わが国のアフリカ外交について

開催日 2011年12月20日
スピーカー 松山 良一 ((独)国際観光振興機構 理事長/前 駐ボツワナ日本大使)
モデレータ 森 清 (METI資源エネルギー庁 資源・燃料部 政策課長/前通商政策局 中東アフリカ課長)
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開催案内/講演概要

日本から見るとアフリカは遠く、紛争、難民、貧困、飢餓、感染症の蔓延といった、「可哀想なアフリカ」のイメージが強い。

一方、90年代以降、冷戦が終焉し共産勢力が弱まり、かつ国連による平和維持活動も奏功し、内戦が収まり各地で平和が訪れている。最近彼らにも自立心が芽生え、「援助は要らない、我々も自助努力で自立するので、民間の投資と貿易を促進して下さい」と訴える国々も増えている。

南アフリカの北側に位置するボツワナもそうした国の一つ。ボツワナは日本では無名の国だが、英米では、ダイヤモンドと高級なサファリロッジで名声を博しており、一度は観光に訪れてみたい憧れの国。

今回のBBLセミナーでは、2008年、三井物産の商社マンから初代駐ボツワナ大使に転じた松山良一氏を講師に迎え、我が国アフリカ外交の現状と今後を論ずる。

議事録

アフリカ大陸とは

松山 良一写真 アフリカ大陸の人口は、約10億人で全世界の15%。国連での割合でいうと、約1/4がアフリカです。また、南北は7400km、面積もロシアの1.5倍に相当し、これは太平洋がすっぽりと入る大きさです。歴史的には、17世紀オランダのケープ植民地に始まり、19世紀英国・フランスなどの植民地支配を経て、20世紀初頭には独立国のエチオピアとアメリカ開放奴隷が建国したリベリアを除く、大陸の大半が欧州列強の植民地となりました。その後、啓蒙運動が行われ、「アフリカの年」と呼ばれる1960年をピークに多くの国が独立し、現在、アフリカには54カ国があります。

経済的には、1人当たりのGNIが745ドル未満という、開発途上国の中でも特に開発が遅れている後発開発途上国(LDC)が、アフリカの中央、サブサハラ周辺に集中しています。私はビジネス業界出身なので、よく皆さんに「アフリカを3つのカテゴリーに分けて考えてください」と話します。1つは北のマグレブ。ここはイスラム、かつ原油国地域で1人当たりのGNIが高いところです。そして前述の中央アフリカ。ナイジェリアやケニアを除き、"可哀相なアフリカ"のイメージがある地域です。もう1つは、南部アフリカ。ここは平和が定着し、「自立するので援助は不要、それより民間企業による投資と貿易を振興してください」という国が育っています。日本はアジアで多くの国を援助してきましたが、そういった素地がこの南部アフリカにも大分できてきました。

アフリカにおける不安要因の動向

●紛争と難民
紛争地域の地図を見ると、90年代は真っ赤でした。しかし、2000年以降、平和が訪れています。依然として紛争がある国は、クーデターの起きたマダガスカルやギニアビサウ、そしてソマリアは無政府状態です。コンゴ(民)はカビラ大統領が統治していますが、国土が西ヨーロッパほどの広さのため勢力が及ばず、加えてレアメタルが軍資金となり紛争が続くため、東部は国連平和維持軍の統治下にあります。また、難民に関しては、現JICA理事長の緒方貞子さんが91年から2000年まで国連難民高等弁務官として、難民救済活動に多大な成果を上げました。アフリカに平和が訪れたこともあり、難民の数も大分減ってきています。

2000年以降、平和が訪れた理由はさまざまですが、共産圏の力が弱体化したことが要因と私は見ています。というのは、89年のベルリンの壁崩壊後、ソ連はかつての影響力を失い、90年以降は表立った武器弾薬の支援がなくなりました。もちろん、民族間の啓蒙活動や国連の平和維持活動が寄与している部分もあります。

●感染症 (HIV/エイズ・マラリア)
マラリアの約86%はアフリカに集中しています。先進国ではDDTという殺虫剤によりほぼ撲滅しましたが、その発がん性から現在は完全に製造が禁止されているなか、アフリカでは未だにマラリアが蔓延しています。感染すると1週間ほどで死に至りますが、医学の進歩により、すぐに処置を行えば治るようになりました。ただし、薬が高価なのが問題です。

エイズも約67%がサブサハラに集中しています。ボツワナでは現在、15歳以上の成人のうち23%がHIVのキャリアです。そのボツワナでは、ARVという高価ですが服用すると発病しない薬が無料配布されているため、キャリアになっても発病はしません。しかし、その他の国では配布されていないことから、重要な課題です。

このような"可哀相なアフリカ"のイメージはあるとはいえ、総じて以前より明るい兆しが見えてきています。

近年の経済成長とアフリカ支援への主要国の関心

このような背景から、2000年辺りからサブサハラの成長率がOECD諸国を上回るようになりました。平和が訪れたことで、サブサハラにも投資が舞い込んできたからです。特に2003年、2004年頃から資源と農産物が高騰し、その余力をアフリカが得たことで、先進国以上の伸びを示しました。しかし、リーマンショックの影響はアフリカにも飛来し、2009年の成長率は低下。2010年以降は先進国の回復に合わせてアフリカも上昇傾向となっています。

とりわけ2005年、ブレア首相が議長を務めたグレンイーグルズサミットでは、アフリカ支援に対する各国の関心が高まりました。アフリカは元々ヨーロッパの植民地ですが、ヨーロッパ経済が疲弊した90年から2000年代初頭にかけて、中国とインドがプレゼンスを強化してきた背景があります。2005年以降になってヨーロッパはようやく景気が回復してきましたが、そこでアフリカにおける中国の台頭とMDG 2015年目標達成に向けたイニシアティブから、西欧諸国のアフリカへの関心がにわかに集まりだしたわけです。

その間、わが国は1993年からTICADというアフリカ開発をテーマとする国際会議を5年毎に開いています。アフリカ諸国の"自助努力"(オーナーシップ)に基づき、パートナーシップの精神で日本と国連開発計画(UNDP)が国際ドナーとしてアフリカを支援しようという特徴ある試みは、アフリカ諸国から高い評価を得ています。中国・韓国・インド・トルコなども同様のスキームでのアフリカ支援を現在模索中です。

もう少し詳しく各国の動向を見てみると、

  • 米国
    "人道支援"、"民主化"。特に民主的"グッド・ガバナンス"をアフリカに定着させることが大きなテーマ。
  • 英国
    教育・法制度など自国の影響下にある基盤を維持。ただし少々影響力が後退している様子。
  • フランス
    植民地時代からの基盤があり、マダガスカルに2万人、セネガルに2万5000人が定住。自国民の権益を守る軍隊も駐屯し、アフリカの秩序にも貢献。
  • ロシア
    ソ連時代の共産主義の影響力が喪失し、新たな国造りから、資源、特に南部アフリカのウランの確保を重視。
  • 中国
    国連での台湾問題からアフリカでのプレゼンスを強化し、原油・ニッケル・銅などの資源から近年は鉄鉱石・ウランへも着手。
  • インド
    ケニアからの移住が多く、スーパーマーケットなどの既存権益が中心で、タタ財閥などが南部アフリカを中心に大企業を進出。

とりわけ中国に関しては、急激な台頭によってヨーロッパの関心をアフリカに向けさせたという一面と、植民地時代の旧態依然のインフラを整備したという一面があり、アフリカにとってポジティブな結果をもたらしている一方、「グッド・ガバナンスを行わない国に対しては支援しない」という国際ルールに反していることも事実です。たとえばICCから大統領が訴えられているスーダンなどでも、インフラ開発を行い、原油を自国に輸入する独自の路線を歩んでいます。IMFコンディショナリティなどのルールを無視した支援を中国から受けられることで、被援助国もルーズな経済構造となる、といったデメリットも挙げられます。

日本とアフリカの関係

アフリカで日本国大使館のある国は31カ国ですが、中国は48カ国です。また、首脳外交は、日本からは総理が7回6カ国に行きましたが、元首クラスがほとんどの国に頻繁に通う中国とはまったく外交も異なります。また、アフリカにいる邦人数は、約8000人弱。中国の公式データはありませんが、私が調べたところで85万人。貿易についても日本は1.6%、投資においてもわずか0.8%がアフリカ関連です。

ただし青年海外協力隊は、現在、世界中に2600人いて、そのうちの40%、約1000名がアフリカです。ボツワナにも40人ほどいますが、彼らは地域の中に入って立派に仕事をし、現地の方々から信頼と評価を得ています。彼らは日本の宝です。しかし問題は、日本に帰国した時に職に就けないという現実です。米国にも同様のピースコーがありますが、2年で帰国すると自分のキャリア構築として評価されます。英国でも大学に入学する前のキャリアとして1年ほど働くと、大学入試の際に評価されるという仕組みがあります。日本もこうした仕組みを講じる必要があると強く思います。

わが国の対アフリカ外交の意義

国連の6割以上はアフリカ案件です。貧困や感染症など「アフリカ問題の解決なくして世界の安定と繁栄なし」というほど、その問題に対する貢献度は高まっています。また、アフリカと親交を持ち、外交基盤の強化を図ることは、国連安保理の常任理事国入りをめざす日本にとっては必須です。そしてWin-Winの関係で日本とアフリカ双方の経済発展を促進することは、資源小国日本の命題でもあります。

具体的な取り組みとしては、最大の課題である「経済的成長の加速化と貧困削減」を焦点に、ODAによる支援や貿易促進などいろいろなことを行っています。そして、平和と安定、"グッド・ガバナンス"を実現するために、PKOへの貢献も行っています。アフリカ連合(AU)との関連強化も大切です。

なお前述のTICADについては、2008年に第4回目を迎えました。この時にアフリカ諸国からの強い要望で"フォローアップ"という、支援策の実施状況をモニターし、毎年、会合で報告するという試みが始まりました。2009年にボツワナで第1回目を開催し、福田元総理と中曽根外務大臣が来られました。アフリカからは約40カ国の元首クラスが出席し、約4百数十名で会議を行いました。この時はリーマンショックから今後の活動についての指針を再確認し、G20及びG8サミットにアフリカの声を届けるということで、多大な評価を頂いています。

アフリカの潜在性と脆弱性

アフリカには潜在性と脆弱性の両面があります。"貧困・飢餓の大陸"という一般的なイメージから、"希望と機会の大陸"へと認識を改めてほしいというのが私の主張です。

潜在性としては、豊富な天然資源と人的資源。15歳以下人口の伸張率はアフリカがトップです。今後も人口が伸びてくるでしょう。経済の発展は人口の推移によりますから、そういう意味で潜在的なマーケットとしての可能性があると見ています。

一方、虚弱性としては、利権と紛争リスクがあります。アフリカには約6000の民族がいますが、直線的に国境で分けられたため、民族により資源のあるなしで貧富の差が生じ、紛争に発展するのです。紛争はしばらく続くでしょう。そのため、ガバナンスを享受するところまでは至っていません。感染症の問題も、国連などが啓蒙に努めていますが、未だ大きな問題です。なお、アフリカの指導者たちの世代交代は、ほとんどスムーズに移行しています。

資源については、トップ20に入る産油国もあり、また天然ガスに関しても、エジプト、アルジェリア、ナイジェリア、そして最近ではモザンビークもトップ20に入るかと思います。とにかく資源は鉱物も含めて豊富にあります。それをいかに有効に開発していくかが今後の課題です。

そこで、わが国は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とともにボツワナに衛星を使ったリモートセンシングで資源の探索と同時に、その技術を現地の地質学者に教育しています。資源の調達については、残念ながら日本は資源メジャーがないため、諸外国の資源メジャーから購入している状況です。経産省とともに官民連携し、資源を確保できるきちんとした仕組みを早急に作らなければと思っています。

最後になりますが、私はボツワナにいましたので、簡単に触れさせていただきます。小さな国ですが、グッド・ガバナンスを享受している素晴らしい国です。統計資料もアフリカの中ではトップクラス。独立当初は牛肉しかありませんでしたが、ダイヤモンドの収益を教育・道路などの社会インフラに活用し、たいへん立派な国になっています。わが国との関係では、JOGMECを中心にいろいろな開発が進んでいます。社会インフラとして石炭火力発電所と橋の案件も手掛けています。さらに総務省と一緒に、日本の地デジ方式の紹介も構想しています。ボツワナ自身も、南部アフリカ開発共同体(SADC)のハブを目指していますから、その中で教育・農業・イノベーションというハブ構想に何らかのコーティングができればと思います。観光についても、オカバンゴ、チョベなど立派な観光地があり、日本からの観光客も引き寄せたい。1つの大きな経済体となっているだけに、横の連絡をこれから埋めていく必要があると考えています。潜在性があり、今こそ日本の企業が進出する絶好のチャンスだ、ということを強調させていただきます。

質疑応答

Q:

総務省が民間企業に呼びかけていますが、"暗黒大陸"のイメージが強すぎて、良い返事がもらえません。民間企業を引っ張っていくための取り組みや今後の課題として何をすべきでしょうか。

A:

過去にザイールの銅開発で痛手を受けたという日本企業のトラウマがありますから、これは大きな課題です。まず、「アフリカは変わったのだ」という、今の状況を正しく伝えることが先決かと思います。日本人はとても慎重ですし、どこかで上手く成功すれば門戸が開かれると思いますので、1つの成功例を作ることが大事です。JOGMECも3割は投資できるようになりました。そういった機会を上手に使い、小さくても、とにかく成功事例を作りたい。今、ボツワナとザンビアにあるカズングラという橋の建設に日本のODAが動き出しています。そういった成功事例を積み上げていくことが1番の王道ではないではないかと思います。

Q:

青年海外協力隊の方々が良い仕事をしているのに、日本に帰国して職がないという問題について、何か解決策はないのでしょうか。

A:

日本には立派な協力隊がいますし、ニーズは日本にあるのですが、そのマッチングが上手くいっていないのではと考えます。JICAを通じて、帰国された方の斡旋をこれまでとは違う方法でやっていかなければならないでしょう。また、文科省には、教員養成カリキュラムに海外研修を入れていただくことをお願いしています。これは中期的な策ですが、より長期的には、米国のように、豊かな経験をした人を活かせるような環境を作るべきです。とにかく、中途採用を含めて雇用体系を変えるなどフリーな労働市場を作らないと、今後の国際競争には勝てなくなると思います。経団連の方々に音頭をとっていただき、マスコミにもお力を借りたいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。