世界経済の見通し ~人口オーナス時代の世界経済~

開催日 2013年2月6日
スピーカー 河野 龍太郎 (BNPパリバ証券(株)経済調査本部長・チーフエコノミスト)
モデレータ 村瀬 佳史 (経済産業省 経済産業政策局 調査課長)
開催案内/講演概要

1年半に及ぶ世界経済の減速に底入れの兆しも見られるが、中国などで2009年後半~2011年前半に新たな過剰ストックが積み上げられたこともあり、今後、世界経済が回復に向かうとしても、その足取りは脆弱であろう。ただ、減速が長引く国においては、再び裁量的な財政・金融政策を求める政治プレッシャーが高まる可能性がある。回復ペースが緩慢な国も同様であろう。その場合、「将来の所得の先食い」や「将来の需要の前倒し」によって、2013年の成長率は想定していたよりも高くなり、その効果の剥落する2014年以降の成長率はより低いものとなる。

何処の国でも、足元の景気減速を甘受することができず、将来の成長を犠牲にする近視眼的な政策であることが判っていても、裁量的なマクロ政策の誘惑に抗することができないのである。

本講演では、主要各国の構造問題と2013年のリスクシナリオについて論じるが、そこでのキーワードは大盤振舞の政策がもたらす「慢心」である。

議事録

アベノミクスの帰結は

河野 龍太郎写真アベノミクスでは、中央銀行ファイナンスによる追加財政、つまり、マネタイゼーション政策が行われていますが、それが今後も続けられることを懸念しています。歴史的にみると、マネタイゼーション政策は、短期的には景気がよくなりバブル的様相を呈しますが、最終的には成長率が元の低い水準に戻り、インフレ率や長期金利は上昇します。つまり財政破綻確率が高まるだけ、というリスクが大きいわけです。ですから、今年の参議院選挙後には、政策の軌道修正が行われることを強く願っています。

また、「成長戦略」といいつつも利益誘導型の産業政策が多い点を指摘すると、「まず選挙に勝って、長期政権を確立する必要がある」という答えが返ってきます。たしかに過去6代にわたってわずか1年で政権交代が繰り返された結果、とるべき政策がとられてこなかったことが日本経済の凋落した原因の1つといえるでしょう。ただし、望ましい施策のために長期政権を求めるわけであって、長期政権を作るために筋の悪い政策を容認するのは本末転倒です。1つ1つの政策について、是々非々で評価していく必要があります。

持ち直す世界経済

世界の製造業PMI(購買担当者指数)の推移をみると、昨年9月に底を付け、生産が回復に向かう動きがみられます。その理由として、第1に、欧州では昨秋のECBのOMT(Outright Monetary Transactions)導入やESM(欧州安定メカニズム)発足を受けて金融市場の緊張が緩和され、ドイツなどコア国を中心に景気に下げ止まりの兆しが見られ始めたことが挙げられます。これを受けて、円に対する逃避通貨としての需要が縮小し、為替も円安方向に動いています。第2に、2011年春頃をピークに減速が続いていた中国経済も、秋頃には底を打った可能性があります。韓国や台湾の製造業PMIも、昨年9月を底に拡大しています。バランスシート調整の進展した米国でも循環的な回復の動きが鮮明化しつつあります。

アベノミクスの本質は中央銀行ファイナンスによる積極財政

当社では3カ月に1度、ロンドンでエコノミスト会議が行われます。以前、私の発言する順番は米国、欧州に次いで3番目でしたが、ここ5~6年は、まずBRICs4カ国のエコノミストが話し、米国、欧州、日本と、私の発言する順番は7番目に下がりました。ただし、最近はアベノミクスに対する関心が高く、日本が1番目になっています。

アベノミクスの政策では金融政策ばかり注目されていますが、その本質は中央銀行ファイナンスによる財政政策だと認識しています。財政政策は将来の所得の前借りであり、やれば必ず名目成長率を押し上げます。ただし、追加財政によって名目成長率が上昇すれば、長期金利が上昇しても不思議ではありません。1980年代以降の日本経済を見れば、政府の資本コストである長期金利は概ね名目成長率を上回ってきました。長期金利が大きく上昇することになれば、GDPの2倍に上る公的債務の利払い費は膨らみ、税収の拡大ペースよりも利払い費の拡大ペースの方が速くなってしまいます。そこで、アベノミクスにおける日銀の役割が明確になると思います。政府の資本コストの上昇を抑えるため、金融市場で国債を買い続けることになるでしょう。

日本に大きなスラックは残っていない

しかし、中央銀行のファイナンスによる積極財政で名目成長率を押し上げ、その一方で国債金利を無理に名目成長率以下に抑え込もうとすれば、バブルが生じるかもしれません。この20年間にわたるOECD23カ国の動向を分析すると、名目成長率が名目金利を上回る国が50%を超えたのは、2000年と2004~2007年であり、ITバブルや欧米の住宅・クレジットバブルが起こった時期にあたります。無理に長期金利を抑え込む事に成功し、一時的に財政危機を回避できたとしても、その際には新たな金融的不均衡つまりバブルの起こっている可能性が高いことがわかります。

では、どこまでユーフォリア的な状況が続くのでしょうか。日本経済には、それほど大きなスラックは残っていません。東日本大震災に関する復興予算の執行が遅れている理由の1つとして、建設業界における人手不足など、いくつかのセクターでボトルネックが起き始めています。今後、需給ギャップが改善し、失業率も低下していくことが予想されますが、2015年頃にはインフレ率が1%台半ばから後半になると考えられます。このとき、長期金利の水準が大きな問題になるでしょう。この1、2年は楽観・慢心が広がり、3年目以降の危機の種がまかれるということです。

高度経済成長の終焉期を迎えた中国経済

2年ほど前からお話ししてきたことですが、中国経済は2010年前後に、かつて日本が1970年代前半に迎えた高度成長期の終焉と同じ状況に達した可能性があります。中国では1979年にスタートした一人っ子政策の影響で若者の数が減り、内陸部から沿海部への労働移動が滞り始め、「ルイスの転換点」を2010年前後に迎えたと考えられるわけです。実際、10%台の成長率が7%台に鈍化しているにもかかわらず、中国ではいまだに高い賃金上昇率が続いており、有効求人倍率も高止まりしています。つまり現在の成長率鈍化は、需要の鈍化だけでなく人口動態といった供給サイドの要因であると認識しています。そして中国経済が以前のような高い成長率に戻らないことは、中国政府もよくわかっているようです。

ちなみに9%台から成長率が鈍化してきた1970年代前半の日本では、潜在成長率の低下を社会が受け入れることができず、財政・金融政策によるかさ上げを図りました。その結果、全国的な不動産価格の高騰とインフレの加速が起こったわけです。中国社会科学院のエコノミストたちに「なぜ、成長減速にもかかわらず財政・金融政策をうたないのか」と聞くと、「そんなことをすれば、70年代前半の日本のようになってしまう」と明確に答えます。

ただし中国が今後、間違った政策をとってしまう可能性もあります。昨年9月の尖閣問題を見て、私は意見を変えることにしました。これまでは、議会制民主主義を採用する西側諸国とは異なり、中国では開発独裁型の政策運営が比較的うまく機能し、大衆迎合的でない中長期的な視点の政策が行われると思っていました。しかし、尖閣の問題で中国があれほど強硬な対応をとっているのは、弱腰の態度を見せれば、民衆の不満が高まり政権運営がうまくいかなくなるという危惧が影響しているためでしょう。開発独裁型の政権の成功によって豊かになった多くの国民は民主主義を欲するようになり、ナショナリズムに目覚めています。

成長率が鈍化すると、不利益を被る既得権者からの圧力を無視できなくなり、近視眼的なバラマキ政策が採られるという、多くの先進国と同様の流れが中国でも起こるリスクがあります。この3月の全国人民代表大会でも、地方から拡張財政を求める動きが広がることが懸念されます。もし、中国でも大盤振る舞いの政策がとられるならば、日本では、この1、2年は拡張財政の効果に加えて輸出ブームも訪れることになりそうです。ただ、それらの効果が剥落した頃、大変な事態になってしまうかもしれません。

また中国は、15~59歳の人口が既に減少傾向に転じており、2020年には、おそらく人口オーナスの問題に直面するものと考えられます。そのため、ここで財政・金融政策によって過剰ストックを積み上げれば、低成長期局面がそれほど遠くない先にやってきたとき、相当深刻な状況になることが心配されます。

極端に歪む男女の人口構成比率

もう1つの大きな問題は、男女の人口構成比率の極端な歪みです。ほとんどの先進国において、出生性比は、「女性100:男性105前後」で共通しています。しかし中国では、一人っ子政策をスタートした世代である現在の30~34歳は「女性100:男性105」ですが、20~24歳は「女性100:男性110」、15~19歳は「女性100:男性115」、10~14歳では「女性100:男性119」と偏っているのです。有史以来、これほど大きな歪みはどこにも見られません。

こうした男女人口構成比率の歪みによる「結婚できない問題」が、同じく重大な「所得格差の問題」とあいまって、大きな社会不安を引き起こすことは十分に考えられます。あるいは尖閣をめぐる反日運動を含め、こうした動きはすでに始まっているのかもしれません。

人口動態のもたらす構造変化

生産年齢人口(15~64歳)の総人口に占める割合の推移をみると、その割合がちょうどピークとなる頃に大規模なブームが起き、その後、低成長の続く傾向が各国でみられます。日本がピークを迎えたのは1990年、スペイン・米国・アイルランドがピークを迎えたのが2005年、中国は2010年あるいは2015年(予測)となっています。

短期的にイノベーションが起きない場合、GDPを規定するのは労働力と資本ストックです。そして低成長を引き起こすのはバブル崩壊による不良債権問題だけでなく、人口動態も影響しています。

1998年に長銀や日債銀が破綻した頃、多くのエコノミストは、日本の潜在成長率を問われると、「80年代のように4%台はないが、3%に近い2%だ」と答えていました。しかし実際の90年代以降の平均成長率は0.9%に留まっています。高すぎる成長率見通しを前提とする限り、問題は解決できません。各国が大きなショック後に問題を解決できないのは、人口動態による潜在成長率の低下を認識できず、過大な成長を前提としているためです。これはシステマティックな問題です。

欧州金融部門の域外の膨張も調整開始か

最近、欧州へ行くと楽観が広がっていることを感じます。その背景として、昨秋にEMSが設立され、欧州中央銀行がOMTを導入したことがあります。本年9月に総選挙を控えたドイツのメルケル首相がこうした大盤振舞の「止血剤」を容認したわけですが、実態は何も変わっていないと思います。

2000年代の新興国・途上国向け貸出の推移をみると、欧州は右肩上がりに拡大し、リーマンショック以降もその傾向は変わっていません。つまり金融部門のバランスシートは膨張を続け、調整が進んでいない状況にあります。そのため、日本で2000年前後に起こった金融機関の集約の動きが、欧州でも今後みられることでしょう。

そうなれば、ドイツやフランスといった大国の大手金融機関はグローバルな展開を続けられたとしても、それ以外では、グローバルビジネスを縮小あるいは撤退する過程で調整が進んでいくものと思われます。膨張した金融のグローバルな縮小過程は、世界経済にとっても縮小圧力となります。

米国のトレンド成長率は1%台後半?

米国のバランスシート問題はかなり解決され、あと数年で終結する見通しです。しかし、再び高い成長に戻るとは考えにくい状況にあります。日本では、1990年代に不良債権問題が解決されると、高い成長に戻るといわれていました。しかし、その頃からちょうど高齢化の問題が顕在化し、トレンド成長率が低下していきました。欧州や日本ほどではありませんが、実は米国も高齢化の問題に直面しています。

米国の労働力人口の推移(前年比)は、90年代平均1.3%、00年代平均0.8%と、1%前後の伸びがみられていましたが、2010年以降は0.0%近傍に停滞しています。さらに、移民の流入ペースも鈍化しています。移民の多いメキシコでも、豊かになるにつれて出生率は鈍化し、労働力の伸びも鈍化しているわけです。

こうした動きは10年前から起こっていましたが、2000年代は米国で住宅バブルが起きたため、メキシコから米国の建設業界へ多くの労働力が流入しました。しかしバブルが消えた今では、メキシコ国内の余剰労働力が減少していることもあり、移民も鈍化しています。

米国では、人口全体に占める55歳以上の割合が2000年頃から急速に上昇していますが、それとは対称的に、25~54歳の割合は下落しています。つまり、過去20年間のように労働力が毎年1.0%伸びることはなく、以前のような高い成長は見込めない状況にあります。程度に差はありますが、各国とも人口ボーナスは終わり、人口オーナスの時代に入りつつあるといえます。

質疑応答

Q:

日銀の円安への役割をどう評価されますか。また米国の成長率に、シェールガスはどのような影響を及ぼすでしょうか。

A:

円安が進んだ大きな要因は、欧州危機が落ち着いたことで、これまで安全通貨として円買いに集中していた状況が修正されたためだと思います。

シェールガスも為替の需給に大きく影響しますが、米国のトレンド成長率に対しては、労働力の伸び率が鈍化していく影響を相殺するほどのパワーはないと思います。また、エネルギー価格が下落することによって、米国の製造業が全面的に復活するというのは言い過ぎだと思います。

Q:

労働力人口が減少する中で、女性の労働力を活用することによって、日本はどのような効果を期待できるでしょうか。

A:

日本は、先進各国と比べて女性の就業率が低い状況にあります。女性が出産や育児によって就業を中断せざるをえない場合、人的資本が劣化してしまうことになりますが、継続就業が可能となれば、単に労働力を増やすだけでなく、労働の質を高める上で重要な役割を果たします。現在、日本の非正規雇用比率は全体で約3割、女性では5割を超えていますが、高校・大学・大学院等では男女関係なく、個人、国、社会が同じように教育投資を行っています。

女性が継続就業できれば、日本人の平均的な人的資本のレベルが上がり、生み出される付加価値や生産性は高まるわけです。潜在GDPが上昇しますから、女性の継続就業を促す社会システムの整備は有益な政策だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。