会計専門家からのメッセージ -大震災からの復興と発展に向けて-

開催日 2011年11月8日
スピーカー 八田 進二 (RIETI監事/青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授)/ 柴 健次 (関西大学大学院会計研究科 教授)/ 青木 雅明 (東北大学会計大学院 教授)/ 藤沼 亜起 (IFRS財団評議員会 副議長)
モデレータ 平塚 敦之 (経済産業省 経済産業政策局 企業会計室長)
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開催案内/講演概要

2011年3月11日に東北地方の太平洋沖で発生した100年に一度といわれる大震災を前に、広く会計を専門とする我々は、何ができるのか、あるいは、何をすることで、世界に誇れるわが国の復興の姿を示すことができるのであろうか。そうした疑問に答えるため、会計を専門とする研究者および実務家に問い掛けを行い、同じ志を持つ48名の会計専門家から、今考えていることや今後の復興に向けて寄せられたメッセージ等をまとめたものが、私たち4名の編著により、『会計専門家からのメッセージ~大震災からの復興と発展に向けて』(同文舘出版)として刊行されました。

このBBLセミナーでは、これらのメッセージの一部について報告するとともに、会計領域が果たしうる貢献について考えたい。

議事録

会計の領域・役割

八田 進二写真八田氏:
東日本大震災に見舞われた国難の中で、会計専門家として私たちが発すべきメッセージとは何か。次の世代に伝承すべき知見とは何か。――こうした問題意識のもと、私たち4人は、総勢48人の会計専門家から寄せられたメッセージを『会計専門家からのメッセージ~大震災からの復興と発展に向けて』(同文舘出版)としてまとめました。

簿記・財務会計・管理会計・監査・税務会計は、日本では伝統的に会計系の科目として分類され、基本的に企業の活動に関する顛末・結果について情報として伝達することから、経済活動を後追いする役割が中心となります。つまり会計は、たとえば今回の震災のような災害が起こる前に何かを提言するといった「事前的対応」よりも、経済活動の「事後的対応」に特化していたといえます。

しかし、企業等の事業体が適切かつ健全にサスティナブルな事業活動を継続していくには「事前的対応」が必要であり、それがあってこそ「事後的対応」が生きてくるといえます。たとえばリスク管理、内部統制、コーポレート・ガバナンスといった企業活動に関するデュー・プロセスの視点は、会計における「事前的な対応」といえるでしょう。このように考えると、会計の領域は多岐にわたることがわかります。社会的に責任ある情報開示にかかわる以上、それに携わる人々の倫理観や誠実性が担保されなければいけないという議論もあり、特に公認会計士の継続研修では「倫理」の履修が義務化されています。

会計的発想法の提唱

皆さんには、会計的発想法について関心を持ち、正しく理解していただきたいと思っています。それは、一国における国民の会計への理解度は、その国の民主主義あるいは資本主義の成熟度とほぼ比例すると考えられるためです。 独裁国家に会計は必要ありません。

日本人には、会計イコール簿記あるいは銭勘定という発想が染み付いています。実は、簿記は会計における一部の役割にすぎないのですが、借方と貸方の複式記入は「複眼的思考」を私たちに教えてくれます。「複眼的思考」を営業に応用して「生産者」と「顧客」の両面を考えれば、必ず1つの解が見えてくるものです。

先月、東北大学の学生を中心としたシンポジウムを行いましたが、被災地の人々は、震災から8カ月経って世の中の関心が風化していくことを心配しています。「常に思い起こしてもらうきっかけをつくってほしい」という声も寄せられます。会計的な視点では、どのような世界であれ、組織であれ、説明責任(Accountability)が重要であり、そのために必要な情報を発信しなければなりません。つまり、ディスクロージャー(IRを含む)、内部統制、リスク管理、ガバナンス(コーポレート・ガバナンス)といったことを事前に議論しておく必要があります。実際、先般の震災でサプライチェーンが早期に回復した企業には、平時から事前対応が十分に行われてきたと見受けられる側面がたくさんあります。本書を通して、そうした会計的発想法を理解していただきたいと思っています。

自治体が復興の牽引車となろう

柴 健次写真柴氏:
一般的に簿記は数量化の技術であり、他人の知識を別の人が利用するための記憶の外部化といえます。そして、蓄積されたデータを利用目的に従って加工すること、つまり情報生産することが会計であり、その情報を開示する際には監査が必要となります。さらに情報開示によって社会化されたデータは、他人が利用でき、内部化が可能となります。こうしたサイクルを考えると、会計は単なる簿記や銭勘定でなく、社会的な数量化の技術の一種といえます。

また会計には、組織の「目的」に従うアプローチと、組織の「活動」に従うアプローチがあると思います。企業会計にとどまらず、地方自治体や国の公共経営(パブリック・マネジメント)がこれからの会計における重要な課題であると考えていた矢先、今回の大震災が起こりました。まさに、被災した地方自治体が復興の牽引車となるべく期待を込めて書いたのが本書です。

何らかの実行が求められている時に、現行の規則やルールを前提に「できること」と「できないこと」を仕分けしてみる。さらに、それぞれを「事実としてやること」と「事実としてやらないこと」に整理すると、「できることなのに実行しない」ことがあるのに気づきます。

「できることなのに実行しない」という選択肢を許さず、「できないことなのに実行しようとする」無駄を避け、「できないことなので実行しない」勇気を持ち、「できることを実行する」。――これが最近のニュー・パブリック・マネジメントにも通じる物の考え方です。また、現行の規則やルールを「変えることができる」か「変えることができない」かによっても、「できること」と「できないこと」は変わるでしょう。そういった整理をしてみることをお勧めします。

元岩手県知事・総務大臣の増田寛也氏は、「(今回の大震災で)寸断された供給網がこれほど早期に回復できたのは、現場での正確な判断と行動、それを許容した本社の英断があったといわれている。今からでも遅くない。危機対応のためには、中央省庁や県は決定権とカネを思い切って現場の市町村に移して速やかな復旧を目指すべきである」(日本経済新聞2011年6月7日付)と述べています。今やらなければいけないことや、それができない理由を一番よくわかっているのは現場だということでしょう。

規制の在り方についてのヒント

英国は理念の国であり、その会計の最高規範は「真実かつ公正なる概観」を確保することにあります。そして、基準・法規に従うことが「真実かつ公正なる概観」を満たさない場合は、基準・法規に従わずより良い方法を適用するという「離脱規定」が明記されています。つまり、東日本大震災のような非常時には平時のルールが適用できないということを現場はわかっているはずですが、ならば勇気を持って離脱するという考え方が会計にはあるということです。震災復興にはこういう柔軟な対応が必要です。これらを含めて今後、企業会計のみならず、国ならびに地方自治体の会計の分野も大きく発展させていくべきだと考えています。

私にできること

青木 雅明写真青木氏:
東日本大震災の当日は、東北大学の研究室にいました。通常15分のところを4時間かけて帰宅しましたが、電気は一度切れたきり1カ月以上復旧しませんでした。ガソリンがないため大学に行くこともできず、坂を上って水を汲みに行く日々が2カ月続き、風呂に入ることもできませんでした。

この二十数年間、主に管理会計の研究と学生の教育に携わってきたわけですが、今回の大震災で自分の無力さを痛感しました。地震と津波による物理的な破壊を前に、家族のための水汲み程度しかできなかったのです。しかし、インフラが徐々に復旧してくると、自分がこれまでやってきたことを生かせる方法があるはずだと考えるようになりました。そして、物理的なものは壊れてしまうけれども、教育や知識は地震や津波でも壊れずに残るではないか――そう考え、自分を力づけてきました。

管理会計と中小企業

東北地方は中小企業が経済を支えているといっても過言ではありません。そして、非常に興味深い独自のノウハウや知識を持つ中小企業がたくさんあります。しかし、はがゆいことに、それをうまく表現することが不得手といえます。たとえばBalanced Scorecard(BSC)を導入する場合、ミッションやビジョンを明確にして戦略を策定する段階で行き詰まってしまうので、そこをクリアできれば何とかなるという状況です。

東北地方の中小企業は意欲も高く、学習能力に優れています。たとえばある大企業のフランチャイズ加盟店(フランチャイジー)は、本部の戦略を地元の地方都市に合うようローカライズする必要があるため、地元の情報をたくさん持っています。それが強みといえるわけですが、自分たちでは何が強みなのかわからない場合が多いのです。そこで私にできるのは、そうした中小企業へのサポートではないかと考えるようになりました。

これまで私が大学で行ってきたことは、「研究→教育→人材育成」という取り組みです。それに加えて今後は、Balanced Scorecardの概念を考案したロバート・S・キャプランがハーバード・ビジネス・スクールで行った研究手法を参考に、「研究」をもとに「中小企業」へのサポートを行い、さらに「中小企業」のフィードバックを得ながら「研究」を深めるという循環の取り組みを行っていきたいと考えています。そうした取り組みの中で学生たちが興味を持ち、東北の中小企業に就職したい人が出てくるならば、「研究→教育→人材育成→中小企業→研究」という循環も生まれます。このような循環が私の考える貢献のフレームワークです。

公認会計士として何ができるか?

藤沼 亜起写真藤沼氏:
公認会計士が震災からの復興のために何ができるかを考えると、まずサーバーの破壊や流失によって会計記録が失われ、苦労している企業が多いことから、会計帳簿の復元や財務諸表の作成等が挙げられます。税務上の優遇措置に伴う各種税務処理・申請、税務申告書の作成、今後の事業・経営計画の作成支援、資金計画およびキャッシュフローに関するサポート等も必要とされるでしょう。復興に際しての事業運営者と資金提供者間のアカウンタビリティの補完機能(監査、レビュー、合意した手続きの実施等)も、会計士が実行できる支援策だと思います。また日本赤十字社からは、寄付金の受け入れと使途についての監査を行ってほしいという依頼が会計士協会に寄せられています。

人的リソースとして、会計士協会の会員数および準会員数(2011年9月30日現在)は、 東北会(宮城、福島、岩手、青森、秋田、山形) の約336人に対して東京会(関東甲信越)には約2万1400人もいますので、東京会から被災地へ応援に行くことが可能と考えられます。また、被災地支援を準会員(試験合格者)の職業訓練の場として活用できないかという案も浮上しています。

地方都市は過疎化や高齢化の問題に直面しており、復興するのに従来のやり方ではなかなか難しい面があります。そこで同じ形態に戻すのではなく、大規模化して国際競争力を高めていくために、漁業・農業ファンドの創設や株式会社化による一次産業等の支援が必要と考えています。

経済インフラ(道路、鉄道、空港)については、改正PFI法の活用による、官民の総力を結集したPPP(Public -Private Partnership)が必要だと思います。また、地域密着型金融(債務者との長期的取引関係に基づく事業再生支援)の活性化、被災企業の債務の軽減策(事業を継続しながら負債を弁済し、事業を再建する)の仕組みを早急につくらなければなりません。

非営利組織による民間主体のパブリックサービスの発展を図るためには、資金拠出者が利益剰余の分配を目的としない組織であることから、目的事業が効率的かつ有効に達成できているかどうか、情報開示と説明責任を補完する独立した第三者としての公認会計士の役割が期待されます。義援金処理にかかわる妥当性の監査も含め、活躍することができると思います。

中小企業版IFRSの適用支援

日本の中小企業会計は、決算内容の正確性・妥当性、資産・負債の網羅性、税務に大きく影響されるといった点に問題が多いのが現状です。今後、特に東北の復興につながる企業を多くの資金提供者が支援するという意味においては、決算書は透明性が高く、企業等のリスク情報まである程度把握できるものでなければ役に立ちません。

たとえば、減価償却の未実施、時価情報の把握(有価証券、棚卸資産、固定資産の減損)や引当金計上(貸倒れ、賞与・退職金、製品保証)重要な契約や偶発債務の未記載といった点に問題があることが多いわけですが、中小企業版IFRSを適用することによって信用を補完することができます。

中小企業版IFRSは、Full IFRSが約3000ページであるのに対し、わずか230ページに簡略化されています。当面は会計士のサポートによって中小企業版IFRSを適用することは、東北地方の中小企業が海外展開する際にも大きな役割を果たすことでしょう。また国内のみならず、たとえばノルウェーの水産加工業との合弁会社を設立するなど、海外からの資金を呼び込むためにも、中小企業版IFRSは有効と考えられます。こうした取り組みによって、東北地方の一次産業あるいは中小企業が国際化し、資金を集めて早く復興してほしいという思いで本書をまとめました。

質疑応答

Q:

中小企業には適正な決算を行う能力が不足しているといわれる中で、まずは簡単な会計制度をとにかく普及させるのが先決という声が依然として多いと思います。そのような状況で、今回の大震災が中小企業版IFRSを普及させる契機となるのでしょうか。

藤沼氏:

中小企業版IFRSは、海外から資金を呼び込むという点でブランド力が高いといえます。会計のコンセプトは基本的に1つですから、従来の会計制度とそれほど異なるわけではありません。当面は会計士がサポートするという前提で導入を進めていけば問題ないと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。