プライベートエクイティ市場の15年と今後の社会的機能

開催日 2012年4月17日
スピーカー 笹沼 泰助 (アドバンテッジパートナーズ 代表パートナー)
モデレータ 吉田 泰彦 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 貿易管理課長)
開催案内/講演概要

独禁法改正を背景に1997年に日本に誕生したプライベート・エクイティ市場(PE市場、企業買収投資市場)は、順調な成長軌道を辿り、マクロ経済の中での一定の調整機能を果たしてきた。

1)大企業の非本業関連の事業部門・子会社の独立の受け皿機能
2)上場維持の意義を喪失した企業群の非上場化を伴うMBO(マネジメント・バイアウト)案件への資金供給機能
3)後継者問題に悩む中堅・中小企業の事業承継機能
4)法的整理の状態に入った企業の再生の推進機能

以上4機能を中心に、日本のPE市場はその機能を果たしてきたといえる。いっぽう、本来の機能のひとつである業界再編の推進役としてのダイナミックな機能を果たすまでには、その存在感は高まっていない。日本のPE市場が、旧来のメインバンク制度を超える新しい金融機能を果たしていけるのか、本スピーチでは、日本のPE市場の15年の歴史を振り返りながら、その機能と問題点、今後の期待される役割とビジョン等について、コーポレート・ガバナンスの視点も含めて議論を試みる。

議事録

日本のプライベートエクイティ市場―15年の総括

笹沼 泰助写真日本にプライベートエクイティ(以下、PE)市場ができてから、今年で15年になります。その節目にあたり、日本のPE市場がどのような変遷を遂げてきたのか、どのような課題があるのか、そして今後どのような社会的機能を果たしていくべきかを議論していきたいと思います。

PE投資は金融的利益を目的とした企業買収投資であり、有期限性という特徴があります。ファンドにも企業を保有することにも期限がありますから、半永久的にその企業を保有することはできません。また投資家の資金を預かって投資するため、必ず投資の回収をしなければなりません。そして公益性の高い投資家の期待にこたえる投資先の選定、投資後のプロセス管理をする必要があります。

PE投資は世界中の機関投資家の資金が背景となっており、主に政府の運用資金(ソブリン・ウェルス・ファンド)、公的年金、企業年金等の私的年金、そして欧米では大学の基金が非常に大きな機関投資家となっています。たとえばハーバード大学は、リーマンショック以前は2~3兆円の資金を運用していた世界最大級の機関投資家といわれています。

他にも米国の私立大学は一大機関投資家であり、こうした資金が市場に相当入ってきています。また、欧米の産業史に財を成したファミリーの財団も、一大機関投資家として世界中のアセットクラスに投資をしています。日本では、生保、損保、銀行、企業年金、公的年金といった機関投資家が出資者となっており、個人投資家の資金はほとんど入っていません。

1996年の独禁法改正により、事業活動をしていない持株会社が法的に認められるようになったことで、日本でもPE投資が可能となりました。以来、続々とファンドが生まれ、日本プライベート・エクイティ協会に加盟するファンド運営会社は現在30社、その他各県で地銀が運営するファンドなどを含めると、日本では120~130程度の大小のPEファンドが活動しています。

この15年を振り返ると、日本のPE市場は順調に発展していますが、日本全体の経済規模を考えると、PE市場の規模は依然として小さいといえます。米国や英国におけるPE市場の規模をGDPの規模を調整して比較すると、日本のPE市場の規模はまだ米国や英国の15分の1から20分の1に留まっています。さらに欧米では巨額のファンドが次々と立ち上がっており、規模の観点では日本は追いつくどころか、その差は開きつつある状況です。

日本では、銀行の長期的な収益性悪化に伴い伝統的なメインバンク制度が脆弱化し、新たにPEファンドが資本家としてのガバナンスを果たすプレーヤーとして一定の期待を集め、これまで発展してきました。この20年ほどの間に、企業価値とは何か、株式価値とは何か、コーポレートガバナンスとはどういうものか、といった議論が活発になったことも、M&Aが一般化し、PEファンドが浸透する背景となりました。

しかし日本では、まだ企業売却に対する社会文化的抵抗感が強いようです。そして大企業の選択と集中、つまり事業ポートフォリオを大胆に入れ替えながら企業価値全体を高めるための具体的な活動が遅れていることも、PE市場が伸び悩む背景となっています。上場企業の非同意型買収、敵対的買収に対する抵抗感も根強く存在します。

一方で、案件のタイプは多様性を増しています。当初は主に中小企業の救済要請型が多かったのですが、徐々に大企業による事業ミックスの再構築を目的とした案件なども増える中、私たちは産業再生機構の要請によりダイエーや旧カネボウの再生にも取り組んできました。

PE投資は、他のアセットクラスと比較してリターンプロフィールが優れています。PEファンドによる買収事例の増加にしたがって、経営改善の成功事例は、事業会社間のM&A市場が成長するカタリストとなりました。そして、PEファンドの投資先の経験を担うプロフェッショナル(専門的経営者)市場が徐々に形成されています。

またPE投資は、日本の金融市場においてLBO(レバレッジド・バイアウト)金融市場の発展をもたらしています。日本の金融機関もこの15年で経験を積み、今では欧米と同等の金融技術とリテラシーをもって取り組んでいます。銀行にとってLBOは、今もっとも力を入れている事業機会といえるでしょう。PEファンドは、投資後の企業価値を最大化するための施策を徹底し、コンプライアンス体制を重視します。そうした成功事例が出てくる中で、企業のガバナンス強化やコンプライアンスの重要性に関する議論が、この10年ほどの間で相当高まってきました。

日本のPE市場の概要

主な投資主体の株式保有比率の推移をみると、1997~1998年辺りから銀行の株式保有比率が顕著に下落しています。それまで銀行は、平均15%の持株比率を保持しながら多額のデットファイナンスを提供し、メインバンクとしてそれぞれの企業グループを管理してきました。ところがバブル崩壊後、金融機関のバランスシートは悪化を続け、時価会計が導入されたこともあって、金融機関が長期にわたって企業を支え続けることができなくなりました。

その機能を誰かが代替しなければならない状況の中で、PEファンドがメインバンクに代わって企業を支援し、発展させていく新しいプレーヤーになり得るのではないかという自負を持って、私たちはこの事業をスタートしたわけです。そして、一定の機能は果たせたかもしれませんが、残念ながらまだ十分とはいえません。

国内におけるM&A件数は、1998年の558件(うちPEファンドの占める比率は0.2%)から2006年のピーク時には1621件(同4.8%)に増加しました。日本の企業セクターの中に、M&Aが経営上の施策の1つとして一般化してきているといえます。その中で、PEファンドの占める比率はまだ少なく、2011年は5.5%に留まっています。将来的には20~30%に拡大すべきであり、またそうした時代が来るものと考えています。

国内PE投資の1件当たりの金額は、1998年当初は15~20億円程度でした。その後150億円規模に膨らんだもののリーマンショック以降は低調となり、この数年は1件当たり60~70億円となっています。欧米では、1件当たり1000億円、3000億円、1兆円といった大型案件が一定頻度で発生し、PEファンドの果たす役割も非常に大きくなっています。日本でこうした大型案件がないことは、私たちの事業上の課題の1つでもあります。

次に、取引形態別国内PE投資の推移をみると、2007年から上場企業の非公開化が急増しています。これは企業の経営陣がPEファンドによって自社買収し、上場の状態では難しいダイナミックな経営改革を実行して再上場を目指すという案件です。このトレンドは当分続いていくことが予想されます。

また、外資系企業が日本から撤退する際にPEファンドが事業承継する案件は、2008年を最後に消滅しています。外資が日本から撤退する動きは、ひと段落したようです。いずれにせよ案件のタイプは多様化しており、PE運営会社としては、それに対応できる管理能力を幅広く備える必要がありますので、取り扱う領域を定めて得意分野に特化する会社もみられます。

日本のPE市場が15年を経る中で、PEファンドの投資先保有期間は長期化しています。やはり、リーマンショックの影響によって各ファンドとも2年ほど延び、保有期間が5年を超えるものが増加しています。

PE投資は株や債券と比べてリターンプロフィールが優れており、豪州、中国、韓国といったアジア地域においても比較的高いリターン実績をあげていますが、その中でも日本はリーダーポジションにあります。アジアのPE投資のリターン比較(1998~2010年)をみると、日本のIRR(複利ベース内部収益率)は21.5%となっています。この20年間、金融危機を含めさまざまなことがありましたが、PEファンドが他のアセットクラスと比較して安定的にリターンを出していることを示しています。アジアの機関投資家たちは、今後の日本のPEファンドに対し大きな期待を寄せており、これから日本経済が再生していくタイミングをうまくとらえたいという声を共通して聞くことができます。

PE投資の価値創造メカニズム

アドバンテッジパートナーズの考えるM&Aとは、「ある企業・事業部門を既存所有者の持つ戦略的・能力的・経済的な制約から解放し、本来の成長力・収益力を発揮させる企業価値創造のプロセス」です。日本においては、M&Aの社会的あるいは経済的正当性が今後さらに認識され、M&A市場は大きく成長していくことが予想されます。

私たちのファンドの運営手法は、多面的価値創造の概念に基づいています。1つの側面のみでリターンを出すのではなく、企業の戦略、運営、販売、財務といったあらゆる側面における価値創造の施策をとることにより、高い投資収益率を実現していくわけです。

私たちが数年前までに投資した27件のうち、4件の部分回収を含む17件の回収先について、生み出された投資の付加価値がどういった側面に起因するものかを分析したところ、EBITDAの増加、つまり利益やキャッシュフローの改善によるものが60%、マルチプルの増大によるものが25%、レバレッジの効果によるものが15%でした。要するに、企業価値向上分の85%は収益性や成長性といった企業の本源的価値の増大によるものであり、金融工学的なテクニックを使ってリターンをひねり出したわけではありません。

2007~2011年の5年間、国内上場企業の売上および利益の平均を、私たちの投資先企業の実績と比較しました。2007年を100とした時、売上はどちらも減少しています。しかし利益では、上場企業平均が大きく落ち込んでいるのに対し、私たちの投資先企業の利益は全体的に微増傾向を示しています。外部の立場で新たに株主に加わり、その会社の企業価値を向上させるためにあらゆる施策を講じ、従業員と経営陣がともに実行していくことによって、こうした成果を出すことができるのです。

PE市場の今後の社会的機能

PE市場は今後、日本経済あるいは日本社会の流動化の実現に重要な機能を果たし、大きく発展すると考えています。流動化とは、企業や事業の所有権がより必要とされるところに移っていくことです。大企業で目覚ましい成果を生み出せなかった人材が、より力を発揮できるセクターや中堅企業に移って大きな成果を出すことも流動化です。また、企業の未活用技術や特許がそれを生かせる企業・セクターに移れば、本来の経済的価値を実現していくことができます。PEファンドがグローバルな産業再編のカタリストあるいはオーガナイザーとなり、新たな可能性が生まれる社会を作ることに貢献していきたい、と考えています。

質疑応答

Q:

日本のPE市場がもっと活性化するためには、どうすればよいとお考えでしょうか。

A:

いくつかの構造的な問題があると思いますが、一義的には、案件数があまりにも少なすぎると思います。欧米では、ファンドマネージャーが日々殺到する案件群からベストのものを選ぶのに忙殺されていますが、日本の私は何をしているかというと、日々いろいろな会社を回り、案件開拓のための啓蒙活動に励んでいるのが実態です。

日本では、企業の株式価値を最大化するのが経営陣の使命だという認識が欧米に比べて低く、本来ならば無駄な事業は積極的に外部化し、逆に本業の強化に資する事業は買収することによって事業ミックスを常に最適化すべきですが、なかなかダイナミックな施策が実行されません。つまり、株式市場がそれを求めていないためであり、そこに大きな原因があります。また日本では、全ステークホルダーの中で株主の地位が相対的に低くなっています。そういった認識が変わらなければ企業の行動も変わりませんし、案件が市場に出ていくこともないでしょう。

Q:

アジア地域におけるPE投資のリターン実績、とくにIRRの高さには驚きましたが、PE市場の規模が格段に大きい欧米はどうなのでしょうか。

A:

米国の先進的なPE市場における投資倍率やIRRといった投資プロフィールも、平均するとだいたいアジアと同じような水準に収れんしています。ただし、ヘッジファンドや上場株を扱うファンドのファンドマネージャーのリターンに比べ、PEファンドを扱うファンドマネージャーのリターンはマネージャーの巧拙によるばらつきが圧倒的に大きいという特徴があります。

Q:

製造業の事例が少ないようですが、業種によってPE投資の適性はあるのでしょうか。

A:

製造業には保守的な経営陣が多く、組合の問題もあり、とくに事業部門や工場を売却することには情緒的に抵抗があるようです。ところが世界をみると、製造業でもPEファンドが活躍する成功例が非常に多いのです。そうした中で、私たちにも製造業の事例があります。製塩の事業を行う3社が合併し、さらに海苔をつくる会社を統合し、新たな会社に甦らせて高収益化しました。こうした成功事例を、今後より大きなセクターへ水平展開していきたいと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。