日本経済の見通しと物価安定目標

講演内容引用禁止

開催日 2013年2月21日
スピーカー 林 伴子 (内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(経済対策・金融担当))
モデレータ 村瀬 佳史 (経済産業省 経済産業政策局 調査課長)
開催案内/講演概要

安倍政権は、経済政策の「三本の矢」(大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略)を次々と打ち出しています。こうした政策のもとで、2013年度の日本経済はどのような姿になるのでしょうか。また、海外の経済環境はどう展開するのでしょうか。

今回のBBLセミナーでは政府経済見通しとその背景について紹介します。また、講演者は、政府・日本銀行の共同声明の担当者でもあります。今般採用された2%の物価安定目標についても、その考え方と背景について説明します。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

平成25年度経済見通しの概要

林 伴子写真平成25年度の我が国経済は、世界経済の緩やかな回復が期待される中で、とくに緊急経済対策の効果によって着実な需要の発現と雇用の創出が見込まれ、国内需要主導で回復が進むものとみられます。その結果、平成25年度の実質GDP成長率は2.5%程度(名目成長率は2.7%程度)、消費者物価(総合)上昇率は0.5%程度になると見込んでいます。

平成24年度の実質GDP成長率は1.0%程度となる見込みですが、平成25年度は、公需が緊急経済対策の効果等によって0.8%ポイントプラスに寄与し、民需は生産の増加、雇用・所得環境の改善、企業マインドの好転、緊急経済対策等による後押しによって1.7%ポイントプラスに寄与することが予想されています。外需はこれまでの成長の押し下げがなくなり0.0%ポイントとなる結果、平成25年度のGDP実質成長率は2.5%に高まる見通しです。

先行きのリスクとしては、欧州の政府債務問題など海外経済を巡る不確実性、為替市場の動向、電力供給の制約等があることに留意すべきと考えています。

我が国経済の現状

先週公表された2012年10-12月期の実質GDP成長率(1次速報値)は、前期比年率マイナス0.4%(7-9月期はマイナス3.8%)に改善しています。個人消費は1.1%(同マイナス1.2%)伸びた一方、設備投資はマイナス1.4%(同マイナス1.9%)と停滞しました。全体で3四半期連続マイナスながらもマイナス幅は縮小、一部では下げ止まりの兆しが見える状況にあります。

消費総合指数はここ2~3カ月、底堅い動きをみせています。実質雇用者所得は、特別給与(ボーナス)の減少によって押し下げられています。他方、消費者態度指数は2013年1月に大きく上昇しており、安倍新政権への期待感が反映されているようです。今後の物価について、「上昇する」と答えた消費者の割合も増加しています。

2012年12月の完全失業率は4.2%ですが、新規求人は3カ月連続で増加し、有効求人倍率も改善傾向にあります。投資の動向をみると、機械受注は2013年1-3月期見通しが前期比0.8%とプラスを示し、住宅着工総戸数や公共工事請負金額も底堅い状況にあります。

輸出は昨年夏以降、緩やかに減少しています。世界経済全体の減速に加え、対中国では尖閣を巡る問題が秋以降、影響しました。最近の動きとして、米国向け輸出が自動車販売の好調を反映し増加傾向にあります。

鉱工業生産は昨秋から落ち込みを見せていましたが12月には上昇し、下げ止まりの兆しがみられます。業種別寄与度をみると、2013年1-2月にかけて輸送機械工業(含乗用車)の増加が予測されており、堅調に推移するものとみられます。

海外経済

米国は、2013年10-12月期の実質GDPが前期比マイナス0.1%となりましたが、中身はそれほど悪くないと受け止めています。個人消費の寄与が拡大しており、マイナス要因は在庫投資や政府支出の減少のためです。実質可処分所得が昨年12月に大きく伸びているのは、2013年1月のペイロール・タックス引き上げを前に、企業が駆け込みで配当やボーナスを支給したためです。

米国の自動車販売も増加しています。1999~2008年の平均年間販売台数は1644万台、その後リーマンショックで一時900万台の水準に落ち込みましたが、2013年1月には1523万台まで回復しています。その背景として、家計のバランスシート調整が進んでいることや、住宅価格が持ち直し、着工件数も増加するなど、住宅市場が回復していることが挙げられます。MBS(不動産担保証券)の買い取りといった金融政策が住宅ローン金利を押し下げ、人口も年1%ずつ増加しているため、住宅需要が落ち続けることはなく、回復に転じました。

米国の雇用者数は最近、毎月10万人台のペースで増加しています。ただしリーマンショックで減少した雇用者数866万人に対し、回復は545万人に留まっているため、2013年1月の失業率は7.9%の高水準を継続しています。景気の復調に伴って、非労働力化していた人々が労働力として復帰する現象もみられており、大幅な失業率低下にはつながりにくい状況だと思います。

ブルーチップの民間見通し平均(2013年2月10日)では、2013年に1.9%、2014年には2.8%の成長を予想しています。とくに、今年後半に向けて成長が加速するとみているエコノミストが多いようです。緊縮財政の影響等のリスク要因はありますが、下半期には潜在成長率を上回る成長が見込まれています。ただし、過去の米景気回復パターンに比べれば弱めの回復といえます。

中国は、政策効果もあり景気の拡大テンポがやや持ち直しています。実質GDP成長率、消費や生産の動向をみても、拡大傾向が続くと予想されます。

欧州の景気は、引き続き厳しい状況にあります。2012年10-12月のGDPはユーロ圏全体でマイナス成長、ドイツもマイナス2.3%となりました。英国は、ロンドン・オリンピックが寄与し7-9月の成長率は高まりましたが、強い基調はみられません。

昨年12月の失業率は、ユーロ圏全体で11.7%、スペインでは26.1%という深刻な状況です。ドイツの失業率は5.3%まで低下しましたが、最近、鉱工業生産でも弱い動きがみられ、気になるところです。実体経済の弱さ、財政の問題、金融システムの問題の3つの要因がリンクして、これまでの欧州の問題があるわけですが、今後も気をつけて見ていく必要があります。

ただし、金融市場の問題はかなり収まってきたと思います。昨年9月のECB(欧州中央銀行)の国債買入策の発表や10月のEMS(欧州通貨制度)の発足を受けてマーケットは落ち着いてきました。思い起こせば2009年秋にギリシャの政権交代があり、2010年春からギリシャ危機が始まってから、もう3年が経ちます。選挙やストライキ、国債の大量償還日などのたびに市場が荒れるということが繰り返されてきた結果、「欧州では四半期ごとに危機が起こる」という相場観も出来上がっているようです。

このように、私たちが経済見通しをつくる際の世界経済の動向として、米国は既に緩やかな回復傾向に向かっており、中国も景気の拡大テンポはやや持ち直している一方、欧州は当面まだ弱い状況が続くものと考えています。

消費者物価指数

日本の消費者物価指数の推移をみると、デフレは10年以上続いています。政府によるデフレの定義は「持続的な物価の下落」ですが、政府として初めて月例経済報告に「デフレ」と記述したのは2001年4月です。2007、08年辺りは物価の状況も改善したため、一時「デフレ」とは書かなくなりましたが、デフレ脱却宣言には至りませんでした。そして、リーマンショックが起こると再びマイナス圏に落ち込み、2009年11月からは再び「デフレ」の記述がなされています。

なぜ、こんなにデフレが続いているのか――という分析はこれまでいろいろ行ってきましたが、最近、大きな要素と考えているのは「デフレ予想の固定化」、つまり企業も家計も、「物価は下がるものだ」という予想のもとに行動しているということです。企業側は「デフレが今後も続くから、自社製品だけ値上げするのは難しい」と考え、誰も価格を上げないためデフレが続いてしまいます。家計にとっても、物価は下がるものだと思えば買い控えにつながります。

「GDPギャップ」は、内閣府の推計によるとリーマンショック直後GDP比8%まで拡大しました。ここまで大きく広がると、半年ほど遅れて物価が下がります。現在はマイナス3%まで縮小していますので、物価も少し遅れてマイナス幅が縮小すると思われます。こうしたGDPギャップの拡大・縮小が物価に影響を与えるものと考えています。

「成長期待の低さ」も要因として考えられます。成長期待が低いと、企業の積極的な投資行動などを呼びにくいためです。

各国の物価目標(インフレ・ターゲット)について

安倍政権は12月26日に発足後、さっそく1月22日に日銀との共同声明を発表し、その中で日銀は「2%の物価安定目標」を設定しました。共同声明には「日本銀行は、物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」と明記し、物価安定の目標の英訳を"Price Stability Target"としています。

そして「日本銀行は、上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指す」としていますが、この「できるだけ早く」はas soon as possibleでなく"at the earliest possible time"と、最上級の表現となっています。

また「経済財政諮問会議は、金融政策を含むマクロ経済政策運営の状況、その下での物価安定の目標に照らした物価の現状と今後の見通し、雇用情勢を含む経済・財政状況、経済構造改革の取組状況などについて、定期的に検証を行うものとする」としていますが、具体的には四半期ごとに検証作業が行われます。既に1月24日の諮問会議において、金融政策と物価等に関する集中審議が行われました。

物価目標は1990年にニュージーランドが初めて導入してから、インフレ抑制や金融政策のアンカーのために先進国・新興国問わず各国が相次いで導入しています。英国(BOE)はポンド危機を背景に1992年、韓国(BOK)もアジア通貨危機後の1998年、それぞれインフレ・ターゲットを設定しました。

また、明示的にターゲット(Target)と表明していないケースとして、米国はもともと物価安定と雇用の最大化を等しく重視(デュアル・マンデート)しており、マンデートと整合的なインフレ率のGoalとして個人消費支出(PCE)デフレーターを前年比2%に設定することを、昨年決めています。なお、2012年12月に、失業率が6.5%を上回り続ける場合は、原則としてFF金利の誘導目標を極めて低水準に維持することを表明しています。

これは昨年のジャクソンホール・シンポジウムでも議論を呼びましたが、フォワードガイダンスの1つの手法だと思います。ジャクソンホールでの議論から新たな金融政策のイノベーションが創出されることは非常に興味深く、インフレ・ターゲットや非伝統的金融政策のあり方といった議論がなされる中で、金融政策の枠組みは進化していくものだと感じます。

実際の金融政策運営では、GoalとTargetは近づいていると思いますが、いずれにしても物価目標の導入によって期待される効果として、「企業や家計が予想する将来のインフレ率(期待インフレ率の適正水準での安定)」、「市場や国民とのコミュニケーションの円滑化(わかりやすい金融政策運営)」、「中央銀行の説明責任の強化、政策運営の透明性の向上」、「中央銀行の独立性の強化」といった4つの点が挙げられます。

では、なぜ物価安定目標は「2%」がいいのか?――その理由は2つあります。第1に、0あるいは1%では、デフレに落ちてしまう可能性があるためです。デフレに二度と落ちないゆとりが大事だということです。

第2に、各国が2%を目指している中で日本だけ0あるいは1%であれば、購買力平価でみると中長期的に名目為替レートは円高になります。内外の物価上昇率の差を反映した実質為替レートが安定していても、実際には、名目為替レートが円高になれば、企業のマインドや事業活動に大きな影響を与えます。それを防ぐためには、各国と同水準の物価上昇率を目指すべきであるということです。

日銀は、展望レポートの中間評価で2014年度のCPI(消費者物価指数)を0.9%(消費税率引き上げ効果を除く)と見ています。当面の「目途」としていた1%に近づきますので、その先、目指す方針を今から示しておくという視点もありました。

デフレ脱却を巡る課題

物価とともに、賃金も上昇していくことが重要です。インフレ・ターゲットが定着している主要国の賃金上昇率はおよそ2~3%で推移しており、物価安定目標の水準が翌年の賃上げ交渉に反映されます。景気が好調でなくとも賃金は上昇する国が多い中で、日本の賃金上昇率はゼロ近傍の状況が続いています。賃金の伸びは、サービス価格の上昇という観点でも大事なことです。

日本の労働市場を考えると、まず所定外給与(残業代等)は輸出増とともに増加する傾向があります。また賞与は、企業の利益増に伴ってやや遅れて増加する傾向があります。そしてパート時給の増加率は、物価の上昇率と連動する傾向があります。多様なルートで所得が伸び、それが消費につながり、更なる生産・分配につながるという好循環の形成が望まれています。

質疑応答

Q:

人口減少とデフレの関係については、どのようにお考えでしょうか。また、今後インフレ懸念が高まった場合の対応について、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

人口減少に伴う成長期待の低下がデフレの背景の1つとも考えられますが、人口の減っている国が全てデフレになっているわけではありません。ロシアやウクライナがその例です。「人口減少=デフレ」ではないと思っています。

"This Time Is Different"(Carmen M. Reinhart , Kenneth S. Rogoff)では、ハイパーインフレを20%以上のインフレと定義しています。日本はそんな状況にはありませんが、財政の信認は大事なことであり、日銀との共同声明においても「政府は、日本銀行との連携強化にあたり、財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進する」と記述しています。

本年1月に予算編成の基本方針をつくった際は、プライマリーバランスの赤字を2010年代半ばに半減し、2020年には黒字化することを改めて確認し、閣議決定しています。引き続き、財政の信認を確保することがハイパーインフレの懸念を払拭するために重要だと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。