過去の自然災害の教訓をどう生かすか? -東日本大震災後の経済復興と生活再建-

開催日 2011年4月25日
スピーカー 澤田 康幸 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院 経済学研究科 准教授)
モデレータ 小西 葉子 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

戦後日本最大の人的被害をもたらした東日本大震災は、日本が地理上、地震の最頻発地域にあるという事実を再認識させるものとなった。現在、震災対策は、人命救助や救援物資の配布・避難所等を中心とした緊急対応フェーズから、徐々に経済活動の復興やより中長期的な生活再建へと軸足を移しつつある。

そこで演者らが行った過去の日本や海外の震災・自然災害の研究成果を踏まえつつ、経済学的な観点から、東日本大震災被災地のこれからの経済復興・被災者の生活再建のあり方、特に被災者への現金支給や災害融資の重要性を議論したい。また、将来の防災のあり方についても生活再建という観点から考える。

議事録

震災リスク・生活再建への経済学アプローチ

澤田 康幸写真震災リスク・生活再建への経済学アプローチには、耐震・免震への投資(リスク・コントロール)や地震保険への加入(リスク・ファイナンス)といった、震災から生活を事前にどう守るのかという話と、災害事後の生活再建の話があります。事後の生活再建には「自助」、「共助」、「公助」を通じたものがあります。この「事前」の備えと「事後」の対処は密接に関係しています。

事前のリスク・コントロール
耐震・免震への投資は非常に有効です。事前の備えに投資された1ドルは事後の復興の7ドルに相当するといわれています。とはいえ、防災投資への誘因は強くありません。なぜなら、巨大な災害があるといっても、そうしたリスクが「100年に1度」のものであれば人間は過小に評価する傾向があるからです。つまり、「自分が生きているうちには起こらないだろう」とみなす、リスク認知の問題があります。かりにそうしたリスクを認識していたとしても、借入制約があり、十分な投資ができない可能性もあります。

この点に関連して、日本では1981年の建築基準法改正に伴い耐震基準が強化されました。1981年前後の不動産を比較すると、近年は不動産価格・家賃価格に震災リスクが反映されていることが明らかとなっています(一橋大学斎藤誠教授らの研究による)。

事前のリスク・ファイナンス
リスク・ファイナンスとしての日本の地震保険はカバー率が低く、リスクが十分には反映されておらず、防災インセンティブが弱く、普及率も低くなっています。一方、日本の地震保険に政府が再保険を提供していることは、巨大な震災リスクを異時点間で平準化する先進的なシステムという側面もあります。いずれにしても、保険料率・カバー率の多様化や、保険への加入・非加入決定要因の検証は地震保険が抱える課題です。

ミュンヘン再保険会社のデータによると、世界全体の自然災害被害に対して保険によってカバーされている被害は全世界的に限定的であり、実際、阪神淡路大震災直前の地震・共済保険加入率は兵庫県全体でわずか3%でした。このように、事前の備えが足りない上、事前に備えをしていても被災の程度が想定を上回り、事後的に十分にはカバーされない可能性があるのだとすれば、一体被災者はどのように生活を再建することができるのでしょうか。

事後の生活再建
まず、「自助」とは、奢侈的な消費を切り詰め、支出をやりくりすること、資産を取り崩すこと、借入で一時的に穴埋めをすること、労働時間を延ばして追加所得を得ることなどで生活再建をすることです。

「共助」には非市場機構と市場機構を通じたさまざまな経路があります。前者には、助け合いやボランティア、援助・義援金が、後者には保険市場に依存して保険金を受け取ることが含まれます。「自助」で触れた資金借り入れや労働時間延長もある意味、資金市場・労働市場を通じた事後的な保険メカニズムという側面もあります。

「公助」とは、日本では災害救助法に基づく食料や住居の提供・生活再建支援法に基づいた資金の支給、災害融資、行政サポートなど、さらには家族が失われたことへの弔慰金の支給が含まれます。

阪神淡路大震災と中越地震

ここでは、2つの議論に焦点を当て、被災者の実態調査に基づいて生活再建の問題を議論したいと思います。1つは、「自助」、「共助」、「公助」が全体としてどの程度有効であったのかという「広い意味での保険機能の有効性」を検証することです。もう1つは、住居を失うといった負のショックに見舞われた被災者はそうした予期しない事態に対してどう事後的にやりくりしたのかという「リスク対処法」です。

阪神淡路大震災と中越地震という非常に対照的な災害事例を比較したいと思います。阪神淡路大震災は大都市を直撃したのに対し、中越地震は中山間村が被害を受けました。阪神淡路地域の経済の特徴は製造業・サービス業であるのに対し、中越地方は第一次産業・非農業が経済の特徴となっています。コミュニティの結束については前者は弱く、後者は強い、等々の対照的な状況にありました(下表参照)。

表

阪神淡路大震災の場合
阪神淡路大震災時の震災による負のショック(住宅被害、家財被害、人的被害、水道・ガス・電気の不通、所得減)について、約1500世帯を対象にした実態調査データをみると、被害が大きかった人ほど、従来の生活を維持することが難しかったことが読み取れます。したがって、阪神淡路大震災では、「自助」、「共助」、「公助」を通じた、広い意味での保険機能は有効でなかったことがわかります。

また、住宅・家財・人的被害などの負のショックと、「借り入れ(自助)」、「援助受け取り(共助・公助)」、「貯蓄取り崩し(自助)」の対応関係を統計的にみると、家屋の被害については「借入」が非常に重要であることがわかります。ただ、震災前に持ち家に住んでいた人は借入が可能ですが、震災前の持ち家に住宅ローンが残っていた人たちは平均的に借入が行いにくく、生活再建の格差問題が生まれたこともみてとれます。さらに、二重ローンの問題もあります。他方、私的・公的な「援助の受け取り」は総じてあまり効果的ではありませんでした。「貯蓄」は家財が一部壊れた、または一部焼失した際に取り崩されていますが、家が全壊したことで貯蓄を取り崩す傾向はみられませんでした。住宅再建のためには自助としての貯蓄取り崩しはそれほど有効ではなかったことが示唆されます。

共助(義援金・地震保険)・公助については、住宅の全壊認定を受けた被災者に対する第一次義援金配分額は10万円と少ない額でした。第二次・第三次義援金は、被災者の所得状況や特別支援の必要の有無でメリハリのついた配分となりましたが、被災世帯の数が多く、配分額は限定的でした。一方、中越地震では義援金の総額は約88億円と、阪神淡路大震災の際のそれと比べ少額にとどまりましたが、被災世帯数が比較的少なかったので、全壊世帯への第一次配分は200万円となっています。第二次・第三次の配分を合計すると400万円を受け取っている世帯もあります。こうした義援金配分の傾向は、奥尻地震や雲仙普賢岳の噴火といった過去の災害でも見られる傾向です。また、中越地震では地震保険、特に共済保険への加入率が高い地域もあり、保険契約も有効であったと考えられます。さらに、阪神淡路大震災後に政府による生活再建支援金配分のスキームもできましたので、そこから最大300万円が支給され、新潟県が独自の枠組みでそれにさらに100万円を上乗せした最大400万円が支給されました。こうした共助・公助のメカニズムは、被害に対するリスク対処を効果的にするためにかなり有効に作用したと考えられます)。

中越地震の場合
ここでは旧山古志村全村民を対象として、東京大学の市村英彦教授・世界平和研究所の清水谷諭主任研究員とともに私が実施した実態調査の結果を簡単に紹介したいと思います。まず、世帯ごとの総被害額を、家屋被害・農地被害・事業所被害・健康被害を金銭的に推計すると、6割以上が1000万円以上の被害をこうむっていることがわかります。しかし、負のショックがネットワーク内の個別的消費(生活水準)にどのような影響を及ぼしたのかをみると、家屋の全壊・大規模半壊といった被害は消費変化には強くつながっていません。おそらく山古志村のケースでは生活水準はうまく維持できていたのだと思われます。つまり、阪神淡路大震災とは対照的に「自助」・「共助」・「公助」を通じた、広い意味での保険機能がある程度有効に作用したと考えられます。

次に、被害額が自助・共助・公助でどの程度穴埋めされたのかをみてみます。データを分析すると、地震保険(JAの建物更生共済)、義援金、生活再建支援資金が被害の穴埋めに強く働きました。一方、私的な援助金や消費の切り詰めは金額的には被害の穴埋めにはなっていません。ただし、私的援助は被災者の精神的な安定に寄与したという傾向はみられます。

さらに詳しく「全壊~大規模半壊」と「大規模半壊~半壊」の2つのグループに分けて、「義援金」、「生活再建支援金」、「地震保険(建更)」のそれぞれがどのくらい被害の穴埋めに働いたのかを計算してみると、前者のグループでは「義援金」、「生活再建支援金」、「地震保険(建更)」のいずれも大きな役割を果たしています。一方、後者のグループでは、「地震保険(建更)」の役割が非常に大きく、「義援金」もある程度機能しています。

とはいえ、我々の研究では、これらの共助・公助でカバーできない大きな被害が残ったことも発見しています。実際、共助・公助による支援を考慮しても、20%の人は2000万円以上の被害を抱えたままという計算結果を我々は得ています。

いずれにしても、山古志村のケース全体としては、「地震保険(建更)」、「義援金」、「生活再建支援金」の順でそれぞれが大きな役割を果たしたということがいえます。

コミュニティのあり方について
阪神淡路大震災では、抽選で仮設住宅への入居が決定され、震災前のコミュニティが維持できなくなりました。そのため、孤独死や自殺の問題が顕在化しました。この教訓は中越地震時に生かされ、中越地震では、近隣住民(地区)ごとに仮設住居に入居する取り決めとなりました。これにより、コミュニティの人間関係・家族関係が維持できました。このことが、たとえば山古志村における高い帰村率につながったのではないかと考えられます。

今回の震災についても、長い伝統を持つ村落での社会関係資本、つまり人間関係・家族関係・社会的関係を維持することには、共助を通じた高い価値があると考えられます。逆に言えば、巨額のインフラ復旧・復興投資の是非は、コミュニティの維持・復興可能性に依存します。従って、コミュニティを守るという発想が重要となります。

東日本大震災

東日本大震災は、日本が地理上、地震の再頻発地域にあるという事実、つまりM6以上の世界の大地震の2割が日本周辺で発生しているという事実、を再認識させた地震です。また、今回の地震・津波の発生自体はかなりの程度予期されていたものです。その意味では、東北被災地は津波に対して世界で最も盤石な備えがなされていた地域といえます。大変残念なことに、そうした強い備えを上回る被害を自然がもたらしたということには、言葉もありません。

共助
今回の被災地では震災前にすでにしっかりとした地域社会ができていました。復興への長い道のりでは、この社会関係(資本)を維持することが重要です。喫緊の話では、現在建設と入居が進んでいる仮設住宅入居時の配慮が必要です。

義援金の総額は巨額ですが、被災者数も膨大なため、世帯当たりの配分額はそれほど多くない可能性があります(一次配分は全壊世帯に35万円)。他方、地震保険・共済への実質的な加入率や保険の支払率は、それらの加入率が県別でしか公開されていませんので、今回の被災者の間での保険加入率が高かったのかあるいは低かったのか現状では判断できません。しかし、保険金の支払額は1000億円を既に超えて阪神淡路大震災時以上となっており、最終的には数千億円に上る見込みです。今回の震災に対するリスクの対処において、保険を通じた共助がある程度機能する可能性はあるように思います。とはいえ、中越地震のケースであっても、保険がカバーした程度は限定的でしたから、他の手段を通じて人々の生活再建におけるリスク対処を補強するという発想は不可欠です。

公助
公助には、現物支給として避難所・食糧・仮設住宅・恒久住宅=災害復興公営住宅の提供や自治体の見舞金・「被災者生活再建支援金」があります。今回の震災にあたって、罹災証明書が迅速に発行され、支援金が被災者の手元に届くことは、少なくとも短期の生活再建にとっては重要だと思います。

自助
しかし、共助や公助だけでは、家を建てるのに十分な資金が得られるわけではないので、今後2~3年の視野では住宅ローンの借入れは不可欠になってくると思います。そこで利子補給などの支援が必要となります。また、高齢世帯が住宅建替資金を得るには、親孝行ローンや親子リレーローンといったものも必要となるでしょう。新しい取り組みとしては、リバースモーゲージも議論されるべきだと思いますが、地域全体の復興がうまくいき土地の価値が十分に上昇しない限り、現状でリバースモーゲージを有効な手法として用いるのは難しいかもしれません。中越地震後の山古志村では地元に適していて、比較的安価に購入できる(1000万円程度)建替復興住宅のプランを市が中心になって提供したという事例もあります。こうした取り組みも必要となるかもしれません。

今後の課題

1.震災対策の重点が応急対応から復旧・復興へと移るにつれ、当座の現金の支給やコミュニティ再生への支援の重要性が高まります。復興の妨げとならないよう、土地取引などの私権を制限する必要もあるでしょう。仮設住宅の建設・入居、恒久住宅の見通しも立てなければなりません。こうした一連の流れの中で膨大な復興投資が被災地の便益になるような仕組みが必要です。阪神淡路大震災では復興投資の便益の9割が被災地外に漏出したともいわれています(関西大学永松伸吾准教授)。言うまでもありませんが、生活再建のためには仕事の再建が前提であり、漁業を含む事業の再生支援も不可欠です。

2.生活再建の支援を現金給付にするのか現物給付にするのかも考えなければなりません。阪神淡路大震災では、避難所から仮設住宅へ、そして公営住宅に移った人に総額1300万~1900万円が投入されたという推計結果があります(京都大学林春男教授・髙田光雄教授)。それでも支援を受けた側には、現物給付のため、「政府は何もしてくれなかった」という不満が残ったといわれています。いっそのこと現金給付の方が良いのでしょうか。

3.米国では連邦緊急事態管理省(FEMA)が仮設住宅提供の代わりに住居費を現金で給付していますので、その経験が参考になると思います。ハリケーン・カトリーナによる震災では現金給付が行われました。その結果、災害前の社会関係資本の多寡が災害後の復興の速度に大きな違いを生んだとの研究結果(ルイジアナ州立大学Frederick Weil教授、パデュー大学Daniel Aldrich准教授)もあります。現金給付は既に強かったコミュニティの結束を強める場合もあれば、初期に弱かった結束を破壊する場合もありうるということが示唆されます。したがって、現金給付を行うとすれば、ただ現金を給付するだけでなく、その使途をある程度建設的に調整し、コミュニティの結束力を生かしてゆく必要性もあると考えられます。また、こうした生活再建の進展に合わせて公費による住宅再建支援の是非の議論も今後は再び活発になると思います。

4.人的被害・物的被害決定要因の徹底的検証も必要です。なぜこれほど深刻な人的被害が生みだされてしまったのでしょうか。人的被害だけでなく物的被害の被災状況の正確な把握も必要です。現在、原発の問題にも関連して国内的・国際的な風評被害の問題が取り上げられていますが、震災による物的資本ストックへの直接被害だけでなく、経済活動へのフロー面での一次的・二次的影響もできるだけ正確にとらえるべきです。

5.将来課題としては、震災に対するフォーマルな保険機能の強化の議論が必要です。地震保険制度を整備する必要もありますし、CAT Bond (catastrophe bond)など、グローバルに災害リスクをプールする市場での取引を活性化するための市場インフラも整備してゆくべきでしょう。また、二重ローンの問題を考える際には、ノンリコース型ローンを日本における個人の住宅融資に導入することが可能かも合わせて考えていく必要があると思います。

6.今回の震災が日本の新時代の先駆けとなるような総合的な復興対策、前向きの戦略が必要です。そのためには、科学的知見が不可欠で、自然災害への事前・事後の対処法を総合的・学際的に考える必要があります。日本は「地震大国」です。貴重な経験を世界的に生かすべきです。

質疑応答

Q:

山古志村では中山間地での災害であったにもかかわらず多くの人が村に戻っています。なぜなのでしょうか。

A:

山古志村の場合は、元の状態に戻すことが当初から自治体の基本ラインとしてあり、そのラインに沿って、インフラ等の復興投資が行われました。また、山古志村には14の地区がありますが、地区ごとに復興への議論が被災者自身の間で行われました。被災者の間で合意が得られていたことと、行政が当初から復興・復旧投資を大規模に行っていたことが両輪となって機能したのだと思います。

Q:

「地震保険制度の整備」とは具体的にどのような取り組みですか。

A:

地震保険が普及しにくい理由の1つに、民間の保険会社が地震保険を販売するインセンティブが弱く、むしろ、民間の保険会社がいわば公的な色彩の強い保険の販売窓口としてしか機能していないとみられることが挙げられます。山古志村の共済保険のケースからもわかるように、積極的な販売活動によって加入率が上がることが事後的に大きな共助として機能するという可能性があります。そのためには、地震保険にどれだけの益があるのかを幅広く知ってもらうための仕組みが必要です。また、加入率の上昇を抑制する要因の1つに保険料率が規制されているという点もあります。メリハリのある保険が市場を通じて提供されるような制度の改善が必要かもしれません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。