日本の衛星産業の競争力向上に向けての論点―イノベーション、小型・高機能化、グローバル化

開催日 2010年2月26日
スピーカー 三本松 進 ((財)無人宇宙実験システム研究開発機構専務理事)/ 小川 俊明 (日本電気(株)宇宙システム事業部宇宙システム部エキスパートエンジニア)/ 小山 浩 (三菱電機(株)宇宙システム事業部 宇宙開発利用推進室長)
モデレータ 金子 修一 (経済産業省製造産業局 航空機武器宇宙産業課 宇宙産業室長)
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議事録

Ⅰ 日本の衛星産業の競争力向上の論点

■ 衛星産業の定義・宇宙産業の特性・売上

三本松 進写真三本松氏:
宇宙環境は地上と比べ真空度・放射線・熱環境・微小重力・デブリが異なるため、開発、製造、運用管理等での厳密な工学的対応が必要となります。また、宇宙は政府の公共政策の重要な目標です。衛星とは宇宙空間でデータを入手し、これを地上に送信して情報価値を実現するための高性能機器で、いわば空飛ぶ巨大高機能携帯電話です。衛星は、宇宙放送・通信、測位、地球観測・気象観測、宇宙太陽光発電(将来構想)、宇宙旅行の各分野でのサービスに利用されています。

経済協力開発機構(OECD)の2004年報告書「スペース2030」では、宇宙産業の特性として「研究開発とイノベーションの重視」、「範囲の経済」、「技術の軍民両用性」、「長期計画と宇宙資産の持続性」、「宇宙情報をベースとした価値連鎖」、「川下分野における規模の経済」が挙げられています。

宇宙産業の中でも本日取り上げる宇宙機器産業の売上高はピーク時の1988年の3789億円から2008年の2591億円にまで落ち込んでいます。2591億円のうち人工衛星の売り上げは53.8%と半分以上を占めています。

■ 分析手法

現在、グローバルな宇宙産業の競争力に関する指標は米国フュートロン社のSpace Competitive Index(SCI)であるが、これは競争力指標というよりは生産力指標で、人的資源と産業基盤を投入要素とし、政府政策を外生要素とする生産関数モデルとして捉えることができます。SCIアプローチは現在の生産力・競争力の水準を推定する試みであり、各主体間の関係はブラックボックスの状態となっています。従って、このアプローチでは産業組織的なネットワーク関係や連携する組織能力等の分析は行えません。

そこで私が編み出したのがこの「ビジネスプロセスアプローチ」です。「ビジネスプロセスアプローチ」とは、宇宙企業・産業が政府・大学からの適切な開発支援を受けて、自らのイノベーション能力をコアとしつつ、ビジネスモデル形成・運用能力とグローバルマーケティング能力をスパイラルに向上させて、その競争力を拡大させるアプローチです。

■ 日本の衛星産業の分析

このアプローチを用いて、イノベーション、サプライチェーン、グローバルマーケティングの3視点で分析しました。

(イノベーション)
以下の(1)多様化する顧客の要求機能に向けた(2)3つの対象レベルでの新しい設計・開発と新しい業務の仕組み開発を実行する。

(1)多様化する顧客の要求機能
  a 特定用途での大型化
  b その他用途での小型化と複数オペレーション、複数連携化
   1) 単機・単一ミッション・小型・高機能化
   2) 単機・複数オペレーションの統合
   3) 複数機運用
   機能強化(コンステレーション)
   新機能追加(フォーメーション)
(2)3つの対象レベル
  a システム設計・製品開発レベル
  b 製造プロセスレベル(製造プロセス設計)
  c 重要機能部品(センサー等)レベル

全体的な課題としては、政府が技術・科学衛星等のユーザーとなり開発資金提供者となっているため、結果として需要不足・官主導のイノベーション、サプライチェーン、マーケティングを誘発している。冒頭述べた宇宙機器産業の売上高が減少したのもこのためです。

対応の方向は、今後、顧客の用途別に小型衛星・超小型衛星を開発し、これら複数衛星によるコンステレーション(機能の強化・全球化)、フォーメーション(新機能)技術の開発や、静止データ中継衛星、等の宇宙インフラの構築といった対策を講じていくことです。

(サプライチェーン)
サプライチェーン上の課題としては、官需主導であるため、需要が減少すれば需要不足による製造キャパシティー余剰、量産化の困難、競争力の低下等が引き起こされることになります。対応の方向は、従来の公共支出モデルに加え、企業・個人利用のサービスモデルを創出したり、欧米のアンカーテナンシーのような官民協力による公的需要創出や官民パートナーシップ契約(PPP)によるリモートセンシング産業振興を目指したりすることが挙げられます。

また、安価な商用電子部品等の利用拡大を図るため、この宇宙実証に向け、6月2日にはSERVIS2衛星が打ち上げられる予定です。このほかにも、バス標準の確立・進化とグローバル化に向けた取り組みや、モジュール開発による中小企業の参入拡大も検討中です。

(グローバルマーケティング)
これについては、顧客ターゲット地域・国・相手とそれぞれの要求機能、顧客満足要因を把握する必要があります。対応の方向として、ODA対応として、国際協力機構(JICA)を中心に、ベトナムに衛星協力に向けた開発調査の動きも出てきています。東アジア・グローバル協力スキームとしては、準天頂衛星のコンステレーションによる東アジア測位協力や英SSTL社の100KG衛星によるグローバルな災害監視コンステレーションフライトに準じた日本主導の東アジア・グローバル協力スキームも検討しています。

■ 利用分野別の宇宙の開発・利用

国として優先度の高い分野については、分野別に研究、開発、事業化、産業化の道筋を決め、利用促進を図るため、個別に判断して、開発のステージ別に、足りないと思われる以下の政策支援を 体系的に行うことが期待されている。(1)研究・技術開発、(2)官民パートナーシップ(PPP)政策、(3)政府優先調達(アンカーテナンシー政策)、(4)宇宙インフラ整備 (静止データ中継衛星)、等。

■ 欧州企業の事例研究

<SSTL社:大学発ベンチャー、コンステレーション、途上国協力>
英国サレー大学の大学発ベンチャーSSTL社はアルジェリア、ナイジェリア、英国、中国、スペインの衛星を同一の衛星軌道にコンステレーションで乗せ、グローバルな災害監視モデルを作っています。

<Infoterra社:PPP政策、フォーメーション、事業の垂直統合>
Infoterra社はドイツの航空宇宙センター(DLR)、EADS Astrium等が参加するドイツの官民協力出資企業(PPP)で、レーダー2衛星でのフォーメーションによる情報処理を行うリモートセンシング専用会社です。データは垂直統合でEADS Astriumの情報提供ネットワークの中に吸収され、統合的に市場供給されています。

<RapidEye社:PPP政策、コンステレーション、グローバルマーケティング>
RapidEye社は農業に特化したドイツの光学衛星5機のコンステレーションによる情報処理を行うリモートセンシング専用企業で、ドイツの宇宙機関、民間企業、政府のそれぞれが機器開発、出資、融資、補助をしています。データは各国の農業企業や資源企業に広く販売されています。

<参考 Space Imaging社:政府優先調達政策>
米国の国家機関はSpace Imaging社の高分解能地球観測データに関して、基本3年、オプション1年の2回分について、同社からのデータ供給前に事前購入することに合意しました。これは政府が市場を優先的に提供する興味深い事例です。

■ まとめと今後の課題

今後の日本の宇宙開発利用は、このビジネスプロセスアプローチを活用して、従来からの宇宙科学、技術開発、公共政策的なもの、等への取り組みと並行して、i 日本の衛星の小型化・高機能化、衛星事業の産業化、ii グローバルマーケティング支援、東アジア・グローバル衛星協力、等の取り組みを至急、大幅に拡大していく必要があります。

これらにより、欧州、等の宇宙産業からの遅れを取り戻し、また、中国、インド、韓国等との競争力上の優位を確保するため、国の競争環境整備の拡充、衛星産業の競争力の水準と事業内容を、欧州並みにレベルアップすることが望まれます。

他方、これを詳細に見れば従来型の宇宙開発はJAXAの活動にある様、有人宇宙、宇宙科学、テーマ毎の個別の研究・技術開発等、公共政策的なものでありました。今後の衛星の国民生活・産業向けの開発に当たっては、 欧州の宇宙政策、宇宙企業の活動状況等を十分に参考にして、以下の3点の対応を行って、内外の国民生活・産業活動に十分に役立つ衛星・宇宙政策と衛星産業にしていく必要があります。

1)USEFで現在開発している新規の小型衛星とそのコンステレーション・フォーメーション的な造に向けた提案を行い、内外の衛星利用の拡大と衛星事業の事業化・産業化を推進する。

2)民間主導の重要技術開発支援、PPP支援、恒久的な宇宙インフラ構築等に向けた支援の仕組み・制度の創造と既存制度を再構築する。

3)グローバルな利用拡大に向け、東アジアでの、またグローバルなレベルでの衛星協力に取り組む。

Ⅱ 地球観測衛星の小型化・高機能化のイノベーション

■ 小型衛星産業化を支える3要素

小川 俊明写真小川氏:
1)小型衛星の需要は世界的に拡大しています。欧州ではSurryやAstriumを筆頭とする小型衛星バスのラインアップが充実してきていますし、米国でも小型軍事衛星の利用が拡大しています。小型衛星の世界的需要拡大の背景には、宇宙新興国が手の届く価格での提供が可能となってきていることもあります。2)技術発展も大きな要素です。実際、現在では宇宙部品の高速化・高集積化が進んでいますし、民生部品の利用も拡大しています。3)宇宙機器の市場化の特色として、このASNAROも軌道上の実証機会を確保する必要があります。

以下、NECがASNAROプロジェクトで実現したイノベーションのうち代表的なもの5点を紹介させていただきます。

■ 小型化・高機能化に向けた5つの技術革新

<イノベーション1:ガラス素材から新素材へ>
NECでは光学衛星の主反射鏡に新素材NTSICを採用しています。SiC(炭素ケイ素)にはガラス素材と比べ、軽量・高強度(約8倍)・熱歪を起こしにくいという特徴があります。

<イノベーション2:SD-RAMからフラッシュメモリへ>
観測データを記録するデータレコーダのメモリとして、従来のSD-RAM方式に比べ大容量・低消費電力・低価格なフラッシュメモリを採用しています。

<イノベーション3:QPSK変調方式から16QAM変調方式へ>
大型衛星に匹敵する速さで地上にデータを送信できる16QAM方式によるデータ電送方式を採用しました。

<イノベーション4:16bitMPUから64bitMPUへ>
最新型搭載計算機として、周辺回路を1チップ化した宇宙用高速64bitMPU(HR5000)を採用しています。必要な機能はネットワークで接続する方式を採用することで計算機本体の小型化を実現しました。

<イノベーション5:1対1通信からネットワーク通信へ>
公開された世界標準プロトコルであるSpace Wire規格を採用することで誰でもネットワーク接続機器を開発できる環境を整えました。

Ⅲ 我が国の宇宙利用拡大に向けて

■ 利用創出に向けての課題

小山 浩写真小山氏:
宇宙基本法の制定で状況は変わりつつありますが、基本的に日本の宇宙開発体制は研究開発が中心で、実用フェーズ以降の担当主体が不在となっています。すなわち、事業化、産業化を見越した宇宙利用を検討する機関がありません。一方、気象衛星、通信放送衛星に関しては、気象庁、民間事業者が主体となって調達し、実用化が実現したため、研究開発が逆に手薄になっているというのが現状です。従って、将来を見据えた研究開発、事業化、産業化を横通しで統括する利用検討体制が必要となります。

■ 欧州の宇宙利用プログラム

欧州の宇宙利用の方針を研究すると、政策課題がまずあり、それを解決する手段として宇宙の役割が規定されていることがわかります。欧州連合(EU)は研究開発プログラムとしてフレームワークプログラムを実施しており、現在は第7期が進行中です。フレームワークプログラムの各テーマで掲げられた政策課題を解決するための取り組みの中から、宇宙が関連するプログラムを紹介すると以下のようになります。

<ARTES(テーマ3「情報・通信技術」)>
ARTESは衛星通信に関わるインフラ整備、利用を欧州企業と通信オペレーターが一体となって検討するためのプログラムです。最終目的は国際競争力強化に向けた開発、実利用喚起に向けたデモンストレーションを行うことです。

<GMES(テーマ6「環境」、テーマ9「安全・安心」)>
GMESは全地球規模で環境・安全モニタリングを行うためのプログラムです。従来のように各国が個別に衛星を打ち上げているのでは経済性・効率性が低いため、各国の取り組みを整理統合し、全体で効率を向上させるのが狙いです。陸域観測、海域観測、危機管理、大気モニター、安全・安心といった分野を横通しにした衛星利用が目指されています。

<GALILEO(テーマ7「運輸(航空含む)」)>
GALILEOは欧州独自の衛星測位能力を確保する手段として開発された測位衛星プログラムです。2003年頃から始まった衛星の開発は配備に向けて着実に進んでいます。衛星利用の検討プログラムにはEU加盟国企業103社、その他の国の企業5社が参加するなど、非常に大規模な活動が展開中です。ここでは、刺激的研究開発で経済的価値を創出することや、社会や公営企業と共に刺激的アプリケーションを発掘し、公共の利便性を創出すること、国際協調を推進することなどが目指されています。

上記に説明したような利用分野に関わる政策・方針はEU各国政府・機関で成るコンソーシアムで決定されます。決定が下されると、次に欧州宇宙機関(ESA)に開発が委託されます。資金は、欧州全体で宇宙プログラムを回すために各国が拠出した資金を各国に戻すジオグラフィカルリターン制度で回っています。

開発が軌道に乗ると、ARIANE(ロケット)やEUMETSAT(気象)といった利用機関が利用を回す役割を担います。

日本も欧州のように研究開発・事業化・産業化を三位一体として捉えなければ、最終ユーザーのニーズに適った利用を効率的に回すことは難しくなると思います。また、アジア圏を視野に入れたグローバルマーケティングも可能なのではないかと考えています。

質疑応答

Q:

産業化が目指すべきことは何でしょうか。競争力の強化でしょうか。あるいは、イノベーションの推進でしょうか。

三本松氏:

衛星産業で考えるなら、これまでは官需主導でしたので、公共事業が減れば、企業の稼働率も減少する仕組みとなっていました。これに対し、途上国輸出向けの小型衛星をシリーズとして販売できるようなマーケティングができれば、公共事業の量に左右されることなく企業はフル稼働できるようになり、産業の稼働率は維持でき、産業化が達成できるのではないでしょうか。また、これから小型衛星、超小型衛星と顧客ニーズに応じた衛星のラインナップが増えると、クライアントが内外の民間企業にまで拡大し、衛星産業は拡大すると考えています。

Q:

説明内容は良く整理出来ていますが、今後、どうしていきますか。

金子氏:

今後、この提言内容に沿った政策をどう具体化するかが課題です。

すでに実行中のものもありますが、財政事情や政治情勢など宇宙政策を巡る諸環境の中で、その実現に向けて今後とも努力していきたい。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。