2012年米大統領選挙 -イデオロギー的分極化のなかで

開催日 2012年10月19日
スピーカー 久保 文明 (東京大学大学院 法学政治学研究科 教授)
モデレータ 矢作 友良 (経済産業省 通商政策局 米州課長)
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開催案内/講演概要

2008年の大統領選挙は初の黒人大統領誕生かどうかで強い関心を惹いたが、同時にオバマ候補による「一つのアメリカ」のメッセージが強い共感を得た選挙でもあった。しかし、本年の選挙ではオバマ大統領はロムニー批判の大量のネガティヴ広告を流し、共和党の富裕者重視の姿勢を徹底的に攻撃している。ここに行きつく経緯、オバマ政権の成果と評価、アメリカ政治の現状、およびオバマ再選とロムニー政権誕生の場合とでどのような政策的違いが生じうるかについて論じたい。

議事録

米国政治の分極化

久保 文明写真米国の政治専門サイト「REAL CLEAR POLITICS」で米大統領選挙に関する世論調査の動向をみると、オバマ氏の支持率が長期にわたってリードしていた中で、第1回ディベートを終え、ロムニー氏の支持率が一気に上昇していることがわかります。今後、第2回ディベートの効果がどのように表れてくるかが注視されます。

ロムニー氏には支持率を上げるチャンスが何度かありました。まず副大統領指名では、ライアン氏を指名したところ、とくに効果はみられませんでした。また党大会は通常、新人のお披露目でアピールできる野党側に効果が見込まれるものですが、今回は逆に政権与党が成功を収め、民主党大会後にオバマ氏の支持率が大きく上昇しています。

たとえば共和党は、"Are You Better Off Than You Were Four Years Ago?"(4年前と比べて、生活はよくなりましたか?)というフレーズで民主党への批判を展開しました。しかし、この時点で失業率だけをみれば悪いのですが、4年前の株価やさまざまな指標を分析すると、実はベターといえることも多く、民主党は共和党の批判に正面から反撃し、国民にアピールすることに成功しました。ただし、その後おこなわれた第1回ディベート後の支持率では、ロムニー氏に逆転されています。

Electoral-Vote.comでは州ごとの最新の情勢が公開されています。各党が10ポイント以上の差をつけてリードしている州、5ポイント未満の僅差でリードしている州などと色分けされていますが、もっとも注目されるのはオハイオ州でしょう。現状は4ポイント差でオバマ氏がリードしていますが、今朝のCNNによると、ロムニー陣営はノースカロライナ州をすでに掌握したと判断し、その分のリソースをオハイオ州に投入するとのことでした。バージニア州とコロラド州はまだ拮抗しており、どちらに転ぶかわからない状況です。

今後の展開として、最終となる第3回ディベートに加え、11月2日には投票日前最後の雇用統計の発表があります。前回の発表で、失業率は8.1%から7.8%に改善しています。そしてオバマ氏が初当選したときの失業率も7.8%でした。当初6%以下にまで下がるとしていた公約に比べれば見劣りもする中で、11月2日発表の数字が8%を超えていればオバマ氏にとっては打撃となり、前回よりも下がってくれば追い風になるでしょう。

米国政治の分極化として、議会や候補者の政策の分極化も顕著ですが、その傾向は一般有権者の支持の別れ方でもみられ、見事に党派的になっていることがわかります。

オバマの変身

4年前のオバマ氏と今年のオバマ氏は全く違います。もちろん新人と現職の違いもありますが、4年前のオバマ氏は、「分断した米国を1つにまとめる」というポジティブなメッセージで、人々を沸かせました。壮大で感動的なストーリーがあったわけです。

ところが今回のオバマ氏の選挙戦は非常にネガティブで、徹底的にロムニー攻撃を展開しています。その姿に幻滅する若者もいるかもしれませんが、気取っている場合ではなく、徹底的に戦わなければ勝てないという認識がオバマ氏にあることも確かだと思います。

オバマ政権は、内政的には景気回復の実績が弱いといえます。その現状を、「これだけ景気が落ち込む中で、何とか最悪の事態に陥らせずに、ここまで持ち直した」、あるいは「そもそも共和党の失策が招いた不景気の後始末に苦労しているのだ」と言うこともできるでしょう。しかし、オバマ氏が掲げた「財政赤字を4年後には半減する」、あるいは「景気刺激策を通せば失業率は5%台まで下がる」といった公約を信じた人は、失望しているはずです。

立法的には、オバマ政権はおそらくルーズベルトやジョンソンほどではないにせよ、それに次ぐほど画期的な法案を多数通したといえます。おもな成果として、超大型の景気刺激策(戦後最大7870億ドルの支出)、金融機関と自動車産業の救済、健康保険改革法案の成立、金融改革法の成立などが挙げられます。

このように重要な成果はあるのですが、それを国民が必ずしも支持していないところが大事なポイントだと思います。ブッシュ政権の末期にリーマンショックが起き、金融機関の救済に着手したわけですが、反発は非常に強いものがありました。それをオバマ政権が引き継ぎ、金融機関やGMの救済を実施したため、反発はますます強くなっていきます。健康保険制度の改革でも反発はさらに強まり、国民の不満が爆発したのが2010年11月の中間選挙です。ここで、オバマ政権は転機を迎えます。

中間選挙での歴史的敗北によって民主党は下院で過半数を割り、Tea Party運動が台頭しました。オバマ大統領は大きな妥協を強いられながら、ブッシュ減税の2年延長、同性愛者の軍勤務禁止の廃止、韓国・パナマ・コロンビアとのFTA議会承認といった成果を収めます。

しかし2011年8月2日、連邦政府の債務上限引き上げ問題をめぐりTea Party擁する下院共和党とオバマ氏が対決しました。これによってオバマ氏は対抗勢力の非妥協的性格を思い知り、自身の再選を実現するためには、今回の選挙戦でネガティブキャンペーンを展開し、スーパーPACを活用することも辞さない戦略の転換に踏み切ったものと考えられます。

この債務上限引き上げ問題の過程においては、10年で1.2兆ドルの削減について合意され、残り1.2兆ドルについては持ち越しとなりました。その後、2011年11月までの「超党派特別委員会」でも合意に至らなかったため、このままでは、残り1.2兆ドルを国内経費と国防費の折半で削減していく予備条項が発動されることになります。これが現在、ワシントンにおける大きな懸念事項の1つとなっています。アジアの国々にとっても、米国の国防費が今後10年間でさらに0.6兆ドル削減される影響が懸念されています。

2011年8月2日は、オバマ政権と共和党の対決のクライマックスであったといえます。ただし決着はついておらず、たとえば選挙後に失効するブッシュ減税の行方、あるいは2013年2月に再び実施される連邦政府の債務上限引き上げをめぐって、与野党の対決が繰り返されることになります。相当、困難な展開になることが予想されます。

オバマ外交の展開と転換

オバマ政権の外交的な成果として、米ロ新戦略兵器削減条約、イラク完全撤退、ビン・ラディン殺害などが挙げられます。オバマ氏の支持率を政策分野ごとにみると、経済は当然低いものの外交・安全保障での評価は高く、民主党大統領では異例といえます。民主党大会においてもアフガン駐留米兵をねぎらうなど、軍とのつながりをアピールする光景がみられます。

対中国政策では、オバマ政権はかつての共和党へのアプローチと同様に、相手の妥協を待つ姿勢で臨んでいたと思います。しかし結局、それがうまくいかず、現在はとくに南シナ海の問題で、中国に厳しく対立する政策に転換しています。イランに対しても厳しい制裁を実施しており、ブッシュ政権の時代に比べて、かなり強硬な政策に変わってきています。

ロムニー氏はオバマ外交について、ビン・ラディンの殺害だけは評価しながらも、あとは全面的に批判しています。カイロ演説を取り上げて「オバマ外交はイスラム社会への謝罪から始まった」、あるいは「堂々とリーダシップがとれない」などネオコン的な批判が目立ちます。さらに対中国政策について、ロムニー氏は「大統領就任初日に中国を為替操作国に指定する」と公言しています。

日本の2大政党制とは大きく異なり、米国の政党は何から何まで政策的に対立しています。経済政策において、共和党は徹底的に小さい政府を目指し、規制緩和と減税を提唱しています。民主党は、高額所得層への増税やブッシュ減税を失効させ元の税率に戻すことを主張していますが、共和党はそれを阻止しようとしています。

景気刺激策に対しても、共和党は下院で全員が反対し、上院で数人が賛成した程度です。健康保険法についても、民主党はほぼ全員が賛成しましたが、共和党はほぼ全員が反対しています。金融改革や環境保護の強化についても、民主党は賛成、共和党は反対という構図になっています。ただしFTAだけは、むしろ共和党の賛成によって成立しました。議会レベルでは、共和党のほうが自由貿易主義的といえるでしょう。

大統領選挙の分析

今回の大統領選挙は、2008年の選挙を思い起こせば、概ね予想できると考えています。2008年の選挙は、共和党にとって不利な条件が全て揃ったといえます。ブッシュ大統領の支持率は20%台に落ち込み、イラク戦争の失敗、金融危機、さまざまなスキャンダルも明らかになりました。また、米国で相当難しいといわれる政権3期目への挑戦でもありました。

その2008年の選挙において、共和党はオバマ53%:マケイン46%の比率で敗北しました。前述のような最悪の条件下にあっても46%の票を獲得できたのですから、今回の選挙で48%程度獲得するのは容易に思われます。今後、どこまで伸ばせるかによって50%に満たなくとも、共和党が勝つ可能性はあります。

債務上限引き上げ問題をめぐって「徹底的に戦うオバマ」に豹変し、ネガティブキャンペーンまで展開している民主党は、「ロムニー/共和党の米国」なのか、「オバマ/民主党の米国」なのか、将来を選択する議論に有権者の目が向けば、支持率は上がると考えているようです。

ロムニー氏が目指すのは、勝者総取りで再分配をしない、超富裕層に対し1セントたりとも増税しない米国であると批判し、それに対し、オバマ氏は「中間層の味方」路線を強調しています。具体的には、高額所得者に対する増税を含んだままのブッシュ減税の失効を許容し、その分、中間層の教育や職業訓練に力を入れ、新しい環境技術や研究・教育に投資して米国を強くすると訴えています。

やはり最終的には有権者が、この景気低迷の経緯をどのようにとらえ、同時に将来の米国をどう考えるか。この辺りに、選挙戦の結果は左右されるものと思われます。

米国の政治を考える上で重要なのは、議会の権限が非常に大きいということです。現在のところ、下院は共和党が多数を占めることが確実視されています。上院は微妙な情勢で、どちらに転がるか不透明です。

オバマ氏が再選されたとしても、結局また下院多数派の共和党と対峙しなければなりません。そうなれば、2009~2010年は可能であった民主党らしい立法は期待できず、膠着状態が続くと予想されます。また、「財政の崖」の問題はいろいろな要素から成っているわけですが、ブッシュ減税の失効については、大統領拒否権の発動などを考慮に入れると、今回は共和党が受け身に立たされる可能性が強いと感じます。

政権の方向性が、両者で大きく異なることは明らかです。ロムニー氏は国民皆保険の撤廃と減税の方向へ動くわけですが、その実現可能性は議会との関係にかかっています。安全保障政策に関しては、レトリックが相当変わったとしても、アジア重視などの方向性に大きな変更はないと思います。課題として、ロムニー氏は軍事費削減に反対し、アフガニスタンの撤退も急ぐべきでないと述べていますが、それを実現するためには下院共和党・Tea Partyを説得しなければなりません。

質疑応答

Q:

オバマ氏が再選した場合、僅差での勝利が予想されます。国民の圧倒的な支持がない中で議会との対立を考えると、2期目のオバマ氏はレイムダックのような印象になってしまいます。果たして、オバマ氏は2期目に何をやろうとしていて、実際に何ができるのでしょうか。

A:

オバマ氏には、自分の再選によって阻止したいことが相当あると思います。健康保険改革は死守したい、ブッシュ減税の延長も阻止したいことでしょう。また、米国の経済が基本的に回復基調にある中で、自分が2期目を迎えられればこの4年間で相当回復させることもでき、第1期の政策の正当性を示すこともできます。

Q:

大統領選挙が接戦を強いられる状況に対し、なぜ下院は共和党が多数を占めるという予想が大勢なのでしょうか。

A:

下院は、基本的に現職が強いという法則があり、現職の再選率は90%を超えます。2008年選挙のように、共和党に強い逆風があれば法則は当てはまりませんが、今回はどちらにも強い風は吹いていないため、すでに共和党が軽く過半数を超えると予想されています。また、今年の選挙は10年ごとの新しい区割りでおこなわれます。それを決める権限は州議会にあるため、今回は多数党を占める共和党にとって有利な区割りになっています。

Q:

米国におけるヒスパニック人口の増加が選挙に中長期的影響を及ぼすといわれています。今回の大統領選では、どのようにご覧になっていますか。

A:

基本的に、ヒスパニックは民主党系といわれていますが、フロリダ州はキューバ系移民が多いため、共和党支持者も多いようです。アリゾナ州が意外と接戦になっているのは、ヒスパニック・ファクターといえます。またニューメキシコ州では、ヒスパニック人口が全体の50%を超える勢いをみせています。今回は、オバマ大統領に対するヒスパニックの支持率が66%に上っており、黒人票と合わせて、相当大きな支持層となっていることは確かです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。