東北関東大震災からの経済復興の課題と提言:復興財源を中心に

開催日 2011年4月7日
スピーカー 佐藤 主光 (一橋大学政策大学院 経済学研究科教授)
モデレータ 保坂 伸 (経済産業省 経済産業政策局 企業行動課長)
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東北関東大震災は死者・行方不明者3万人、直接被害額で最大25兆円に上るなど甚大な被害をもたらした。さらにサプライチェーンの断絶、電力不足など二次的な被害が全国に及ぶなど、日本経済の根幹を揺るがせかねない事態に至っている。被害の拡大を防ぐ観点からも、早期の復旧・復興が求められる。

本セミナーでは、財源問題を中心に震災からの復興の在り方について述べることにしたい。経済の構造改革につながる、財源を明示した復興政策であるべきこと、被災者、納税者、及び市場との対話(コミュニケーション)が重要な旨を強調するとともに、それに向けた具体的な試算を提示したい。

議事録

昭和初期に匹敵する歴史的転換点

佐藤 主光写真日本を襲った未曾有の大災害、東日本大震災に関する現状認識として、これが昭和10年代に相当する非常時であり、かつ歴史的転換点であることを共有しておきたいと思います。なぜ昭和10年代かといいますと、当時の意思決定がその後の日本の歴史を大きく変えたからです。今日の私たちの行動が、今後50~100年の日本の経済社会を決定するといっても過言ではありません。

そうした中で、いま非常に重要なのは、震災を経済危機、財政危機に連鎖させないことです。そして「危機」を「機会」に転換する、構造展開を成し遂げていく創造性が必要です。

「神戸港」の悪夢、再び?

震災による直接的な被害はGDPに換算すると限定的とはいえ、これから日本経済は長期にわたってリスクを抱えることになります。内閣府は今回の震災の被害総額を最大25兆円と見積もっていますが、これはあくまでも直接的な被害である「第1次災害」の総額です。いま、我々が直面しているのは、第1次災害からの復旧に加えて、間接的な被害、すなわち「第2次災害」、「第3次災害」への対応です。実際に電力不足やサプライチェーンの断絶は今でも起きていますし、これが企業や投資家の「日本外し」、「日本離れ」につながる可能性もあります。こうした第2次、第3次災害の長期化・構造化を回避するのが復旧を急ぐ理由です。

復旧・復興に時間がかかるほど、計画停電が長引くほど、企業は疲弊し、日本がグローバル経済から取り残されることになります。神戸港がよい例です。阪神淡路大震災の復旧に時間がかかったがゆえに、横浜港、釜山港、上海港に顧客が流れてしまい、その国際的な地位は大きく低下しました。つまり、復旧しても市場における競争力は失ったままという状況がありえるのです。

復興の課題――いかに財源を捻出するか

復興の課題としては、(1)復興のマスター・プランの作成、(2)迅速かつメリハリのある被災者支援、(3)インフラ・生産能力の回復、(4)復興財源の確保、が主なものとしてあります。ここでは(4)を中心にお話します。

「復興財源」とひとくちにいっても、「いくらかかるのか」(=予算規模)と「どこから捻出するのか」(=財源)という2つの側面があります。

予算規模については、同志社大学の林教授が阪神淡路大震災の経験をベースに推計したところ、5年間で26兆円という試算がでています。しかし、原発事故によりその額はさらに膨らむ可能性があります。今年度は三次、四次にわたって震災関連の補正予算が組まれる見通しですが、第1次補正予算だけでも3~4兆円に達するといわれています。阪神淡路大震災のときの初年度の震災予算が3兆4000億円だったことからも、今回の震災の規模の大きさがわかります。

財源の捻出については、基本的に借金、増税、歳出削減の3つ以外に方法はありません。第1次補正予算に関しては、「埋蔵金」といわれる基礎年金の国庫負担分(2.5兆円)を回すという考え方が浮上しています。しかし、これは「埋蔵金」といっても、仮に震災予算に充てられるとなると、社会保障基金を取り崩すなりして補充する必要があります。将来に支払う年金を先食いする、いわば「隠れ借金」です。つまり、これも一種の借金であることに代わりはないのです。

しかも、国の財政状況からして、借金をできる余地はそれほどありません。阪神淡路大震災のときと比べて、状況が圧倒的に悪い――。1995年はバブル崩壊直後とはいえ経済的にまだ体力があり、借金も対GDP比45%程度でした。それがいまや国の借金だけでも対GDP比140%という状況です。

そのような中、財源としてにわかに注目を浴びているのが「子ども手当て」です。しかし、子ども手当てを凍結するのは、復興の費用を子育て世代に押し付けることに他ならず、いまひとつ公平性を欠きます。単発の予算で済む話ではないので、できるだけバランスの取れた公平な負担の在り方を考えるべきです。基本的に、震災財源と子ども手当ての見直しは別の問題としてとらえるべきです。

他にも、化石燃料課税が考えられますが、まとまった財源にはならない見通しです。

したがって、「広く、薄く」負担を分け合う観点から、公務員の給与カットといった幅広い歳出削減と同時に、消費税と所得税の増税が行われるのは、ある程度やむを得ないと考えています。これは臨時増税というよりは、日本の改革を促すための一種の投資として前向きに位置付けるべきですし、そうした政策づくりが重要になってきます。

提言:復興から改革へ

復興の原則として、経済政策と社会政策とは分けて考えるべきです。阪神淡路大震災では、この点で失敗しました。メリハリの利いた被災者支援を行うためにも、この点は重要です。

経済政策は企業と産業を守るものです。したがって、被災地域の振興と経済再生が対象となります。そのため、以前にあったものを元通りにするのではなく、これからの新しい経済環境にも耐えうる、競争力のある企業の再編と育成を図る必要があります。阪神淡路大震災で被災したケミカルシューズ産業がよい例です。もともと競争力の低い斜陽産業だったことから、復旧後も競争力を回復できないまま今に至っています。つまり、単なる復旧ではなく、捨てるべきものは捨てるという、一種の取捨選択が必要なのです。

一方、被災者に対しては、人を守る社会政策で支援をしていくことになります。つまり、人は切り捨てないということです。

復興には経済の構造改革が不可欠です。現行制度の不備を放置していては、とりわけ財政の構造改革なくして、持続可能な復興は不可能だからです。日本経済がジリ貧であることは震災前から変わりないため、単に元の状態に戻すだけでは、ジリ貧からジリ貧に戻るだけです。とにかく、次の成長につながる復興でなければならない。というのも、震災の危機はまだ去っていないからです。首都直下型地震、東海地震、東南海・南海地震といった、未来の震災に耐えうる経済の体力づくりが必要です。

そして、何よりも「希望」がないと人間は生きていけません。希望を与えるという意味においても、「日本はもっと良くなる」というビジョンを与えるという意味においても、構造改革は重要です。

これは長期戦を覚悟する必要があります。現在の政府の対応の問題は、「切り捨てやすいところから切り捨てる」といった小手先の対応に終始していて、「何が本当に必要であるか」という政策の優先付け、評価がきちんとできていないことです。抜本的な税制・歳出改革が今こそ求められます。

「未来への投資」としての税制

私が提言する「災害復興所得税」も、実は抜本的な税制・歳出改革の1つのステップとして位置付けています。現行の税制は所得税の課税ベースの狭さが最大の問題ですが、そうした不備を放置したままでは、復興は不可能です。これを機に課税ベースを広げて、「薄く広く」課税する、より公平性を担保できる制度にすべきです。

同時に提言したいのが、税・財政文化の転換です。これは消費税の問題にも絡んできますが、日本人には税金を本来払うべきものとする意識が希薄です。いきおい自分の税負担を「不公平」と捉えがちですが、こうした思考からそろそろ脱却し、「税は社会参加の会費である」、「皆が社会に対して一定の貢献をする」という文化に変わるべきです。つまり、日本という国・社会に対する当事者意識を、国民全員に持ってもらいたい。日本がこれまで財政赤字を垂れ流してきた背景には、こうした税金に対する「当事者意識」の欠如もあります。

また、復興財源として民間資金(PIF)を活用するのも、国債、歳出削減、税金に加えた「第4の道」として非常に有効です。こうした動きを助長するため、復興の対象地域を構造改革特区またはタックスヘブン扱いにするなど、民間の資金を被災地に取り入れるための規制緩和を並行して実施することも重要です。

いずれにしても、今回の復興が単なる原形復旧ではなく、新しい日本を創る事業である以上、税を「負担」でなはなく「投資」と捉えるポジティブな考え方が必要です。

こうした抜本的改革を怠った先に待っているのは、「第4 次災害」です。日本経済の長期的停滞。その最大の被災者となるのは、将来世代です。

復興に向けた8カ条

(第1条)国民・市民との対話
政府としては復興計画を明らかにして、どのような国づくりを目指すのか、誰にどのような内容の負担をお願いするのかを説明する必要があります。そして市場に対しては、財政規律を弛緩させないというメッセージを出し、それに見合う行動をとるべきです。

(第2条)復興から新しいビジョンへ
何よりも「新しい日本を創る」というグランドビジョンが必要です。夢のある計画が必要――とはいっても、「根拠のある夢」でなければなりません。

(第3条)復興庁の設立と地方分権
これまでの地方分権改革は、全国一律な分権改革であるという意味において、極めて中央集権的でした。そうではなく、自立志向が強くかつ自立できる体力のある地方は自立してもらう一方で、被災した地方は復興庁を通じて体系的に支援していく、「一国多制度」のアプローチが必要です。西日本で地方分権を進めながら、東日本では中央集権を強化し、復興後に順次自立してもらう。これこそが分権改革の本来のあるべき姿です。

(第4条)被災地の構造改革
農業の構造改革と同時に、新規産業・企業の育成を図る必要があります。そして高リスク地域に関しては、住民の集団移転といった地域再編も必要となってきます。同時に、縮小均衡に陥らないよう、構造改革を進めて資本の流入を促進する必要があります。

(第5条)財政悪化への歯止め
日銀引き受けや埋蔵金の取り崩しといった会計的操作による財源捻出は、市場から財政規律の弛緩を疑われるもととなります。震災が財政危機に連鎖することを回避するためにも、特に復興に直結しない部分については、財政規律を維持する必要があります。

(第6条)税財政改革の実施
政策の費用対効果や優先順位に基づいた予算の配分ルールを作るべきです。また、課税ベースを広げると同時に、国民の側も「税金は金持ちからとればよい」という思考から切り替えるべきです。

(第7条)民間資金の活用
土地の買い上げなど被災地の再開発に民間資金を組み入れるのは非常に有効な手段です。これは税制優遇や規制緩和とセットで考える必要があります。

(第8条)未来の震災への備え
インフラや建物の耐震化だけでなく、サプライチェーンの断絶に備えた事業継続計画(BCM)の作成やリスク管理の考え方を普及する必要があります。また、電力市場を規制改革して、東電独占体制からの脱却を図るべきです。

復興には、甚大な労力を要します。しかし、これを怠ると日本は取り返しのつかない状況に陥り、その被害は未来世代におよぶ――。ですので、私たちは腰を据えて復興に取り組まなければなりません。また、これは日本という国の将来のかたちを再考する契機でもあります。今は制度改革どころでないという声もありますが、歴史を紐解くと改革の多くが実は非常時に行われたことがわかります。今ある制度――国民皆保険、社会保険、終身雇用、官僚制度――はいずれも戦中の国家総動員の中で編み出された制度です。非常時だからこそ、改革をする。このような、未来志向の構想力が今求められています。

質疑応答

Q:

復興のビジョンといいますが、今の民主党、自民党にそうしたものは期待できるのでしょうか。具体的な復興のビジョンとして、どのようなものが考えられるのでしょうか。

A:

これは政党や政府だけでなく、マスコミ、学界、財界も含めて国民全員が当事者意識を持って考えるべき問題です。具体的な内容はとにかく、将来世代に安心して住める社会を残すことが復興ビジョンの基本としてあると思われますが、この「安心」とは一体、何を意味するのか――。「安心」は「安定」と同一視されがちですが、「安定」とは決して何も変わらないことを意味しません。経済社会のダイナミックな変化、成長なくして、安定も安心もありえないからです。だから、市場原理と規制緩和が重要であり、新しい企業、新しい産業、新しい考え方、新しい団体、新しい活動が生まれてくるダイナミックな社会を作っていく必要があります。この国の閉塞感の根本的な原因は、何といっても新しいものが生まれてこないことにあります。安心のためにも、被災地を中心に起業活動が増えることを期待しています。

Q:

法人税と資産税についてはどのようにお考えでしょうか。

A:

法人税については、当初の計画通りに引き下げるのが筋かと思われます。税制に関しては、「それぞれにはそれぞれの義務・役割がある」ことを基本に考えています。国民には国民としての役割、すなわち納税者として被災者の復興努力を支える義務があります。そして企業には日本経済を元気にするという大きな役割があります。また、資産税のうち、相続税は引き上げた方が望ましいといえますが、復興財源になるほどの大した税収にはならないと見ています。もう1つ有力視されているのが固定資産税ですが、もともとは地方税なので国税として徴収するのが実務的に難しいことと、本来は自立できる地方の重要な財源を奪ってしまうことになるので、現実的とはいえません。

Q:

義援金の使い方、配分についてはどのような形が望ましいのでしょうか。

A:

義援金の使い方としては、最低限のニーズや災害孤児など明らかな災害弱者に集中して使うのが最も有効です。また、役所が津波で流されたりした自治体もあるため、被災者が集まれるような集会所の設置に使うのも考えられます。いずれにしても、どのように使われたのかを政府としてきちんと明示する必要があります。そうでないと、税金に対するアレルギーがますます強くなるからです。使われ方がわからないから「払いたくない」という風潮を断ち切る上でも、義援金の使い方、配分のあり方は重要な試金石であるといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。