天下大乱 ~日本の生き残り策

開催日 2011年9月21日
スピーカー 滝田 洋一 ((株)日本経済新聞社 編集委員)
モデレータ 野原 諭 (経済産業省 経済産業政策局 調査課長)
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開催案内/講演概要

バブル崩壊後の米欧で、長期停滞を意味する「日本化」が語られ出した。それは、米欧がバランスシート調整の厳しさを実感しだしたことを意味する。危機は現在進行中であり、欧州は恐慌前夜ともいえる。そんななか、日本はどう生き残るべきか。あえて、利己的に語りたい。

議事録

揺らぐ欧州の金融システム

滝田 洋一写真
昨日、英国のフィナンシャル・タイムズが速報でショッキングなニュースを伝えました。ドイツの大手重機メーカー・ジーメンス社がフランスの大手銀行から預金を引き出し、欧州中央銀行(ECB)に預け替えたというのです。つまり、フランスの大手銀行の信用度には疑問符がつくと判断したわけです。日本で山一證券と北海道拓殖銀行が破たんした後、預金の取り付け騒ぎが起こった状況を思い起こさせる事態です。

ロイター通信によると、中国銀行(Bank of China)がフランスおよびスイスの大手銀行との為替スワップ取引を停止しました。これは資金取引においても、リスクに敏感になっている行動の表れといえるでしょう。一方で、イタリア政府が国債の引き受けを中国に打診したというニュースが流れましたが、中国政府は欧州の財政危機に対して積極的に支援すると表明しています。

スタンダード・アンド・プアーズは今月、イタリア国債の信用格付けを1段階引き下げ、「A(シングルエー)」としました。日本国債も今年1月に格下げされましたが、それでも「AA-(ダブルエー・マイナス)」ですから、イタリア国債はなかなか厳しい状況にあることがわかります。

その発端はギリシャ問題です。ギリシャの財政悪化が深刻化する中、その対応をめぐって欧州各国による小田原評定が続き、ドミノ倒しに欧州の国々へリスクが波及しています。「ギリシャ公的部門向け与信残高(出所:BIS国際与信統計)」を見ると、2010年末現在、ドイツとフランスの銀行がギリシャ向けに多く貸していることがわかります。さらにPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の債務残高も膨んでおり、リスクの波及が懸念されています。

そして2010年10-12月期には、ドイツやフランスの銀行がギリシャ向けの与信を引き揚げています。ポルトガル向けやアイルランド向けも同様で、2011年1-3月期の集計を見ても、このような傾向は続いています。加えて、最近はイタリアからドイツの銀行が資金を引き揚げていますが、イタリアにはフランスの銀行が追い貸ししています。そして、ドイツからフランスの銀行が資金を引き揚げたということで、まさに椅子取りゲームの状況になっています。

特に、イタリアとスペインに焦点が当たってきたことの意味は深刻です。中央政府債務残高はイタリアが欧州で最も多く、フランス、英国、ドイツ、スペインの順になっています。ユーロ圏名目GDPの構成比を見ても、ドイツ(27.2%)、フランス(21.0%)、イタリア(16.9%)、スペイン(11.6%)の順になっており、大きな割合を占めるイタリアに万一の事態が起これば、欧州の金融システムが相当揺れることが予想されます。

欧州リスクの拡大

2010年5月のギリシャ危機を踏まえて、ユーロ圏諸国の資金支援を目的として、欧州金融安定基金(EFSF)がつくられました。このEFSFに対しユーロ圏の17カ国が4400億ユーロの政府保証を与えています。その政府保証を裏付けに、EFSF が債券の発行で資金を調達し、条件を満たすユーロ圏参加国に対して融資を行う仕組みをつくっています。しかし残念なことに、うまく機能しているとはいえない現状があります。

ドイツやフランスの銀行が資金を引き揚げていることから、ギリシャには公的な資金のパイプしか残っていません。政府向けにはEUやIMFを通じた融資が行われていますが、銀行や民間企業に対しては、欧州中央銀行(ECB)がギリシャ国債を担保に資金供給オペレーションを行っています。ECBはギリシャ向けのオペレーション残高を公表していませんが、ギリシャ側の統計を見ると、1000億ユーロに上ることが推察されます。これはギリシャの経済規模(2010年の名目GDPは2302億ユーロ)から見て、相当大きな金額です。

なお、ECBが行っている国債を担保とした固定金利による資金供給オペレーションの総額は約5000億ユーロ相当ですが、うちPIIGS向けが3700億ユーロを占めています。全体の約75%が問題国向けの融資になっているわけです。これを日本に当てはめて想像するならば、日本銀行による資金供給オペレーションの75%が山一、拓銀、長銀、日債銀向けであるような事態といえるかもしれません。それほど厳しい状況なのです。

しかし、それだけではありません。ECBは国債の買い入れも始めました。その総額はすでに7000億ユーロを超えています。現在も毎週100億ユーロの水準で国債を買い入れていますが、主にイタリアやスペインの国債が対象といわれています。こうした状況が何を意味するかというと、ユーロ圏の資金繰り、特に問題国の資金繰りがつかなくなっているということ、そして国債の買い手がいないということです。また、民間向けの資金繰りはECBが丸抱えしているのが現状と思われます。

BISによる「政府の信用リスクが銀行の資金調達に及ぼす影響(2011年7月)」を見ると、各国銀行の相互関係として、周辺に属するPIIGS諸国へ資金を貸し込んでいるフランス、ドイツ、英国、スイスといった国々は、世界の金融市場の中核国として存在しています。そして米国は、フランスをはじめ欧州主要国に対してMMF(マネー・マーケット・ファンド)といった形で資金を供給しており、さらにドイツやフランスの銀行は、その他の世界へ投融資として資金を供給しています。これが世界の資金フローの全体図といえます。

同じくBISは「政府による見えざる銀行部門支援」として、政府支援による格付けのかさ上げ分について分析しています。それによると、フランスの大手4行は3.8ノッチ(段階)、ドイツの大手2行は2.0ノッチ、かさ上げされています。また、ドイツは地方分権が進んでいるため地方銀行が多いのですが、ドイツのその他商業銀行は5.3ノッチ、中小銀行は5.4ノッチも下駄を履いていることになります。一方、スペインの大手2行は2.0ノッチ、イタリアの大手5行は3.0ノッチと相対的に低くなっています。

欧州リスクの拡大がもたらす影響

それでは今後、どのような影響が考えられるでしょうか。実体経済との関係でいま懸念されるのは、やはり信用危機であり、貸し渋りの問題です。冒頭、シーメンス社がフランスの大手銀行から預金を回収したと言いましたが、当然、預金の引き揚げに直面した銀行は、企業や家計に対する貸し出しを絞るようになるでしょう。それは日本の山一・拓銀が破綻した後、日本でも見られた現象です。

金融仲介機能に占める銀行の比率は、直接金融の比率が高い米国は3割に留まっていますが、欧州では8割を占めています。その欧州において銀行の機能が低下すれば、当然ながら貸し渋りを通じて実体経済を押し下げる影響を及ぼします。ここが今後の経済を見ていく上で、重要なポイントだと思います。

昨日発表されたIMFの世界経済見通し(World Economic Outlook)では、米国や欧州の実質成長率がそれぞれ1.0%台に下方修正されています。特に、ユーロ安で輸出が好調なドイツやオランダといった一部の国を除き、欧州のほとんどの国々の成長が落ち込んでいるということは、やはり景気が相当下振れしていることを意味します。さらなる貸し渋りが懸念されるので、早急に手を打つ必要があるでしょう。

米国の潜在成長率は低下している

米国については、やはり住宅バブルの影響が非常に大きかったといえます。「住宅バブルで振幅した米国内総生産(GDP)の推移(出所:セントルイス連銀)」は、日本でバブル崩壊を経験した私たちにはお馴染みの図だと思います。住宅バブルによって右肩上がりに押し上げられた成長率は、バブルが崩壊すると急落しています。

ここで重要なのは、バブル崩壊によって米国の潜在成長率が下がったのではないかという議論です。このセントルイス連銀が作成した図では、米国の潜在成長率は年1.75%程度になっています。それまでの米国の潜在成長率は年2.5~3.0%といわれていたわけですから、これまでとは違う状況が米国で現実になりつつあるということでしょう。それが9.0%を超える高い失業率の背景にもなっているのだと思います。

復旧・復興予算19兆円の使い道

次に日本についてです。よく「停滞の20年」とか「失われた20年」などといいますが、経済が“停滞"で済んでいるのはむしろ上出来ではないか――と私はいろいろな人に冗談半分で話します。1955年から2011年第2四半期までの日本のGDPの推移をみると、リーマンショック以前の2008年第1四半期の日本の名目GDPは517兆円でした。ところが2011年第2四半期は462兆円です。つまり、3年間で名目GDPが55兆円も減少しているわけです。世界恐慌の時の米国はGDPが25%も落ち込んだそうですが、日本もひけをとらない状況です。

「経済成長が先か、財政再建が先か」という議論がありますが、その前に最低限、過去のピークの水準辺りまでGDPを戻しておかなければなりません。社会保障制度のもとになる資金が無くなっている状況だからです。成長戦略を云々する以前に、日本は名目GDPが1割強も減っている現状をどうやって建て直すのか、議論していかなければなりません。

政府税調などで財務省が示している資料によると、阪神大震災の被害額は9.9兆円(兵庫県推計)ですが、国費および地方費で投入した復旧・復興のための費用は9.2兆円(推計)でした。今回の東日本大震災の被害額は16.9兆円(内閣府推計)ですが、それに対して少なくとも19兆円を国費および地方費で投入することになっています。

GDPが大きく落ち込んでいるのは問題ですが、世界的な緊縮財政がさらに景気を悪くするという悪循環の中で、日本はこの19兆円をうまく使うことで、少なくとも今下期から来年度にかけては、東日本大震災で大きく落ち込んだ分、経済を下支えすることができると考えられます。つまり、この19兆円の使い方が、メッセージとして重要な意味を持ってくるということです。

ちなみに19兆円というのは、日本の名目GDPが462兆円まで落ち込んだことを考えると、かなり比率が高いことは直感的におわかりいただけると思います。また、宮城県、岩手県、福島県の県内GDPは3県合わせて20兆円ですから、それと同じ規模を復旧・復興投資として投入することになります。いかに知恵を絞った投資ができるか、いままさに試されていると感じます。

その具体的な使い道ですが、集中復興期間(5年間)の復旧・復興予算(国・地方の公費分、計19兆円程度)の内訳は、「(1)救助・復旧事業」に係る予算が10兆円程度、「(2)復興に向けた事業」に係る予算が少なくとも9兆円程度、となっています。そして特徴的なのは、(1)のうちガレキ処理・インフラの復旧等に6兆円程度、(2)のうち「地域づくり」等のインフラ投資・ソフト事業に8兆円程度、すなわちインフラに関する投資が合計で14兆円に上るということです。毎年の歳出予算における公共事業は7兆円ですから、その2年分に相当するインフラ投資が東北で行われるわけです。これを戦略的に使っていくことが課題になってくると思われます。

列島強靭化――災害に、競争に、強い国へ

台風15号の影響で、愛知県では100万人に避難勧告が出されたそうです。台風で100万人とは、これまであまり聞いたことがありません。日本を襲う自然災害が激甚化していることもあるかもしれませんが、日本列島の自然災害に対する脆弱性を多くの人が自覚しはじめていると思われます。

最近、『列島強靭化論』という言葉を聞きますが、東北に限らず国土全体を災害に強くしていくのは、立派なメッセージ性のある投資だと思います。また、競争力を維持するための投資も重要なメッセージ性を持つと思います。少なくとも今年度後半から来年度の経済についてはプラス成長が見込まれているので、そのはずみをうまくつくれるかが試されています。

質疑応答

Q:

欧州金融危機の新興国経済への波及について、さらにそのグローバルな解決策について、どのようにお考えになりますか。

A:

欧州の金融機関による新興国向けの融資規模は大きく、先ほど各国銀行の相互関係についてお話しした際の「その他世界」とは、主に新興国のことです。そういった新興国向けの資金のパイプとして、米国、ドイツ、英国、フランスの役割が非常に大きくなっています。こうした国の調子が悪くなれば、資金のパイプも細くなってしまうことは明らかです。

では、どのような解決策があるかというと、たとえば日本では、円高を生かした新興国への投融資がどの程度増えるかが重要なポイントになってくるでしょう。また国際金融においても、他者の危機を自らの戦略に組み込んでいくことは重要な観点です。たとえば、日本の銀行が不良債権で困った時に、資産を安値で買い叩かれたことも多かったわけです。

したがって、欧州の銀行が資産を手放さざるをえない局面において、邦銀が積極的にそれを引き取るというのは重要な経営戦略になると同時に、一種の国際貢献にもなるのではないかと思います。またM&Aや対外投資をする時に、外貨準備を使ってサポートしていくといったスキームも1つの考え方だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。