通商システムのガバナンスとプルリ合意

開催日 2012年5月18日
スピーカー 中富 道隆 (RIETI上席研究員)
モデレータ 黒田 淳一郎 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省 通商政策局 通商機構部参事官)
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開催案内/講演概要

WTOドーハ・ラウンドは、交渉開始し11年を経た昨年末のWTO閣僚会議でもその終結の目処は全く立っていない。その中で、各国はFTA・RTA戦略を進めているが、他方で、世界経済の分極化が懸念される状況ともなっている。

通商分野のガバナンスを確保し、ルール作りと自由化を進めるためには、FTAのみならず、あらゆる選択肢を考慮する必要があり、ITAやACTAのようなイッシューベースのプルリ合意(複数国間合意)の果たしうる役割は大きい。

今回のBBLセミナーでは、最近の情勢変化を踏まえつつ、プルリ合意の歴史と特質、制約、そのポテンシャルと今後の候補分野について議論する。

議事録

プルリ合意とは(はじめに)

中富 道隆写真日本は今、いろいろなところで国際化を進めていますが、ルールあるいは自由化の面において、あらゆるツールを使いこなすことが求められています。日本に限らず、他の国々もいろいろなことを考えながら動いている中で、皆さんもぜひプルリの視点を頭に置いていただきたいと思います。

プルリとは、"plurilateral(複数国間の)"の略称です。通商の視点に絞ると、マルチの合意といえばWTOのGATT94 annex1~3協定で定義されています。それに対し、最近クローズアップされているRTA/FTAはGATT24条やGATS5条で規定されています。

今日ご紹介したいのは、「国ベースの複数国間合意」がRTA/FTAであるならば、いわば「イッシューベースの複数国間合意」というものです。さらに、その中にはWTOのルールがある部分と、ない部分があります。

もっとも自由につくることが可能なのはWTOのルールがない部分で、典型的な例として、競争ルールが挙げられます。WTOには現在、競争の規律はありません。2001年、ドーハラウンドの中で貿易と投資、貿易と競争という内容がアジェンダに入ったのですが、カンクンで落ちてしまいました。

現在のラウンドには2つの大きな問題があると思います。1つは、ラウンドの幅の狭さです。昔から、どこまでをラウンドの中で扱うかが議論になるのですが、カンクン以来、その幅が狭くなってきており、そこからあふれ出たものを議論する場がありません。

もう1つは、投資ルールです。OECDでMAI(多国間投資協定)をつくるという議論があったものの失敗し、2001年のドーハラウンドで日本と欧州が努力の末に押し込みましたが、2003年にカンクンで落としてしまいました。ただしWTOの中には、TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)やサービスといった国境障壁以外のものもいろいろ入っていますので、どこかで国あるいはビジネスが必要とするルールを議論してもいいはずです。それをどこで、どういう国の構成でやるのか、常に考え続けていく必要があります。

WTOのルールがない部分は比較的自由につくっていいわけですが、投資についてはTRIM(貿易関連投資措置)などの協定との整合性を考えていく必要があります。競争ルールには、そうした協定などもまったくありません。一方で、WTOのルールがある部分でも、政府調達に関しては、昨年12月に行われた閣僚会議で改定交渉が終わり、annex4協定が結ばれています。

また、金融合意やテレコミ合意、ITA、ACTAのように、既存の協定の枠組みを使いながら形成されたものもあります。今後さらにサービス、電子商取引、基準認証・TBT、原産地などにおいても、WTOのルールを発展させるためにイッシューベースの複数国間合意を形成していく発想が必要になると思います。

プルリというと、2カ国間の協定を含むのか含まないのかという議論もあるところですが、ここでは2カ国間のものは除き、とくにイッシューベースの複数国間合意について、3カ国以上で国際ルールをつくっていくベースとなるものを検討の対象としています。 RTA/FTAは国ベースの複数国間合意ですから、対象外とします。

なぜプルリ合意なのか(問題意識)

では、なぜプルリ合意というものを議論する必要があるのでしょうか。第1の要因はWTO・ドーハラウンドの低迷です。1993年にウルグアイラウンドが終結してから19年、2001年に ドーハラウンドが開始されてから11年経ちますが、決着の方向性は見えません。

昨年12月、ジュネーブで第8回WTO閣僚会議が行われましたが、そのネガティブな側面として、ラウンドの行く末は依然として不明なままです。いつ、どのように終結するのか、誰にもわかりません。今年のワークプログラムも不明です。もちろん非公式な議論は進んでいますが、はっきりしません。

保護主義防遏についても、ロールバックやスタンドスティルなど従来の閣僚会議では当然だったことさえ確認できませんでした。今後、欧州の状況や世界的な景気の悪化を考えると不安を残しますので、日本としてもきっちり見ていく必要があり、いろいろな提案をしているところです。

コンセンサス、シングルアンダーテーキング、多数イッシューのラウンドには解がないのではないか。今のままではラウンドは終わらないのではないか――それが昨年の閣僚会議における1つの結論だろうと思います。したがって案件ごとに分け、異なったスピードで処理する必要性が高まっています。昨日、新聞でも報道されたITA(情報技術協定)の拡大などは、こうした結果を受けたものといえます。

では、なぜウルグアイラウンド前までは、WTOの意思決定が可能だったかというと、やはり米国の地位が圧倒的に強かったためでしょう。その頃は欧州も強く、かつ中国はまだ加盟していませんでした。2001年には中国が加盟し、インドやブラジルの発言力も強まっています。交渉における力学の構造が変わっているわけです。

また発展の度合が異なり、多様な考えを持つ国々を1つの協定でまとめることには無理があります。世界の貿易と投資が発展する中で、WTOは各国が抱える問題、産業界が抱える問題に正面からこたえていく必要があり、それぞれの問題にそれぞれの解決を与えるという意味で、メンバー国のvariable geometryへの対応が不可欠になっています。WTOの強い紛争解決メカニズムと弱い意思決定メカニズムのコントラストをどう処理していくかが重要といえます。

第2の要因として、FTA競争の激化があります。これは各国、そして産業界がWTOによる貿易のルールづくりと自由化について、あまり期待していないことの表れでしょう。現在、WTOに通報されただけで約500のFTAがあるといわれています。うち、サービスが含まれるものは40程度に留まっています。

今週初め、ジュネーブで開催されたITAの15周年記念行事に出席して驚いたのは、各国の産業界はFTAを求めているのではなく、マルチを求めていると話す人が多かったことです。なぜならばサプライチェーンは世界中だから、ということでした。関税が一部の国で下がるだけでは不十分なので、世界ベースで下がるようWTOにがんばってもらいたい、という趣旨だったと思います。FTA競争が進んでいくことはポジティブにとらえるべきだと思いますが、それで終わるとは思えません。

第3は、ACTA(Anti-counterfeiting Trade Agreement:偽造品の取引の防止に関する協定)の合意です。これは、2005年のG8グレンイーグルズサミットで小泉首相(当時)が提唱し、米国と欧州を説得してできたものです。WTOの外でTRIPSプラスとしてつくった合意で、将来的には他の国々にも積極的に参加してもらい、将来のTRIPS協定のベースになることを目的としたプルリの1つの実現例です。

第4に、分極化する通商レジームとグローバルガバナンスを指摘したいと思います。今は猛烈な地域間競争の時代です。リチャード・ボールドウィン教授が「FTAはドミノ現象になっていく」と予想したとおり、たとえばシンガポールがFTAを締結すれば、マレーシアが追いかけます。関税格差が生じれば産業競争力が失われてしまうためです。

地域間のFTAが広がり、競争が起こっていること自体はけっして悪いことではありません。それがなければ自由化・ルールづくりが進まないためです。しかし他方で、途上国や対応の遅い国は取り残されるという問題があります。FTAを進めていく上では、国にとっても、ビジネスにとっても、常に将来のマルチのレジュームがどうなるかを念頭に置くことが不可欠です。

また現在、原産地のスパゲティーボウル現象の弊害が指摘されていますが、広い地域のFTAが機能する中でルールの面での矛盾が生じるルールのスパゲッティーボウル現象が起こる可能性があります。一貫した軸なしに、大きなFTA交渉に臨むことは不可能な状態になっていると思います。そこで第5の要因として、プルリは「FTAと並ぶ自由化・ルールづくりの重要なツール」として、使いこなしていくことが必要といえます。

プルリ合意の先例と展開

1995年にWTOが設立されると、それまで米国や欧州を中心とした一部加盟国のみの参加であった補助金協定、アンチダンピング協定、TBT協定、ライセンス協定、関税評価協定はAnnex1a協定に移行し、全加盟国参加となりました。これは、能力のない途上国にとっては厳しい状況といえます。そのため意思決定が慎重になり、19年間何も進まない状況になっているのだと思います。したがって、将来はもう少しプルリ合意の条件を緩める方向に議論が進むことが予想されます。

その他の主なプルリ合意として、ITA、金融サービス合意、テレコミサービス合意、ACTAが挙げられます。この4つの合意のうち、ITAとACTAは日本の貢献がなければできなかった協定だと思います。具体的には、拙稿「プルリの貿易ルールについての検討(ITA とACTA の実例を踏まえて)」を参照いただきたいと思います。

こうしたプルリ合意ができる中で、さらに昨年12月の閣僚会議の結果を受けて、イッシュー毎の合意の可能性が解き放たれました。したがって、それぞれを動かそうという流れが今、急速に出てきています。

プルリ合意の特質と制約

プルリ合意の特質として、まず分野別課題への対応可能性、参加国を選べることが挙げられます。イッシューリンケージを案件ごとに切り離し、戦略的に対応することが可能です。しかし、将来の国際ルールのベースをつくる上で、主要国は入れていく必要があるでしょう。ACTAでは今後、中国や途上国と連携しながら進めるべきケースも当然あると思います。短期目標と戦略目標を使い分けることも重要です。

またプルリでは、WTOにおける意思決定の困難を回避することができますが、同時に限界もあります。さらに、新しい産業界ニーズへの早期対応可能性、将来のマルチルールの準備可能性といった特質が挙げられます。

プルリ合意の制約については、まず法的制約として、WTO内でannex1の改正やannex4の新設にコンセンサスを得ることは極めて困難な状況にあります。過去の例では、クリティカルマス+MFN均てんがベースとなっています。

プルリ合意の場合はコンセンサス方式ではなく、4分の3以上の多数による議決でもいいのでは、という立法論があります。しかし、ジュネーブでそんなことを言っても、おそらく誰も相手にしないでしょう。先進国と途上国の対立は非常に強く、意思決定方式を改善することは難しい状況です。またサービス協定のように譲許表方式を拡張しようという議論がありますが、現実的に進んでいるわけではありません。

内容的制約として、メンバー国をどのように選んでいくか、クリティカルマスをどのようにつくるかが大切です。F=αX×βY×γZを最大化すること、つまりambitionのレベル、参加国、いつまでにつくるかといった要素のベストミックスが鍵になると思います。

プルリ合意の今後の可能性

プルリ合意で現在進んでいるのは、ITAの品目拡大です。WTOが早急に成果を実現することは極めて重要なことで、WTOでは19年間も動きがなく、このままいくと信頼が失われてしまいます。またサービスでは、金融・テレコミサービスに次ぐセクターイニシアティブを考えるべきでしょう。政府調達については中国など、参加国を拡大する方向で進んでいます。電子商取引、関税不賦課、NT・MFN・MAといった分野での展開も考えられます。

貿易と投資の議論は先進国・途上国双方にとって重要です。また、貿易と競争では天然資源の寡占問題、基準認証・TBTではbehind the border measuresの重点、さらに国際標準、相互承認、good regulatory practices等について、APECやOECDでも議論されているところです。こうした問題を複数国で取り組んでいくことが大切でしょう。「ビジネス円滑化協定」として、サプライチェーン整備等の観点から複数の分野・イッシューをリンクさせて議論することも十分考えられます。

プルリ合意に向けた最近の動きとして、ITAでは品目拡大の方向で動いています。サービスプルリでは、セクター合意、annex4協定、サービスFTA等の議論がジュネーブではじまっています。今後、議論を重ねて意味あるものをつくり出せればいいと思いますが、FTAについては、成り立ち得るかをよく考えていく必要があると思います。

結論として、WTO、FTA、イッシューベースのプルリ合意の制度間競争の時代という視点を念頭に置き、イッシューベースのプルリ合意を使いこなしていくことが必要です。過度のFTA競争と貿易システムの分極化を防ぐためには、イッシューベースの軸を整理する必要があります。それがWTOを支えることにもなるでしょう。

質疑応答

Q:

日本の立場として、プルリの枠組みに入ってほしい国に入ってもらうには、どうすればいいでしょうか。

A:

広い意味では、FTA同様、取り残されることに対する恐れが誘因として働く面があると思います。狭い意味で考えると、やはり相手のことをよく考え、入らない国を入れようという真剣な努力が必要です。とくに加盟国に集まる情報へのアクセスに魅力を感じてもらうことが大事だと思います。つまり、キャパシティビルディングとインフォメーションシェアリングが極めて重要といえます。また、インセンティブがあれば動きやすくなるでしょう。

Q:

紛争解決メカニズムプルリ合意への参加の関係はいかがでしょうか。

A:

強い紛争解決メカニズムを作ると、参加国は少なくなるのでバランスが重要です。

Q:

WTOの内外でプルリ合意の可能性はありますか?

A:

内外ともにさまざまなプルリ合意が考えられます。Behind the border measuresにWTO/ラウンドは、うまく踏み込んでいけていないのが実情です。

Q:

2011年が最後のwindow of opportunityといわれていましたがラウンドは動いていません。2012年は選挙の年で更に難しいともいわれています。日本政府は、プルリ合意に関して、どのような動きをとるべきでしょうか。

A:

ITAの品目拡大を日本政府・産業界が強く支持していることは重要な動きです。サービス分野で動きを作り出すことは重要であり、産業界を巻き込み、その方法について議論を深めることが重要です。途上国と対立するサービスFTAの動きには懸念もあります。

Q:

(1)保護主義の加速化の恐れはありますか。
(2)WTOの対応の問題点はいかがでしょうか。
(3)プルリ合意についての国際的な議論はありますか。
(4)プルリ合意での、途上国特に中国との協力可能性はいかがでしょうか。

A:

(1)各国とも表面上は保護主義反対と言いつつ、保護主義的措置を導入するので要注意です。危険性は大きいです。
(2)WTO事務局、ジュネーブの最大の問題点の1つは、産業界との距離がありすぎることです。もっと産業界の声に耳を傾ける必要があります。
(3)欧米では、ラウンドが動かない中で盛んにプルリ合意の活用について議論が行われています。日本が取り残されないようにする必要があります。
(4)ACTAにも将来中国が入る可能性は大きいでしょう。ITA拡大は、中国が参加しなければ実現しません。途上国、特に中国との協力可能性は大きいでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。