生活保障の再生とアクティベーション

開催日 2010年4月26日
スピーカー 宮本 太郎 (北海道大学大学院法学研究科教授)
モデレータ 川本 明 (経済産業省経済産業政策局審議官 (経済社会政策担当))
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議事録

20世紀型社会保障からの脱却――社会保障と雇用のつなぎ方を再考する

宮本 太郎写真欧米の比較政治学では、社会保障と雇用を一体に捉えて、その相互関係から各国の政治経済を分析する「福祉レジーム論」が非常に有力な潮流となっています。こうした観点から、日本において社会保障と雇用をどうつなぎ直すのかを考えたいと思います。

社会保障と雇用のつなぎ方として、「ワークフェア」、「ベーシックインカム」、「アクティベーション」の3つのオプションがあります。日本としては、北欧型アクティベーションに注目しながらも、その限界も踏まえた上で日本型アクティベーションをどう構築していくかを考える必要があります。

20世紀型の生活保障は、製造業における男性稼ぎ主のライフスタイルをモデルとして、そこに潜むリスク(労災、失業、病気、加齢)を社会保険でシェアしていくのが基本的な設計となっています。何らかの理由で社会保険に入っていない者には公的扶助をあてがう一方で、男性稼ぎ主のライフスタイルが継続できるよう、ケインズ的な需要喚起型の雇用政策を展開する形をとります。日本はこうした「ケインズ-ベヴァリッジ型福祉国家」とは違うという議論もありますが、実は男性稼ぎ主を軸としその安定化を図るという点では、まさに雇用を軸にした生活保障であり、20世紀型生活保障のロジックを最も純粋に体現したものといえます。それ故にグローバル化に当たって修正を余儀なくされているといえます。

社会保障と雇用をつなぎ直す方策として、先述の3つのオプションがあります。所得保障と雇用の連関の強弱とその仕組みを維持する上での政府支出の大小という2つの枢軸で考えると、所得保障と雇用の連関は強いが政府支出の小さいオプションが「ワークフェア」、保育所や公的職業訓練などの公的サービスを拡充しながら所得保障と雇用を連関させるオプションが「アクティベーション」、所得保障と雇用を切り離して実施するオプションが「ベーシックインカム」であるといえます。3つが重複する場合もあり、たとえばワークフェアとアクティベーションの折衷型として英国の「第三の道」、3つが重なっている例として「給付付き税額控除」があります。

この中で私は、北欧、とりわけスウェーデンで主流化しつつある「アクティベーション」を最も有力視しています。その観点から、ベーシックインカム的な「子ども手当て」に加えて、行政不信を解消しながら公的職業訓練や児童保育といったアクティベーションを支える公共サービスを拡充する必要性を強調しています。

北欧型社会保障の限界

しかし、この北欧型アクティベーションが現在、大きな困難に直面しています。まず、80年代を境に、生産性の高い部門に人を移していく制度設計にほころびが見られるようになりました。グローバル化の中で高生産性部門が人員削減によって競争力を担保しようとする一方で、公共部門(特に社会保障・福祉の分野)が女性労働力を吸収して膨れ上がっていく傾向が見られます。その結果、現状では労働年齢人口の2割程度が事実上、労働市場に吸収されずに労働市場の外にいます。また、その帰結として、就労報酬型の所得保障が機能不全に陥りだしました。さらに、公共サービスについても、個々の家庭のニーズへの対処や質を問う議論が浮上する一方で、すべてのニーズを行政サービスでまかなうことに対して強い異論が生じています。たとえば、就労支援サービスに関しては、多様性と選択の自由や質を重視する観点から、部分的な民営化を求める流れが強くなっています。

以上を原因として、スウェーデンでは社会保障をめぐる各党の対立が先鋭化し、人々の失望もあいまって、2006年の政権交代につながったといえます。

日本型アクティベーションに向けて

スウェーデン型アクティベーションの教訓をどう日本の制度設計に活かすべきか――。

雇用を軸とした生活保障を実現してきた意味では、日本もアクティベーション的要素を持った仕組みを維持してきたといえます。ただ、スウェーデンと違う点は、企業や業界が労働力を囲い込む形の雇用保障であったということです。これからは、こうした囲い込み的な雇用保障から開放的な雇用保障に転換しつつ、スウェーデンの経験も参考にアクティベーションのバージョンアップを図ることになります。

ここで留意する点は、同じ「大きな政府」でも、公共サービスが中心で現役世代への支援が手厚い北欧諸国はGDPや財政収支などの面で好調を維持しているのに対し、シェルター的な現金給付(年金、公的扶助)の比重が大きい大陸欧州諸国は経済的にかなり苦しくなっているということです。こうしたことからも、現役世代が元気を無くした後の現金給付より、現役世代が元気を無くす前に支援するアクティベーションを実施する方が経済的に好ましいことがわかります。

そうしたことを踏まえて、日本に関して以下の5つを提案します。

1.閉じたコミュニティを解放する「橋渡し」支援
まず、就労支援型公共サービスによって地域に4つの「橋」をかける必要があります。閉じたコミュニティ(企業コミュニティ、家族コミュニティ、地域コミュニティ)の中で他人の承認を求め、動機とする日本人の傾向は、グローバル化が進展しても変わらないと思います。しかし、こうしたコミュニティが離脱不能となると、それは人々を縛ることになり、人材活用やグローバル化への対応もできなくなります。これらのコミュニティをより開かれたものにする観点からも、労働市場を軸とした4つの双方向型の橋――「学びと雇用をつなげる橋」、「家族と雇用をつなげる橋」、「仕事を紹介するための橋」、「心と体の弱まりに対処するための橋」――をかけることを提案します。日本では、その局面において「新しい公共」の役割が重要になってくると思われます。これはコスト削減だけではなく、むしろ行政サービスではできない質の高い、複合的なワンッストップサービスを提供するという積極的意味合いを持ちます。

2.底上げ型所得保障と給与比例型の所得保障との連動
すべての人が安定した職に就くことが難しくなっている中では、よりフラットな底上げ型の所得保障(子ども手当て、最低保障年金)の比重が大きくならざるを得ませんが、バラマキ型・ベーシックインカム型の所得保障は持続性の上で決して好ましくありません。就労所得を引き上げるアクティベーションと並行する形で、給与比例型の保障と底上げ型の所得保障とを連携させていくことが重要です。それがないと、最低保障年金がただひたすら膨らんでいくことになります。

3.労働市場そのものの見返りを高めていく
時給800円の最低賃金制度を導入すると一部地方の経済は確かに打撃を受けますが、見返りのある労働市場の実現は先述の橋渡し施策を有効なものにするためにも重要です。ただ、就労機会そのものが失われないよう、給付付き税額控除や社会的手当てなどの施策と組み合わるといった慎重な舵取りが求められます。

4.持続可能な雇用創出
スウェーデンは基本的に公共事業で雇用を支える政策はとらずに、むしろ徹底して切り捨ててきた歴史があります。その反動として、昨今は日本の地域振興施策や公共事業に注目が集まっている面もありますが、グローバル化において日本型の公共事業は百害あって一利なしです。

先日閣議決定した日本政府の新成長戦略では、グリーンイノベーションやライフイノベーション(介護、医療)といった各分野の雇用のデマンドサイドの諸政策とトランポリン型社会の構築に向けた雇用のサプライサイドの諸政策が並んでいますが、両者をきちんと組み合わせて設計することが非常に重要です。とりわけグリーンジョブは、日本のGDPを押し下げる要因ともいわれる中間投入物コストの低減につながるため、内需拡大だけでなく、日本の製造業の対外競争力を高める施策であると同時に、総じて中程度の技能でこなせることから、公的職業訓練と組み合わせることで大きな雇用創出効果が期待できます。その可能性を引き出すためにも、グリーンジョブの内容を踏まえた公的職業訓練などの支援・公共サービスを強化する視点が必要です。

NPOの雇用創出能力が限られていることからも、こうしたマクロな制度再構築による雇用創出が重要になると見ています。

5.ワークライフバランス
アクティベーションは決して就労動員ではありません。日本では介護・医療分野が建設分野の雇用を初めて上回るなど、土建国家からの脱却が進行中です。この流れを定着させ、好ましい形でのアクティベーションを実現する上で、女性の就労を支えるワークライフバランスは不可避であるといえます。

以上の5つを取り入れた形での、北欧型のアクティベーションの限界を乗り越えた、日本型アクティベーションの構築が求められています。

質疑応答

Q:

「ミッション企業」という言葉がありますが、民間企業はスウェーデン型アクティベーションにどうかかわっているでしょうか。

A:

「『新しい公共』円卓会議」では現在、社会事業法人が議題に上っています。「新しい公共」を担うアクター(主体者)ですが、従来は共益追求型で事業性の大きい協同組合、公益追求型で事業性が少ないNPO、両方のハイブリッド形態であるミッション企業の主に3つに分類されていましたが、協同組合が公益志向を強める一方でNPOも事業性を高めるなど、総じて「事業性を高めながら公益に奉仕する」方向に集まってきていて、その諸々のアクターを最近では「社会的企業」と呼ぶようになっています。より踏み込んでいえば、NPOとミッション企業のハイブリッドが「『新しい公共』円卓会議」で議論されている社会事業法人と思われます。非配当型株式を発行して出資を募り、出資者には税額控除で報いるが、社会起業家は出資者の意向に制約されずに自由にイニシアティブを発揮できるのが特徴です。これは社会起業家に自由度と承認度の高い仕事の場を提供する制度であるといえますが、同じような場が労働者側にも提供されてよいと考えます。また、そうした場のポテンシャルを最大化するマクロの制度構築も必要で、その例が補助金と賃金体系の設計です。スウェーデンでは就学前教育の15%程度を民間が担っていますが、それらは自治体の保育所と同じ水準の補助金を行政から受け取っていて、賃金水準も同じです。そうすることで、コスト面ではなくサービスの質をめぐる競争を実現し、全体的なサービスの質向上を図っているのです。

Q:

日本とスウェーデンとでは国の規模も事情も違います。スウェーデンは人口規模などでいえば北海道に相応します。また、「人が移動する」ことを前提としていて、日本のような中小企業政策や地域政策が無い点や、どこで働いても職務に応じた同一賃金を適用するSolidarityの原則が根付いている点も大きな違いです。日本全体で導入する前に、北海道の単位で試してみるのが妥当でないでしょうか。

A:

国の規模よりは自治体の規模が重要です。スウェーデンは3~5万人規模の自治体が中心で、それが非常に上手くいっています。ご指摘の違いは確かにありますが、「雇用を軸とした生活保障」を出発点としている意味で、日本とスウェーデンは実は非常に共通する部分があります。いずれも失業率が長い間3%台と先進国で例外的に低い水準に抑えられていました。ただ、それを実現するアプローチは対照的でしたが、ここにきてお互い接近し始めているのは非常に興味深いといえます。なお、同一賃金を日本で導入する場合は、職務給にプラスする形で職能(組織で果たしてきた固有の働き)に対する評価を反映する制度でないと納得を得られにくいと思われます。

Q:

「新しい公共」は基本的に社会的企業が担うべきとのお考えでしょうか。それとも普通の民間企業ができるだけ参入する形が好ましいでしょうか。

A:

アクティベーションのための最低条件、アクティブミニマムは公的資金で確保すべきと考えています。ただ、ここでいう公的資金は税金だけでなく、社会的金融といった新しい資金の流れも含まれます。そうして、先述の「橋」を渡るための通行料(子どもを預けるための費用など)は、なるべく無料にしていく必要があります。ただ、その傍らで付加価値の高い有料のサービスが民間企業によって提供され、ベーシックな公的サービスと相乗的に発展していくことは好ましいと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。