オリンパス・大王製紙事件から日本の企業統治の将来を考える

開催日 2012年1月18日
スピーカー・モデレータ 宮島 英昭 (RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学 商学学術院 教授)
コメンテータ 田中 亘 (東京大学 社会科学研究所 准教授)/斎藤 卓爾 (京都産業大学 経済学部 准教授)
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開催案内/講演概要

オリンパス・大王製紙の事件は日本の企業統治を問い直す重要な契機となった。特にオリンパスは、先進的な企業統治をもつと見られていただけにその衝撃は大きく、社外取締役や監査法人、さらに資本市場参加者の役割の再検討を促している。折しも、先般、法制審議会会社法制部会が会社法制の見直しに関する中間試案を提示し、将来の企業統治の制度設計が重要な局面に入った。

今回のBBLセミナーでは、オリンパス・大王製紙事件を手掛かりとしながら、日本の企業統治の将来について考える。まず、宮島氏が、両事件の国際的、歴史的に見た特徴、その発生の構造、日本の企業統治に対する含意などについて報告する。それに対して、会社法改正案の検討に関与する田中亘氏が法的側面について、また、取締役改革・家族企業の実証研究を進めてきた齋藤卓爾氏が組織的・経済的側面についてコメントする。

議事録

日本企業の多様化:ハイブリッド化と企業統治改革

<ハイブリッド化:3つのクラスター>

宮島 英昭写真企業統治を考えるにあたって、まず念頭におくべきことは、日本企業が多様化しているということです。2002年における日本の企業分布を、企業特性を変数としたクラスター分析で分類したところ、3つの企業群があることがわかりました。1つ目の企業群「タイプIハイブリッド」は、外部との関係では市場ベースですが、内部との関係では依然として内部者中心の取締役会になっています。2つ目の企業群は新興企業であり、このグループの大きな特徴は、雇用慣行における従前との違いですが、資金調達や株式所有構造では関係ベースの仕組みをとっているので、「タイプIIハイブリッド」と呼んでいます。これらに対して3つ目のタイプが、これまでの特徴を維持している「伝統的日本企業」と呼んでいるグループです。

<企業統治改革の視点:課題の多様化と制度改革の効果の非対称性>

日本の企業を考えていく場合、タイプ別の企業課題に対応した企業統治の仕組みを考える必要があります。タイプIハイブリッドのような企業群は、新たなビジネスモデルを構築する積極的なR&D支出を行い、成長のためにM&Aを利用すべきです。また、経営権安定の仕組みや、事業単位の分権度におけるコントロールも大きな課題です。

それに対してタイプIIハイブリッドの新興企業では、個々の企業統治上の大きな問題としては、一方で起業家の裁量・やる気を維持しながら、他方で経営者・起業家側の暴走を制御することが挙げられます。3番目の伝統的な日本企業群では、安定的な資金が確保されていますが、フリー・キャッシュフローを減らす財務政策をとることが大きな課題になってきます。

企業統治を考えていく上で気をつけるべき点が2つあります。1つ目は、制度改革の効果が非対称である可能性です。タイプの分化に伴い、統治構造の改革が各タイプの企業に対して異なる効果をもつ可能性があるという点を考慮する必要性があります。2つ目は、経済制度の相互関連性です。制度を1カ所だけ変えても、他の制度との整合性が維持できず、システムとしての効率性を低下させてしまうという可能性があります。

オリンパス・大王製紙から考える

<スキャンダルの2類型>

粉飾についての研究"The Theory of Corporate Scandals"を書いたコフィーは、スキャンダルを2類型に分けています。1つは、アメリカのエンロン、ワールドコム型のものです。これは、機関投資家が中心の分散した株式所有構造を持つ国で、株価と連動した報酬体系が支配的になっている場合です。経営者にとって、これは株価の上昇に繋がる決算、粉飾の誘因になります。これらの事件の背景には、粉飾の大量発生に対する監査役や監査法人、アナリストなど、市場の監視者の役割が機能しなかったということがあります。

もう1つの類型はパラマラートというイタリアの食品会社に代表されるものです。家族を支配株主とするピラミッド構造をもつ企業が多い国では、欧州型といわれるスキャンダルが起きます。これは支配株主によって子会社を通じた直接の収奪、バランスシートの虚偽記載が行われ、支配株主の利益が確保されるというケースです。ここで監視者の役割として重要な意味を持ち得るのは、銀行やその他の一定の利害関係を持っているブロック・シェアホルダーです。

<大王製紙のケース>

大王製紙のケースは典型的な欧州型です。創業者一族が支配権を握れるような株式を保有しており、その上に長期雇用の仕組みができあがっています。大王製紙は時価総額が約1000億円の内需型の企業で、安定的な収益をあげています。負債比率は極端に高いということはなく、特徴的なのは機関投資家保有比率が10%弱(海外約3%、国内約7%)と非常に低い点です。取締役が20人以上いる一方で、社外取締役はほぼ皆無です。

この大王製紙のケースには監査法人が加わっていますが、これが機能していなかったわけです。また、社外取締役がいれば、無担保・無利子で子会社に貸し出しを要求するような事態を防げる可能性はあったといえます。さらに、親会社が子会社の取締役に対して利益共有を要求するなどの事態を阻止する点では、親会社の株主による子会社経営の監視必要性という問題も提示しています。

<オリンパスのケース>

オリンパスのケースでは、会社のためや保身が主要な目的となっている点で、日本に固有の特徴を持っているケースといえます。オリンパスは、2006年のデータでは、時価総額が1兆円を超える大企業です。また、ROAなども粉飾修正前の数値では高い値を示しており、特に海外機関投資家の保有比率は1999年に20%、2004年に37%と増加しています。国内機関投資家の保有比率は概ね40~45%であり、個人投資家が10~15%です。役員数を縮小し、外部取締役が3名という構造であった点で、先進的な企業であったわけです。

オリンパス事件の発生に関しては、次のそれが起きた4つの条件を指摘できます。1つ目は、オリンパスが銀行から財務的に自立していたということです。また、粉飾を維持できるコストを支払える収益性の高いビジネス(内視鏡)を抱えていたことが2つ目の条件です。3つ目は2006年から2008年にかけてのM&Aの損失にかかわる問題です。技術系出身者で占められていた取締役会メンバーが、M&A案件を評価する能力を充分に有していなかった可能性があります。4つ目の条件としては、前任者による後任者指名という日本企業の経営者選任方法の慣行により、社内の相互規律が効かないような配置構造になっていたことが挙げられます。

このケースが提示している問題点は、いくつか挙げられます。1点目は、経営者選任の仕組みにかかわる問題の重要性です。2点目は社外取締役が機能しなかったことであり、社外取締役の独立性と評価能力・専門性の問題を提示しています。3点目は監査法人が十分に機能していたかを考える必要性です。さらに、4点目、資本市場がゲートキーパーとして機能するには、情報公開の範囲を広げるなどの問題を考えていくことを、この問題は示唆しているといえます。

会社法の改正

社外取締役の義務付けは、結論から言うと望ましいと考えます。3500社に達する日本の上場企業の多くは、伝統的日本企業や新興企業であり、外部取締役の登用が進んでいないことが問題となっています。リーディング企業での義務付けには確かにコストが伴いますが、日本の企業システム全体から考えると、利益のほうが大きいと判断できます。

一方、監査・監督委員会設置会社の選択については、機関投資家にとってわかりやすい仕組みであるのか、また、この選択肢を新たに提示することによって企業にとりどのような価値が発生するのか、ということを示していく必要があるのではないかと思います。

社外取締役の選任と機関投資家:役割と限界

東証一部の企業の時価総額を5V分位にし、各分位の単純平均における外国人の保有比率と機関投資家の保有比率を見てみますと、上位約300社のところで外国人30%、機関投資家全体では50%程度となっています。しかし、下位約300社では、外国人の保有比率は5%を切っており、機関投資家の保有比率も約10%に留まっています。

会社法を改正して社外取締役を義務付けるということになると、社外取締役の選任とその担保が問題になります。上位企業では、機関投資家のExitとVoiceの仕組みが徐々に定着してきており、彼らが社外取締役の独立専門性の評価の主体になりうるような条件ができあがってきています。

これに対して伝統的日本企業や新興企業では、機関投資家が20~30%を保有している企業は限られており、彼らのVoiceやExitに取締役の選任あるいは適切な監視が期待できません。また法的な問題では、社外取締役の独立要件の構成方法として、独立性と専門性の間でのトレードオフを、どのように調整していくかということが問題です。

コメント

田中氏:
従前の監査役設置会社には、2つの方向からの批判がありました。すなわち、監査役には監視の権限はあるが取締役会における議決権がなく、充分に監視・監督の機能を果たせないだろうという批判です。他方、投資家の要求によって社外取締役を増やしていくという方向になった時に、社外監査役2名に加え、更に社外取締役を増やしていくということへの負担の重複がありました。

今回の改正はこの2つに同時に応えることを狙いとしています。それまで監査役が担っていた役目を監査・監督委員としての取締役に担わせることによって、その監査・監督委員は、取締役としての権限を保持しながら、監査役と同じ権限も持つことになります。また、社外監査役を選任するという負担を無くすことで社外取締役を入れ易くする一方、これまで社外監査役に就いていた人でも、適任者については社外取締役になっていただくという意図があります。

なお、今回の企業不祥事に関して一言しますと、この事件は、たとえ社外取締役を入れたとしても、防ぐのは困難ではないかと思います。経営トップが関与し不祥事を起こすということになりますと、他の取締役の独立性を高めてもなかなか防げるものではありません。なぜなら、独立性の高い社外取締役ほどその会社との関わりがなく、事前に情報を得られずに不祥事の発見が難しくなる、という一種のトレードオフがあるからです。また、粉飾が無いという状態は市場の規律によって実現できるわけではなく、むしろ市場の規律を働かせるための前提です。つまり、機関投資家が何か規律を働かせようとしても、依拠している財務諸表の真偽がわからなければ、評価のしようがないからです。よって、こういった問題については、法的責任のルールを適切に実現(エンフォース)していくということが大事です。

齋藤氏:
ファミリー企業の問題と社外取締役について少し付け加えます。

企業統治の必要性には2つ理由があります。1つ目は経営者と株主の利害が異なるということであり、2つ目は情報非対称性によるものです。また、日本で見られる具体的な利害対立として、3つのパターンがあります。1つ目は「サラリーマン経営者VS分散株主」の対立。2つ目、3つ目は大株主と少数株主の対立であり、これは「創業者一族VS一般株主」の対立と「親子上場」の問題という2つの形をとります。

2011年末時点の東証一部上場企業で金融以外の1500社を調べたところ、いわゆるサラリーマン社長が経営する株式分散型企業は約43%、創業者もしくは創業者一族の出身者が社長や会長に就き経営を行っている企業は約34%でした。また、上場企業の5分の1では、創業者もしくは創業者一族が約20%の株を持ち、なおかつ経営も行っているという状況にあります。なお、株式分散型企業で社外取締役を持っているところは57%ほどでしたが、創業者経営企業では36.5%、世襲企業で4割程度と、ファミリー企業では一般企業より低くなっています。

ファミリー企業の特徴は、経営者が非常に強い権力を持っているということです。これは強いリーダーシップとして捉えられる側面もありますが、内部が見えにくいことも事実です。したがって、ファミリー企業というのは疑われ易い存在だといえ、率先して情報を開示し統治改革を進めていくことが重要になってきます。

社外取締役を有効に機能させるには、社外取締役に情報が流れるような仕組みを作ることが重要です。社外取締役自身も、得た情報を咀嚼および理解できる人間でなければなりません。また、社外取締役の役割で最も重要なものは経営者に対する定期的な評価だと思います。やはり定期的に外部から客観的な評価を受けるというのは、上場企業として当然ではないかと思われます。

質疑応答

Q:

社外取締役の選任における、独立性と風評の問題についてお聞かせください。

宮島氏:

現在の理論は少し独立性に傾きすぎており、専門性の重要性が看過されているのではないかという気がします。社外取締役の重要な資格要件としては、その業界についての一定の知識を持っているということと、M&Aや財務選択についての然るべき専門性を持っているということが重要になってくると思います。2つ目の風評の問題は、誰が社外取締役の行動を担えるような人材であり、いかにそれを担保するかということですから、実業の経験がある人たちが社外取締役に就くというのは重要な経路です。

Q:

今度の法改正は、株主総会による社外取締役の選任と適格性や報酬額の議論、株主総会の開催時期の分散および機関投資家による情報開示という点で期待ができるでしょうか。

田中氏:

機関投資家の議決権の行使状況についての開示はかなり進んでいると思います。議決権行使のガイドラインを開示しなければならないということと、各議案での行使結果についても開示されることになりました。また、独立の取締役がいるからといって株主による規律が不要になることはないと思います。株主からも独立であれば、会社の利益については無価値になってしまうわけです。専門的な観点からも、株主投資する機関投資家の存在というのは非常に大事です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。