IMFの世界経済見通し April 2011

開催日 2011年4月26日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 田中 鮎夢 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長 石井詳悟が、「世界経済見通し(WEO)」「国際金融安定性報告書(GFSR)」について講演します。

議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

2011年春の世界経済――回復傾向が強まるも、地域によって差異

石井 詳悟写真世界経済は、昨年10 月の見通し発表時と比べて、概ね回復傾向を強めています。鉱工業生産指数と製造業購買担当者指数のいずれを見ても、2011年に入って在庫循環が一巡し、生産が回復していることがわかります。一部で懸念されていた二番底の可能性は薄れてきていると見ています。

しかし、ひとくちに回復といっても、先進国と新興国の間でその内容にかなりの差異が見られます。たとえば、雇用回復に関していえば、先進国では米国を中心に失業率の高止まりが続いていますが、新興国ではリーマンショック直後にいったん上昇した失業率が再び低下してきています。国際金融の状況を見ると、昨年秋はマクロ経済リスクと新興市場リスクのいずれも共に高く、リスク選好が低かったのに対して、今年春は各リスクが低下する一方でリスク選好が高まっています。株式市場に関しても差異が見られ、アジアとラテンアメリカでは金融危機以前の水準にまで回復している一方で、欧米では回復が遅れています。銀行の与信に関しては、先進国では対民間が低迷したままですが、新興国では急上昇しています。中国ではインフレ懸念から金融引き締めが行われ、与信の伸びは次第に低下してきています。

その中で懸念視されているのが、先進国から新興国への資本流入の状況です。2010年第3四半期までは非常に大きな流入が見られましたが、その後減少し、最近では流出さえも見られるようになっています。先進国の経済状況の改善や米国の金利引き上げなどがその背景にあると見られていますが、こうした資本流入の変動が金融政策の運営を非常に難しくしています。

さらに、ここにきて問題となっているのが、石油などの商品価格の急上昇です。燃料・食料品価格と各国のインフレを見ると、先進国では燃料・食料価格の上昇とインフレとの間に正の関係は見られませんが、これらが消費の大きなウェイトを占める新興国では、とりわけ食料価格の高騰によるインフレの上昇が顕著に見られます。金融政策に対する信頼度の低さも、新興国においてインフレをもたらす要因となっています。

今後の見通し(2011年3月時点の推計に基づく)

世界の経済成長率は、2010年の5%に対して、2011-12年は4.4%で推移していく見通しです。先進国と新興国・途上国とで成長率の差が非常に顕著になっています。先進国では成長率が3%から2.4%に低下し、2012年にかけて2.6%と若干持ち直す見通しですが、新興国・途上国では2011年も6.5%の伸びが見込まれています。とりわけアジアの新興国では、8.4%と非常に高い成長が続きます。中国は9.5%の成長となる見込みです。

先進国における低成長の要因として、供給サイドでは生産性の低い伸び、労働人口増加率の低さなどが挙げられます。さらに危機以前からあった要因として、米国などを中心に住宅市場の問題が成長の足かせとなっていると見られます。危機以降の公的債務の増加や金融部門の脆弱性の高まりも、成長を押し下げていると見られます。

下振れリスクは昨年10月よりは若干減少していますが、依然として高い状態にあります。ソブリン・リスク、今後予想される銀行部門の資金調達圧力、新興国の景気過熱、石油・食料価格の高騰などが主な不安定要因となっています。石油については、仮に2011年に150ドル/バレルの値をつけた後に、2012年に100ドル/バレルに落ち着くと想定した場合、成長率が0.5から0.75%ポイント下がるという推計があります。

日本については、大震災を受けて、2011年の成長率予測を1.4%から1.2%に引き下げています。生産部門における1%の押し下げ効果を復興需要による0.8%の押し上げ効果が相殺するというこの予測は、電力需給の問題や原発問題が夏までに解決されるという前提に基づいたものです。消費者・投資家のマインドの動きも大きくかかわってきます。ちなみに、民間の予測は平均で0.3%の成長率とはるかに悲観的です。IMFとしても、今年7月には震災の影響を十分に踏まえた改定値を発表しますが、それを左右するのが電力供給、サプライチェーンの復旧、原発問題の行方です。さらに政府がいかに機敏に政策を打ち出し、財政出動ができるかにも依存します。第1次補正予算は近日成立する見通しですが、次の第2次補正予算こそが正念場といえます。いずれにしても、短期的には震災の影響がかなり高いと思われますが、中長期的に見ると、阪神淡路大震災の経験からも、経済活動が急速に回復することも十分にありえます。

先進国におけるリスク――銀行部門の脆弱性とソブリン・リスク

先進国リスクで最も大きいのは、銀行部門における多額の資金需要です。2011年に償還期限を迎える政府および銀行部門の債権は、対GDP比で見ると、ギリシャの13%を筆頭に、イタリア、日本、ポルトガル、スペインの順に軒並み10%を超えています。日本については、他の欧州諸国と違い、政府部門の債権が殆どです。今後、金利がさらに上昇すると、この資金需要が一層高まり、財政ならびに民間需要に悪影響を及ぼす可能性があります。

いわゆるソブリン・リスク(クレジットデフォルトスワップスプレッド)も、ギリシャは2010年4月の危機以降、高止まりの状態が続いていて、ここにきてさらなる上昇傾向にあります。今年に財政破綻したアイルランドやポルトガルも非常に高い水準です。

銀行部門も欧州を中心に脆弱な状態にあります。これは政府の不十分な対応がその根底にあります。資産の内容が非常に不透明であることが、昨年のストレステストに対する市場の不信感につながっています。レバレッジも改善していますが依然として高い状態です。この上に、さらにソブリン・リスクが高まると、ソブリンに対するエキスポージャーの高い銀行の信頼性も低下するため、資金調達コストが高まり、ソブリン・リスクがさらに高まるという負の連鎖に陥ります。バランスシートを見る限り、実際の資本調達はここのところ改善傾向にあります。財務状態も資本金の積み増しにより概ね改善していますが、欧米に関していえば、短期のWholesaleの資金調達比率を引き下げていくことが課題となっています。特に欧州の銀行では、今後も資本の増強が必要になってきます。バーゼルIIIの基準にほぼ相当する、コアTier1比率7%以上を満たせない銀行が30%にも上るからです。

米国の住宅市場の問題も依然として非常に深刻です。差し押さえ物件数がかなり増加しているほか、在庫過剰による住宅価格の押し下げが見られます。そのことによって住宅価格がローン金額を下回るunderwater mortgage loanに対して何らかの救済措置が必要になると見ています。

新興国におけるリスク――インフレと景気過熱

新興国においては、インフレ圧力の上昇が見られます。とりわけ、コア・インフレ(食料品、燃料を除いたインフレ率)が、先進国とは対照的に、非常に高い上昇率を示しています。同時に、景気過熱のリスクも顕在化しています。過熱要因の1つが対民間与信です。そのため、たとえば中国では、金融引き締めを通じて与信を抑制する政策をとっています。

今後の課題――持続的な成長を実現するにあたって

先進国では、マクロ政策から構造政策への転換が求められています。中長期の財政再建を通じてソブリン・リスクを引き下げるとともに、銀行部門の体質強化を図る必要があります。銀行に関していえば、自己資本の増強と質の改善を図り、必要なら脆弱な銀行の整理や解体も行っていかなければなりません。また、家計部門の債務削減も重要です。一方、新興国においては、マクロ政策を中心に景気の過熱を抑えると同時に、住宅ローンの上限設定や住宅購入制限といった、マクロプルーデンス政策を活用して、バブルの芽を摘んでいく対応が求められます。また、将来の資本流入に備えて、国内の資本市場の拡大を図ることも重要です。

多くの先進国では実質政策金利がマイナスとなっていますが、その状態を維持したまま、財政の健全化を図ることが何よりも急務となっています。先進国の公的債務残高が平均でGDP比100%を超える水準に向かっていますが、IMFとしてはこれを60%にまで削減するのが適切と判断しています。仮に2030年までにそれを実現するとなると、日本の場合、公的債務残高を2030年までにGDP比200%に引き下げるとしても、今後5年間でGDP比13%の調整が必要となります。しかし、現時点の状態では、わずか2%の調整しか見込まれない模様です。米国も同様に10%以上の調整が必要となりますが、実際には5%の調整しか見込まれていません。

その上で、世界経済の持続的な成長のために、グローバルな不均衡を是正していく必要があります。中国などのアジア新興国が経常収支黒字をさらに拡大していく傾向にある一方で、米国はいまだに多額の経常収支赤字を抱えている状態です。今の状態が続くと、2016年になっても不均衡が解消されずに残る見込みです。その背景にあるのが、為替レートです。新興国通貨の実効為替レートがあまり動いていないことが、不均衡是正を困難にしています。経常黒字国は、消費を促進し、貯蓄を減らし、輸入を増やす努力が必要です。それが先進国の輸出を促進し、米国などの経常収支改善にもつながります。また、先進国としても、財政再建をすることで経常収支赤字をさらに削減していくことが可能です。

つまり、世界経済の持続的な成長を実現するには、先進国だけでなく、新興国・途上国も一定の役割を果たす必要があるということです。

質疑応答

Q:

世界経済に関して、特に先進国を中心に、不安定ないし低成長の状態が続くという見通しでしょうか。また、日本の場合は、震災復興を超えて成長を強力に促進するような政策をとらないと、先進国経済が回復・健全化した後に置き去りにされてしまうと懸念しています。また、米国などとは違い貿易黒字国であるため、他の先進国と政策協調した形では成長力を取り戻すことは難しいのではないでしょうか。

A:

先進国では金融緩和を引き続き実施することが望ましく、それと同時に財政再建の努力を続けていく必要があります。日本の場合は、震災の影響で財政再建のスピードが遅れることはあっても、政府として信頼性のある中長期的な財政再建計画を打ち出し、国際市場の信頼をつなぎとめておく必要があります。成長力を引き上げる政策としては、労働市場の改革、移民の緩和、医療改革などのほか、規制緩和によって効率を高めていく努力が必要と思われます。

Q:

新興国のリスクということで、アジアに関しては金融市場の未整備があると思われます。

A:

たしかに、新興国において昨年最も問題になったのが資本の流入です。株式市場が非常に小さいため、資本の流入によって株価の急な変動が起きやすい。そのため、株式・債券市場を拡大して変動の幅を小さくしていく必要があります。また、債権市場の発展は企業の長期的な資金調達にも役立ちます。

Q:

中国における所得格差の拡大についてはどうお考えでしょうか。

A:

所得格差の拡大はIMFとしても懸念しています。そのため、IMFの経済審査においても、所得格差、失業問題、社会問題に関してNGOグループなどと会談して問題点を抽出し、政策に反映していく方向に方針が変わってきています。中国についても、中東で見られたように、所得格差が社会不安に結びつけば、経済にも影響を与えることは十分に認識していますし、懸念しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。