ロシア経済の課題と日本企業のロシアビジネスの展望

開催日 2013年1月9日
スピーカー 高橋 浩 (一般社団法人ロシアNIS貿易会(ROTOBO)ロシアNIS経済研究所 副所長)
モデレータ 津田 隆好 (経済産業省 通商政策局 ロシア・中央アジア・コーカサス室長)
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開催案内/講演概要

プーチン大統領が再登場し、ビジネス環境の整備を重要政策課題のひとつとしているなか、WTO加盟も果たしたロシア経済の現状と課題を考察する。また、日ロの経済関係が深化しつつあるなかで、日本企業のロシアビジネスの展望を見据える。

議事録

ロシア経済の現状と課題

高橋 浩写真ロシアは先進国なのでしょうか、それとも発展途上国なのでしょうか。1人当りのGNIをロシア、ブラジル、インド、中国のBRICs間で比較すると、ロシアは他よりもかなり高くなっています。一方で平均寿命は4カ国中で最低の63歳であり、この辺りが先進国としては疑問をもたれる点です。しかし幼児死亡率は低く、識字率はほぼ100%で高学歴者も多くなっています。これらのデータを、ロシアが先進国であるか否かの指標とすることは適当ではないかもしれませんが、この国が先進国と発展途上国の両面を持っていることを示しているとはいえます。

資源大国であるロシアが現在抱えている問題には次のようなものがあります。歳入の46%が石油ガス部門であり、原油等の原燃料での国際価格依存が見られます。また、ガスプロムやロスネチフ等のガス・石油大手に人が集中していることや、新たな石油ガス開発の困難が見られることに加え、再生エネルギーやシェールガスへの対応の遅れも挙げられます。

リーマンショック後の回復と財政の安定

最近のロシア経済は、1998年に危機があった後、2007-2008年までは成長を続け、リーマンショックで落ちた後に、再び回復をしているという状況です。現在は、ハイパーマーケット等に見られる消費の上昇や、モスクワ中心部のモスクワシティでの建設ラッシュにも現れている通り、消費・投資がロシア経済を牽引しています。

ロシア経済でGDPよりも重要だと考えているのは、財政赤字です。1990年代には膨大な財政赤字と対外債務があり、1998年に危機が起こりました。今のロシア政府は、1990年代の反省の上に、財政の安定を最重要視して政策を立てていると思います。1998年は政府側の危機であり、2008年は民間側の危機でした。その民間側の危機を上手く補填できた背後には、政府の債務が少ないことと、リザーブファンドという別枠のファンドを、1998年の危機以降に持つようになったことがあります。現ロシア政府が財政安定に腐心をしている結果として、企業の状態が厳しくなっても、ロシア全体の経済として対応できるという状況なのです。

インフラ・設備の老朽化

ロシア経済では、GDPの伸びに合わせて投資が進んできましたが、ではロシア経済はそれで変わったのでしょうか。ロシアの固定資産の老朽化を見ますと、全産業ではあまり変わらず、商産業や金融業などで改善されています。ただ、今ロシア政府が力を入れている医療や教育という分野のインフラが必ずしも進んでいませんし、GDPに対して20%の投資を行なっても、経済の全体のインフラ・設備が進んでいないところが問題ではないかと思います。たとえば、ロシアには古い設備の工場がまだ多くあります。これには、自己資金だけで投資を行わなければいけないなど、全体として更新が進まない構造が背景にあります。最大の問題は金融システムだとは思います。

ロシア政府の危機感

昨年ロシア政府が出した大統領令の「長期的な国家経済政策について」の中で重要だと思われるものを挙げます。まず、GDPに対する投資の規模を2015年と2018年までに、それぞれ25%と27%にするというものがあります。投資を増やしたいという意図があることは明らかですが、25%等の数字はかなりマイルドなものであり、これではロシア経済の根本的な離陸はないだろうと思います。過去に投資が年間10%の伸びでも基本的な構造の更新はなかったわけですから、老朽化を抜本的に改善するには毎年20%程度の投資の伸びを達成する必要があるのではないかと思います。

次は、労働生産性を2018年までに2011年比で1.5倍に向上させるというものです。ロシアは労働生産性が非常に低いのですが、逆にいえば効率を上げる伸びしろがあるのだということです。あるところを改善するだけで劇的に改善される可能性があり、そういう意味では、1.5倍というのはそれほど大胆な数字ではないと思います。また、今の政権が最も重視している領域に投資環境があります。世銀のビジネスランキングではロシアが120位になっていますので、これをさらに引き上げていきたいということです。

もう1点は道路についてです。現代的な技術と管理能力を持つ外国企業を、連邦・地域道路の建設のための公募・入札に参入させるメカニズムの形成を行うというものです。世界で最も道路の建設コストが高いのはロシアだというデータがありますので、外国企業の参入によって競争を厳しくし、建設コストの削減を図る目的があります。

日本ビジネスの展望

日露貿易は2000年代に伸びをみせ、リーマンショックで落ち込みました。その後、2011年からはまた回復しており、基本的には伸びる方向ではあると思います。しかし、ロシアが日本貿易に占めるシェアは、2011年の輸出で1.4%、輸入では2.2%というかなり低いものとなっています。また、貿易構造が偏ってきており、自動車の対露輸出が非常に多く、日露貿易の6-7割を占めています。

最近の日露貿易の特徴で重要なのはエネルギーです。これがここ数年で最も劇的に変わったところです。原油、天然ガス、LNGの対露輸入ですが、LNGのサハリンからの輸入が2009年から始まり、2011年の対露輸入シェアは原油と合わせて58%です。石炭を含めればロシアからの輸入は約7割がエネルギーとなっています。過去に水産物、木材、金属等が多かった輸入はこの数年で大きく変わり、今はロシアからエネルギーを輸入し、日本からは自動車を輸出するというような構造になっています。ただ輸出のほうは、金額でいえば少ないのですが、日本食品や食品素材、建材、化粧品など多様な品目が輸出され始めています。

自動車関連では、輸出だけではなく自動車、建機、部品関連の工場建設などへの投資が増加し、既に生産を開始している工場もあります。こうして自動車を中心に投資や進出が進んでいますけれども、2005年にトヨタが工場進出を発表して以降、その他の大手企業のロシアへの感心も高まっています。他の分野では、紙おむつのユニチャームや、JT、旭硝子などの投資も進んでいます。最近の傾向としては、未知の市場であるロシアへの拡大を進めたいという企業が多くあるようです。しかし他の市場と違い、知識不足や準備不足は否めず、どこも進出に際しては苦戦しているように感じます。

ただ、先ほどの旭硝子やJTは、ロシアで自動車用ガラスやタバコのシェアのトップを捕っています。JTは買収したアメリカ企業がすでにロシアに投資を行なっていましたし、旭硝子は欧州の子会社を通じての進出でした。このように欧米にすでに拠点のある企業を通じての進出も良い方策だろうと考えられます。また、ロシアは投資環境が悪いというデータがでている一方で、地域によってはかなりの外資が入ってきている事実があります。これは、地方行政府単位で投資環境の手続き上の問題等を解決していっているからです。このような地域が増えてきており、地方と連携していくというのも1つの方策ではないかと思います。ロシアには特別経済区がいくつかありますが、経済特区だから良い・悪いというわけではなく、やはり行政府の手腕やリーダーシップが重要なのだと思います。

今後のロシアの重大イベント

先ほど投資の問題とコストの高さに触れましたが、ロシア政府はそれなりの財政の安定や資金を持っています。なぜそれらを使って、国家プロジェクトとして国家を強靭化するために、色んな政策を行わないのでしょうか。1つの理由としては、やはり道路建設に非常にコストがかかるということがあります。よく言われるのは、建設を決めてから最終段階に至るまでの、その途中のコストのせいで最終的な投資額がどんどん上がるという構造があります。道路だけでなくインフラ全体に同様の構造があるのです。財政が黒字だからといっても、ロシア全土に渡るインフラ整備をすれば、その黒字は一気に吹っ飛んでしまうということを政府は分かっていますから、むやみやたらな投資をしないのです。

一方でそのようなインフラの改修はどのように行なわれているかというと、日常の手続きの中で行なっていくということであれば、どこから手をつけるか優先順位がつけられず簡単ではないということになります。ロシアも一応民主国家ですから、名目上の大イベントがないと、それにかこつけた国家プロジェクトの投資を行いにくいのです。同時に、このようなイベントがそれなりに上手く行われるかどうかが、ロシア経済の状況に対する1つの判断材料になるのではないかと思います。たとえばウラジオストクでのAPEC首脳会議では、大方の予想を裏切り立派な海上橋を2つも造り上げました。またアムール州では、ロケットの発射場と3万人程度の小さな町を作っており、2015年に最初の無人ロケット、そして2018年に有人ロケットを打ち上げる予定です。こういったプロジェクトの進行状況を見ながらロシア経済を占っていくのが良いのではないかということです。

ロシアビジネスへの対処のヒント

ロシア経済の見方をビジネスへの対処のヒントということでまとめました。まず、ロシア経済の特徴として危機後の回復の速さがあると思います。1998年の危機は、国家が分裂するくらいのものでした。8月くらいにデフォルトを起こしたのですが、その後10月に私がロシアに行ったときには、もう景気が変わってきているという感じがしました。ロシア政府は、1992年のソ連解体からロシアへの移行の過程で、大変な危機を経てきました。今の経済人にはその危機をチャンスに変えてのし上がってきた人が多いのです。

ロシアの生産性は非常に低いというのは事実です。ただ、少しエネルギー効率を上げるだけなどの小さな変化が、収益上昇への大きな変化になる可能性もあります。ロシアは変わらないという人も多くいますし、私も基本的にはそう思っていますが、先ほどのAPEC首脳会議でのインフラ整備における建設の速さを見ますと、劇的な速さで物事を進める能力も併せ持っていると思われます。タイミングを見過ごすとあっという間に置いていかれるというのが今のロシアだと思います。

あと、投資環境が悪いという話しがありますけれども、ロシアは無法社会ではありませんし、手続きを重要視している社会です。この手続き重視であるところは、投資を行う際にも鍵となってくると思います。また、先ほどの変化の速さにも関係しますが、需要・志向に安定性がないということがあります。やはり1990年代には社会が混乱していました。今のロシアは1990年代に比べれば安定していると思います。しかし、商品やサービスに対する需要・志向に安定性はほとんどなく、どんどん新しいものに飛びつく可能性や、広告を積極的に打つだけで変わる可能性があると見ています。また、企業も必ずしも安定はしていません。そういう意味では、当たり前のことですが、ビジネスに常に緊張感が必要だということです。

質疑応答

Q:

アメリカを始めとする西欧諸国からは、ロシアの経済政策に対する厳しい意見が聞かれますが、実際にはどうなのでしょうか。

A:

今のロシア経済の善し悪しについては、基本的な問題は変わっていません。老朽化や投資効率の改善等がなければ、根本的にロシア経済が伸びることはないだろうというのが私の考えですが、ロシア経済が駄目になるかというとそれはないのではないかと思います。2000年にプーチンが初めて大統領になったときに、ロシアでは2003年危機説というものがありました。そのときから2001年にかけては、インフラ崩壊や債務分野でも大変な問題がありつつも、時の政権が対策を取ってきました。未だにインフラの問題に不安はありますし、原油価格が大幅に下がってマイナス成長になるかもしれません。しかし、むしろそれはロシアの為になるだろうというのが私の考えです。

Q:

金融システムが投資に向かうようにできていないというお話がありましたが、それはどのような構造なのでしょうか。

A:

ロシアでは、銀行自身の金利が高かったり、長期の資金貸付には非常に厳しい条件が求められたりなどの問題に加え、いくつかの巨大な銀行以外は資本の不足などから銀行として機能していません。ロシアの金融の最大の問題はロシア中央銀行の効率の悪さにあります。中央銀行は、単に銀行をコントロールするためだけの機関になっており、ここを変えなければいくら金融システムについて話しても変わりません。そういう意味では、中央銀行はロシア経済が変わるための重要な要素だと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。