脳卒中からの回復と超高齢者社会のための健康医療福祉都市構想

開催日 2010年6月3日
スピーカー 酒向 正春 (初台リハビリテーション病院脳卒中診療科長)
モデレータ 河本 光昭 (内閣参事官(内閣官房地域活性化統合事務局))

議事録

日本の脳卒中をめぐる概況

酒向 正春写真脳卒中医療は、病院だけでなく社会と調和していく医療です。その観点から、脳卒中医療の現状、予防の現状、急性期医療、回復期医療、機能の予後予測、維持期医療について説明します。

現在の脳卒中医療は、急性期医療(2週間)、回復期医療(2~6カ月)、それから維持期医療という流れになっています。維持期医療は一生続きます。しかし、この部分の医療が実は最も遅れています。超高齢化社会に向かう中で非常に懸念すべきことです。

脳卒中になってから再発を予防するか、なる前に予防するか――後者の方がもちろん好ましいのですが、実際になる前に予防を行う方は2~3割程度です。一方、なってから再発予防を行う人は95%に上ることから、その点に関してまだ教育が足りません。

つまった血管を再開通させることは脳卒中医にとって難しいことではありませんが、治るかどうかは別問題です。時間が鍵を握ります。発症から3時間以内に再開通ができると60%の患者が回復します。そのためには発症から1時間程度で病院に行く必要があります。それでも4割程度は症状が残ってしまうのです。日本で血栓溶解療法を実施する頻度は100人に3人の割合で、時間という要素がその背景を占めます。発症から3時間以内に来院する割合は36.8%に過ぎません。1時間以内に来院する割合はもっと少なく、1割以下になります。従って、血栓溶解療法を適用できるケースが3%程度となってしまうのです。

日本でも脳卒中の啓蒙キャンペーンはありますが、米国と違い、非常に癒し系で「時間を争う」というメッセージがいまひとつ伝わらない印象です。

脳卒中の種類と治療方法、予防方法

脳梗塞と一口にいっても、さまざまな種類があり、それぞれ予防法も治療法も違ってきます。全体のうち、アテローム血栓性(大きな脳血管が詰まる脳梗塞)が29%、ラクナ梗塞(小さな脳血管が詰まる脳梗塞)が28%、心源性脳塞栓症(心臓の血栓が脳血管に詰まる脳梗塞)が27%を占めています。ラクナ梗塞については血圧管理が非常に重要ですが、血液をさらさらにする抗血小板療法は必須ではありません。アテローム血栓性は、血管内皮の炎症箇所に脂質などが集まり、動脈硬化・血栓が進行する病気です。こうした病態に対しては、メタボリック症候群の管理と抗血小板療法に加えて、バイパス手術や頸動脈の血栓内膜剥離術やカテーテルでの血管拡張術といった外科治療を重症度に応じて脳卒中発症前に行うことが可能です。いずれにしても、細くなった血管を放置しておくと必ず何かが起きますので、事前対処が重要です。

心原性脳塞栓症は、心房細動によってできた血栓が原因となる脳梗塞で、重症例が多く、脳腫脹が強い例では、急性期に頭蓋骨を外して脳内の圧力を下げて、数週間後に脳腫脹が改善してから骨を入れるという脳圧管理療法が必要となる恐ろしい病気です。この病型は抗血小板療法ではなく、ワーファリンという抗凝固剤を使って対処しますが、その使い分けが徹底していないのが日本の現状です。これは放っておくと必ず再発します。私たちの病院に転院時に前医でワーファリンによる再発予防がされている割合は54%に過ぎません。このため、東京は「脳卒中の砂漠地帯」とも呼ばれていて、再発予防が実施されている率は大学病院で64%、国公立病院で50%、公的病院で59%、民間病院が39%という現状です。

つまり、患者は自らの病名と治療に関してきちんと把握しておかないと、再発を繰り返すことになります。メタボリック症候群の管理は予防の鍵を握ります。どの地域でも大体、脳卒中患者の6割が高血圧、2割が糖尿病、10~20%が高脂血症です。肥満、喫煙、飲酒も危険因子で、脳卒中の予防には禁煙、飲酒を控えることが必要です。しかし、脳卒中後の予後は喫煙者が特に悪いわけではありません。飲酒も1日1合以下なら健康に悪くなく、かえって良い面がありますが、3合以上の大量飲酒はリスクが高いことがわかっています。重要なのは飲酒後の脱水症状を防ぐための水分補給。ビールなら等分量、日本酒なら3倍量の水が必要です。また、脳ドックは有用です。脳ドックのMRIではT2画像、フレア画像、T1画像、拡散強調画像、T2スター画像の5種類の撮影法が必要です。50代以降はいわゆる無症候性脳梗塞が出てきますので、注意が必要です。また、重要なのが微小脳出血を検出するT2スター画像です。それから、MRAで脳血管や頸動脈の動脈硬化の有無を詳細に検査します。

未破裂脳動脈瘤が診断された時は、予防的に手術することも可能です。くも膜下出血の場合、3分の1は発症から数日以内に死亡、3分の1は後遺症が残り、残りの3分の1が無症状で社会復帰できます。その原因の殆どが未破裂脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血です。破裂するリスクは年1%です。大きさが5ミリ以上で形が不整形、かつ破れやすい箇所にある動脈瘤は、70歳未満の患者の場合は破裂のリスクが高いため、クリッピングやコイリングの手術対象となります。

予後のリハビリ治療

脳卒中になって後遺症が残った場合、リハビリをしないと廃用症候群になります。とにかく、脳卒中になった翌日にも体を起こすこと、そして背もたれ無しに座ってもらうリハビリを進めていくことが大事です。昔は「動かせない」ことが原則でしたが、今では1週間以内に歩かせることが奨励されています。とにかく、早期離床、早く起こすこと。そして、寝る場所、食べる場所、排泄する場所、体を洗う場所――これがすべて同じベッドで行われるのが病院ですが――を早く通常のように分けることが重要です。

早めの回復期リハビリ病院への転床が重要です。4万人の急性期脳卒中患者を対象に調査したところ、現状では5割の患者が3日以内にリハビリを開始されていましたが、毎日3時間のリハビリを実施している施設は、極めて少ないと思われます。特に高齢者ほどリハビリにより予後に大きな違いが見られ、廃用症候群を予防できるリハビリ開始のゴールデンタイムは2週間以内です。

重症例では、腫れた脳を減圧手術など施行し、脳圧管理できるまでが急性期リハビリ、脳圧管理後に意識状態が軽快してからが回復期リハビリとなります。後遺症が残った場合、損傷した神経部位は回復しませんが、それでも自立して生活ができるように回復を支援する必要があります。脳梗塞などが残存しても、病気と上手につきあい、人間が病まないように治療していく、人間回復の治療が重要です。

2000年に厚生労働省により回復期リハビリ制度が導入されたことで、「戦うリハビリ」を実施する体制ができました。積極的に人間性を取り戻すリハビリ。そのためには1日3時間のリハビリに加えて、起きている残り12時間もできるだけ臥床しないよう徹底的にサポートしていく必要があります。さらに、急性期・回復期・維持期の医療連携が確立したことで、患者の自立までの流れを包括的に管理することができるようになりました。

具体的には、回復期リハビリ施設に入院したその日にすべてのスタッフ(医師、ナース、ケアワーカー、PT、OT、ST、SW、管理栄養士、薬剤師など)がそろって、患者の病名・病態・全身状態、介助の仕方、転倒予防、ベッド環境設定、機能予後、必要な下肢装具を評価して、入院期間を検討、同日午前中にリハビリ計画書を作成し、患者と家族に説明します。その後の1週間で再発予防、基本動作訓練、歩行訓練、日常生活動作訓練、退院後の住居環境設定などに関する詳細を設定、1カ月で徹底、2カ月で定着します。

また、リハビリ室だけでは患者は元気になりません。比較的軽症な患者はとにかく、リハビリ室に行けないような患者でも、何とかベッドから起き上がって車椅子に移っていただく。特に排泄は必ずトイレでしていただく必要があります。また、楽しみやリラックスも兼ねて、隔日で普通の風呂に入って慣れていただきます。地方の病院が寝たきりと宣告した患者でも、こうした攻めのリハビリで良くなるケースがあります。すなわち、良くなる患者を良くしていないという医療の現状があるわけです。機能予後は、脳画像診断による科学的評価、年齢、病前の健康・体力状態により予測可能です。

患者が自立するためのポイントは、チャレンジ精神のある攻めのリハビリ。常に医療チームが設定を上げていくことが重要です。その分、転倒や骨折のリスクも増えるため、しっかりとしたサポート体制と説明が必要です。そして、家族と患者本人の理解と協力が不可欠です。攻めのリハビリには1人の患者につき、2人以上のマンパワー(介助者と療法士が1人ずつ)が必要です。当方では差額ベッド代を人件費に充てていますが、マンパワーに対する国の保険点数制度の見直しも考えていただきたいところです。

我々が重視するのは人間の尊厳、患者の自己決定権、地域リハビリの普及、ノーマライゼーション、情報開示です。リハビリの究極的な目的は患者の人間回復、そして、社会復帰ですので、社会復帰したいと思わせるリハビリ環境や生活環境が必要となります。

人間回復のための「健康医療福祉都市構想」

しかし現状では、患者の行動範囲は、バリアーのため、自宅、病院、施設に限られています。外出する場所が無いのです。国会議事堂ですら、2008年まで手すりが無かった状態です。そうした状況と1997~2000年のデンマーク生活をもとに、2003年に「超高齢化社会のための健康医療福祉都市構想」を発案するに至りました。

病院に頼る医療ではなく、障害と共存しながら、街で人間回復できるような社会を創出する――これはメディカルタウンとはまた別の構想です。日本にも福祉都市を称する町が増えましたが、いずれも成功していないのは、ユーザーの視点が欠けているからです。

そこで、地方都市の市街地中心部のデパートやアーケード商店街とサークルになる場所に回復期リハビリ施設を設置し、ヘルシーロードで結ぶコンパクトな街づくりを進めています。ヘルシーロードは歩きやすい街のための自動車道、自転車道、歩道を分離した公園的歩道空間で、新しいコミュ二ティを生む場所となります。寝たきり状態で来院した患者が市街地中心部で回復して、ヘルシーロードを通ってデパートで買い物をして帰る、という人間回復の1つのモデルを確立したわけです。大々的な道路を作る必要はありません。従来の歩道を安全で安心した連続性のある街路に補修して、自宅からのバリアフリーの交通網をリンクさせれば十分です。従来の商店街との相乗的経済活性化も期待できます。また、ヘルシーロード周辺に子育て支援、シルバー支援、障害者支援などの緩いビジネスを起こしていくことが重要です。この安全な街路にコミュニケーションとコミュニティを上乗せする――。地域住民の交流や相互補助ないし情報交換のための定期的な健康講座等のイベントも必要です。また、街中の青空駐車場によるヒートアイランドを防ぐために、その駐車場の上に芝生を作る事で生まれる新しい空間に幼稚園やカフェ・レストランを作り、景観を改善するのも1つの考え方です。イタリアでは当たり前の施設ですが、子育て支援とシルバー支援になります。

初台周辺にそうしたヘルシーロードを作る取り組みが進行しています。山手通りを中心にオペラシティも活用して、安心して楽しく歩ける空間を作る構想です。地域の文化や活気に触れられる散歩道を作るほかに、大規模ビルをリハビリ施設と見なした利用方法に着目しています。既に、ユニバーサルデザインでバリアフリーであり、冷暖房・空調管理が整い、悪天候にも耐えられること。エスカレーターや階段などで昇降訓練できる場所が多いこと、食事をする場所があること、それからトイレが多く障害者用トイレも整備されていること、展望台やモニュメントや景観にアートを感じ楽しいことなどがポイントです。大都市型の健康医療福祉都市構想は、駅と駅を結ぶヘルシーロ-ド、メトロが結ぶユニバーサル空間の創出というモデルを考えています。

住民が当事者として関心を持ち、そこに住むことにステータスを感じる街を作っていく。健康、精神、環境といった面でも日本が先進国化して、超高齢化社会のモデルを世界に発信していく時期にきています。

質疑応答

Q:

回復期リハビリのプログラムは全国で標準化されているのでしょうか。

A:

厚生労働省が回復期リハビリ制度を作ったおかげで、発症後半年以内のリハビリ継続と1日3時間のリハビリが可能となりました。しかし、1日3時間のリハビリが年中無休で実施されているのは1割程度です。それ以外は、日曜と祝日は大抵休みで、平均1日80分程度しかリハビリを実施できていません。365日3時間のリハビリに加えて、日中の12時間を徹底離床する「闘うリハビリ」を実践できているところは3%にすぎません。

Q:

「コンクリートから人へ」が最近よくいわれますが、「人のためのコンクリート」も非常に重要であるとの政策的示唆があったと思われます。

バリアフリーな街づくりに関連して、居住空間からの移動のバリアについてはどのようにお考えでしょうか。どのような居住空間が高齢者にとって最も幸せだとお考えでしょうか。

外出を介助する人員も必要と思われますが、制度的に支援することはあるのでしょうか。

A:

人間は環境によって感性ができあがる生き物です。市街地に行くことでわくわくし、元気になる。もちろん、居住地は生まれ育った自宅が良く、そこを快適に生活できるように改修することが重要です。また、そこから市街地に行く交通手段をバリアフリー化する観点が必要で、地方自治体と民間企業との連携により、移動費用の無償化や移動手段の設計改良もある程度検討する必要があります。

介助者は家族が現状で、それが基本に考えていますが、ビジネスが参入する余地が大きいと考えます。今でも介護保険のヘルパーの買物同伴サービスはありますが、歩行訓練サービスの追加が必要です。重症患者専用の介助移動ビジネスもこれからは有望です。裕福でない人もそうしたサービスがある程度受けられるよう、国や自治体の補助を検討すべきです。今後は、どのような障害者も街に出ることが当たり前なノーマライゼーションの時代にしていくことが大事だと思います。

Q:

住民側のイニシアティブ、すなわち民意の形成が重要と思われますが、そのためにはどのような仕掛けが必要でしょうか。

A:

バリアフリーという考え方は非常に大事ですが、これは「平らな道」ではなく「連続性のある道」であることが基本です。また、バリアフリーというよりは、ユニバーサルデザインにしなくてはなりません。むしろ、画一的にバリアフリーにしてしまうと味気がなくなるため、そこにどのようなメリハリを付けていくのかを地域で協議して、実践していく必要があります。

民意形成は地道な勉強会を重ねて進めております。同じ考えのベクトルを持った同業異業種のさまざまなグループに働きかける一方で、大規模な市民シンポジウムを開いて、そこでまとめた意見を行政に伝える必要があります。また、地域政策を進めるためには、地元住民や地元職員の声を市政のトップに拾っていただく工夫が必要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。