アントレプレナーシップとライフネット生命の挑戦

開催日 2012年10月31日
スピーカー 岩瀬 大輔 (ライフネット生命保険(株)代表取締役副社長)
コメンテータ 岡田 江平 (経済産業省 経済産業政策局 産業資金課長(併)新規産業室長)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 貿易経済協力局貿易管理部 安全保障貿易管理課 安全保障貿易国際室長)
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開催案内/講演概要

「ネットで生保を売る」という業界の常識破りのビジネスモデルで事業開始からわずか4年のスピード上場を果たしたライフネット生命。その創業副社長が、起業に至るまでの経緯とその後の成長の秘訣、今後の展望を語る。

さらにアントレプレナーシップを醸成するために必要な施策や意識の変換などについて提言する。

議事録

ハーバードMBA留学と出会い

岩瀬 大輔写真ライフネット生命は、保有契約件数15万件弱、年換算保険料収入でいうと60億円弱のまだ小さな会社です(2012年9月30日現在)。今年3月に上場し、現在の時価総額は420億円強となっています。

2004年、28歳のときにハーバードMBAへ留学し、多くの起業家と接することができました。たとえば、キャンパスを訪れた三木谷浩史さんに飲みに連れていってもらい、「意外と普通の人じゃないか。これなら僕たちだって、できるかも」と身近に感じ、大きな影響を受けたと思います。その他にも、キャンパスにはいろいろな人が常にスピーチに訪れていました。いかに身近に感じるかが、アントレプレナーシップを高めるためには大切だと思います。

卒業を半年後に控えた2006年1月、東京に帰っていた私は1人のベンチャー投資家と出会いました。それがライフネット生命を立ち上げるきっかけになっています。彼は「ずっと前から君のブログを読んでいて、会いたいと思っていたんだよ」と言いました。今の時代らしく、たまたま留学記として書いていたブログが話題になり、その発信をもとに輪が広がり、出会いが生まれたというわけです。

その投資家の話では、「100社ほどのベンチャーに投資して、1つわかったことがある。ビジネスプランがいいと思って投資しても、人がイマイチだった案件は全部失敗した。それに対し、プランはイマイチでも、人がいいと思って投資したものは軌道修正して何とかなった。だから、ベンチャーは人が命。プランなど見なくなった」ということでした。

2006年2月、その人は、冬のボストンまで会いに来てくれました。他の誘いもあって返事を先延ばしにしていた私は、このとき「この人と一緒にやろう」と決断しました。そして同時に、衝撃の発表がありました。「いろいろ考えたんだけど、岩瀬君には保険がいいと思う」――こうして、私の保険人生が始まったのです。保険業界と聞き、私は直感的に面白いと思いました。保険という成熟した業界にこそ、新しいチャンスがあると感じたのです。そこで、「保険に詳しい人を紹介してください」と頼みました。以前、PEファンドにいた頃、業界のベテランと組んで成果を上げていく経験があったためです。

4月に一時帰国した際、東京で「生命保険に日本一詳しいおじさん」を紹介されました。それが現社長の出口治明です。当時は生保不払い問題が明らかになった頃で、出口はゆっくりした口調で「市民社会を支える大切な存在であるはずの生命保険業界が、いつからかおかしくなってしまった。小さくてもとびきりいい保険会社をつくって、業界に刺激を与えたい。それが自分を34年間育ててくれた生命保険業界への一番の恩返しだ」と語りました。出口の話を聞くまで、ベンチャーで保険会社をつくれるという発想は、私にとってまさにコロンブスの卵でした。

日本は世界有数の「セイホ大国」

そこで私は、ハーバードMBA的に考えました。新規事業が成功する3つのポイントとして、「大きな市場」に「大きな非効率・矛盾」が内在し、そこに「大きな変革の波」があるとき、その非効率や矛盾を取り除くようなソリューションを提供すれば、大きな価値が生まれる――この理論を日本の生命保険業界に当てはめてみると、まさにぴったりでした。

日本の生命保険業界は、40兆円の巨大市場です。日本の保険は「住宅に次いで2番目に高い買い物」といわれ、2000年の人口1人当たりの保障金額を比較すると、日本の16万米ドルは他国の3~6倍に上ります(出所:ニッセイ基礎研REPORT 2003.4)。定期保険(1000万円の10年定期、30歳男性の月払保険料)の日米欧比較では、国内大手2500円、国内中堅1900円、英国990円、米国710円と、日本は他国に比べ数倍高い保険料であることがわかります(出所:毎日新聞朝刊2001.8.5)。

このように日本人は、気づかないうちに高い保険にたくさん入っていたのです。保険料の内訳をみると、最も手数料の高い例では、実際に払い戻される保険金は全体の49%に留まり、51%が手数料(保険会社が受け取る経費・利益)という高コスト体質ぶりです。

その一因として、日本では保険の営業員が1社専属であることが挙げられます。他国はどうかというと、英国では独立系FP、フランスでは銀行、米国では乗合代理店が保険のおもな売り手となっています。日本の保険業界は、1社専属の営業員という高コストのビジネスモデルを維持するために、手数料の比率が大きい死亡保険に力を入れてきました。その結果、日本の人口1人当たりの保障金額が他国の数倍となったわけです。これが、日本の保険業界にみられる大きな非効率といえます。

大きな変革のうねり

1996年には50年ぶりに保険業法が改正され、規制緩和によって日本の保険業界は大きく変わりつつあります。銀行の保険窓販解禁、郵政民営化といった変革の中で、2006年には保険料が自由化されました。

これまで大手生保の成功を支えてきた20世紀型の時代環境は、21世紀に入って逆転しています。かつては高度経済成長・高金利、専業主婦の多子世帯が主流でしたが、現在は低成長・低金利、女性は社会進出し、少子高齢化が進んでいます。時代は大きく変わったのに、生命保険会社は変わっていないのではないか――このような問題意識に立って、今から6年前、溜池山王の狭いオフィスで事業をスタートしました。当時私は30歳、出口は58歳でした。

生命保険会社をつくるレシピ

どんな会社も、ヒト・モノ・カネが必要ですが、これに加えて生命保険業界の場合、「免許」が必要です。カネは、保険業法上の最低資本金は10億円ですが、相場では100億円必要だということがわかりました。免許はじつに1934年以来、外資系でも損保系でもない新しい生命保険会社には出されていませんでした。ヒトについては、専門性の高いアクチュアリーが必要と考え、まだ1000人ほどの資格者しかいないという難関試験を自ら受けてみたところ、撃沈しました。保険数理のデータやITインフラといったモノもありません。

一番簡単な方法は、保険会社に出資してもらうことでした。そうすれば、4つすべてが満たされます。しかし、出口の「保険会社からの出資は絶対に受けない。これから業界を大きく変えようとしているのに、制約がかかってしまう」という言葉で、いばらの道を進むことになりました。

準備会社のネットライフ企画を経て、新会社の名前をつけることになりました。「どうしましょう」と聞くと、出口は「"真正直生命"にしたい」といいます。それは恰好悪いのでやめてもらい、仕方なく投資企業に公募したのですが、なかなかいい案が出てきません。そこで有名なコピーライターの先生に相談したところ、出てきたのが「ライフネット生命」でした。ネットライフをひっくり返しただけのようですが、母音がアイウエオで馴染みもよく、温かいイメージのとてもいい名前をもらったと思いました。次にロゴマークですが、これも有名なデザイン界の巨匠にお願いしたもので、出口の横顔ではありません。

最近、保険会社のスイス人に「"ライフネット"という名前、どうかな。和製英語っぽいかな?」と聞いてみました。すると「語感もいいし、わかりやすくていいと思う」とのことでした。次に、おそるおそる「このロゴ、どう思う?」と聞いたところ、"Very cool!"と言われました。これは、欧州でも通用しそうなロゴだということです。

ベンチャーは宝探しの旅をするようなもので、船にどれだけいい仲間が乗ってくれるかで8割、9割決まると思います。伸びている会社をみると、幹部にいい人がたくさんいるものです。逆に伸びない会社は幹部がどんどん辞めて、いい人がいません。大きく育つベンチャーには、仲間を引きつける力があるものだと思います。

1年半を経て、マネックス証券、三井物産、リクルート、セブン&アイといった日本を代表する企業から132億円を資金調達することができました。おそらく売上が1円もない会社で100億円を集めたケースは、ほとんどないと思います。

2人だった仲間も40人強に増えました。保険業界以外の人も多く入れたいと思っていましたが、とくにマーケティングは保険のことを何も知らない人に担当してもらいたいと考え、これまでスターバックスコーヒージャパンの日本上陸やGABAの上場に携わってきた中田華寿子を迎えました。

2008年4月、独立系生保として74年ぶりに免許を取得し、5月に無事スタートを切ることができました。しかし、当初こそメディアの注目を集めたものの、半年間は伸び悩む状態が続きました。競合は後追いで保険料の値下げを発表し、インターネットや雑誌、新聞といった広告の反響は薄く、セミナーを開いても人が集まりません。社内は重いムードになり、株主は怒っています。マスコミも逆風に変わっていきました。

保険の"原価"開示

こうした中、当社の中間決算を機に、いわゆる保険料の原価を開示したところ、大きな反響を呼びます。ヤフージャパンのトップページに「保険料の原価開示に業界不満」という見出しが出ると、1日で24万ページビューを記録し、問い合わせも殺到しました。

これを機に、生保×ブロガー、生保×プレママ、生保×ブロードバンドといったさまざまな広告戦略を展開。吉本興業のお笑い芸人による保険のお笑い講座は、若者を中心にアクセス数を大きく伸ばしました。その他、携帯電話で申し込める生命保険など、次々とタブーに挑戦していきます。

出口社長は、いつも胸ポケットにライフネット生命のハガキを数十枚しのばせ、どこでも配っています。「ベンチャーはゲリラ戦だ」と、できることは何でもやります。インターネット専門の保険会社だからこそ、リアルコミュニケーションが大事だと考えています。

インターネットで話題になり、反響を呼んだプロモーションの1つに「ハトが選んだ生命保険に入る」という企画があります。半分ジョークのようですが、現代のコンシューマーマーケティングの本質をとらえていると思います。成熟した資本主義社会の中で、消費者は安さや機能だけで商品を買うのではなく、その背後にある会社の理念や価値観に共鳴できるかどうかを重視する時代だと感じました。それからは、ただ安いことをアピールするのではなく、私たちの思いもパッケージして伝えるように、マーケティングを変えていきました。

そうこうしているうちに、雑誌のランキングである「プロが入りたい保険」第1位の2冠を達成し、申し込みが増加します。知名度アップを狙った書籍の出版や論文の寄稿にも取り組みました。また、一見ふざけているような企画の背後では、緻密なデータ分析に基づいてマーケティングを展開しています。

将来は世界に出たいと思っていますので、まずは「世界リスク保険大会」の招聘を受け、シンガポールで発表をしてきました。その後、アジア中の会社からさまざまな引き合いが来ています。そして契約件数は飛躍的に伸び、今年3月15日、東証マザーズに上場の運びとなりました。その翌朝、出口社長は、また駅前でビラ配りをしていました。

「これまで会社をやってきて、一番誇りに思うものは何ですか」と聞いたところ、出口社長はゆっくりした口調で「僕は、8つ運動部ができたのが嬉しい」と言います。本当は経営戦略について聞きたかったのですが、だんだん社長の言っている意味がわかるようになってきました。経営者として大切なことは、いかに社員の力を引き出すか。創造力や行動力を引き出すか。そういう職場環境をつくることが、経営者の大事な仕事なのだと思います。

ハーバードMBAでは、アントレプレナーシップとの定義として、「現在有しているリソースに囚われることなく、事業機会を執拗に追い求める姿勢である」と教わりました。制約に縛られず、本当に世の中で求められているものを考える。それが本当に必要とされていれば、カネもヒトも集まり、モノをつくれる。私たちがやってきたことは、まさにそういうことだと思います。

自分で会社をつくってよかったと思うことは、一緒に働く仲間を全員選べることです。また、自分にしかできない「何か」ができること、そして社会に「足跡」を残せることだと考えています。

アントレプレナーシップを持ち続けること

コメンテータ:
100億円規模の資金を調達して起業した優秀なコンビが、ビラ配りをはじめ、人々の耳目を集めるために苦労している様子が伝わってきました。やはり知識や肩書だけでスタートするのは難しいということが、よくわかりました。岩瀬さんが最後に紹介されたアントレプレナーシップの定義は、既存の大企業にも当てはまる内容で、それを持ち続けなければ成長はないのだと感じます。その辺りが現在、日本の大企業の多くが陥っている苦境の一因といえるかもしれません。

質疑応答

Q:

出口社長との世代を超えた連携について、心がけていることを教えてください。

A:

私は最近、「インプットは素直に、アウトプットは生意気に」を心がけています。若年者は、素直に先輩たちの知恵を借りる姿勢が大事です。他方でベテランは、自らが前面に出るのではなく、若い世代のひとり立ちを助けることを役割として引き立てていく。その双方の信頼関係が大切だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。