岐路に立つ日本の防衛産業

講演内容引用禁止

開催日 2013年1月11日
スピーカー 鈴木 英夫 (経済産業省 産業技術環境局 局長)
モデレータ 飯田 陽一 (経済産業省 製造産業局 航空機武器宇宙産業課長)
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開催案内/講演概要

我が国の防衛産業は、鉱工業生産額のわずか2%程度を占めるに過ぎないが、近年の我が国を巡る安全保障環境への適切な対応や動的防衛力を構築していくためにも、その重要性はむしろ高まっている。他方で、先進諸国では冷戦の終焉以降、国境を越えた防衛関連企業の集約化、大規模化が進んでいる。

こうした国際環境の変化、減少傾向にある我が国防衛予算、昨年決定された防衛装備品等に関する海外移転に関する基準などの最近の環境変化が我が国防衛産業に与える影響を分析するとともに、今後我が国の防衛産業の維持発展のためにどのような戦略が必要なのかについて論じる。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

我が国防衛産業の現状

鈴木 英夫写真我が国の防衛産業論は、情報公開の問題等もあって非常に限られた人々の間で議論されてきました。他方で、今後の安全保障を考えるにあたっては、防衛産業について理解した上で議論していくことが重要だと思います。

日本の平成19年の防衛生産額1兆8995億円は、工業生産総額の0.6%に留まっています。ちなみに米国はピーク時でおよそ45兆円、少なくとも25兆円の調達を毎年行っていますから、日本の防衛産業は規模が小さいため生産効率も悪く、防衛専業メーカーが成り立ちにくい構造といえます。

日本防衛装備工業会134社へのアンケート調査では、防衛依存度10%以下の企業が半数を超え、50%を超える企業は25社程度しかありません。しかも、防衛依存度が高いのは概ね中小企業であり、大企業は民間向けの技術をうまく使いながら、防衛省の要請にこたえて生産しているのが実態です。防衛装備品の生産に参加する企業数は、戦闘車両(90式戦車)で約1300社、戦闘機(F-15)で約1100社、護衛艦(イージス艦)で約2200社となっています。

国防研究費を各国比較すると、日本1714億円、米国7兆円、フランス4384億円、英国4731億円、ドイツ1318億円となっています(朝雲新聞社「国際軍事データ2008-2009」)。韓国は、日本と同水準の1500億円程度です。米国では、将来の先端技術開発を民間企業に委託しており、国防研究費は単に安全保障を支えるだけでなく、国の産業を将来にわたって支える役割を果たしています。

日本の防衛産業は、開発・生産だけでなく自衛隊の運用面も支えています。装備品の定期整備や複雑な修理、部品補給等に対応し、部隊の運用を底辺で支える民間企業の防衛産業基盤は、我が国の安全保障にとって重要な役割を担っています。

我が国の防衛産業の特徴と問題点

我が国の防衛産業の特徴として、防衛装備品の開発、生産、維持整備、運用支援、改修等はすべて民間企業が担っており、戦前のように国営の兵器工場はありません。他方で、防衛装備品の開発・生産費用は、ほぼ100%国費に依存しています。したがって、産業の命運は国防予算で決定されるといえます。

開発された技術や設計図は原則的に国有財産となり、民需への移転は困難です。米国では、DARPA(国防総省高等研究計画局)の許可を受ければ民転可能なため、民間企業は防衛技術開発を事業戦略的に展開することができます。日本でも、日本版バイ・ドール法の制定によって進歩はしていますが、やはり大きな壁があると思います。また防衛産業では、数十年の長期にわたって装備品の使用に対応する維持補給体制を維持する必要があります。

日本では、戦後占領期7年間の生産中止で技術的な遅れが生じました。その後、昭和45年に防衛装備品国産化方針(防衛庁事務次官通達)が出され、国内産業の育成、技術の養成に取り組んできた結果、短距離・中距離誘導弾、観測ヘリコプター、対潜哨戒機、護衛艦、潜水艦の純国産化に成功しています。

法律上の制約として、武器等製造法、航空機製造事業法、火取法(火薬類取締法)等によって、狭い国土でオペレーションがなかなか効率的にならない問題もあります。憲法の精神、武器輸出三原則等の制約は大きく、実質輸出禁止によって市場は国内に限定されています。国際共同開発や生産への参加は、平成23年12月の防衛装備品等の海外移転に関する基準決定によって若干可能になりましたが、課題は多い状況にあります。

防衛装備品調達制度は単年度主義のため、企業において将来の生産計画が立たず、コストも膨らみます。原価計算方式でインセンティブ契約等のコスト削減に向けた努力はなされていますが、限定された市場で競争がほとんどない中で、予算削減に伴い過大請求等の不祥事が多発しています。適正な生産のためには、調達システムの改善が望まれます。

武器輸出三原則等については、昭和42年の佐藤総理および昭和51年の三木内閣の政府統一見解が武器の輸出に関する政府の方針となっていますが、武器製造関連設備、武器の生産技術、日本企業の海外投資、建設工事が基本的に禁止されています。その後、対米武器技術供与の取り決めによって、平成16年には弾道ミサイルを撃ち落とすミサイルについて、米国との共同開発・生産が個別に認められています。

防衛産業をめぐる国際環境の変化

諸外国における国防産業の変遷として、米国では2000年代に入ると、効率的に地域紛争に介入し、犠牲をできる限り少なくするという発想から、戦争・戦闘の質的変化と技術革新が促され、防衛産業が大きく転換しました。

英国やフランスでは、欧州での戦争の懸念がなくなるにつれ、大幅に予算が削減されています。当然、防衛産業も欧州レベルで統合されています。英国では、米国との統合も始まっています。他方、韓国は防衛産業の育成に努めており、1999年にKAI(韓国航空宇宙産業)を設立後、多額の予算を投入して輸出産業に育てようとしています。

欧米ではBAeシステムズをはじめ防衛生産企業の統合が進んでいますが、日本ではなかなか進まず非効率な状況が続いています。主要先進国の防衛産業政策をみても、やはり国内市場が縮小する中で輸出を促進する流れになっており、技術力向上のために選択と集中をしながら、研究開発にも力を入れています。

防衛産業政策の考え方として、米国では、ソフトウェアをはじめとするプラットフォームシステムインテグレーションの部分は国内で確実に生産・技術基盤を維持し、レーダーやミサイル、エンジンといった主要システムはパートナー国・同盟国との合弁事業で行っています。したがってF‐35戦闘機は9カ国共同開発・生産となっています。さらにサブシステムや構成品、商用品はグローバル化が進んでコントロールしきれない状況となっています。

日本は、最も重要なプラットフォームシステムインテグレーションの部分を米国に頼り、主要システムやサブシステムに強みを持っているのが実態です。フランスは、国内に維持すべき分野については核兵器、弾道ミサイル、暗号、原子力潜水艦等に限定し、その他部分は欧州内における共同開発等にシフトしています。

2012年2月に英国国防省白書"National Security Through Technology"で示された新たなアプローチは、基本的に国内外市場からの調達をベースにしており、国内の防衛産業から批判されています。英国周辺に紛争がなくなったゆえの変化といえますが、日本は周辺に紛争の可能性があるため、ここまで踏み切るのは難しいと思います。

我が国防衛産業に対する政策の転換

わが国周辺の安全保障環境は大きく変化しています。北朝鮮の核・長距離ミサイル開発の脅威、中国のA2ADや第二列島線といった方針に基づく軍事力の急速な近代化と増大、ロシア軍の活動の活発化――こうした状況の中で日本は、新規装備品導入、ミサイル防衛、南西諸島防衛等、動的防衛力を整備する方向に進んでいます。

国際社会における多層的な安全保障協力の推進において、日本は海外でも評価されています。また平成22年8月には、防衛省航空機に関する民間転用方針が決定されました。同年の防衛大綱では「防衛生産・技術基盤に関する戦略」の策定方針、平成23年12月には防衛装備品等の海外移転に関する基準がそれぞれ決定されています。

最近の大きな動きとして、欧州、米国エリアでは紛争がなくなっていることから、先端防衛装備品の共同開発が進められています。開発コストの分担と生産量の増大によって、低コストかつ高品質な生産を可能とする国際共同開発が推進されているわけです。F-35という極めて秘匿性の高い最先端戦闘機の9カ国共同開発にも踏み切っています。

F-35の防衛省購入機体に関する組み立ておよび一部部品の生産やALGS(Autonomic Logistics Global Sustainment)への参加といった新たな展開の中で、日本の防衛産業は、大きな転換を迫られることが予想されます。まだ先の話かもしれませんが、今から対策を考える必要があります。防衛装備品等の海外移転に関する基準の決定も、その一環といえます。

防衛装備品は開発に概ね10年、さらに試作を経て装備化されるまでに5年を要します。日本の防衛計画には5年ごとに見直す大綱はありますが、新たな装備品を開発するためには、10年、20年先を見据えた中長期的な構想が必要です。

我が国防衛産業の課題

今後ニーズが高いC4ISR、ミサイル防衛、無人機、宇宙、水陸両用能力といった日本周辺の課題に即したシステム(ソフト)に、日本はこれまで十分な対応をしてきませんでした。今後、ライセンス生産できればいいのですが、そうでない場合は厳しい問題が出てくると思います。

また、世界的に国際共同開発・生産が増加している中で、日本は防衛計画の長期ビジョンを持たなければ対応できません。F-35のALGS等、防衛装備品の維持・運用においても多国間協力が進展する中、日本の防衛産業がどう対応していくかという問題もあります。

したがって今後、仮に防衛装備品予算が増加しても、国内開発・生産に関する予算が増加する保証はありません。国際共同開発に参加しない場合、日本は技術進歩から取り残されるおそれもあります。将来的には、安全保障分野における国際協力で支障が生じる可能性もあるでしょう。そういった意味で、日米同盟を基軸として国際共同開発・生産や共同オペレーションに向かっていくことが予想されますので、それに対応する防衛産業の対応が求められると思います。

わが国防衛産業の当面の課題として、今後の防衛ニーズに合った技術・開発・生産能力の維持・育成を前提に、保持すべき防衛生産・技術基盤を見極めていく必要があると思います。そして、安全保障面で協力関係にある国との国際共同開発・生産を推進し、民間転用も促進する必要があります。そのためには、企業組織の合併や事業集約といった改革は必須といえます。

調達制度改革としては、より高性能・安価な装備品の随意契約による調達は、形式的な競争入札では実現できません。日本の小さな市場で競争するのは非現実的であり、基本的には事業集約によって効率性を上げ、チェック機能等も含めた最適な調達システムを作っていくことが重要だと思います。そのためには、一定の条件下での海外企業との共同入札制度の検討も考えられます。

防衛産業技術・基盤を維持・育成し、高度化していくためには、産業構造や企業組織を最適化していく努力が不可欠といえます。具体的な方策としては、システムインテグレーション能力を持つ企業への営業譲渡による防衛事業の集約化が望ましいと考えます。その他に、防衛部門を含む企業の合併は、造船関連ですでに行われています。複数社の防衛関連部門を切り出し、統合した新会社を設立することも考えられますが、防衛予算が削減される中で防衛部門のみを切り出すのは、非効率でリスクも高く、あまり現実的ではありません。ただし、今後の防衛ニーズに合った分野であれば、実現できるかもしれません。政府の企業統合促進策の活用や新たな対策の検討を含め、政府の後押しは極めて重要といえます。

質疑応答

Q:

武器輸出三原則の緩和で国際共同開発が増えるにあたって、今後「純国産」「共同開発」「純輸入」の割合は、どのように推移する見通しでしょうか。

A:

論理的には、日本国内で開発・生産能力のないものについては輸入、基礎的な技術力のあるものはライセンス国産、日本国内に技術力のあるものは純国産、という切り分けで進めてきました。

ただし、無人機による偵察やミサイル防衛等では完全に米国のシステムに頼っているように、ニーズがあっても日本の対応できない分野が増えていけば、国産比率は下がるおそれがあります。

Q:

ドイツは多くの武器を輸出していますが、国防研究費は日本より少ない状況にあります。どのような構造になっているのでしょうか。

A:

ドイツでは、防衛産業を輸出による収益で支えています。とくに戦車や榴弾砲に強みを持ち、民間企業が自らシステムを開発し、試験用の射場も所有しています。輸出量は最近10年で大幅に増加しており、その結果、ドイツ政府は低コストでの武器の調達を実現しています。大量の武器を輸出することについては国内でも批判のあるところですが、防衛産業を育成し、低コストで調達するというドイツ政府の戦略といえます。

Q:

国際共同開発・生産について、コストや技術面でのメリットは明らかですが、防衛上のインターオペラビリティ向上は、どの程度見込まれるのでしょうか。

A:

同盟友好国関係や相互運用性は大きく強化・向上すると思います。たとえば共同訓練や共同オペレーションの際、同じシステムであれば、人が変わっても同じように使うことができます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。