民間開放の推進による公共サービス改革の可能性 -刑務所における公権力の行使に関わる公共サービスの民間委託をケーススタディとして-

開催日 2013年5月8日
スピーカー 西田 博 (法務省 矯正局長)
モデレータ 山城 宗久 (RIETI 総務ディレクター)
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公共サービス改革は、立法府にとって重要な政策課題であるとともに、行政府自らも常に取り組むべき課題である。公共サービスに対するニーズは時代とともに変化し多様化することから、その内容等については不断の見直しが求められる。この変化する多様なニーズに対応し、安価で良質なサービスの提供を確保するためには,供給主体をコントロールするのではなく、公共性・公正性の確保を前提に、多様な主体が市場に参入し、競争を通じて利用者の満足度を高めていく仕組みを構築することが望まれる。

公共サービスの提供については、行政府が企画立案から事業の実施に至るまでのすべての段階を行う体制になっている分野が多いが、必ずしもそのようなすべての段階での主体である必要はない。変化する多様なニーズに対応した公共サービスの実現のために、多様な主体と、民営化、民間委託、PFI等の多様な手法とを活用することが、行政府の在り方として求められている。

このことは、刑務所の運営においても同じことが言える。昨年7月に犯罪対策閣僚会議において取りまとめられた「再犯防止に向けた総合対策」において、出所後2年以内の再入率を今後10年間で20パーセント以上削減させることを目標に、刑務所においても様々な再犯防止策を構ずることが求められている。そのための方策の一つとして、民間のノウハウを積極的に刑務所の運営に取り入れていくことも有効である。

このBBLでは、刑務所の運営という、従来、民間委託に最も馴染みにくいと考えられてきた公権力の行使に関わる公共サービス分野に民間のノウハウを活用する方策として、構造改革特別区域法及び競争の導入による公共サービスの改革に関する法律に委託の特例措置を設けることにより、民間開放を可能とした刑務所の運営事業をケーススタディとして、民間開放の推進による公共サービス改革の可能性について論じる。

議事録

公共サービス改革の必要性

西田 博写真数年前に施行された公共サービス基本法の趣旨を踏まえると、刑事施設の運営についても、公共サービスの1つとして不断の見直しが求められます。そこで民間委託することによって、より良質かつ低廉な公共サービスを実現するためには、法的スキームが必要です。それがPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)や公共サービス改革法(競争の導入による公共サービスの改革に関する法律)、あるいは構造改革特別区域法です。

刑務所は受刑者たちが日々生活していますから、衣食住だけでなく、彼らが働く工場や教育機関、医療機関のある小さな町のようなもので、簡単にいえば、ホテル、学校、病院、工場が集まった組織です。ですから、民間のノウハウを活用する余地はたくさんあると考えたのが、刑務所PFI事業のスタートラインでした。

刑務所PFI事業実施の背景

刑務所の民間委託が始まった平成18年には、それまで4万5000人程度であった被収容者数が8万人を超え、昭和30年以降で最多を記録しました。そこで刑務所の増設が求められる中、次の3つの事情を背景に刑務所PFI事業の実施が決まりました。

第1に、当時の小泉政権による「規制改革」の流れです。第2は、「行刑改革」です。当時、名古屋刑務所の受刑者を職員が制圧する際、2人死亡するという事件が起こり、何としても刑務所内部を改革しなければいけないという流れがありました。当時の森山大臣に厳命されたことは、「刑務所の職員が外部の目を意識せざるを得ないような刑務所にしなさい」ということでした。そのために、民間との協働による外部の目に触れる形での業務遂行が検討されたわけです。第3は「総人件費改革」です。民間委託の推進によって国の職員の増員抑制を図るということです。

諸外国の刑務所PFI事業

当時、刑事政策にかかわる業務を民間委託するのは刑務所が初めてだったため、諸外国を訪れ先行事例を学びました。諸外国の刑務所PFI事業における民間委託のスキームとしては、「すべての行政権限は委任可能」として包括的な民間委託を行う英米法系に対し、「刑の執行は国家の排他的専権事項」として保安業務を除く食事・洗濯・清掃・職業訓練といった部分的な民間委託を行う大陸法系の2つに大別することができます。

日本では、すでに全国の刑務所で非権力的な業務について部分的な民間委託を行っていますが、民間のノウハウを活用し、より効果的かつ効率的な刑務所の運営を実現するため、公権力の行使を伴う業務についても民間委託することとし、そのための工夫をいたしました。その結果、英米法系と大陸法系の中間に位置する委託形式をとることになりました。なお英米法系の民営刑務所でも、取り締まりや懲罰、暴動の制圧といった実力行使を指示するのは政府であって、刑事施設の運営権限をすべて委譲しているわけではありません。

日本は独自の工夫として、施設の警備や収容監視といった公権力の行使を伴う業務についても民間委託を可能とするため、構造改革特区法に刑務所の運営について規定する刑事収容施設法の特例措置を設けることとしました。

刑務所PFI事業の概要

現在、4つの刑務所PFI事業が行われていますが、喜連川社会復帰促進センター(栃木県さくら市)と播磨社会復帰促進センター(兵庫県加古川市)はいわゆる公設民営型、美弥社会復帰促進センター(山口県美弥市)と島根あさひ社会復帰促進センター(島根県浜田市)は、建設からすべてPFI契約で実施しているものです。公設民営型の経費節減効果は2.3%~3.4%であるのに対し、施設の整備も含めた刑務所PFI事業については、たとえば島根あさひ社会復帰促進センターでは10.1%となっています。

では、この4つのPFI事業において、どのような公共サービスの質の向上がみられているかというと、たとえば民間の力を借りて警備システムの機械化が進められています。もし国で高価な警備機器を購入しようとすれば、予算手続きのために数年かかってしまいます。従来、刑務所は人による警備が多かったため、機械化による見直しは1つの成果だと思っています。

また具体例として、日本ユニシスがCSRの一環として、刑務所内でIT技能の職業訓練を日本ユニシスの費用負担で実施しています。さらに有望な受刑者は、日本ユニシスの関連会社が雇用してくれるのです。けっして大勢ではありませんが、これまでの日本にはなかった受刑者の再犯防止、改善更生の取り組みであり、公共サービス改革の1つといえます。

経済効果

刑務所は、誘致した自治体にさまざまな経済効果を及ぼします。島根あさひ社会復帰促進センターでは、309名の新たな雇用が生まれ、地元への発注額は年間7.5億円に上っています。また、国が運営すると非課税であった地方税は、株式会社であるPFI事業者には法人事業税や法人住民税の納税義務が生じます。誘致時の推計では、島根県には約3000万円/年、浜田市には約2000万円/年の税収がありました。さらに美祢および島根あさひ社会復帰促進センターについては、民間事業者が刑務所施設を保有していることから、固定資産税も発生しています。

国勢調査令によって、受刑者は刑務所の住民として計算されます。そして地方交付税交付金は国勢調査の住民人口に基づいて算定されますから、島根県では約3億円/年、浜田市では約2億6000万円/年が増加しているものと推計されます。

実際にPFI事業の運営を開始して5~6年が経ちますが、反省点もいくつかあります。1点目は、隙間業務についてです。刑務所では受刑者が365日生活するため、契約段階で業務内容を漏れなく明記することは困難です。契約後に発生した業務はコスト増につながりますが、今のところは双方で話し合って収まっています。さらに今後、性能発注の考え方を含めて検討していく必要があります。

また、新型インフルエンザなど想定外の事態が発生した際に備えるための予備費のようなものをあらかじめ予算を確保できればいいのですが、現状の国の予算制度では認められません。今後、工夫しなければいけない問題といえます。事業費の支払方法では、収容人員が減少した際の取り扱いや物価変動への対応についても、見直しが必要でしょう。

もう1つの問題として、刑務所業務という特殊性のために参入事業者が限定されると、競争原理が働きません。したがって参入意欲を促す工夫が必要です。ボーナスフィーの創設など国の予算制度では難しい仕組みをどのように導入していくかが、課題となっています。

公共サービス改革法を活用した刑事施設の運営事業の民間委託

特区制度を活用して実施した事業は全国に広げることが前提となっています。刑務所PFI事業もとくに問題は起こっていませんので、当省が設置した外部有識者会議の検証を経て全国展開することになり、公共サービス改革法が一部改正されました。

試行例として、静岡刑務所と笠松刑務所ではアール・エス・シーグループによる総務・警備系業務、黒羽刑務所、静岡刑務所、笠松刑務所では三井物産グループによる作業・職業訓練・教育・分類系業務の民間委託が実施されています。PFI事業のように施設単位ではなく、業務単位で委託し、複数施設の業務を民間委託するという特徴があります。

刑事施設における民間委託の今後の方向性

法務省矯正局では、民間有識者からなる「刑事施設の運営業務に係る民間競争入札拡大措置検討委員会」が本年8月までに報告書を提出することになっています。基本的な考え方として、刑事施設の運営業務に民間事業者が参入したことにより、一定の成果を上げていると評価しています。

総務系業務では、業務水準の低下を抑えるとともに、質の高い業務遂行が可能となるよう民間委託の在り方を検討すべきとしています。現在は契約金額が年々下落する単年度契約のため、業務水準の低下が生じています。

職業訓練・教育業務については、官民の役割分担を明確にしつつ、官民の連携に基づくノウハウをさらに発揮できる民間委託の在り方を検討すべきとしています。給食や洗濯といった収容関連サービス業務では、受刑者を就業させないことを前提に、民間のノウハウを十分に活用した民間委託の在り方を検討すべきとしています。

一方、非常事態における緊急支援、保安事故発生時における警備応援の観点から、刑務官等を一定数確保することは不可欠であることから、当面は刑務官を削減する視点からの警備業務の民間委託の拡大については検討しないことが提言されています。

今後の方向性として、総務系業務については複数の施設で複数年契約を締結することによって、質の高い業務遂行を実現しようと考えています。標準化した業務のうち、集約できる業務については、将来、同一矯正管区内のすべての刑事施設の業務委託を目指します。職業訓練・教育業務では、実際に受刑者に接する業務のため、すでに国が実施している改善指導などを引き続き国が実施し、工夫をしてから民間委託しようと考えています。

とくに収容関連サービス業務では、地域再生に役立てたいと考えています。昨年7月、現在5割弱の再犯率を今後10年間で2割減少するなど、再犯防止に向けた総合対策が閣議決定されました。

受刑者が社会に帰りやすくするためには、刑務所のある地元といかにうまく共生していくか、工夫する必要があります。そこで、地域再生という切り口で民間委託を地元に進めたいと思っています。たとえば厨房施設等の建替時期が到来している刑事施設の給食および洗濯業務については、増改築に合わせて国が新たに厨房施設等を整備した上で民間事業者に委託することとし、その際必要な要員は地元から雇用し、食材等の必要な物資も地元から調達するわけです。

民間開放の推進による公共サービス改革の可能性

刑務所PFI事業を11年前に始めてから、ずっとこの仕事を続けていますが、民間委託したことによって自分たちの仕事を第三者の視点で見て、何が無駄で、何を民間委託してはいけないかが、よくわかるようになりました。

本来、公共サービスの受益者は国民ですが、これまで、刑務所の受益者は受刑者だと考えられてきました。ところが刑務所の収容関連サービスを民間委託することによって、一般国民も刑務所という公共サービスの恩恵を受けられるようになります。それが民間開放の推進による公共サービス改革だと思っています。

刑務所は今まで、受刑者をどのように適切に拘禁し、改善して社会へ帰すかということばかり考えていました。しかしこれからは、刑務所周辺や一般国民に向けて何ができるかということも考えていく必要があります。たとえば給食業務は小規模ながら継続性のある事業ですから、それを民間委託することによって地域貢献できれば、刑務所という公共サービスが受刑者ではなく国民に向けられるものと考えています。

10年以上、PFIや公共サービス改革法による民間委託に携わってきた感想として、理論上、制度的にしっかり整備されていたとしても、役人の業務を民間委託するには、他に何か必然的な要素がなければ難しいと思います。

刑事施設における民間委託は、明治時代から100年続いた監獄法が平成18年に全面改正され、刑務所の業務内容を見直す必要性が高まったことや、当時、刑務官の勤務環境が過酷だったため民間委託によって職員の業務負担を軽減しよういう意図があって、初めて可能になったのだと思います。おそらく現在、なかなか民間委託が進まずはがゆい思いをしている方もいるかもしれませんが、あと1つ何かの要素が加われば、日本の状況も進んでいくものと感じています。

質疑応答

Q:

英国や米国の民営刑務所では暴動の発生など問題があるようですが、日本の運営状況と比べて、どのようにお考えですか。

A:

英米の刑務所では、民間職員の質の悪さが課題となっているようです。日本の民間委託率は英米の民間委託率である約1割をすでに超えていますが、それでも大きな問題は起こっていませんので、日本では比較的うまくいっていると思います。

Q:

最近、公共サービスの民間委託の流れが低調になっていたと思います。今後、どのような方式で進んでいくのか、見通しをうかがいたいと思います。

A:

平成19~20年に民間委託が進んだのは、受刑者数が増加した時期と重なったためです。現在は受刑者数が減少していますので、新たな施設は設置されていません。今後は公共サービス改革法のスキームを使い、複数年契約を導入するような工夫が必要です。方向として、民間委託をやめるのではなく、精度を高めることを目指しています。PFI手法を使うのか、公共サービス改革法のスキームを使うのかは別として、民間委託をしなければ大規模な施設の運営は不可能な状況です。

Q:

島根あさひ社会復帰促進センターを見学した際、盲導犬の子犬を育てるパピープログラムを知りましたが、民間との連携による再犯率低下の実績について、お聞きしたいと思います。

A:

パピープログラムでは、受刑者6名ほどでチームを組んで10カ月間、子犬を育てます。子犬に人間への信頼感を醸成することを主眼に糞尿の世話もします。週末、子犬は地元の一般家庭に預かってもらうため交流にもなり、犬を育てることが受刑者の改善更生に役立っています。職業訓練や教育には、民間の柔軟な考え方が非常に有効だと思います。運営開始後まもないのでそれほどデータの積み重ねがありませんが、現在、刑務所PFI事業を実施している4施設における再犯率はおおよそ10%台に留まっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。