世界経済と金融市場:今後の見通しと課題 失速する成長、上昇するリスク

開催日 2011年10月19日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 中沢 則夫 (RIETI研究調整ディレクター)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長 石井詳悟が、「世界経済見通し(WEO)」「国際金融安定性報告書(GFSR)」について講演します。

議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

減速する世界経済

石井 詳悟写真2011年9月の世界経済見通しと国際金融安定性報告書(GFSR)が発表されてから、これまで特に明るい動きもなく、今年はますます悲観的な状況となっています。4月のレポートでも2011年の後退は見通していたわけですが、先進国を中心として経済は予想以上に減速しています。 その背景には、予想していた在庫循環の終了と先進国を中心に始まった財政再建があります。それ以外の要因として、東日本大震災によるサプライチェーン寸断の影響が思った以上に大きかったこと、中東ならびに北アフリカにおける動乱によって石油価格が高騰し、経済活動に大きな影響をもたらしたこと、の2つが挙げられます。IMFでは、この2つの要因によって、今年の第2四半期の成長が約0.5ポイント下落したと推計しています。 その他に米国の経済を見ても、公的部門から民間部門への需要のシフトが予想していたほど進んでいません。さらにユーロ圏の深刻な金融危機によって投資家がリスクの高い資産から逃避し、実体経済に影響を及ぼしているのが現状です。 世界貿易は急激に落ち込んできており、新興国で鉱工業生産指数が急速に低下しています。世界経済は2011年第2四半期に入って減速しており、各国の経済成長の推移を見ると、サウジアラビアや中国、日本、インドといった一部の国ではトレンドを上回る成長をしていますが、全体では明らかに経済成長が低下してきていることがうかがえます。

ばらつく各国の経済成長

アジアはこれまで高い成長率が続き、非常に元気があるといわれてきましたが、今年の第3四半期に入り、先進国の景気低迷によって日本以外のアジア各国で輸出が落ち込んできています。日本は、サプライチェーンの回復により輸出が伸びています。アジア諸国の製造業PMI(購買担当者指数)で見ても、ニュージーランドと日本は最新の指数が3月時点の指数をすべて上回っています。やはり地震からの復興がその背景にあります。

消費者物価を見ると、食料・原油価格は今年の第1四半期まで上昇していましたが、その後下落に転じています。ただし、現在でも高止まりの状態にあります。それを反映し、特に新興国・途上国では、依然として高いインフレ圧力が見られます。これらの国では、世界経済が減速する中で、いかに成長を持続し、インフレを抑制していくかという、難しい政策課題に直面しています。

国際金融の不安定性リスクの上昇

株式市場は今年4月以降、大きく落ち込んできています。リスク回避度を見ると、リーマンショックの時に大きく上昇したシカゴのVIX指数が最近また急激に上昇しており、投資もよりリスクの低い資産へとシフトしています。日本の円高もそうした動きの1つです。またリスク回避志向の高まりによって、リーマンショック後、増大していた新興国への資本流入が最近は流出に向かっています。今後、こうした資本流出が新興国の経済活動に与える影響も懸念されています。

国際金融安定性に関しては、新興市場国リスク、信用リスク、マクロ経済リスク、市場・流動性リスクといったすべての指標において、最新のデータが今年4月の水準を上回っています。ただし、リーマン直後の水準にはいたっていません。金利水準などから見られる金融・ファイナンスコンディションは4月とほぼ同水準ですが、リスク選好は大きく減退してきています。

では、今回の危機とリーマンショックとの違いは何でしょうか。最新のLIBOR-OISスプレッドを見ると、ユーロ圏、米国ともにリーマンショック時のように拡大していませんので、銀行間取引に対する影響は小さいといえます。ただし銀行CDSスプレッドは、ユーロ圏ではリーマンショック時を上回る水準で上昇していますので、欧州の銀行のリスクに対する懸念が高い状況にあります。米国では、リーマンショック時ほど上昇していません。

欧州の銀行のリスク懸念が高まっている背景には公的債務危機があります。ソブリンCDSスプレッドを見ると、ユーロ圏ではリーマンショックの水準を大きく上回っています。米国では逆に、リーマンショックほど上昇していません。株式市場の変動幅もリーマンショック時ほど拡大していませんが、今後、欧州の金融危機の動向によってどのように推移するかを注視していく必要があります。

ギリシャのCDSスプレッドは、一時5000ベーシスポイントまで上昇した後、G20などの努力によって下落しだしたものの、依然として3000ベーシスポイントを上回る水準にあります。ポルトガルやアイルランドも比較的高い水準にあります。イタリア、スペイン、ベルギーのCDSスプレッドも低い水準にありますが、最近は大きく上昇しています。ギリシャの財政危機問題は、周辺国でも特に財政赤字の大きい国に影響を及ぼしています。

CDSスプレッドでみたソブリンリスクと銀行の信用リスクは、2010年1月に比べてどちらも400ベーシスポイントほど上昇しており、銀行の時価総額は33%ほど減少しています。また、ユーロ圏のソブリンリスクの高騰が欧州銀行部門の時価会計に及ぼした影響として、IMFの推計では、ソブリン債保有にかかわる損失は2000億ユーロに上り、欧州の銀行における自己資本の12%相当といわれています。さらに、ソブリン債だけでなく銀行の債券を含めた損失は約3000億ユーロに上ると推計されています。

このように大きな損失の影響で、欧州の銀行では資本の増強が必要になってきています。資本市場での効率のよい資本調達が難しいことが銀行間の資本調達にも悪影響を及ぼしており、ドル、ユーロ市場スプレッドは、リーマンショックほどではありませんが上昇に転じています。一方、米国マネーマーケットの推移を見ると、国内CP・CDS残高が急激に減少してきている状況です。

欧州の銀行与信成長率は各国とも縮小に転じており、アイルランドやスペインの銀行与信成長率は現在、マイナスとなっています。こうした銀行与信の低迷が実体経済に非常に悪い影響を与えています。

2012年の見通しも大幅に下方修正

9月に発表された世界経済見通し(WEO)における実質GDP成長率の見通しは、4月の数値を大幅に下方修正しています。米国は2011年の成長率が2.8%から1.5%となり、2012年に関しては2.9%と予想されていた成長率が1.8%に修正されました。ユーロ圏は、2011年は1.6%のまま修正はされていませんが、今後の金融危機の動向によっては下方修正もありえます。2012年については、1.8%から1.1%に修正されています。世界経済を見ると、2011年は4.4%から4.0%に、2012年は4.5%から4.0%にそれぞれ下方修正されています。

ベースラインとして、新興国の中でもアジアは依然として8%の実質GDP成長率を2011年から2012年にかけて維持することが見込まれていますが、前提条件として、次のような点が示されています。
(1)ユーロ圏の危機がコントロールできる範囲で収まること
(2)米国の景気刺激策と中期財政再建とのバランスを適切にとった政策運営が行われること
(3)グローバルな金融市場がこれ以上過度に不安定にならないこと
(4)銀行の与信条件がさらに厳しくならないこと

しかし、こうした前提条件に対しては、やはり下振れリスクが高まってきています。

なぜ、成長が鈍化してきているのでしょうか。IMFでは成長鈍化の要因として、「2つの再調整の遅れ」を指摘しています。1つは国内の再調整、もう1つは対外的な再調整です。

国内の再調整の遅れについては、特に先進国において、公的部門から民間部門への需要移行が実現されていません。財政刺激策から脱却し成長を維持していくためには、民間部門の需要を促進する必要があります。

対外的な再調整の遅れについては、大幅な経常収支黒字を抱える新興国において、外需依存の成長から内需依存の成長への移行が失速してしまいました。

景気循環調整後のプライマリーバランスの変化を見ると、財政再建の進展はある程度見られますが、健全化を達成するにはかなりの道のりが残っていることがうかがえます。米国の国内民間需要低迷の一番の要因は、やはり住宅市場の問題です。住宅の在庫残高は非常に高い水準に留まり、特に住宅価格がローン金額を下回るUnderwater Mortgagesが高止まりの状態となっています。家計の所得成長率は、これまで2.5%前後で推移してきましたが、最近はほぼ0%に近い状況です。賃金の上昇も殆ど見られません。こうした結果、消費が低迷し、公的部門から民間部門への需要シフトを妨げています。

対外的な再調整の状況として、経常黒字国と経常赤字国の不均衡は、リーマンショック直後は急激に縮小しましたが、それはあくまでも先進国の需要が落ち込み輸入が減ったことで経常収支赤字が縮小し、新興国では輸出が減ったことで経常収支黒字が縮小したわけであり、根本的な改善にはなっていません。そのため2010年に経済が回復を始めると、この不均衡も拡大しました。実効実質為替レートを一定として考えるならば、今後5年間は、このように対外的な再調整が殆どなされない状況が続くと予想されています。

再調整が進まない理由の1つは、やはり為替レートの調整の欠如です。また、世界の消費の伸びに対する各国の貢献度を見ると、先進国の消費依存度が依然として高いのが現状です。

世界経済は危険な局面に――急速に高まる下振れリスク

世界GDP成長率の見通しについては、やはり下振れリスクがここにきて急速に高まってきています。動向によっては2012年予測として4%の水準から2%を切る場合も想定されます。そうした下振れリスクの主な要因として、「ユーロ圏の危機の悪化」、「家計の過度な貯蓄」、「ユーロ圏以外へのソブリンリスクの波及」、「石油供給の不安」などが挙げられます。

また先進国のリスクとして、「成長率の低下」、「金融部門の弱体化」、「財政収支の悪化・財政再建の失敗」という、3つの悪循環が経済活動に悪影響をもたらしているのが現状です。新興国のリスクとしては、実質与信成長率を見ると、多くの新興国で銀行与信の伸びがGDP成長率を大きく上回ってきています。特にアジアの新興国や南米では、与信率の急速な伸びが不良債権の増加につながっていくことが懸念されます。

世界経済の回復を維持する上で、各国が強い政策措置をとっていかなければなりません。先進国では、成長を支える金融政策の継続、信頼できる中期財政再建計画、ユーロ圏の危機管理体制強化、欧州金融安定化基金(EFSF)の活用を含む銀行部門の資本増強といった措置が求められます。

新興国と途上国では、まずインフレ圧力の高い国では、引き締め政策が必要になってくるでしょう。ただし、下振れリスクが増大した場合は引締めを延ばすことも必要になるかもしれません。経常黒字国では、為替レートの切り上げ、ならびに内需を促進するような構造改革を進める必要があります。たとえば中国では社会保障制度の拡充、さらに金融部門の拡大を図り、家計部門に対するアクセスを改善していくことによって、予備的な貯蓄の過多を解消し、国内消費を促進することが期待されます。また、金融部門の脆弱化の解消が安定的な成長には不可欠です。

その他の措置としては、金融規制やマクロプルーデンシャル政策、IMFサーベイランスとグローバルファイナンシャル・セーフティネットの強化、国際金融システムと貿易システムの改革などが挙げられます。グローバルファイナンシャル・セーフティネットについてはG20などでも議論されていますが、今後どのような合意がなされるのか、非常に関心のあるところです。

追加的な金融・財政政策の出動余地は、特に先進国では限られてきています。難しい政策の選択に直面する一方、政策当局の問題解決能力に対する市場の信頼が低下していることは大きな問題です。今後、経済の回復を維持するには、各国が協調して大胆な行動をとる必要があります。

質疑応答

Q:

各国の政策協調は必要ですが、各国とも政治状況が難しく、協調も容易でない状況です。そうした中でIMFはどのような役割を果たしていくお考えでしょうか。

A:

IMFとしては、G20などの場において、経済成長のための各国の役割を強調しながら、適切な政策をとるよう説得していくことが重要と考えています。同時に、グローバルファイナンシャル・セーフティネットの確立が重要視されています。これに関してですが、2010年に合意した2012年末のIMF資金増加を承認するようIMFは各加盟国に働きかけています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。