APECジャパンからFTAAPへ

開催日 2010年12月16日
スピーカー 西山 英彦 (経済産業省通商政策局審議官)
コメンテータ 浦田 秀次郎 (RIETIファカルティフェロー/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)
モデレータ 森川 正之 (RIETI副所長)
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議事録

横浜ビジョン~ボゴール、そしてボゴールを超えて

西山 英彦写真横浜APEC首脳会議で採択された首脳宣言(横浜ビジョン)では、2010年がボゴール目標達成評価年であることから、これまでAPECをめぐり起きた経済環境の変化を踏まえ、新しいAPECのビジョンが提示されました。

アジア太平洋地域の世界への影響力が拡大し、APECをめぐる経済環境が変化する中、1つのエコノミーの危機が地域全般に伝播することも起きています。そのため首脳宣言では各エコノミーの基盤と多角的貿易体制を強化する必要が指摘されました。G20と協調することの重要性も強調されました。特に多角的貿易体制については、ドーハ開発アジェンダを迅速かつ成功裏に終結させる必要が認識されました。2011年は極めて重要な「Window of opportunity(機会の窓)」であるとの考えに立ち、これまでの交渉の進展を踏まえ、交渉が最終段階にあるとの緊張感を持って、包括的交渉に臨むよう閣僚に対し首脳からの指示がだされています。

保護主義への対応としては、2013年末までの間、輸出規制等の新たな措置を講じないことを首脳宣言は約束しています。地球環境問題・気候変動に対応する必要もますます大きくなっています。そうした中、首脳宣言ではコペンハーゲン合意への支持が再確認されました。

首脳宣言では、APEC共同体として3つの性質を持つことが必要と指摘されています。第1は、強化され、深められた地域経済統合を行う「緊密な共同体」。第2は、優れた特性を持つ経済成長を実現できる「強い共同体」。第3に、安全な経済環境を提供できる「安全な共同体」です。

ボゴール目標達成評価

「自由で開かれた貿易及び投資」を目指すボゴール目標の達成評価では、5つの先進エコノミーと8つの任意のエコノミーの計13エコノミーが対象となりました。評価の結果、「13の国・地域は、更に取り組むべき作業が残っているものの、ボゴール目標達成に向けて顕著な進展があった」とした上で、「貿易・投資を更に自由化・円滑化しなければならない」との結論がだされました。

「顕著な進展」の根拠としては、物品・サービスの貿易量が1994年以来、ともに年間約7%増加したこと、13エコノミーの平均実行関税率が1996年→2008年で8.2%→5.4%に低下したこと、投資協定や投資章を含む経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)の数が1996年→2009年で160→340に増加したこと、貿易取引費用が2002年→2006年で5%低減し、2007年→2010年で更に5%の低減が見込まれること等があります。「更に自由化・円滑化しなければならない」分野としては、関税の引き下げ・撤廃、サービス、投資等が挙げられました。

APEC首脳の成長戦略

APECの新しいビジョンを達成するための1つの重要な手法が、「強い共同体」の実現にもつながる、APECとしての成長戦略の策定です。

具体的には、「均衡ある成長」で経済的不均衡の解消に取り組むこと、「あまねく広がる成長」であらゆる市民に経済成長への参加機会を提供すること、「持続可能な成長」で環境に配慮したグリーン経済に移行すること、「革新的成長」でイノベーションや新興産業を促進すること、「安全な成長」でテロ・食料安全保障懸念・疾病・災害から自由な、経済活動に必要な安全な環境を提供することです。さらに、各エコノミーがこれらに包括的に取り組む上で具体的計画を策定する分野として、「構造改革」、「人材・起業家育成」、「グリーン成長」、「知識基盤経済」、「人間の安全保障」が特定されました。

このように、首脳が合意した成長戦略で成長の5つの望ましい特性と、その実現に必要な政策の分野が示されたことにより、困難な課題であっても他のエコノミーと共に取り組んでいるのだという勇気が生まれ、また、政策の必要性を国民に説得する材料ができたことにもなります。そのため、拘束力を持たないものであっても、成長戦略は各エコノミーの政策によい影響を与えると期待されています。

地域経済統合:アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への道筋

今年の首脳宣言やその付随文書では、「緊密な共同体」に向け、包括的自由貿易協定としてのFTAAPを追求すべきとの考えが明らかにされました。FTAAPの合意に至る重要なステップとしては、ASEAN+3(日中韓)、ASEAN+6(日中韓印豪NZ)、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定等が挙げられています。

これらのステップは、法的拘束力のある合意に向けた交渉となりますが、他方、APECは法的拘束力のある合意を交渉する場ではないとのコンセンサスがあるのも事実です。そのため、首脳宣言や付属文書では、APECがFTAAPのインキュベーター(育ての親)の役割を果たすとの考えで整理がなされました。APECにおける「次世代型」の貿易・投資問題を解決するための議論を、拘束力のある協定の交渉に反映させることが今後期待されているところです。

日本政府は首脳会議の直前である11月9日に「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定しました。これに基づき、菅総理は、二国間での会談も含め首脳会議の場で、経済連携に積極的に対応する、そのために必要な国内対策を先行的に実施するとの日本の方針を表明しています。FTAAPに向け重要な貢献をするとの日本の意向がはっきりと示されたのです。

国際物流網の連結性向上や、サービスや投資の自由化・円滑化、ビジネスマンの移動の円滑化、知的財産保護の充実など、拘束力がないが故にAPECが成功を収めている活動は多くあります。こうした活動は、APEC枠外での拘束力のある合意にもつながっていますし、活動の継続はFTAAP実現に向けたAPECの貢献ともなります。

地域経済統合を進めれば成長の余地は大きく広がります。同様に、質の高い成長が実現すれば、地域経済統合の影響を受ける人々にも納得のいく地域統合の姿ができあがります。このように成長戦略と地域経済統合の間には相互に高めあうシナジー作用があると我々は考えています。

安全な経済環境を提供する「安全な共同体」

人間の安全保障(「安全な共同体」)は、成長戦略、地域経済統合と並ぶ課題です。これは軍事力を含む安全保障とは別の、経済を支えるために必要な安全保障の概念で、疾病・地震・洪水等の災害、食料安全保障、テロへの的確な対応を目指すものです。個別のワーキンググループで情報交換をしながら連携をする形で活動が行われています。

コメント

コメンテータ:
ボゴール目標達成評価、成長戦略の策定、地域経済統合に向けた道筋の策定、APEC共同体構想の4つが本日のポイントだったと思いますが、APEC共同体構想が日本の案なのだとすれば、高く評価したいと思います。与えられた宿題をきちんとこなすのは実は大変難しいことですが、日本は他のメンバーと意見交換をしながら非常によく宿題をこなしたと考えています。

質疑応答

Q:

「横浜ビジョン」が何なのかがはっきりとしないようですが、共同体構想が横浜ビジョンなのでしょうか。21のエコノミーは共同体構想にすんなりと合意しましたか。共同体構想がAPECの最終ゴールとなるのでしょうか。欧州共同体(European Community)のCommunityのCが大文字であるのに対し、APECが目指す3つの共同体(community)の頭文字が小文字となっているのには意味がありますか。貿易・投資の自由化と円滑化、経済・技術協力の従来の3本柱に構造改革を加える議論はありましたか。

A:

「横浜ビジョン」では、FTAAPも見据えながら地域経済統合を進めていくこと(「緊密な共同体」)、「強い共同体」のための成長戦略を策定・共有すること、安全を進めていくこと(「安全な共同体」)――の3つが柱となっています。3本柱のいずれをも支える形で経済・技術協力(エコテク)も投入するという意味では3+1本柱ともいえます。共同体構想がAPECの最終ゴールになるのかについては、現時点では、「横浜ビジョン」がAPECの今後を示す唯一の姿となっています。柱を実現する国・地域の集まりは、小文字のcの共同体(community)であればよいのではないか、ということでそれほど強い抵抗はなかったと理解しています。

Q:

ボゴール目標の2020年の達成評価では、今回対象とならなかった8エコノミーのみが対象となるのでしょうか。貿易・投資の自由化進展状況をピアレビューで評価する取り組みは今後も続きますか。5%の貿易取引費用削減を達成とありますが、どのように計測されたのでしょうか。

A:

今回評価された13エコノミーを2020年に再評価するのかは結論がでていません。ピアレビューを継続するかも今後の検討課題です。貿易取引費用削減の計測手法については現在手元に情報がないため、別途説明させていただきます。

Q:

成長戦略の策定にあたり、G20あるいは韓国との間で議論はありましたか。今回の成長戦略で量から質への転換が目指される中、質より量を追求したいとの意見が途上エコノミーから聞かれることはありましたか。成長戦略の評価指標が決まらなかったのはなぜですか。来年のAPECに向けた米国の宿題なのでしょうか。

A:

G20との関係では、主に成長の特性の1つである「均衡ある成長」でAPECはG20と連携しています。議論の順番は、APEC財務大臣会合→G20→APEC首脳会議となっており、財務大臣会合がだした大筋の方針をG20がもみ、マクロ経済についてはG20の成果が成長戦略にほぼ採り入れられる形になっています。量重視の意見もありましたが、今回は、量は前提にあるとの考えに立って、5つの特性に合意することに重点が置かれました。成長戦略の進捗状況を数字で評価することについてもいろいろな議論がありましたが、重要なテーマであればあるほど、各エコノミーが合意できる指標を作ることは難しいとの意見が多くを占めました。ただ、個別分野(構造改革等)を数字で評価することには、ある程度の合意はできています。

Q:

APECの原則である自発性・非拘束性を尊重するエコノミーが、拘束力のある協定としてのFTAAPの解釈に反対することはありましたか。FTAAP実現に向けた3つの道筋であるASEAN+3、ASEAN+6、TPPのうち、交渉が現時点で始まっているのはTPPだけです。これらを並べて議論するのはどういう考えに基づくのでしょうか。

A:

FTAAPの解釈については、これ以前の段階から各エコノミーと協議を進めていたので、今回日本が拘束力のある協定としてFTAAPを明らかにしてからは大きな議論はありませんでした。ASEAN+3、ASEAN+6、TPPについては、大きく異なるという見方よりは、同じようにみていくという見方の方が強かったと思います。

Q:

成長戦略以外の項目、たとえば地域経済統合、具体的にはFTAAP、共同体構想に関して、米国に期待されているテーマはありますか。

A:

米国としては、来年11月の首脳会議までに何らかの形でTPPの節目を迎えたいという気持ちは持っていると認識しています。

Q:

日本は具体的取り組みとして2011年6月に農業関係の構造調整に1つの回答を示すとしていますが、その時点ではTPP交渉がほぼ固まっている可能性もあり、6月では遅すぎるのではないでしょうか。例外なくすべての品目を自由化交渉対象にするとの内閣の方針はASEAN+3やASEAN+6での戦略でも貫かれるのでしょうか。

A:

食と農林漁業の再生推進本部の取り組みは始まったばかりで、非常に難しい課題ということもあり、中身を詰めてみなければ何ともいえません。日本がTPP交渉に参加する場合は、国民の納得を得る必要があります。その観点からも、まずは国内改革の中身を集中的に検討する必要があります。農業問題等がしっかりと議論され、対策が考えられたとすれば、他の二国間協定や広域経済連携も進めやすくなるのは確かです。

Q:

米国の次の議長国ロシアでは、どのようなAPECを目指すのかの議論は進んでいますか。

A:

起業やイノベーション、(APEC的な意味での)安全保障がロシアの関心事項との情報は断片的には入ってきていますが、考えはまだまとまっていないようです。今回のAPECの成果を吸収し、米国とも連携したいと考えている感触は得られています。

Q:

ドーハラウンド交渉が進展していないようですが、2011年には何が期待できますか。

A:

今回の宣言は、カナダでのG20、韓国でのG20を受けて2010年APEC首脳会議でのモメンタムを保つものでもあり、その意味では、関係者に元気を与えたと認識されているようです。実際、来年初頭に向け進展を図る動きがでてきているように感じられますし、2012年に選挙を控えているエコノミーも多いため、当面は2011年が最後の「機会の窓」となるとの認識に立って、関係者は最大限の努力をしていると理解しています。

Q:

APEC新規加盟国としてインドを候補に挙げるエコノミーがある中、インドは関心を示さなかったとの見方もありますが、この点についてもお話をいただけますか。

A:

新規加盟については現時点で、各エコノミーの間で強いコンセンサスはできていません。来年以降、新規加盟の強い必要性が生じ、コンセンサスがあるのなら、そこで議論を進めるというオープンエンドな形になっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。