平成22年版通商白書

開催日 2010年6月25日
スピーカー 片岡 隆一 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
モデレータ 田中 鮎夢 (RIETI研究員)
コメンテータ 伊藤 公二 (RIETI上席研究員)
ダウンロード/関連リンク

議事録

第1章 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

片岡 隆一写真通商白書は、昭和24年以来、今年で62回目を数えます。平成22年度版通商白書は3章構成となっており、第1章では、まず第1節として、世界経済の現状と今後の見通し、世界経済危機で明らかになった課題と対応の方向性について分析しています。そして第2節として、米国、欧州、中国、アジア、その他の主要な国・地域の状況と特徴、今後の見通しについて分析しています。

2010年の実質GDP成長率は世界平均4.2%と予測されていますが、基本的に先進国は平均を下回り、中国やインドといった新興国が平均を押し上げています。先進国はプラス成長が見込まれるものの回復は緩やかであるのに対し、中国・インドをはじめとした新興国は高成長が見込まれています。

また、中国向け輸出が成長のドライブとなって、アジアの景気回復を先導しています。世界GDP成長率への寄与における新興国のシェアは、世界経済危機の前後で約4割から約6割に上昇する見込みで、世界経済成長のけん引力が先進国から新興国へスライドし、後者が逆転していることがうかがえます。このような世界経済のリスク要因としては、雇用回復の遅れ、財政赤字の拡大、金融システムの機能回復の遅れ、新興国バブル崩壊、商品価格の下落の5つが挙げられます。

国際経済体制の課題としては、第1にグローバルインバランスの「リバランス」の問題が挙げられます。2000年代以降にグローバルインバランスは拡大しましたが、金融・経済危機後の米国では貯蓄率が上昇し、経常赤字縮小に向けた動きがみられます。一方、中国の投資と消費は金融危機下でも堅調で、純輸出は減少しているものの依然として一定規模を保っており、輸出主導の経済構造であることに変わりはありません。

第2の課題は、金融システムの健全化です。リーマンショックが起こりえた要因を考えるとき、順序はさておきグローバルインバランスがあったためということは、おおよそのコンセンサスになっています。そしてもう1つ、セキュリタイゼーションなどで高いレバレッジをかけるようになってしまった金融システムをどのように健全化するかということが、非常に重要な議論になっています。

第3の課題は、保護主義台頭の阻止です。金融危機が起こると、貿易に関するいろいろな保護主義が出てきます。それを阻止するために、どのようにWTOの枠組みを使えるかということです。

続いて主要国・地域の現状と、今後として、米国は緩やかな回復が続いているものの、自立的回復に向けて、なお時間がかかる可能性があります。一方で、欧州経済は米国に比べて立ち上がりが遅く、特にギリシャ問題でユーロの信頼が揺いでいることもあって、さまざまなリスクを抱えています。

中国経済は、投資と消費にけん引されて拡大していますが、政策効果で支えられているところが大きく、今後どのように内需型に転換していけるかが鍵だと思われます。不動産価格は2009年後半から高騰し、過熱リスクとなっています。また、中国の輸出先別シェアはEUが最大となっているため、ユーロ安によってドルペッグ制をとる中国の対EU輸出が減少し、中国経済が減速すれば、世界経済の回復を遅らせるリスクとなりかねません。

インドは、内需を中心に回復基調にあります。ネクストボリュームゾーンの「新中間層」が急速に拡大している一方で、インフレ懸念が台頭しています。ASEANでは、輸出主導型の国は危機後にマイナス成長となりましたが、アジア向け輸出の持ち直しでV字回復した一方で、内需拡大型の国は危機下でも内需が堅調に推移し、高い成長を維持しています。

第2章 アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

1.世界で存在感を高めるアジア
アジアは、製造業付加価値額で世界トップの地位を確立しました。1980年に約2兆ドルの規模だったアジア経済は、2009年に約15兆ドルに成長し、2015年にはNAFTA、EUを超える一大経済圏になる見込みです。

2.東アジア生産ネットワークから生産・販売ネットワークへ
1998年から2008年の10年間で、中国を経由する部品の輸出入が大幅に増加しています。また東アジア向け中間財輸出額について、日本のシェアは減少する一方でASEANのシェアが拡大しています。最終財輸出額では中国のプレゼンスが拡大していますが、特に電気・電子分野では、中・韓の欧米向け最終財輸出額が10年間で6倍に増加している状況です。

3.アジア消費市場の拡大~良質な市場へ向けて~
人口構成やこれまでの経済成長を前提とすると、アジア地域の個人消費は、2020年までに欧州や米国を抜くほどの市場規模に拡大すると予測されています。アジアでのビジネスチャンスが広がるとともに、アジア市場における日本市場の割合が確実に縮小することが予想されます。特に、中国の消費市場は大きく伸びています。

アジアの中間層は、2010年までの10年間で約4.3倍に増え、さらに今後10年間で2010年の約2.1倍にあたる20億人に伸びることが予想されています。富裕層は5年以内に日本を越える規模となる見込みです。アジアでは旅行、医療、教育など、生活をより安全・安心で豊かにするサービス支出が拡大していることから、日本の文化や医療といった「魅力・安全・安心」分野でのアジア展開が期待されます。

4.アジアのインフラ整備に向けたアジア共通の課題
集積の経済による高い生産性や人口の集中による巨大な消費市場の形成が、アジアの高い経済成長を実現しています。そうした都市化に伴い、アジアのインフラ需要は2020年までに8兆ドルに上るという試算がアジア開発銀行によって出されています。

5.持続的成長実現に向けたアジア共通の課題
アジアが克服すべき共通課題として、少子高齢化と資源問題が挙げられます。アジアは高齢化のスピードが速く、経済水準が先進国と比べて低い状況で高齢化に直面することが予測されています。また、GDP単位当たりエネルギー供給量は、中国、インド、インドネシア、ミャンマー、ベトナムなどで非常に多くなっており、持続可能な成長を実現するためにAPEC2010といった枠組みによって省エネシステムを構築していくことが重要な課題となっています。

第3章 危機後の我が国の現状と進むべき方向性

日本経済は、好調なアジア向け輸出を中心とした外需によって緩やかに回復しているといえます。日本のグローバル化のためには双方向での人材の流れが活発化することが必要ですが、近年の日本では、英語力不足や海外留学生の減少など、海外志向が低下する状況がみられます。他の主要国は、それぞれ世界経済との接合面を増やし、人材や投資を活用し、市場を広げながら成長しています。日本においては、中小企業・サービス業を含めたグローバル化のすそ野拡大が求められます。

新興国市場の成長は著しく、中国・ブラジル市場は日・独市場を追い越す規模となっています。中国における新車販売台数の伸びは、1年間で日本の年間販売台数とほぼ同じ規模の需要が新たに創出されていることを示しています。日本では今後、部材・素材メーカーを含めた新興国のボリュームゾーン対策が不可避となってくるでしょう。一方で国内においては、高性能・高品質のものづくりにとどまらず、業種を越えたモノ・サービスの融合により、潜在的欲求を具現化する「ことづくり」によって、新たな需要を発掘していく取り組みも必要だと思います。

新興国において、日本製品は各国製品の中で最も良いイメージを持たれており、特に「高品質」、「カッコイイ・センスが良い」、「個性がある」といった項目で高い評価を得ています。これまで築き上げてきたファッションやコンテンツのブランド力によって、アジア富裕層の需要獲得に結びつけることが重要になってくるでしょう。また、新興国において医療関連需要が拡大しています。外国人患者の誘致や医療機器の輸出などにより、日本の「安心・安全」を海外に提供することが重要です。

次に、アジアをはじめとした新興国の内需創造については、インフラ整備、産業振興、制度整備を一体的に推進することが重要です。また、環境技術での優位を生かした水、原子力、鉄道といった環境対応インフラ/システム型ビジネスを展開し、世界の課題解決に貢献していくことが望まれます。日本の「内外需」の好循環を実現するためには、ヒト・モノ・チエ・カネの流れを円滑化することが重要です。また、中南米、中央アジア、中東、アフリカを中心とした資源国との重層的な関係を強化していくことも大切です。

世界の工場、市場として発展する東アジアにおいて、さらなる域内分業の促進と市場の拡大を実現する東アジアの経済統合は、日本経済の成長を実現する鍵となっています。また、投資協定、租税条約、社会保障協定などの締結を通じ、日本企業の海外展開推進に向けた環境整備を図ることが重要です。

原子力協定の前提となる「二国間原子力協定」などの締結の加速化も望まれます。さらに、スマートグリッド分野では、国際標準化と新たな産業フロンティア創出に向けた技術開発などで米国はじめ諸外国と連携し、積極的に貢献していくことが求められます。日本が議長国であるAPEC2010では、貿易・投資の自由化に関する「ボゴール目標」の達成評価と同時に、地域経済統合の深化、成長戦略の策定などが課題となっています。

「内外需」の好循環の実現が重要な政策テーマ

伊藤氏:
この平成22年版通商白書を目にしたとき、金融危機前の世界とは完全に違った経済になってきたのだという印象を強く感じました。日本だけでなく世界中が、成長の機会を求めてアジアをはじめとする新興国の市場に目を向けています。通商白書は、海外マーケットの獲得にもフォーカスを当てていますが、今月発表された新成長戦略の中でも、たとえばパッケージ型インフラ海外展開や、法人実効税率の引き下げによるアジア拠点化の推進など、国際化やアジアといったものを相当意識しており、時宜にかなった内容であると思います。

一方で、積極的に海外進出するのは、どの国でもある程度限られた企業です。むしろ、そういったトレンドに乗ることが難しい企業は多数あるわけですから、国内に残る企業がどのように行動すればよいのかという国際化後の問題が政策課題として浮上してくることも懸念されます。通商白書に記述されている「内外需」の好循環の実現は、引き続き重要な政策テーマになっていくと思います。

質疑応答

Q:

東アジア向け中間財輸出額において、日本のシェアは減少し、中国のシェアが拡大しているということでした。この中国の拡大は、日本や先進国の企業が中国に進出し、中間製品を現地生産しているということなのでしょうか。それとも、中国の地場企業がより伸びてきているのでしょうか。

A:

まさに、そこはポイントだと思います。日本企業が中国に進出している部分もあるのは事実です。一方で、韓国系や中国系の地場企業の台頭を含め、日本以外のプレーヤーの自力は確実に上がっており、そうした中国の供給量の増加について、日本企業がかかわっている比率は確実に下がっているのが現状だと思います。

Q:

我が国が海外の活力を取り込んでいくための道筋について、白書の内容をもう少し詳しくご紹介いただきたいと思います。私の考えでは、多様性を持たず、同質の中でコミュニケーションをとってきている日本の組織の性格が海外人材を取り入れることを阻んでいるように思われますが、いかがでしょうか。

A:

白書の内容は、今のご意見と同じような問題意識に立っているのではないかと思います。日本がグローバル化をより進めるためには、人材のグローバル化ということで、海外の人材をより積極的に日本に取り込んで活躍してもらうことが重要です。そこで白書では、日本企業の経営のあり方については、独自性として残せる部分と、国際化・標準化に向けて変わるべき部分の両方があるということを述べています。

同時に、女性あるいは高齢者の方々の積極活用も進めなければいけないということにも触れています。たとえば、生活消費財や世界の消費の3分の2は女性が占めるというレポートもある中で、女性のマーケティングに関する分野あるいは経営そのものへの積極参画を通してM字カーブ補正や働き方改革を進めることが、グローバル化を推進していく上でも重要だということを述べています。

また、50歳代から60歳代の世代には、グローバル化に関する経験が蓄積されています。そこで、高齢者の方と若手のセットでグローバル化の知識を伝承しながら対応していくということも考えられます。このように、中高齢者の活用を真面目に考えるべきだといった内容についても、白書で触れています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。