2011年版中小企業白書―震災からの復興と成長制約の克服―

開催日 2011年7月11日
スピーカー 星野 光明 (経済産業省 中小企業庁 事業環境部 調査室長)
モデレータ 中田 大悟 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

2011年3月11日に発生した東日本大震災により、中小企業は、津波、地震による産業基盤の壊滅、工場、店舗の損壊、原子力発電所事故による事業活動の停止等の甚大な被害を受け、取引先の被災による事業の停滞や消費マインドの低下、販売減少等による影響が全国的に波及することになった。

こうした足下の厳しい状況を踏まえ、2011年版中小企業白書では、最近の中小企業の動向及び震災の中小企業への影響を分析した。そして、震災でも改めて認識された我が国の経済社会における中小企業の重要性を示し、我が国の経済成長を担う中小企業の復興・発展の方向性を探ることを試みた。

議事録

星野 光明写真「中小企業白書」は4月末に国会報告を行い、5月にRIETIで話すのが通例でしたが、今年は東日本大震災により、少し遅れての報告となりました。白書自体も、従来準備していたものに加えて震災の分析をかなり多く載せましたので、例年と比べて1割以上ページ数が多くなっています。

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、国内観測史上最大のマグニチュード9.0を記録。昨年度から続く円高や原油高による影響から若干回復を見せ始めた矢先の大災害となりました。津波と火災は多くの被災者を出し、福島原発事故の影響は国内外に大きな波紋を広げています。中小企業も、津波と地震による産業基盤の壊滅、工場、店舗の損壊、原子力発電所事故による事業活動の停止などの甚大な被害を受けています。こうした状況を踏まえ、今年の中小企業白書を見ていきたいと思います。

震災後の中小企業の動向

中小企業の業況は、総じて持ち直しの動きが見られていましたが、震災が発生した3月を境に大幅に悪化。地域別、業種別の景況DIは-26.3%から4~6月には-34.8%と、-8.5ポイント下落し、これは史上2番目の下げ幅となりました。特に東日本で大幅に悪化しています。業種別では、輸送機械工業の低下が著しく、こちらは過去最大の下げ幅で低下しています。資金繰りDIも、第1四半期の時点ではリーマンショック前の水準以上に回復していましたが、震災により悪化しました。倒産件数もこの4カ月で178件に上っています。とりわけ震災関連の倒産は、阪神・淡路の時の件数を4カ月ですでに超過しており、今後も増え続けると懸念されています。円高の進行や原油価格の高騰などによる影響も増加しており、政府としては、中小企業支援策をしっかりと講じていかなければならないと考えています。

東日本大震災では、地震、津波、原子力発電所事故、電力供給制約などのさまざまな事象が生じ、これらが複合的に結びつき、中小企業に広範かつ甚大な被害を与えました。具体的にいうと、津波の影響を受けた地域には約8万社、地震の影響を受けた地域には約74万社、原子力発電所事故の避難区域などには約8000社、東京電力管内都県には約145万社の中小企業が存在しています。

津波により影響を受けた沿岸地域では、主要産業である漁業・食品加工や地域社会の基盤が壊滅的な被害を受けました。その他、津波の被害がなかった地域でも、建物や設備が損壊したほか、千葉県などでは地盤が液状化したところもあります。物流網が寸断されたことから、原材料の調達や商品の配送が行えず、中小企業や商店に大きな影響が生じました。原子力発電所事故の避難区域などでは、企業の事業活動が継続困難となり、先行きの見通しが立たない状況となっています。

また、被災地域には製紙工場や自動車などの機械部品・化学部品工場も集中しているため、サプライチェーンを通じて日本全国に影響が広がりました。さらに、震災直後から消費マインドが急激に低下したことにより、小売・旅館などのサービス業を中心に、取引が困難となる事態が発生しました。これらの影響を受けた中小企業に対し、金融支援、雇用・経営支援、風評被害への対応支援などを実施するとともに、仮説店舗・仮説工場の整備など、さまざまな特別支援を進めています。

震災で再認識された中小企業の重要性

中小企業は、我が国の企業数の99.7%、雇用の約7割を占めています。特に、中小製造業は製造業全体の付加価値額のうち約5割を生み出しており、その役割は重要です。たとえば輸送用機械器具製造業では、大手自動車メーカー(セットメーカー)十数社を、100~200社の自動車部分品・付随品を製造する中小企業が支えています。その中核的な中小企業の生産が震災により停止したことでサプライチェーンに影響が及び、自動車の生産台数が激減、国外でも欧米工場が生産を停止するなど、産業を支える中小企業の重要性が改めて認識されました。

毎日の生活における中小企業の役割についても同様です。中小小売業は、小売販売額の約7割を占め、身の回りの飲食料品や石油・ガスなどの生活必需品の供給を担っています。とりわけ、中小の小売店が集まる商店街は、消費者の多くが生活に不可欠な製品・サービスを提供するものと認識しています。被災地でも、地域住民の生活を支えるべく、商店街がいち早く営業を再開しました。

近年の人口減少とともに、国内需要の縮小や大規模店との競争などにより、被災地域も含めて中小小売業は減少しています。いかに需要を獲得していくかが今後の課題です。商店主は「魅力的な店舗の充実」や「担い手の育成」をニーズに挙げているのに対し、消費者は「客層に応じた顧客ニーズの把握」や「地域独自の商品サービス」を望んでおり、そのギャップをこれから埋めていく必要があります。

中長期的な課題への取り組み

リーマンショック以降、「景気対応緊急保証制度」が約85万社の中小企業に利用され、「中小企業金融円滑化法」の貸付条件の変更実績も約120万件に上りました。結果、急速な景気後退にも関わらず、中小企業の倒産やそこで働く人々の失業を防ぐことに成功しました。

そして改めて、震災後の景気後退や深刻化した構造的課題の中、中小企業の良さを維持していくには、資金繰り対策、事業引継ぎ、事業再生、地域密着型金融などの必要な支援を講じていく必要があります。

とりわけ重要なのが「事業引継ぎ」です。近年、中小企業、特に製造業を中心に事業引継ぎ件数が減少傾向にありますが、これまで培った技術を絶やさないために、親族外でも企業の経営資源を確実に引き継いでいくための支援策を講じています。この施策を追加した「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」が7月1日から施行されています。

また、「事業再生」は、苦境に陥った中小企業が債権者と適切な調整を行うことで、倒産せずにうまく調整を図っていくための支援策です。再生にあたって問題とされる点は、金融機関が経営者の経営改善に対する意欲の弱さを挙げていることです。個人保証も再生の障害となっていることから、民事再生法をうまく活用して業績回復につながればと考えています。

中小企業からは、震災にかかわらず、地域金融機関に資金繰りを中心としたさまざまな相談が寄せられています。地域密着型金融の役割も今後の中小企業の復興・発展に不可欠です。もちろん、地域金融機関は地元企業と密接な関係を持っていますが、「新規分野への進出に関する相談」を求める中小企業と「経営計画の作成に関する相談」を重視する金融機関とのニーズのズレを調整しながら、今後の効果的な支援につなげていくことが望まれます。

中小企業が経済成長を実現するためには

多くの中小企業が被災した中で、エネルギー供給制約、国内需要の収縮、グローバル競争の激化などの震災前からの課題がより深刻化しています。こうした中で、中小企業が経済成長を実現させていく上で必要な取り組みを挙げてみました。

1.経済の新陳代謝や雇用を創出する起業・転業
一般的に、日本は開業率・廃業率が非常に低いといわれています。それでも起業を希望する者は07年で100万人以上となっていて、中でも60歳以上の割合が増えています。業種別では、情報通信業や医療・福祉産業といった分野が高くなっています。製造業では、20年前以降に起業した事業所が約45%を占めています。総じて、新規企業の売上高は既存企業に比べて高い成長を示し、開設事業者でより多くの雇用が創出されています。

また、転業については、近年は卸売業と小売業、卸売業と製造業の間の業種転換が多く、製造業内では、金属製品と一般機械の間、一般機械と輸送用機械器具の間の業種転換が多く見られます。転業は経済の新陳代謝を促進しますし、積極的に転業した事業所では売上高や経常利益が成長するなど、企業の成長につながります。起業・転業にあたって課題となるのが資金調達と人材確保ですが、成功するには過去の経験や人脈、販売先の確保に重点を置きながら、起業・転業ともに地に足の着いた着実な事業を行うことが重要です。

2.より効果的に労働生産性を向上させる
中小企業は、労働生産性を向上させるための課題として、過去に比べて売上げの減少、国内市場の収縮、費用削減の困難化を挙げる割合が高く、このような中で、顧客数拡大、顧客単価上昇、人材確保・育成、技術革新が重要であるという問題意識を持っています。しかし、これらの取り組みは、自動化、省エネ、IT化、業務工程改革といった取り組みと違い効果を実感するまでに時間がかかるため、重要性を理解しながらも自力で実施するには難しい場合もあります。支援機関はこのニーズを踏まえ、効果的に支援していくことが重要です。

3.国際化と国外の事業機会の取り込み
国際化している中小の輸出企業は増加傾向にあるとはいえ、その割合はかなり低く、さらに震災の影響による減少が懸念されています。とはいえ、経済は大変厳しい状況にあり、国内需要の大幅な増加が見込めないため、中長期的には中小企業としても各国市場の動向を踏まえた国際化や国外の事業機会の取り込みが重要となってきます。

国際化している中小企業では、国内と同じ財・サービスを国外に販売・提供している企業が多く、日本製の「機能・性能の高さ」に対する評価をその理由としていますが、国外市場でシェアを確保できている企業は多くはありません。シェアを確保できている企業は、現地企業からの情報収集、現地市場の視察・市場調査などを行っており、アジア・欧米の両地域において「顧客対応」と「ブランド力」を強みとする割合が高くなっています。

国際化していない中小企業でも、原材料、製品などの輸入や外資系企業・外国企業との取引、外国人観光客への財・サービスの販売・提供などを通じて、国内にいながら国外の事業機会を取り込むことは可能です。国際化することで、回答にある「売上原価を引き下げることができた」、「商品の品揃えが増えた」、「新たな海外販路の開拓ができる」、「関税撤廃や貿易手続の円滑化が図れる」といったメリットも得られます。今後は、各国との経済提携が一段と進展する中で、中小企業も国内外で事業を展開することで、事業機会の拡大、多様化につながることが期待されます。

日本の経済社会を支え、担う中小企業にとって、喫緊の問題は被災地の復旧・復興であることは言うまでもありません。と同時に、さらに厳しさを増した経済の動向を見据え、構造的な課題に対し、起業・転業、労働生産性の向上、国外の事業機会の取り込みなどを通じて柔軟に対応していくことで、今後の日本経済の持続的な成長につながるよう、中小企業のさらなる発展を期待します。

質疑応答

Q:

震災からの短期的な復興と、持続的な成長のための雇用・イノベーションを生み出す中長期的政策――ともすると相反する政策を、どのように調整していくのでしょうか。

A:

約10年前に中小企業基本法が改正され、それまでの二重構造論から、「がんばる中小企業を応援しつつ、セーフティネットもきちんとやる」方向に転換し、取り組んできましたが、まさにセーフティネットでもある「景気対応緊急保証」が今年3月で終了しようと議論しているところで震災が起きました。

今回の大震災は、阪神淡路よりも広い範囲に及び、その損害も甚大なものでした。ですから、当面は早期の復興に向けて全力で取り組むことが課題だと思います。その意味で、先述の「信用保証」のシステムについては、「東日本大震災復興緊急保証」をスタートしておりますし、その他、各種対策を講じています。

Q:

起業・転業について、現在の先行き不透明な経済状況の下で、「しっかり準備しないと失敗する確率が高い」と言われていますし、2012年の起業はやはり難しいような気がします。起業と転業の危うさについても補足していただければと思います。

A:

確かに起業は良い話ばかりではありません。白書の「起業の生存率」データによると、10年後で3割程度、20年後には半分が倒産します。もちろん、リスクは非常に高い。ご指摘の通り、先行き不透明な中でより難しくなっている点はあるかもしれません。ただ、企業を時代に合わせて変えていくのは当たり前のことで、それを当たり前に行えるようにしていかなくてはなりません。

転業にしても、売上げの一番高いものを主業と言いますが、時代のニーズに合わせて主業を変えていくことで新陳代謝を図ってほしいと思います。今回、白書に取り上げるにあたり調査したところ、過去20年間主業を変えていないという企業は4割以下でした。この数値は新陳代謝が進んでいるという良い意味で意外でした。

今後、先行き不透明な中ではありますが、逆にそうした中で何かしら変わっていかないと、本当に衰退の一途をたどることになってしまう。何かしら手を打つ必要がありますし、積極的に手を打とうとする中小企業をいかに支援していくか、というのも中小企業庁の役割なのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。