平成24年版通商白書: 世界とのつながりの中で広げる成長のフロンティア

開催日 2012年7月6日
スピーカー 桐山 伸夫 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 通商政策局 企画調査室長)
スピーカー 関口 訓央 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 産業技術環境局 認証課 課長補佐)
モデレータ 佐藤 仁志 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

このBBLセミナーでは、6月22日(金)に閣議報告された平成24年版通商白書の概要を説明する。平成24年版通商白書では、昨今の資源価格の高騰や、円高、新興国との競争激化等の厳しい環境の中で、輸出収益力を強化するため、ブランド価値の向上等、価格面以外の競争力の強化が重要であると指摘している。また、我が国企業の海外事業展開が、サービス業等の非製造業や、中堅・中小企業にも広がっていることを示し、ドイツ等との国際比較も踏まえ、世界とのつながりの中で成長のフロンティアを広げていくことの重要性を指摘している。

議事録

世界経済の動向

桐山 伸夫写真桐山氏:
昨年は、3月の東日本大震災、夏から秋にかけては歴史的な円高の定着、また夏以降は欧州債務危機が深刻化し、10月にはタイの洪水が発生しました。そして数十年ぶりの貿易赤字となった年でした。平成24年版通商白書では、こうした大きな出来事の数々が、日本の通商にどういう影響を及ぼしたかをしっかり分析し、どのような方向性を示していけるかが、腐心したポイントだったと思います。

また副題に「世界とのつながりの中で広げる成長のフロンティア」とあるように、外とのつながりの中で成長を模索していくこと、さらに、その中で日本独自の価値を外へ打ち出していくことがますます重要になっていくということが、主たるメッセージであると考えています。

まず、世界経済は、欧州債務危機の影響もあって2011年後半に減速しました。世界貿易も一時減速しましたが、年末以降は持ち直しの兆しがみられています。新興国への資金流入は、2011年後半以降流出に転じ、2012年に入って再び流入しています。

ユーロ圏が欧州債務問題によって停滞する中で、ドイツは堅調な成長を維持しています。こうした二極化が進む要因として、単位当たり労働コストの推移をみると、ユーロ圏各国が上昇する中で、ドイツでは過去10年間、上昇が抑制されています。ドイツの貿易黒字は拡大し、その他のユーロ圏主要国との経常収支不均衡も顕著になっています。

米国経済は、家計のバランスシートの健全性が高まっており、消費に明るい兆しがみられます。輸出は、2010年に入ってから工業用原材料を中心に堅調に拡大しています。中国経済は、2011年に9.2%のGDP成長率を維持しましたが、伸び率はやや鈍化しています。また賃金水準が上昇しており、北京や上海といった大都市では、アジアの主要都市と比肩する状況になっています。今後、産業構造の転換がどのように進展していくかが注目されます。

赤字化した我が国の貿易収支

2011年の貿易動向をみると、輸入が増加する中で輸出は減少し、結果として貿易収支赤字となりました。こうした貿易収支の悪化要因は、おもに資源高による輸入価格の上昇といえます。日本は、輸入物価が急上昇する一方で輸出物価は緩やかに下落していますが、ドイツは輸入物価の上昇とともに輸出物価も上昇しています。つまりドイツが、輸入価格の高騰分を輸出価格に転嫁できているのに対し、日本はそれができていない状況にあります。

2011年に中国が輸入した乗用車(3000cc以上)の単価を比較すると、ドイツは8万3500ドル、日本は3万9000ドルと、2倍以上の差があります。これは、ドイツの自動車メーカーのブランド戦略が寄与していると考えられます。またドイツの優れた中堅・中小企業をみても、製品・技術を得意分野に特化する「専門化」と、積極的な「グローバル化」の戦略をとっているようです。こういった戦略も安定的な価格を実現する背景にあると考えられます。また、ドイツの輸出品目の単価をみると、機械類から日用品まで幅広い品目で高価格となっており、ドイツ製造業のブランド化戦略、高付加価値化戦略が見受けられます。

タイの洪水も貿易収支赤字の1つの要因となりましたが、東アジアに展開するサプライチェーンを通じて、生産の連動性が非常に高いことが再確認されました。経済産業省が昨年11~12月にかけて実施した「タイ洪水被害からのサプライチェーンの復旧状況に関する調査」では、被災した調達先が復旧した場合、代替調達先から元の調達先へ完全に戻すと回答した企業は少数に留まっており、リスク分散を意識したグローバルなサプライチェーン見直しの動きが出ています。ただしタイは、洪水後も引き続き魅力的な投資先であり、第三国輸出拠点として重要視されています。

我が国企業の海外事業展開

製造業の海外子会社保有企業数は、2001~2006年にかけて、とくに従業者規模100-299人、300-999人の中堅・中小企業において大きく伸びています。またジェトロのアンケート調査によると、輸出の今後3年程度の方針(全産業)として、中小企業の48.7%が「輸出の拡大を図る」、11.0%が「現在輸出を行っていないが今後検討する」と回答しています。中小企業における海外取引推進の意向が強くなっていることがわかります。

現地法人の業種は、非製造業(卸売業、サービス業等)が製造業を上回って推移しています。宅配便、外食産業、観光産業、コンビニエンス・ストア等を特にアジアへ展開し、事業を拡大している例が広がっています。日本独自の価値によって他と差別化し、かつ現地に進出する日本企業や日本人居住者にもメリットを及ぼします。石川県の和倉加賀屋旅館では、2010年に台湾へ進出したところ、現地の台湾人宿泊客の約25%が日本の和倉加賀屋まで宿泊に来ているそうです。このように、海外進出に伴った国内への裨益の事例も出てきています。また海外事業に伴う障害・課題として、人材の確保・育成は今後も重要になってくると思われます。

直接投資残高と直接投資収益の規模を主要国とGDP比で比較すると、日本は年々拡大しているものの、諸外国に比べてまだ低水準に留まっており、伸ばす余地は大きいといえます。業種別にみると、日本の対外直接投資は製造業中心であるのに対し、米国、ドイツ、フランスではサービス業の比率が大きくなっています。日本の海外事業活動において、とくにサービス業の拡大余地は大きいと考えられます。

1995~2005年にかけて、日本は多くの財・サービスを輸入する構造に変化しており、海外生産ネットワークとの結びつきが深まっていることがわかります。ドイツは1995年の時点で、すでに日本以上に結びつきが強くなっており、2005年にはさらに強化されています。ドイツは、国際的なサプライチェーンの中で経済力を強めてきており、日本もそのような方向に進んでいくと思われます。

海外事業活動による生産性や国内雇用への効果について、三菱UFJリサーチ&コンサルティングのアンケート調査をもとに分析すると、多様な形態での海外事業展開を行うほど、今後3年間で生産性が向上すると答える比率が高まっています。国内雇用については、製造業・非製造業とも海外事業活動を行う企業の方が、今後3年間の国内雇用が増加傾向あるいは横ばいの比率が高くなっています。海外事業展開が、国内事業の強化と結びつく傾向があることがうかがえます。

貿易赤字の要因と構造

関口 訓央写真関口氏:
我が国における昨年以降の品目別貿易動向をみると、輸出額は主に輸送機械と電気機械の落ち込みによって減少し、輸入額は主に鉱物性燃料等によって増加しています。鉱物性燃料の輸入動向としては、原粗油が概ね価格要因で伸びているのに対し、LNG(液化天然ガス)は価格とともに数量要因によっても伸びていることがうかがえます。昨年は、円高にもかかわらず輸入価格が上昇したことが貿易赤字の最大要因といえます。

震災によって、多くの企業が韓国や中国からの代替調達を実施しました。震災前後の輸入浸透度の動向をみると、これまで比較的輸入の少なかったパルプ・紙・紙加工品工業や鉄鋼業においても、震災を契機に右肩上がりに増加しています。貿易統計をみると、韓国・中国からの輸入動向として、鉄鋼やプラスチック製品は2010年の前年比の伸びが2011年の前年比の伸びよりも大きくなっており、震災以前から海外調達が増加傾向にあったといえます。

タイの洪水では、IC(モノリシック)や半導体デバイス(トランジスタ)といった特定の電子部品を生産する工場が浸水し、一時的に生産が全て停止しました。このように供給が完全に停止したことがサプライチェーン寸断の大きな要因となりました。自動車生産においては、洪水による電装品等の不足が世界に波及しました。

HDDの生産では、タイが世界トップシェアの約40%を占めていることから、2011年第4四半期の世界出荷数量は前期比約30%減となりました。代表的メーカーのHDD製品の国内販売価格は、タイの洪水直後に高騰し、余韻をそのまま残すような状況を示しています。PC生産については、タイ以外の主要生産国でのHDDの代替生産によって、PCの供給制約は若干緩和されました。代替生産の状況により、自動車生産のサプライチェーンとPC生産のサプライチェーンでは、少し異なる構造がみられます。

リスク対応策については、投資先国・地域によって課題が少しずつ異なるため、それぞれに適合する必要があります。根本的な事業改善や企業の競争力強化につながるようなリスク対応策が期待されるところです。

輸出収益力の日韓独比較

名目実効為替レートは昨年、戦後最高の円高水準となりました。帝国データバンクの「円高に対する企業の意識調査」によると、長期的に円安基調へ反転することは期待できないと答えた企業が全体の4分の1を占めています。円安反転期待が薄くなると、海外調達を拡大する動きなどが加速します。また三菱UFJリサーチ&コンサルティングのアンケート調査によると、日本企業が為替を踏まえて新規投資等を行うまでの期間としては、半年から1年程度という回答が多くなっています。円高が長期化することで、国内への投資判断にマイナスの影響を及ぼしていると考えられます。

円は、主要関連通貨と比較して変動が大きく、前出のアンケート調査では水準面以上に変動面を問題視する企業も全体の3割程度を占めています。円とウォンの実質実効為替レートの推移をみると、5年前と比べて円は30%程度円高になっていますが、ウォンは25%程度ウォン安になっており、相対的にかなり厳しい状況です。

日本の輸出企業にとっては、円高と併せて交易条件(輸出物価/輸入物価)の悪化も重なり、さらに厳しい局面となっています。特に電機・電子産業等の交易条件は、過去の円高時の水準と比較して、顕著に悪化しています。

輸出産業の収益力を日韓独で比較すると、日本は最近の円高進行と交易条件悪化により、過去の円高局面である1995年4月の8割程度の収益力に留まっています。韓国は、ウォン安によって輸出物価はそれほど下落していませんが、輸入物価が急上昇することによって交易条件が悪化し、日本と同様に収益力は低下している可能性があります。一方、ドイツは為替、交易条件とも比較的安定しており、輸出企業の収益力は高い水準を維持しています。

輸入面での資源・原材料価格の高騰や、輸出面での製品価格抑制の圧力によって交易条件が悪化し、さらに名目レートの円高が併存することによって、企業はコスト削減によって収益を確保せざるをえない状況になります。それが内需低迷にもつながり、デフレが継続し、また同じ悪循環に陥っているのが、現在の日本の経済状態といえます。製品の差別化等によって、国内でより良いものをつくっていくことが、引き続き必要だと考えています。

工業製品の輸出収益力は、為替と現地での価格設定が要因となります。日本の輸出戦略を考えると、現地での価格決定力が徐々にネックになってきているとみられます。韓国の工業製品の輸出収益力を分析すると、アジア通貨危機、ITバブル崩壊、リーマンショック後と、為替がウォン安に振れると海外での値決めを強気に下げる傾向があり、薄利多売で売っていく戦略をとっていると考えられます。ドイツの場合は日韓と異なり、輸出収益力の変動が5%程度に留まっており、安定していることがわかります。

品目別にみると、日本の一般機械と輸送機械の現地価格は、円高の進行に合わせて一定の価格転嫁を実現しています。つまり、製品自体の競争力が依然として高いことを示しています。一方で、電機・電子品目の現地価格に関しては、現地での価格転嫁が困難な状況になりつつあります。

ドイツは、主力の一般機械・輸送機械の輸出収益力が非常に安定的に推移しており、電機・電子についても高付加価値の得意分野に特化し、輸出収益力を確保しています。またドイツは、ISO・IECの国別国際幹事引受数でトップとなっているなど、認証ビジネス等海外事業に付帯するサービスに強いという特徴もあります。

以上の分析から、製品の差別化が難しく、新興国製品との価格競争を続けざるを得ない産業は、慢性的に収益力が悪化してきているように見受けられます。海外での事業展開と併せて輸出競争力を維持していくにはどうすればよいのかを考えていく必要があると思います。

質疑応答

Q:

今後の経常収支の見通しについては、どのように分析されていますか。

A:

今回の白書では、経常収支の見通しという形では示していません。貿易赤字の要因を分析し、今後の方向性を示すことにフォーカスしています。輸出価格を上昇させることは、必ずしも容易ではありませんが、今後の産業構造・経済構造を考える上で重要であるということを、今回の白書では強調していています。なお、貿易収支の見通しについては各機関から出されていますが、資源価格をどのように想定するかが1つの大きな要素になっているようです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。