穀物価格高騰の背景と行方 —日本農業の課題

開催日 2012年10月4日
スピーカー 柴田 明夫 ((株)資源・食糧問題研究所 代表取締役)
モデレータ 野原 諭 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 経済産業政策局 調査課長)
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開催案内/講演概要

米中西部穀倉地帯が1956年来の干ばつに見舞われ、大豆、トウモロコシ価格は史上最高値を更新した。

ここ数年の穀物価格の高騰は投機マネーによる一過性の上昇ではなく、需要拡大を映した『均衡点価格の変化』の可能性が大きい。

世界の穀物消費量は、今世紀に入って前年を下回ることなく過去最高を更新し続けている。一方、生産も拡大しているものの天候異変によりますます不安定化し、世界在庫が取り崩される構図にある。日本は、地域資源のフル活用を図る方向で農業の再構築を急ぐ必要がある。

議事録

世界の食料市場はどうなるか?

柴田 明夫写真穀物および原油価格は、1973年の第一次オイルショックや世界的な食糧危機騒動によって上昇し、その後30年間にわたって一定の価格帯で推移してきました。しかし2000年代に入ると、従来の先進国需要に加え新興国の輸入需要が増加し、価格帯は一段と上昇しました。

世界の食料需給は長期的にひっ迫の方向へ向かっており、その背景として中国の影響が大きくなっています。供給サイドの制約、コメ・小麦・トウモロコシといった特定作物に依存する世界の食料事情、バイオエタノールの急増による国家間・市場間(エネルギー市場と食料市場)・産業間(農業と工業)の争奪戦によって、食糧も有限資源化しています。

足元の状況として、世界の食糧市場では穀物価格の上振れリスクが高まり、ボラティリティが拡大しています。穀物価格の上昇によって世界中で農業開発ブームが起こり、農産物の商品化、灌漑整備等の装置化・機械化、化学化、バイテク化が進展しています。

2014年からはパナマ運河の拡張工事が始まりますが、完成すれば海上運賃・港湾コスト競争の激化が予想され、穀物の輸送コスト低下が期待できます。また米国の生産者は、農業所得の拡大に伴ってサイロ庫能力を高めており、あまり安値では売らない傾向がみられます。これも農産物価格が下がらない1つの要因だと思います。

安い資源時代の終焉

穀物は、2007~08年にかけて歴史的な高値を記録しました。価格とは、あらゆる情報を圧縮したものです。私は、穀物だけでなく石炭や原油・銅、鉄鉱石、天然ゴムといったあらゆる資源の価格が同様に上昇しているのは、単に投機マネーが原因ではなく、世界で需給の構図が変化しているためだと考えました。つまり90年代までの供給過剰の状態から、今世紀に入ってからは供給不足傾向に変化していることを、価格の上昇が示唆していたわけです。

世界の穀物消費量は過去10年、前年を下回ることなく最高値を更新し続けています。一方で、生産量も増加していますがバラつきがあり、天候要因で減産となれば世界の在庫を取り崩しながら対応している状況です。直近の穀物期末在庫率は18.9%となっていますが、うち3分の1以上は中国のものです。

世界の穀物消費が拡大した背景には食肉の消費量拡大があり、穀物全体の4割以上を占める用途は家畜の飼料となっています。

国際穀物市場は薄いマーケットだといわれます。それは、生産量に対し輸出量は約8分の1に留まるためです。貿易量は2000年の2.3億トンから2012年には3.0億トンに拡大していますが、生産量に占める貿易量比率は変わりません。生産・輸出国の増減産を増幅する形で国際市場に影響を及ぼし価格が大幅に変動するため、大豆・小麦・トウモロコシなどは国際市況商品といわれます。需要規模の拡大にしたがって、その傾向は強まっています。

米国の穀物需給は一段とひっ迫

米国では、トウモロコシと大豆の生産地が重複しているため、農家が儲かりそうなどちらかを選んで作付けします。昨年はトウモロコシが高騰したため、案の定、今年はトウモロコシの作付けが増え、今年6月のトウモロコシの生産量見通しは過去最高値でした。しかしその後、干ばつ続きで8月の単収が激減した結果、今回の騒動となったわけです。米国政府による90年代からの低在庫戦略のツケが回ってきたようです。

トウモロコシといえば米国一辺倒の作物で、これまで世界の生産量の4割、貿易量の5~6割を担ってきました。そのトウモロコシの輸出比率が下がっている米国は、信頼できる輸出国でなくなりつつあるといえます。

今年の干ばつは半世紀ぶりの深刻さで、米農務省需給報告によると、大豆は前年比12%減、トウモロコシは同13%減に生産量が落ち込んだわけですが、実は1988年の干ばつによる減産幅のほうが大きかったのです。では、なぜこれほどの騒ぎになったのかというと、やはり市場規模が拡大しているためです。昨年10月、世界人口は70億人を超えました。そして新興国の生活水準向上に伴い、食肉需要=飼料需要は急速に拡大しています。

中国の累積的成長とそのリスク

中国は、1978年の改革開放から2010年に名目GDPで日本を追い越すまで、32年にわたって年平均10%の実質経済成長率を続けています。中国の人口も増加を続け、全体の半数が人口10万人以上の660都市に生活し、都市化率は50%に迫る勢いをみせています。都市化の進展に伴って小売売上額は幾何級数的に増加し、食料消費において食肉や牛乳の需要も急増しています。

中国の食糧生産量の推移をみると、かつての飢餓のトラウマから脱した後、90年代後半には過剰生産の問題を抱えます。そこで生産調整をおこないますが、2003年以降、中国では二桁成長に入る過程で食生活が変化し、量から質へのシフトを含めた新たな食糧不足の懸念が生じています。このような将来の食糧不足に備える形で、国家資源戦略を強めていると考えられます。

コメ、小麦、トウモロコシ、大豆という四大食糧のうち、中国はコメと小麦は自給する考えのようです。需要が急増するトウモロコシと大豆は東北3省(黒龍江省、吉林省、遼寧省)が産地となっていますが、国内生産量と貿易量を比較すると、中国はトウモロコシを国内で生産し、大豆は輸入に頼っていることがわかります。米農務省が2月に発表したベースライン見通しでも、中国の大豆輸入は今後10年間、拡大を続けるシナリオとなっています。トウモロコシについても、消費量の10%程度を輸入する場合、10年後には年間2000万トンの規模となり、日本や韓国の輸入に競合してくる可能性が高いでしょう。

先月、黒龍江省のトウモロコシ農地を視察してきましたが、かなり密植しており、ひたすら生産量を増やす収奪農業の印象を受けました。今後、温暖化とあいまって害虫の発生や連作障害が懸念されます。しかし旺盛な需要が生産量を上回り、国内価格は約400ドル/トン(1ドル=4.6元で換算)をつけ、シカゴ相場約320ドル/トンよりも高い状況となっています。安いトウモロコシを輸入するインセンティブは高いと思います。

しかし中国は、2007~08年の資源価格高騰を契機に、国家資源戦略を強めています。その内容を整理すると、供給量の確保、備蓄の拡充、省エネの推進という三本柱がみえてきます。その中で備蓄については、国内で十分まかなえる資源については産地備蓄によって外には出さず、足りない資源については輸入して戦略備蓄を進める方針がうかがえます。最近は、大豆やトウモロコシも戦略備蓄の範疇に入ってきているようです。

食糧供給をめぐるリスク

世界の食糧供給は特定の作物に依存しており、小麦、コメ、トウモロコシ、ポテト、大豆などの数種が全生産量の過半を占めています。特徴として単収が高く、栽培のしやすさ、味覚のよさ、消化の容易さ、加工性、貯蔵性にすぐれています。しかし、作物の多様性の維持という観点では、極めて脆弱な供給構造にあるといえます。

生産性の向上が期待される遺伝子組換え作物(GMO)の割合は、世界の穀物耕地面積の2割程度、米国では9割前後を占めています。1996年にGMO元年といわれて十数年しか経っておらず、まだ評価は定まっていません。GMOがあるから安心とはいえない状況です。

世界各地で、自然の反逆ともいえる動きがみられています。BSEやSARSをはじめ最近の西ナイル熱の広がり、スズメの個体数減少、昆虫の北進、ミツバチがいなくなるといった現象も報告されています。除草剤が効かないスーパー雑草の急繁殖なども話題です。これらはバラバラの現象ですが、根はつながっているように思われます。

水の問題も深刻です。地球は「水の惑星」といわれますが、そのほとんどは海水で、河川・湖沼等の淡水は1万分の1しかないといわれます。今世紀に入って、限られた水資源をめぐる争奪戦と環境破壊、コモンズ(地元の共有資源)と商品化の対立構造、食糧生産と地下水枯渇の問題、シェールガス革命と水汚染の問題、日本でも奪われる水源の問題などが浮上しており、注意してみていく必要があります。

社会・経済の萃点としての農業・食品産業

日本は極端な食糧生産小国(食糧輸入大国)であり、これまで長期にわたって約3000万トンの食糧を輸入しています。これまで日本では、安い価格で良質のものを必要なだけ調達できるという「価格(安価)・品質・供給」の3つの安定性が保たれてきました。まさに、それが脅かされつつあります。

円高によって救われていますが、農産物価格は既に安くはありません。ひとたび円安に振れれば、海外食糧品価格高の影響は大きいでしょう。品質について、私は「離れる農業」といっていますが、食糧を遠距離から輸入するようになれば、輸送時間が長くなり、付加価値がつき、ブラックボックス化して何が起こっているのか見えにくくなります。そこで何か不祥事が起これば、国内農業を見直す動きが出てきます。そのとき日本の農業は、見直しの動きにこたえられるのでしょうか。2010年農業センサスをみても衰退傾向が進んでおり、大いに疑問です。

TPPに参加すれば日本の農業は壊滅するという見方もありますが、「農業の高齢化」、「米国からの農産物自由化圧力」、「食糧の安全保障問題に対し米国の禁輸措置にも耐えられる国内農業を持つことの重要性」といった日本の農業が抱える問題は、農政審議会や全国農業協同組合中央会などで30年も前から共有されています。農業関係者の間でも、こうした事実認識は共有されながら、明確な将来ビジョンが示されぬまま耕地の改廃と高齢化が進んでいます。したがって、TPPの問題とは切り離して日本の農業を再度見直す必要があるでしょう。

政府の「食と農林漁業の再生推進本部」による農林業再生のための7つの戦略(行動計画 平成23~28年度)においても、日本の農業資源をフル活用するという考え方が重要です。経営の安定や資源のフル活用を目的とするならば、複合経営という考え方も必要だと思います。

昨年の東日本大震災は、原発事故とも重なり、国内に長期的な電力不足懸念をもたらしています。そして海外では、投機マネーによる一過性の上昇ではなく「均衡点価格の変化」を背景とした資源価格の騰勢が止まらない状況があります。日本経済はこのように、海外・国内両面から資源の供給制約問題に直面しています。日本の対応として、資源の安定供給を図ることや資源の効率的利用を内外で進めることも重要ですが、国内資源のフル活用を図ることを特に強調したいと思います。

総合研究開発機構による報告書の「農業・食品産業は先進国産業である」という言葉について、私たちは考え直なければなりません。安い農産物価格で安全・安心なものはないという消費者の意識革命を含め、価格上昇の方向で農業を見直していくことも必要でしょう。

農業・食品産業は、やはり日本の経済社会が安定するための基盤となります。南方熊楠は、さまざまな問題が絡み合った点を萃点と名づけました。日本の社会・経済が抱える萃点とは一体何かを探ってみると、農業、農村に行きつくように思います。そこを見直すことによって、社会・経済の安定を取り戻すことが必要だと考えています。

質疑応答

Q:

米農務省による穀物の在庫等の予測が外れることによって、世界食糧危機の第2幕が始まるという議論がされています。それが起こる確率について、どうお考えでしょうか。

A:

米農務省による報告では、干ばつによる米国の生産減少に対し、2つの調整をおこなっています。第1に、レーショニングによって、特に中国の輸入量は500万トン減少すると予測しています。第2に、米国の減産分を南米の大増産で補うことにしています。たとえば、ブラジルの大豆生産量は昨年6500万トンでしたが、今年の見通しは8100万トンと過去最高値に引き上げています。気象庁によるエルニーニョ現象の予測をみても、まさに10月に作付けが始まる中で先行き不透明な状況といえます。こうしたシナリオが崩れるにしたがって、穀物価格の高騰が再び起こる可能性は高いと思います。

Q:

昨年の「アラブの春」の一因として穀物価格の上昇が挙げられます。今年も穀物価格が上がっていますが、次に問題になる国はどこだと見られますか。

A:

プーチン首相(当時)は「輸出禁止はやらない」と言った舌の根も乾かぬうちに、2010年8月5日、年内の輸出禁止を発表しました。今年、黒海沿岸では4割程度の生産減少がみられ要注意ですが、前回の「アラブの春」が増長されるようなことはないでしょう。投機筋を含めて学習効果があることや、前回は突然だったためパニック買いも起こりました。今年はある程度の在庫もあるので、それほどの影響はないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。