日本におけるアカデミックベンチャーの現状と今後に向けた戦略 -日米大学発ベンチャー事例を中心として-

開催日 2010年5月28日
スピーカー 木村 行雄 ((独)産業技術総合研究所 企画本部 産業技術調査室 総括主幹)/大塚 時雄 (秀明大学英語情報マネジメント学部専任講師)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

日米大学ベンチャーのプラットフォーム比較

木村 行雄写真木村氏:
大学発のベンチャー調査によると、日本の大学発ベンチャーは1800社を超えていますが、成功例は少ないようです。米国の事例を手本にしながらも上手くいかない理由として、科学技術政策論によるテーマ(予算)の縛りが強いことが指摘されています。また、中小企業に対する資金配分が低いことも関係しています。

米国の大学発ベンチャーは、一般的にバイ=ドール法を発端とし、知財活用戦略の一環として捉えられています。しかし一般的には、日本における米国の大学発ベンチャーの認識では、「シリコンバレーの成功例」と「大学生・院生による新成長企業の創設」の2つが混同されている印象です。マイクロソフトのビル・ゲイツ、デルのマイケル・デル、ヤフーのジェリー・ヤン、グーグルのラリー・ページの4人は起業家として有名ですが、大学発ベンチャーに関しての展開を見ていくとTLOを中心に展開する技術ベンチャーの実態が多数を占めています。大都市とシリコンバレー、ボストンその他を中心に、大学発ベンチャーは分布しています。

米国の代表事例

大学発ベンチャーを促進するプラットフォーム、創出プログラムの有無を軸に、大学技術マネージャー協会(AUTM)のStartup企業の累計創出数上位6大学の事例を紹介します。

1.カリフォルニア大学バークレー校(州立大学)
シリコンバレー近くという立地もあり、毎年50社近くのベンチャー企業が立ち上がっています(カリフォルニア大学グループの累計は600社)。IT、創薬、医療機器関係を得意としています。ベンチャー創出プログラムは特にありませんが、大学院のMBAコース出身の起業家がいることからも、知財戦略の一環としてベンチャー創出が図られているようです。
代表的企業:Apple、SunMicrosystems(アップル、マイクロソフトの「伝説的」な前身会社。いずれも確認はされていない)

2.ユタ大学(州立大学)
カリフォルニア大学とは対照的に、技術開発段階に応じたベンチャー創出プログラムが用意されています。さらに、SBIR、STTRといった中小企業向けの資金の活用を促進しています。日本でいうと、中小企業基盤機構(SMRJ)に近い取り組みをしている印象です。ベンチャー数は累計で138社です。
代表的企業:Veritract(Feeding Tubeの誤配置の発見)、Rescue Medical Systems Inc.(人工呼吸、NASAと共同開発)

3.イリノイ大学ウルバナ・シャンペイン校(州立大学)
学内、学外の組織の二本立てで支援していく体制をとっています。プログラムというよりもシステムに近い印象です。100程度の会社が立ち上がっています。
代表的企業:Solidware Technologies Inc.(ソフトウェア開発)、Phoenix Coal(鉱物材料系)

4.カリフォルニア工科大学(私立大学)
私立であるにも関わらず、株式所有の上限も公立よりむしろ低くなっています。約50社のベンチャーが立ち上がっています。地域に根付いたベンチャーが多いのが特徴です。
代表的企業:Liquidmetal Technologies(アモルファス金属の研究開発)、Fluidgm(マイクロエレクトロニクス)、Myricom(クラスターコンピュータ通信製品)

5.カーネギーメロン大学(私立大学)
開示累計(2005~2007年)は58社。大学が特許を保有するダイレクトスピンオフが比較的多いのが特徴です。創業分野としてはITが圧倒的に多いです。TLO的組織が各種支援を提供しています。
代表的企業:GigaPan Systems(高度パノラマ技術、NASAと連携)、ATRP Solutions(材料系、主にポリマー生成)

6.コロンビア大学(私立大学)
薬学部が非常に強く、医療機器、バイオ分野のベンチャーが多くを占めています。1980年にTLOを設立。これまで100社以上が創設され、22社がIPO・M&Aを実施しています(現存65社)。マッチング支援、ビジネスプラン作成支援、投資家募集などの取り組みをしています。
代表的企業:Aton Pharma(がん治療)、Corixa(遺伝子識別)、System Mgment Arts(ネットワークシステム)

日本の代表事例

経済産業省調査では、大学発ベンチャーは「大学で生まれた研究成果をもとに起業したベンチャー」と「大学との関連の深いベンチャー」の2つに分類されます。前者は総数で1149社ありますが、米国と違い、特許が大学に帰属している例は半数にも満たない状況と思われます。ベンチャー設立数の順位は、東京大学を筆頭に、旧帝国6大学、筑波大学、東工大、九工大、等々とほぼ不動で推移しています。以下が代表的な事例です。

1.旧帝国大学
代表的企業:東京大学「テラ」「オンコセラピーサイエンス」(いずれもがん治療)、北海道大学「イーベック」(完全ヒト抗体の製造)
特に北大、東北大、九大などの大学に関しては、主要都市の起業の核としての期待が集まっています。

2.国立の工業大学
代表的企業:東工大「Oisix」(有機野菜の販売)、九工大「アルデート」(システム系)

3.その他の国立大学
代表的企業:筑波大「サーバーダイン」(ロボットスーツ)
筑波大学が体育系、情報系のベンチャー、神戸大学が経営学部の強みを活かした会計系ベンチャーを成功させるなど、特色ある学部に根付いたベンチャー作りをしています。徳島大学や広島大学など、地域に根付いたベンチャーの事例もあります。

4.私立大学
代表的企業:早大「リブセンス」(IT系アルバイト紹介)、「トレードサイエンス」(株式自動売買ロボット)、慶大「クックパッド」、デジタルハリウッド大学院大学「アライドアーキテクツ」
早慶を筆頭に首都圏の大手大学、京都系、理科系が続きます。早稲田大学は教育型大学であり、サービス系ベンチャーが主ですが、改廃数が多いのも特徴です。慶応大学は創業を意識して設立された湘南藤沢キャンパスがありますが、難関といわれる医学部でベンチャーを作った事例は皆無で、「クックパッド」にしても大学技術が反映された事例ではありません。

デジタルハリウッド大学院大学は構造改革で生まれた株式会社大学です。大学院は社会人向けのみで、入学者の多くは起業家志望です。現時点で20社以上の会社が立ち上がっていて、大学から出資金を受けています。光産業創成大学院大学は、創業が学位取得の条件となっています。浜ホトの晝馬輝夫氏が私財を投じて設立しました。これまでの実質的な創業数は24社。学生数は28人と日本でおそらく最も少なく、浜ホト社員が学生教員の双方に関与しています。

『平成22年度大学・研究機関発ベンチャーに関する調査』報告

大塚 時雄写真大塚氏:
大学の起業件数は2000年以降増加傾向にあります。ピークは2004~2005年です。分野はITが3割、バイオ・医療機器が2割強で、その点に関して国立と私立との違いはありません。業態は、国立大学は企業向け販売が多いのに対し、私立大学はサービスとコンサルティングが圧倒的に多いのが特徴です。国立研究機関(独立行政法人、以下「国研」)に関しては、消費者販売の事例が無く、企業向け販売が主となっています。

安定段階まで達した企業はアンケートによると全体の2割弱ですが、実態はこれ以上に厳しいと思われます。株式公開済みの企業は2社、IPOの具体的な予定がある企業も2社ありました。IPOを目的としているベンチャー企業の割合は国立大学で低い傾向にありますが、私立大学と国研では7割超を占めます。特許状況については、全体の6割強が特許を必要としない状況で起業しています。また、必要性の有無に関係なく特許ゼロで起業するケースも多く、特に私立大学では8割程度が特許など技術シーズを持たない形での起業となっています。ただし、起業後は国立大学、私立大学、国研のいずれも5割程度が特許を取得しています。財務状況については、ベンチャーキャピタル(VC)から支援を受けているのが2割、エンジェルから支援を受けているのが7%ですが、VCまたはエンジェルの投資を希望している企業はそれぞれ3割程度に上ります。これらの投資先の大半は国立大学法人です。その他、公的機関や都道府県などからの投資や知人・友人からの直接投資を受けている事例もあります。

起業家のリスク志向性については、「多少のリスクを冒しても大きな事業に取り組みたいか」という質問に対して、ポジティブな回答をしたのは私立大学に多く、国研で最も少ない結果となっています。全体的に、私立大学は特許も持たずに、リスクを好んで起業する傾向があり、そうした事例においては、起業に際しての意識も成功要因もまったく異なることが示唆されます。

今後に向けた提言

木村氏:
私立大学のベンチャー事例は決して多くなく、サンプルとしては不足な面もあります。今回の調査は代表的なベンチャーの実態を表すものと認識していただければと思います。

今後検証すべき課題としては、ベンチャーの統廃合のほか、大学や国研による直接の企業統治があります。特に後者に関しては、かつての理研コンツェルンのような、研究所が持ち株会社を作って研究者自らも株を保有するような形態を検証すべきだと思います。これは日本型の経営の特徴に関連するものと強く思われるからであります。

また、国立大学や独法に多くいるポストドクター(PD)のキャリアパスを用意するためにも、研究開発型の企業を作る道筋は考えておくべきです。一方、日本の製造業は下請構造が支配的であります。その中に入り込む、あるいは何らかのかかわりを持つ状況が必要であるとともに、一番シンプルにベンチャー作りに向かうことができる気がします。現在の大学発ベンチャーはバイオ、ITが多数を占めますが、日本の大企業が強い電気機器や自動車といった分野の周辺でのベンチャー育成が有望と思われます。また、全国に2万社以上ある「中堅優良企業」との連携スキームも考えるべきですが、そうした連携を後押しする上でも中小企業向けの資金の拡充が何よりも急務です。

質疑応答

Q:

大学ベンチャーの中には、業績不振にも関わらず何とか存続している「塩漬け」ベンチャーも多くあります。これらを早期に整理すれば資金配分が最適化されるのではないでしょうか。

A:

研究助成金を得る上で会社が必要という制度的な理由もあります。整理するにしても戦略的なアプローチが求められます。一方、会社と一口にいっても資産管理会社などさまざまな活動形態があり、その中でベンチャーをどのように位置づけるかということもまだ試行錯誤中です。

Q:

イノベーションを起こす人材を育成する際に大学として何ができるでしょうか。

A:

ベンチャー経営者の経歴を見ると、実家が自営業だった方が多いという調査が存在します。このように環境の要素が大きいと思われます。大学教育における学生の意識改革――いわゆる「気付き」の機会の提供――やビジネスプラン作成などのバーチャルな訓練は重要ですが、それはマスト(must)ではありませんし、またそれだけでは不十分です。そうした観点から、冒険的すぎるかもしれませんが、光産業創成大学院大学のように起業を教育課程に組み入れる、必須化する事例をあえて紹介した次第です。

Q:

米国と日本を比較して、日本でもバイ=ドール条項に相当する制度はあり、委託研究の成果が100%大学に帰属するところまでははっきりとしていますが、そこから先のベンチャー創設までのつながりがあまり見えてこない印象です。

A:

特許が大学に帰属しているものに対して着実に事業化がなされているか、という点は今後詳細に検証すべきです。その定義でいくと、「(本当の意味で)大学で生まれた研究成果をもとに起業したベンチャー」は先述の1100社ではなく400社程度だと思われます。産総研では、知財帰属が技術移転ベンチャー認定の要件となっていますが、そこでも特許収入が事業に寄与している訳では必ずしもないようです。一方、私立大学を中心に、ソフトウェア、コンサルティング、サービスといった特許収入抜きで運営する業態のベンチャーも多数あり、特許の帰属に固執する必要性がどこまであるかも検証すべきですし、ある意味日本型ベンチャー作りはこの辺に鍵があるのかもしれません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。