都市のソーシャル・キャピタルとハッピネスを分析する -都市・新潟における新概念の可視化-

開催日 2011年9月16日
スピーカー 千田 俊樹 (新潟市都市政策研究所 主任研究員)/ 玉村 雅敏 (新潟市都市政策研究所 客員研究員/慶應義塾大学総合政策学部 准教授)
コメンテータ 上山 信一 (新潟市都市政策研究所 所長/慶応大学総合政策学部教授)
モデレータ 森川 正之 (RIETI理事(兼)副所長)
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開催案内/講演概要

最近、公共政策や地域戦略を考える手がかりとして「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」や「ハッピネス」の概念が脚光を浴びる。背景には安心・安全、人と人のつながりの重視や地域の持続可能性に対する不安がある。だが実際の政策現場ではこうした考え方に基づく実態分析や課題発掘はあまりなされてこなかった。

新潟市の都市政策研究所では、この問題に挑戦し、新潟市が置かれた状況の説明と今後に向けた可能性の"見える化"を試みた。今回は、その実証研究の成果と他地域でも応用可能と思われる手法を解説したい。

議事録

はじめに――GDPに代わる行政評価の指標

玉村 雅敏写真玉村氏:
「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」と「幸福度(ハッピネス)」に関する可視化手法や、その活用方法について研究開発をし、実際に政令指定都市の力も活用して、さまざまな定量分析を行っています。

都市の幸福度を可視化する――。日本をはじめとした先進諸国では、GDPなどでは測れない、いわゆる「幸福度(ハッピネス)」の評価が定期的に論点となってきましたが、どうしても抽象的・理念的になりがちで、政策形成や地域経営にはなかなか活かせないことが多くありました。また、「幸福度(ハッピネス)」というのは、本来、個人個人の領域に関わるものであり、行政としては扱いにくいものでした。 ですが、生活に密着した都市政策や都市経営を考える上では、都市の「成長」などを考えるのと同様に、都市の生活実感としての「幸福度」を把握し、高めていくことは重要な要素です。そこで、総論的・理念的に考えるのではなく、実際の都市経営に利用する前提で、「ハッピネス」の観点から都市の姿を確認し、都市の実像や課題を可視化してみるのが今回の試みです。 加えて、実際の政策に繋げることを念頭に「社会関係資本」の役割にも着目しました。言葉のとおり、「社会関係」すなわち「つながり」や「コミュニティ」の力を、価値を生み出す源泉として「資本」と捉えるものですが、他国の先行研究においても、社会関係資本と行政のパフォーマンス、住民の幸福度との間には強い相関関係が認められています。

都市の幸福度を可視化する

千田 俊樹写真千田氏:
幸福度は主観的なもの。その捉え方は人それぞれです。実は日本には、幸福度を測る指標として、旧経済企画庁が開発した「新国民経済指標」(「豊かさ指標」)がありますが、これは非常に精緻でありながら「生活実感に合わない」という批判も受けています。そこで当方では、「ライフステージ」に着目した新たな幸福度の測り方について検討してみました。

人は誰でも生まれてから「幼少年期」を経て大人になり、「壮年期」、そして「高齢期」を迎え、死に至るというライフステージを辿ります。それぞれの段階において、誰にも共通する生活課題があると思います。たとえば、幼少年期では「早世しない」、「周囲から温かく見守られながら育つ」、「不登校になったり、非行に走ったりしない」、「将来必要な知識、教養を身に付ける」といったことが課題となります。「壮年期」では、「安全・安心の地域社会」の中で「子どもを産み、育て」、「温かい家庭を築く」ことが課題になると思いますが、その際に必要となるのが「やりがいのある仕事」と「経済的ゆとり」です。さらに、仕事以外の「社会とのつながり」を育むことも重要な生活課題となります。そして「高齢期」においては、「孤独を感じることなく」、「心身とも健康に長生きする」ことが重要な生活課題となります。こういった各ステージの生活課題を満たすことがすなわち幸福度であると捉えて、その到達度を間接的に示すものとして、5つの評価軸のもと30項目の社会指標を設けました。いずれも、施設の数といった投入(インプット)の指標ではなく、成果(アウトカム)の指標となっているのが特徴です。

これらの社会指標を用いて政令指定都市17都市を比較したところ、新潟市、静岡市、浜松市といった地方圏の後発政令指定都市が相対的に幸福度の高い結果となっています。特に新潟市は、30指標中18指標が上位5位以内に入るなど、幸福度が相当高いことが示唆されます。

(子ども軸)
政令指定都市のうち、待機児童数がゼロなのが新潟市と北九州市です。不登校児童数は都市間で大きな隔たりがあります。少年犯罪は、西日本で比較的多い「西高東低」の状況となっています。また、新潟市の場合、中学卒業生の高校進学率は1位ですが、高校卒業生の大学進学率が低く、その意味で京都市(高校進学率17位、大学進学率1位)とは対照的な結果となっています。

(安心・安全、家庭軸)
犯罪と火災の発生率のうち、犯罪については「西高東低」の状況となっています。新潟市は離婚率が最も低い一方で、事故による死者数や自殺者数が多いという問題も見られます。

(経済軸)
先述の幸福度が比較的高いと見られる新潟市、静岡市、浜松市は、いずれも女性の就業率が高く、生活保護世帯割合が低くなっています。特に新潟市に関していえば、1人当たり所得がそれほど高くないにも関わらず生活保護世帯が少ないというのは、大きな発見です。

(連帯、信頼軸)
新潟市は、自治会・子ども会・老人クラブの加入率のいずれでも上位(1位、1位、2位)を占めています。NHK受信契約率(受信料を払っている世帯の率)が最も高いことも特徴的です。それだけルールを守る市民が多いということですが、それは「他の人間も守るから」という信頼感からきていると思われます。社会関係資本の議論とも関係しますが、「自分1人ぐらい守らなくても」と思う人が増えると「正直者がバカを見る」社会になっていきますが、新潟市はその状況から一番遠い位置にあります。

(高齢者軸)
浜松市と新潟市は独居老人の割合が低く、また独居老人の割合が低い都市ほど平均寿命が長いという結果が出ています。

ただ、興味深いことに、新潟市は「1人当たり所得」も「財政力指数」も決して高くありません。つまり、これらのインプットの指標と幸福度とは必ずしも相関しないということです。

社会関係資本を分析する

玉村氏:
ここでは、社会関係資本を「個人間のつながり、社会ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性」と定義する、米国の政治学者R.パットナムの研究を軸に説明します。

パットナムがまず着目したのは、各州で同じ制度・政策が実施されていながらも地域間格差の大きいイタリア。その20州の「市民共同体指標」を算定し、「行政パフォーマンス(政策効果)」との関連を検証しました。その結果、市民共同体指標が高い地域ほど、行政パフォーマンスが高いという観察が得られたのです。

さらに、米国では社会関係資本の指標を作り、算定した上で、住民の幸福度との相関関係を検証しました。そこでも、社会関係資本の豊かな州ほど、たとえば、子どもが恵まれた環境にある可能性が高いことや、教育達成度や健康度も高い可能性が高いことなど、幸福度が高い結果となっています。

千田氏:
パットナムの研究を手がかりに、当方でも新潟市の8つの区を対象に、社会関係資本と住民の幸福度との関係を定量的に分析してみました。

その際に使用したのは、「新潟市1万人アンケート調査」という既存データです。具体的には、「市(町・村)政についての関心度」、「市(町・村)制への住民参加の意向度」、「文化活動やスポーツ活動への参加の機会」の3点に着目し、その評価点(0~3点)の相加平均を社会関係資本指数として算出しました。これと比較する幸福度指標として、「子育てのしやすさ」、「学校教育や青少年の健全育成」、「保健・医療体制」についての現状評価と、「現在居住する地域への定住意向度」を各区で点数化したところ、社会関係資本の充実度の高い区ほど住民の幸福度が高い傾向にあることがわかりました。

社会関係資本を増幅する「社会活動」――新潟市の例

玉村氏:
既存の研究から、社会関係資本にはいくつかの特性が指摘されています。加えて、我々は、資本とは「ストック」であるため、そのストックを蓄積することになる、「フロー」の役割にも着目することにもしました。そこで、これらを踏まえて、社会関係資本の特性として、以下の点を設定しました。

1.社会関係資本が充実するとハッピネスは高まる
2.社会関係資本の本質は(1)信頼性、(2)互酬性の規範、(3)社会的ネットワーク
3.社会関係資本(=ストック)は社会活動(=フロー)を介して蓄積する

すなわち、社会活動が効果的かつ持続的に機能すれば、信頼性、互酬性の規範、社会的ネットワークが充実し、社会関係資本が蓄積され、住民の幸福度が高まる、という道筋が描けると思います。その考えに基づき、新潟市役所や区役所の力を用いて、丹念な調査研究を行いました。

千田氏:
まず、新潟市4区(北区、南区、西区、西蒲区)の社会活動計176件を洗い出し、その中から社会関係資本を産み出す効果が高いと見られる23件を抽出、関係者38名に対して詳細なインタビュー調査を実施しました。

社会活動が効果的に社会関係資本を産み出すには、いくつかの条件が必要です。1つ目は、「活動へのコミットメントを高める誘引が備わっている」こと。具体的には、個人が大切にされている、楽しさがある、成果が社会貢献度と主観的達成度の両面で実感できる、ということです。2つ目は、「メンバー同士が相互に貢献する暗黙のルールが備わっている」こと。3つ目は、「活動の中に世代を超えた貢献の要素がある」こと。さらに4つ目として、「他の団体、個人とアライアンスが組まれている」ことがあります。上記の23件はだいたい4つの要素をすべて備えています。さらなる共通の特徴として、少子高齢化にも関わらずメンバー数を増加・確保できていること、既存の社会活動を基盤に新たな活動を産み出していることなどがいえます。

これからの都市経営への意味合い

これからの都市経営の決め手は、やはり幸福度。これまでは概して個々人の幸せよりも、経済全体の規模拡大が重視される傾向にありましたが、その傾向が変わりつつあります。

そこで当方では、Gross Domestic Product(GDP)に代わる都市経営の指標として、Net Personal Happiness (NPH)を掲げています。用語としてはまだ市民権を得ていませんが、その考え方はこれからの都市経営の新たな「豊かさ」の基本になると考えています。

コメント

上山 信一写真コメンテータ:
新潟市が政令指定都市となった当初、市役所に都市政策研究所を置くことになりました。その所長(非常勤)として私はこの5年間、新潟市について考えをめぐらせてきました。新潟市は市の面積の4割が水田ですから、従来型の都市政策は通用しない。そこから一連の模索が始まりました。

最初に着手したのは、「水田を維持しながら都市開発できるか」という問題。それから、「車依存(車が無いと自由に動きにくい)」の問題です。それで最初の2年間は「水田」と「車」との格闘に費やしました。そのうちに、「新潟の実力、底力」が逆に明らかになってきました。

玉村先生と私は、10年以上前に青森県の「地域」の状況を評価するプロジェクトで一緒に仕事をした経緯があります。そこで使われた行政評価の手法が新潟でも使えると考えました。そこから今回の研究が発展してきました。

新潟に限らず日本の都市で、右肩上がりの成長戦略を描いても限度があります。そこで、GDPに代わって追求すべきものとして、市民が幸せに暮らすための要件――持続可能性、雇用、環境、郷土愛といったソフト面――に着目しました。つまり、Gross(総)ではなくNet(純)、Domestic(国)ではなくPersonal(個人)、Product(経済)ではなくHappiness(幸福度)、すなわちNet Personal Happiness(NPH)という考え方です。

その考えに基づき各都市のデータを集めて検証してみたところ、幸福度において新潟市はかなり点数が高かったのです。さらに、この結果を「日本海側の特徴」、「新興政令指定都市の特徴」などの切り口で見ると、非常に興味深い考察が得られました。またA.トクヴィルやJ.S.ミルを紐解くと、中間的社会団体が多く、人々が集まる活況のある社会は、民主的でありかつ革新的である、といった主張がなされています。この原点に立ち返ってみると、日本海側にある一見静かな都市が、実は活性度が非常に高いという像が見えてきました。実際、新潟市役所の職員の多くが土日は社会活動に勤しんでいます。こうした現象も先述の社会関係資本指数の高さにつながっているのでしょう。そこから、新潟の幸福度の分析につながっていったのです。

この研究はまだ途中ですが、全国のこれからの地域政策を考える上でも重要な手がかりになると期待しています。いずれは社会指標の成績が振るわない大阪市などの先発工業都市の再生のヒントになるかもしれません。

質疑応答

Q:

社会関係資本と幸福度。これらと住民の同質性との関連はあるのでしょうか。また、今回の調査の政策的意味合いとして、新潟市の幸福度が高いことは、住民誘致にもつながるでしょうか。

玉村氏:

確かに、住民の同質性が高いと自然と信頼しやすい環境が生まれる点はありますが、同質性の定義の問題もあって、今回の研究では具体的には検討していません。今後の課題になると思います。

千田氏:

幸福度が高いことによる誘致効果はあるとは思いますが、新潟市民は宣伝ベタな面があります。自分の良さを自覚しない。そうした意味で今後は「良さ」を発信する努力を強化する必要があると思われます。

玉村氏:

同質性の一方で、他の地域と連携して伝統的なお祭りを維持する例などに見られるように、「外部の人間が入り込んで、活動しやすい」ことも、社会関係資本の蓄積にプラスに動くとみられます。

Q:

社会関係資本が強い、すなわち地域社会が強いことは、裏返してみると、排他性が強いことをも意味します。別の要素として、「外への開放度」があるのではないでしょうか。たとえば、新潟市は、かつて交通の要所だった歴史的経緯から、「外部のものを受け入れる」風土もあると思われます。

千田氏:

私も最初は新潟市に対して閉鎖的なイメージを持っていましたが、実際に調査をしてみて、武蔵野美術大学と隔年で美術展を共催したり、越前浜地区に他地方からの芸術家を受け入れたりするなど、意外にも外部と活発に交流していることがわかりました。やはり、そこには米の集積場だったかつてのDNAがあるような気がします。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。