を使い分ける「オープン・クローズ戦略」ですが、欧米企業のビジネスモデルで優れる点として、こうした知財マネジメントへの取り組みが挙げられます。

マーケットサイドの変化として、国内市場は人口減少に伴う市場規模の縮小とともに、消費者の嗜好が変化しています。若年層では自動車やテレビなど耐久財の保有率とともに、保有ニーズも低下しており、一方で携帯端末には強いニーズがあります。また、運転免許の保有率が若年層(16~24歳)で低下しており、将来的な国内自動車市場の縮小が懸念されます。

国内市場が縮小する中で、新興国市場は急激に拡大しています。新興国は生産拠点だけでなく需要地としての重要性も増しており、中間層・富裕層を含め、所得の向上による需要を取り込んでいくことが重要になります。

グローバル化の進展に伴い、我が国企業はさまざまな機能の海外展開を計画しており、今後は相応の企業が高度外国人材を活用していく意向を示しています。国内拠点での外国人材の採用意向は、経営層、事務部門、技術・生産部門、研究部門いずれも増加傾向にあり、外国人材の活用によって積極姿勢になっています。一方、外国人を採用する際の障害として、コミュニケーション(日本語)の問題や、技術・生産部門、研究部門における技術流出の懸念が障害となっています。

第4節:我が国ものづくり産業復活の方向性

誰のためのものづくりなのか。やはり、顧客や社会のニーズを踏まえた製品開発が必要です。日本企業は、製品販売以降のアフターサービスやフォローアップへの対応を強め、顧客ニーズを十分に把握するとともに、そのニーズを研究開発に生かしていく必要があります。また、優れた技術がビジネスにつながるような規制の合理化・整備が重要です。

また、グローバル展開の基となる生産拠点として国内に残すべきマザー機能の維持・強化とともに、競争力強化につながる研究開発投資や設備投資を促す環境整備が必要と考えています。

コモディティ化が進んだ分野では、製品寿命が短く、価格競争が激しいため、製造コストの削減や設備投資回収のリスクヘッジの観点から「生産委託」などの外部資源の活用が有効です。

海外企業と戦える事業規模を確保するには、再編・合併が必要です。日本では、同一業種内に多くの企業が存在し、投資が重複するなど非効率な部分が多く国際競争力が分散した状況にあります。そこで企業を統合・集約することによって、"グローバルメジャー"を目指していくことができます。他方で、規模の競争にこだわらず、自らの技術で勝てる事業領域を選択することによって、高い競争力を有する"グローバルニッチトップ"企業を創出・育成することも重要です。

非効率な経営資源の有効活用の例として、かつて写真用フイルムが主力事業であった富士フイルムは、写真で培った技術を有効活用しながら、メディカル・ライフサイエンスへと事業を大きくシフトすることでビジネスモデル転換に成功しました。中小企業が持つ強みや女性の労働力、地場産業と関係づけたキャラクターなど、潜在的な経営資源の有効活用を促すことによって、製造業の競争力を高めることも必要です。

質疑応答

モデレータ:

最近は円安が続き、以前に比べコスト競争力は改善されていると思います。高い技術力を持った中小企業が国内で生産を続けられる政策的な支援について、議論はされているのでしょうか。

A:

今回の補正予算でも、国内の立地補助金などが実施されています。とくに1つの技術で1つの企業体をなす中小企業が多いことから、新分野に展開するためのものづくりの補助金など、いろいろな施策が行われています。

ただし、円安の進展で輸出競争力が高まっているのは事実ですが、自動車メーカーを中心に現地調達の動きは強まっており、現地で調達可能な部品は、なるべく近いところで調達していこうというマインドを感じます。したがってティア2、ティア3といった中小企業も現地のメーカー付近へ進出し、メンテナンス対応を含めてメーカーのグローバル体制に組み込まれなければ、厳しい状況になると思います。

Q:

知財マネジメントについて、「秘伝のたれ」の部分をどのようにブラックボックス化していくか。その道筋を示していただければと思います。

A:

企業によってケースバイケースのため正攻法として示すのは難しいところですが、昨年のものづくり白書では、事例として、インテルのブラックボックス化戦略について分析しています。

モデレータ:

知財部が研究開発の早い段階で関与すると、イノベーションのパフォーマンスが高まるという結果が出ています。中小企業に対する政策的な支援も必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。