世界経済と金融市場:今後の見通しと課題

開催日 2013年5月9日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)所長)
モデレータ 片岡 隆一 (RIETIコンサルティングフェロー / 内閣官房 日本経済再生総合事務局)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長 石井詳悟氏が、
「世界経済見通し(WEO)2013年4月」
http://www.imf.org/external/japanese/pubs/ft/weo/2013/01/pdf/textj.pdf
「国際金融安定性報告書(GFSR)2013年4月」
http://www.imf.org/external/japanese/pubs/ft/gfsr/2013/01/pdf/sumj.pdf
について講演します。

議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

世界経済の最近の動向

石井 詳悟写真IMFの世界経済見通し(WEO)が4月中旬に発表されました。昨年11月には世界の景気が後退していましたが、最近の日本経済はアベノミクスによるデフレからの脱却、景気の回復が少しずつ見えてきています。欧州や米国でも危機を回避できたことを受け、世界経済はやや改善に向かっています。一方で、欧州を中心に依然として下振れリスクが高い。

世界の工業生産は、2012年後半から徐々に回復しています。まず新興国の回復が先行し、その後、先進国が急激に回復を始めていることがわかります。それに連動するように、世界の貿易量も回復してきています。

今年に入って株価も急激に上昇しており、国際金融市場の状況は大幅に改善しています。新興国への資本流入は昨年末から今年1月にかけて急激に増加し、とくにアジアへの投資が大きく伸びました。しかし、その後は減少に転じています。これは投資の対象が、新興国から米国や日本といった先進国へ移っているためと考えられます。

フランスやドイツといったユーロ圏中核国では、国債利回りが2%を下回る水準にまで低下しています。財政赤字問題を抱えるスペインやイタリアなどの周縁国では最近になって下がってきましたが、依然として高止まりしている状況です。ユーロ圏の貸出金利も同様に、低下はしているものの高止まりしています。

金融機関の貸出条件は米国で緩和してきており、最近の住宅市場の回復にもつながっています。また2008~2010年にかけてマイナスだった企業・個人向け貸し出しが、その後順調に伸び続けています。一方、ユーロ圏では、貸出条件はむしろ厳しくなっており、貸し出しはマイナスの状況が続いています。

新興国に目を向けると、信用供与の伸びが低下してきています。とくにアジア以外の新興国で、その傾向が強くなっています。こうした国々では高いインフレもあって金融引き締めを進めているため、実質信用成長率が下がってきているわけです。アジアの実質信用成長率は、マレーシアでは上昇傾向にありますが、香港やインドネシアでは2012年以降、下落しています。一部の新興国では、金利政策のほかにプルーデンス政策による信用の抑制が行われています。

インフレは概ね安定しています。商品価格指数は石油価格を含めて落ち着いてきており、インフレ抑制に貢献しているものと思われます。

世界経済の今後の見通しとリスク

世界経済成長の見通しは、やや改善しているものの依然として弱い状況にあり、前回の1月に発表された内容から、若干下方修正されています。実質GDP成長率をみるとアジアを中心に高いことがわかりますが、米国では1~2%台に留まり、欧州ではマイナス成長が続いています。

見通しでは、2013年に先進国全体で対GDP1%の財政緊縮、ただし日本は他の先進国と異なり対GDP1.5%相当の財政刺激策が実施されることを仮定しています。米国ではシークエスタ(一律歳出削減)を反映し、対GDP1.5%の財政緊縮が織り込まれています。ユーロ圏では財政削減が進んでいますが、その緊縮のペースは2012年の対GDP1.5%から2013年には0.5%にまで低下するとみられています。やはり成長が弱いために、財政緊縮も緩めざるをえないという背景があります。また、新興国では財政と金融政策が中立的であること、先進国では金融緩和を継続することを前提としています。

こういった前提のもとでWEO実質GDP成長見通しが発表されたわけですが、2013年の世界経済は3.3%(1月発表では3.5%)に下方修正されています。2014年については、4.0%(同4.1%)への修正に留まっています。

米国は、2013年に1.9%(同2.0%)と微減しています。ただし直近のデータでは、米国経済の回復スピードは予想以上に速く、失業率の改善や住宅着工件数の上昇も急速に進んでいます。2014年の成長見通しは、引き続き3.0%に据え置かれています。

ユーロ圏ではやはりマイナス成長が続き、マイナス0.3%(同マイナス0.2%)に修正されています。2014年には、1.1%(同1.0%)のプラス成長に転じていくことが見込まれています。

日本については、2013年は1.6%(同1.2%)に上方修正されていますが、いわゆるアベノミクスによる金融市場の好転、最近の企業の投資や消費動向をみると、それ以上に強い回復が予想されます。

中国は、2013年に8.0%(同8.2%)と若干の減速が見込まれていますが、依然として高い水準を示しています。2014年も8.0%以上の成長が続くとみられています。インドは、インフレの制約や石炭、電力、輸送面の制約によって成長が伸び悩むようですが、それでも2013年は5.7%(同5.9%)の成長が見込まれています。

前回は、先進国では景気が低迷し、新興国・途上国は高い成長が継続する「二極化」の状況であると説明しました。しかし現状では、マイナス成長の続くユーロ圏、民間需要主導で回復する米国とデフレ脱却策を強化した日本、力強い成長を続ける新興国・途上国の「三極化」が進んでいると思われます。

世界経済見通しが下方修正されたのは、2012年第4四半期から2013年初めにかけて脆弱な状況がみられたためです。ユーロ圏では公的需要から民間需要へのシフトが進まず、経済活動の停滞を招いているようです。ただし今年後半から来年にかけては、徐々に金融状況も改善し、景気回復につながっていくとみられています。

米国では、公的需要から民間需要へのシフトが順調に進んでいます。ただし現在行われている一律歳出削減は、景気回復に若干の歯止めをかけているのが実情だと思います。主要新興国の成長回復は、とくにインド、ブラジル、アルゼンチンでは予想を下回っています。一方、アフリカでは投資が成長を支えている状況です。

経済状況が改善しても、下振れリスクはあまり減少していません。主な下振れリスクのうち、まず短期リスクとして、ユーロ圏では調整疲れから政権に対する反対運動が起こったり、通貨同盟等の政策実行が遅れたりする可能性があります。脆弱な銀行のバランスシートの改善の遅れも考えられます。米国では、一律歳出削減や債務上限引き上げの失敗が挙げられます。

中期リスクとしては、ユーロ圏の低成長の長期化、米国・日本では財政健全化の遅れ、新興国・途上国では過剰投資や資産価格の高騰、非伝統的金融緩和から生じる歪みなどが考えられます。

アジア経済の最近の動向と見通し

アジアの経済成長率は、インドを除き2012年第4四半期から上昇しています。インドでは供給サイドの障害やビジネス環境の問題が、経済に悪い影響を与えたとみられます。

予想GDP成長率に対する寄与度をみると、とくに民間需要が各国の景気を牽引していることがうかがえます。中国は民間需要も高いのですが、消費よりも投資が増加しています。

アジアの主要国向け輸出は米国向け・欧州向けともに回復しており、アジア域内とくに中国向けの輸出が伸びています。世界経済の改善が域外・域内の輸出を支えていることがわかります。

アジアの成長見通しとして、外需が改善する一方で、内需は引き続き堅調に推移するとみられます。アジアの実質GDP成長率は、2013年に5.7%(2012年は5.3%)、2014年は6.0%と見込まれています。また、昨年10月発表の見通しに比べて下振れリスクは大幅に減少し、上振れリスクとともにバランスのとれた状態にあるといえます。

ただし下振れリスクとして、アジアの域内貿易が拡大してきたとはいえ、やはり域外の貿易に依存している部分も大きく、世界経済が深刻な停滞に陥った場合は成長率も下落するでしょう。一転して資本流出が起これば、金融条件は悪化し、経済活動に悪影響を及ぼすことも考えられます。

インフレ率は、インド、ベトナム、インドネシアなどで高い水準にありますが、アジア全体では2013年に3%、2014年には4%弱と緩やかに上昇していくとみられています。

アジアの主な下振れリスクとして、金融市場の不安定性の増大と中国経済の急速な減速が挙げられると思います。その他にも、アジア諸国のサプライチェーンや域内需要、金融状況の急激な悪化によってアジアの成長が著しく影響を受けるといったリスクも考えられます。

金融面での不安定性は国によって増加傾向にあり、金融安定性ヒートマップの対GDP銀行与信比率をみると、とくにフィリピンとシンガポールのリスクが加速しています。住宅では、インドのリスクが高まってきています。株式ではシンガポールが加熱気味とみられます。ただし全般的にみると、まだバブルが発生して経済が過熱気味であるという状態ではありません。各国の政策当局者は、この金融安定性を注視していく必要があります。

非金融企業の負債資本比率はほとんどの国で改善してきており、アジアはユーロ圏や米国と比較して低い状況にあることがわかります。企業部門のバランスシートは健全な状態といえます。銀行部門のバランスシートも改善してきており、Tier1資本比率は上昇し、不良債権比率は低下しています。

銀行の損失に対するバッファーについて、アジアの銀行は十分な損失吸収バッファー(対リスク加重資産比)を持っているといえます。とくにシンガポール、インドネシア、フィリピン、香港、日本は高い水準となっています。

次に、中国の成長減速がアジア諸国実質GDPに及ぼす影響(2年後のベースラインからの乖離)として、金融不安や構造改革の後退によって中国の投資が10%下落したと仮定すると、アジア諸国の実質GDPは0.5~2%程度低下していくとみられます。特に日本、アジアの新興国、韓国の影響が大きくなっています。

今後の政策課題

今後の政策課題として、ユーロ圏では金融緩和を維持し、バランスシートを改善することによって実体経済への波及を一層高めていくことが必要です。そのためには欧州安定メカニズムの活用が求められます。EMUの強化(銀行同盟と資本市場の統合)として、加盟国の監督などを1つの機関が実行していくべきだと思います。財政再建は引き続き重要ですが、経済の回復のペースをみながら慎重に進めていくことが必要です。

米国・日本については、中期的な財政再建計画と給付金制度の改革を明確に示すことが課題といえます。米国では急激な財政緊縮を避けるために、債務上限引き上げが必要になってくるでしょう。金融緩和を継続するリスクについても十分配慮していかなければなりません。日本ではアベノミクスの3本目の矢となる成長戦略を打ち出し、実行していくことがデフレ脱却にとって重要です。

新興国・途上国では、今後の悪い事態に備え、景気刺激策の出動余地を再構築していく必要があります。信用拡大や資産バブルのリスクへの対応も求められます。マクロプルーデンス政策の実施も考えられると思います。構造改革による潜在成長率の向上、資本流入の有効活用、成長のリバランシングも重要です。

対外経常収支(対世界GDP比)の不均衡は、リーマンショック後、2010年にかけて多少是正されてきましたが、調整はまだ不十分な状況といえます。今後、不均衡是正のための更なる政策が必要であり、米国を中心とした対外経常赤字国では財政再建、生産性向上と貯蓄を促す構造改革を進めていかなければなりません。対外経常黒字国では消費の促進、とくに中国では社会保障制度の充実によって家計の貯蓄偏重へのゆがみを取り除き、市場主義に従った為替政策によって、外国準備の過度な積み増しを減らす必要があるでしょう。

アジアにおける当面の政策課題として、より「柔軟な金融・為替政策」を実施していくことが必要です。また、マクロプルーデンス政策といった「金融システム安定化への予防策」「財政政策余地の再構築」を進めていくことが重要です。

質疑応答

Q:

現在の先進国における財政政策について、どのように評価されていますか。

A:

財政緊縮をしても成長が伴わなければ財政改善になりませんから、いかにバランスをとっていくかが重要です。過激な緊縮を進めていくと政治的支持が得られず、拡大策に移行してしまうことも考えられますので、調整疲れのリスクをみながら進めていく必要があります。また一部の国では、住宅市場や株式市場に集中してインフレ圧力が高まる可能性があるため、単なる金融引き締めだけでなく、マクロプルーデンス政策が重要となっています。適切なマクロ政策が実行されていれば、資本規制も政策手段の1つであると考えられます。

Q:

インドとブラジルの成長停滞の要因について、どのように分析されていますか。

A:

やはりビジネス環境、投資家マインドがよくないと思います。構造改革を発表しながら実施しないなど、政府の政策に対する信頼も低下しています。インドの場合、発電や輸送といった供給サイドの制約も成長を阻害していますが、インフレ率が高いため刺激策がとれず、引き締め基調の金融政策を余儀なくされています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。