成熟産業の再建と日本の産業の復活

開催日 2012年10月23日
スピーカー 河原 春郎 ((株)JVCケンウッド代表取締役 取締役会議長)
モデレータ 吉本 豊 (経済産業省 経済産業政策局 産業再生課長)
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開催案内/講演概要

日本はほとんどが成熟産業になってきたが、その中で、失われた10年の2002年から債務超過直後のケンウッドを再建、復配、2007年日本ビクターに出資、その後経営統合し、リーマンショック、過年度の決算訂正などを構造改革によって克服、最悪期から約500億円の純利益を改善し、昨年度に黒字化、復配した。

この経験と、成長戦略について紹介し、これからの日本の産業の復活へのセオリーとしてまとめる。

議事録

日本の電機産業を巡る現状と課題

河原 春郎写真日本は国全体も産業も成熟しています。高度成長は終わりましたが、GDPが500兆円からほとんど変化せず維持されているということは、成熟産業では安定した大きな市場が存在するということを意味します。また、成熟産業では赤字になり退出して行くプレーヤーが多い一方、新規参入者は少ないため、プレーヤー数は減っていきます。成熟産業のイノベーションよりも、成熟産業の再構築による経済効果のほうが大きいということです。

当社における企業再建:5つの構造改革とその成果

私は2002年6月に株式会社ケンウッド(以下「ケンウッド」)に参りまして以来、財務、事業、コスト、経営、業界の5つの構造改革に取り組みました。

まずは財務構造改革です。ケンウッドには170億円の債務超過がありました。400億円の融資をいただいていた当時の株式会社あさひ銀行様(現りそな銀行様)に、その内の250億円を優先株に変えていただくよう、つまりデット・エクイティ・スワップ(Debt Equity Swap。以下「DES))を掛け合いました。銀行で借金を資本に変えたというのは日本で初めてであり難航しました。しかし、この方法により一瞬にして債務超過を解消して普通の会社になり、DESの威力を身にしみて感じました。その1年半後にヨーロッパで、当時のリーマン・ブラザーズ証券様のアレンジで220億円の公募増資を行い、更に1年後にはUBS証券会社様のアレンジでヨーロッパを主体に111億円の公募増資を行いました。この両方で250億円のDESを20%余りのプレミアムを付けて全て償還しました。

次に事業の構造改革です。最も問題となったのが携帯電話事業です。当時、携帯電話事業の営業利益は黒字でしたが、ホームオーディオ事業は大きな赤字でした。私は前任者と真逆の方針を取り、携帯電話事業からの撤退と、赤字のホームオーディオ事業の縮小継続を決定しました。営業黒字の携帯電話を止めた理由は、会社の体力に合わないということです。1つの携帯電話モデルの開発費は数十億円で、1モデルの販売期間は約半年です。発売から半年後、予想販売台数よりも大幅に売れなかったとなりますと、開発費の内の大半が償却残として残り、その分の特別損失が出ます。債務超過の会社ではとても対応できません。携帯電話事業からの撤退が、ケンウッドが立ち直る最大のきっかけになったのではないかと思っています。

3つ目がコストの構造改革です。世界各地の工場の売却や、販売体制の改革、人員体制の見直しなどさまざまな改革を行いました。これにより約3割のコスト削減を実現しました。

4つ目の経営の構造改革としては、子会社との連結経営を徹底し、無駄なコストやロスを排除しました。

構造改革の結果、9カ月後の2003年3月期で、当期純利益が史上最高益になりました。また、この1年後にも史上最高益を更新し、市場の皆さんからの信頼がようやく回復されました。途中で戦略開発投資なども実施しましたが、ずっと黒字を保ってきたということです。このときに一番力になったのが、カーエレクトロニクス事業です。メディアがカセットテープからCDに切り替わるときであり、世界中でよく売れました。無線機器事業の業務用無線機器も世界でNO.2でした。構造改革で損失が大幅に減少し、これによって大きな黒字になったのです。

5つ目の構造改革は業界の構造改革です。成熟市場での成長では「大きなマーケットがある」ということと「新規参入者が少ない」ということが基本ですが、M&Aなどでプレーヤーを減らせば、その企業としては成長するということです。市場でトッププレーヤーになることによって、プレゼンスが増し収益や売上げが増進します。

ケンウッドでは2007-2008年に、カーエレクトロニクス事業でデジタル化が進み、赤字になりました。ただ、会社全体は無線機器事業が支えていましたので黒字でした。同様に日本ビクター株式会社(以下「JVC」)もデジタル化によって液晶テレビの大赤字が続きました。更にデジタル化は映像・音・文字などマルチメディアを一元的に扱う技術がキーであり、カーエレクトロニクスの比重が大きいケンウッド、JVCの2社を併せて世界でナンバーワンになろうと業界の構造改変を決意しました。

この統合プロセスの1年前に、スパークス・グループ株式会社という投資会社とケンウッドで約30%に当たる350億円をJVCに出資し、第三者割当増資によって新しい関係を築きました。そして2008年10月、JVC・ケンウッド・ホールディングス株式会社を設立し、更に昨年の10月には、これらを全て合併した1つの会社、つまり現在の株式会社JVCケンウッドとなりました。

構造改革の成果

2008年10月のJVC、ケンウッドの統合直前の9月にリーマン・ショックが起こりましたが、赤字が続く中で構造改革を進め、2012年3月期決算で当期純利益がプラス60億円となり、今年の6月にJVCケンウッドとして初めての配当を実施いたしました。

JVCでは、テレビ事業の赤字を断ち切るということが大きなポイントでした。子会社の売却も効果があったと思います。固定費は約40%削減しました。これらを通して急速に回復いたしました。

統合の大きな目的であった業界の再編ですが、カーエレクトロニクス市販の市場では、そのほとんどを主要4社(パイオニア、ケンウッド、ソニー、JVC)が握っていました。ケンウッドとJVCが手を結んだ結果、市販オーディオ、市販カーナビゲーション(ダッシュボード埋め込み型)共に、両社でアメリカや欧州主要市場の約半分近くを占めることになりました。統合効果により利益率が上昇し、赤字を脱却したということです。

カーエレクトロニクス事業の成長と中国国内事業の拡大のため、今年の4月にShinwa International Holdings Limited(以下「シンワ」)という香港の会社の株式の45%を取得し、持分法会社化いたしました。元々は日本の会社でしたが、シンワは2004年に香港に本社を移転しました。主に中国国内の自動車会社とビジネスをしており、売上規模は230-240億円です。この香港の会社によって、中国の内国事業の発展を期待しています。

無線機器事業拡大の目的では、アメリカのシアトルにあるZetron Inc.(以下「ジートロン」)というベンチャー会社を2007年に子会社化しました。ここでは無線だけではなく、ジートロンが作ったネットとのリンク機能が非常に重要となっています。

また、高度光学事業の競争力強化のため、この8月にロサンゼルスのAltaSens, Inc.(アルタセンス)という会社を子会社化しました。事業内容はCMOSセンサーの開発で、ここの高度な業務用センサーをこれから扱っていこうと考えています。従業員が約40人ほどのベンチャー企業ですが、こういうベンチャー企業と我々のような企業が上手く組んでやっていくというのが、これからのビジネスモデルではないかということで始めた例です。

これらを整理しますと、5点あります。1点目は、コア事業は本業で行うということです。新しい事業は非常にエネルギーを必要としますので、赤字の会社には向きません。2点目は生鮮食品並みのスピードです。3番目は体質に組み込まれた無駄やコストを丹念に取り除くこと、4点目はしがらみを絶つこと、そして5番目は業界の再編による成長となります。当社の先の2つのケースにおいて、ビジネスモデルとしては同じ結果がでたことから、このセオリーが実証されたのではないかと思います。

量産型エレクトロニクスと重電の例

私個人の見解ですが、量産型エレクトロニクスが敗退した理由には、たとえば液晶テレビでは技術流出があります。早い段階で液晶の技術を教えてしまったのです。コモディティ化も理由の1つに挙げられますし、日本人の高コストはこのような分野では最大の問題になりつつあります。

技術流出に関するもう1つの問題点は、生産設備にノウハウがビルトインされているということです。つまり設備の輸出により技術も流出してしまうということです。半導体ではこれらに加えてお金の問題があります。日本の銀行は業績の良いとき、即ち景気の良いときにしかお金を貸してくれませんから、そういうときに借りて工場を建てます。出来上がった頃に景気が悪くなり売れないということになります。

一方、重電の会社は業績が良くなっています。これは物を作るのが人間であり、個々設計をして作るからなのです。あとは設備についてですが、日本の膨大な設備というのは高度経済成長時代にほとんど償却済みなのです。償却費というのは原価にそのまま入りますから、償却済みの設備というのは人件費などよりよほどアドバンテージなのです。よって、日本の重電工場には世界一の競争能力があるといえると思います。

今後の施策

今後の主な問題には、日本の法人税の高さや輸出についての問題があります。たとえば自由貿易協定があると、薄型テレビなどはヨーロッパでは関税がなくなりますが、協定のない日本は14%の関税がかかります。これらを総合的に考え、自由貿易協定に取り組んで欲しいと思います。

日本産業の復活に向けて日本が一番競争力を持っているものは、匠の技です。要するに時間のかかるものです。たとえば、電機業界では光学機器、自動車用エレクトロニクス、高度な重電設備、半導体、液晶、医療用機器、環境技術などが挙げられます。

もう1つは次世代技術です。電池、燃料電池、省エネ住宅、ロボット、マイクロ電子機器などがこれに相当します。これは軍のある国とない国では相当異なり、やはり国家プロジェクトの役割は非常に大きいと思います。

ベンチャーの効用

私見ですが、ベンチャーの効用には3つあります。まずスピードです。ベンチャーでは人の熱意によって、速いスピードで商品化・実用化が実現されます。2番目は経済性です。エンジェル(ベンチャー企業への資金提供や事業支援を行う個人の投資家)などがリスクマネー(高いリスクを伴いながら、高い運用収益が求められる投資に投入される資金)を出資し選別の課程が合理化され、それを企業が買収すれば、経済性と成功率が高まります。3番目がマーケットの評価とライアビリティです。大企業では商品を世に出すまでの時間とコストは相当なものになります。一方ベンチャーでは、そこそこの段階で世に出して、マーケットで評価してもらうことができます。このようなメリットからアメリカのベンチャーは栄えてきました。その代わりに大企業は中央研究所をほとんど閉めてしまいましたが、そこで働いていた人たちがスピンオフして、ベンチャーを起業して成功した例が多くみられました。

日本ではなぜベンチャーが育たないのでしょうか。1つ目の理由はリスクマネーです。日本では先行きが確かな物にしかお金を出さないという傾向があります。2つ目は、大企業が相変わらず中央研究所で一生懸命やるのでなかなかスピードが上がらず、また、ベンチャーの買収にも積極的ではありません。このような中で、日本流のベンチャーと大企業の連携を作り、新しいビジネスモデルを開発し、世界に新しい風を吹き込むことが私の夢なのです。

質疑応答

Q:

財務構造改革では、DESで債務超過の解消をし、その後欧州で公募増資を行ったとのことでした。この過程をもう少しお聞かせください。

A:

170億円の債務超過がDESでプラスになり、その後2回に亘って公募増資を行いました。公募増資は、通常は経営状態の良い会社でなくては実施できないのですが、我々の場合は、当期純利益は2003年3月期で史上最高益となりプラスになりました。従って、ランニングビジネスとしては健全であるという評価でした。ただ累積損失がありましたので、日本では公募増資が難しいと言われていましたが、リーマン・ブラザーズ証券様は取り扱ってくださいました。また私は、ロンドンにてロードショーを行い、多くの投資家様にご説明に回りご理解を得るということを行いました。その結果は、欧州の殆どの投資家様からは投資をいただき、日本の投資家様からはわずかでした。このとき集まった資金で優先株を償還し、当時の株式会社あさひ銀行様にお返しいたしました。要するに、会社の基盤がきちっとしていれば、再建途上でもお金を出して下さる人はいるということです。

Q:

日本流のベンチャーと企業の連携について、具体的にどのようなアイデアや方向性をお考えでしょうか。

A:

2001年に発起人の1人となった「ベンチャーを支援するベテランの会」では、新しいベンチャーの方が次々とプレゼンをされます。ベンチャーの方々が難しいということの中に、人を多く扱うようになるにつれて発生する、いわゆる通常の経営的な問題があります。また、人脈の問題もあります。若いベンチャーの方々が大企業の社長に会いたいと言っても、なかなか会えません。しかし、我々が仲介することによって道が開けるということがあります。よって、ベテランができる仕事は多いのではないかと思います。また、我々のような企業ではできない、ベンチャーらしい開発の仕方を支援したり、共同で開発を行ったり、買収したりと、色々な方法で連携していくということを進めております。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。