経営者はメンタルヘルスにどう取組むべきか:ヒューマンリスクとしてのメンタルヘルス

開催日 2010年2月24日
スピーカー 嶋田 美奈 ((株)ICD代表取締役/臨床心理士)
モデレータ 森川 正之 (RIETI副所長)
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議事録

メンタルヘルスとは

嶋田 美奈写真メンタルヘルスとは「心の健康」で、メンタルヘルスケアは「心の健康づくり」を指します。メンタルヘルス不全者とはメンタルな問題を抱え、業務や生活に支障をきたす者、もしくは支障をきたすおそれのある者と理解されています。メンタルヘルス不全者は経済状況の悪化や就職難のほか、心の病の認知度が向上していることを背景に増加傾向にあります。

米国労働安全衛生研究所(NIOSH)による職業性ストレスモデルによると、「急性のストレス反応(心理、生理、行動)」は「職場のストレッサー(作業、作業環境、人間関係など)」に「個人的要因(年齢、性別、性格など)」と「仕事以外の要因(家庭など)」と「緩衝要因(社会的支援)」の3つの要因のいずれかまたはすべてが作用して引き起こされます。ストレス反応の方向性と程度はそれぞれの要因の有無により異なります。「疾病(ストレス関連疾病)」はストレス反応を受けた後も状況が改善されなかった場合に起こるといわれています。

NIOSHによるストレスモデル以外にもいくつかのモデルが存在しますが、明確な解決モデルは提示されていません。それぞれの要因について個人差が大きく、共通の対策を講じることが難しいためです。どこからが病気なのか、急性と慢性との区別が難しいのも解決モデルが提示されないことの大きな要因となっています。

メンタルヘルスの必要性

メンタルヘルスは企業の損害を回避するためにも必要です。損害とはすなわち、生産性の低下、コスト負担、人材の損失と負担、イメージやモラルの低下などです。こうした要素はそれぞれにつながりがあるため、放置すれば損害は拡大することになります。具体的に英国の職場におけるメンタルヘルス不全の費用負担をみてみると、常習欠勤によるものが1774億円、体調不良の出勤による生産性低下によるものが3189億円、欠員補充によるものが507億円と計算されています(The Sainsbury Center for Mental Health "Mental Health at Work: developing the business case"より三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2008年1月の値で円換算)。

一方、日本国内では、中小規模事業場(300人未満)における精神障害による疾病休業率は0.79%で、300~999人の事業場(0.54%)、1000人以上の事業場(0.37%)と比較して高くなっています。中小規模事業場における欠勤による労働損失は、推定の逸失利益(賃金ベース)で9468億9400万円となっています(厚生労働省「うつ病を中心としたこころの健康障害をもつ労働者の職場復帰および職場適応支援方策に関する研究」から)。

国内の企業におけるメンタルヘルス対策の現状

次に、(財)社会経済生産性本部が2008年4月に実施した「第4回メンタルヘルスの取組に関する調査」(上場企業2368社対象。有効回答は269社)の結果を紹介します。

メンタルヘルスに関する施策を行っている企業は63.9%、今後取り組みを充実させる方向の企業は86.9%、取り組んでいる施策の効果がまずまずという企業は38.7%でした。ここで「まずまず」という表現が使用されているのは、日本のメンタルヘルス分野では対策の費用と効果をどこでみるかが明確になっていないためです。

EAPやメンタルヘルスに取り組んでいる企業の基本方針としては、人間性・人権の尊重や、生産性の向上などが挙げられています。企業の捉えるリスクとしては、人的資本の損害、情報漏えいなどが挙げられています。

実際の取り組みとしては、一次予防、二次予防、三次予防の考え方が取り入れられています。メンタルヘルスケアの四段階(セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフによるケア[内部EAP]、事業場外資源によるケア[外部EAP])を踏んでいる企業も多くあります。このほか、殆どの企業は、健康な人を含めた予防(ポピュレーションアプローチ)とメンタルヘルス不全者の予備軍、不全者に対する支援(ハイリスクアプローチ)の二段階を取っています。

従業員援助プログラム(EAP:Employee Assistance Program)

内部EAPとは、健康相談室、医務室、人事部、EAP担当部署での専門家による援助、外部EAPとは、外部の専門機関でのコンサルタント、医師、臨床心理士、産業カウンセラーによる援助を指します。

いずれのEAPでも、コストと費用対効果が最大の問題となっています。コストとしては、内部EAPの場合は、設置費用や専門家の雇用費、資格取得費やセミナー・研修費、啓蒙活動費、体調不良出勤者による生産性低下費用、医療費、休職者への手当・給与、人員補充費、労災補償費、訴訟費・賠償費などが挙げられます。外部EAPの場合は、外部援助の利用費が発生します。

米国の場合は内部EAPでは1人当たり約12~18ドル、外部EAPでは約125~150ドルのコストが発生するといわれています。日本では外部EAPの場合、外部の専門機関がカウンセラーに払う費用は平均3000~5000円といわれています。

内部EAPが抱える別の問題点としては医療などのバックアップ体制があります。産業医が精神科医や心療内科医ではなく内科医であることが多いため、休職手続き時に診断書の精査ができないという問題や、復職時に社員が本当に治ったのかの判断ができないという問題です。企業内の各部署の連携も問題となっています。つまり、個人情報保護を中心にすると総務・法務との連携が難しくなってくるため、情報の提供が遅れるという問題です。

外部EAPが抱える別の問題点としてはEAP機関の質の問題があります。労働者健康福祉機構による相談機関の登録基準はありますが、外部EAP機関の質は実際に利用してみないとわかりません。これはカウンセラーの質の問題に関してもいえることですが、臨床心理士は国家資格ではなく認可資格であり、資格を取得したとしても、すぐにカウンセラーとして十分な役割を果たせる訳でもありません。医師であったとしても、新米の医師がカウンセリングにあたることもあります。さらに、現在はベテランカウンセラー1名を有していれば相談機関として登録できるようになっているため、相談機関のその他のカウンセラーがベテランでないケースも多くあります。このほかにもカウンセリング過程での意図しない企業情報の漏えいや従業員が意志決定時にカウンセラーに過度に依存するようになるといった問題もあるため、外部EAP機関への委託を検討する際には企業の側でしっかりと吟味する必要があります。

企業のメンタルヘルスの問題点

メンタルヘルスに絡んだ従業員の問題としては、業務上横領、使いこみ、情報漏えいなどの社内不正があります。メンタルヘルス不全者を採用時あるいは退職時にどう扱うかという問題もあります。メンタルヘルス不全者が被害妄想にかかりユニオンなどで団体交渉を進めたケースもあります。同様に、被害妄想にかかったメンタルヘルス不全者が内部告発をするというケースもありました。統合失調症や人格障害を患う従業員による暴力事件もメンタルヘルスに絡んだ問題です。最近では異常性癖による盗撮、恋愛妄想によるストーカーの問題もリスクとなっています。

経営陣の問題としては、従業員の問題と同様に社内不正が起きるリスクや、不安神経症や心身症にかかっている経営者が占いや新興宗教、悪徳経営コンサルタントから大きな影響を受け合理性に欠ける経営判断や人事を行うという問題があります。それにより会社が乗っ取られたり、倒産したりするケースも実際にでてきています。妄想によるセクハラ、パワハラ、ストーカー行為も大きなヒューマンリスクです。

メンタルヘルス問題に経営サイドはどう取り組むべきか

メンタルヘルス問題に対する取り組みは各企業により異なりますが、一番のポイントは、経営者・経営サイドがメンタルヘルスをどう認識するかにあります。メンタルヘルス不全者は自社に不要な人材と考えるのでしょうか、あるいはその人材に再帰のチャンスを与えるのでしょうか。どの時点からメンタルヘルスを問題として捉えるのかも企業により異なります。メンタルヘルスの問題を個人の問題として捉えるのか、組織の問題として捉えるのか、あるいは両方の問題として捉えるのかという問題もあります。また経営者自身がメンタルヘルス問題に取り組みたいと考えているかということもあります。

企業はまずは現状把握と原因分析からメンタルヘルスの取り組みの必要性を判断します。すなわち、自社でメンタルヘルスの問題を抱えている従業員がどのような人なのか――それは性格的問題によるものなのか、環境的問題によるものなのか――の分析を進めることです。プログラムを導入する必要がある程の規模・内容のものなのか、コスト負担はできるのか、カウンセリングやメンタル研修の目的は明確になっているのかも検討すべきです。

メンタルヘルス・プログラムを導入している企業(製造関係)の多くは、従来、健康管理と労働安全衛生の分野から取り組み始めていましたが、現在では、人材資源管理やCSRの考え方に立ってプログラムを導入している企業も増えています。自社の経営理念や企業文化を踏まえて、従業員に受け入れやすく、かつ導入しすい基本方針を立てる必要があります。

どのような指標で費用対効果を測るのかも最初に決めておくべきです。

経営者のメンタルヘルス

現在取り組まれている企業のメンタルヘルスは従業員が主になっており、経営者・経営陣を対象としたメンタルヘルス対策はありません。しかし一方でメンタルヘルスの問題を抱える経営者の数は増加しています。実際、中小企業経営者の自殺者数は大企業管理職の自殺者数の約4倍の多さになっています。経営者・経営陣を対象としたメンタルヘルス対策を考える必要があります。

そうした対策は従業員を対象としたメンタルヘルス対策とは別物として位置付ける必要があります。企業として精神科医や心療内科医といった専門医とのネットワークを持つ必要もあります。経営者自身も健康管理とストレスコントロールをうまくして、疲れた時には健康対策として進んで休みを取る姿勢を企業内でアピールすることも必要です。

質疑応答

Q:

(1) 日本人の自殺者が世界の中でも多いのは国民性の問題も絡んでいるとお考えですか。(2) 社会に進出することに不安を感じる学生が多い中、どういうアドバイスをすればメンタルヘルス問題の軽減につながるでしょうか。(3) メンタルヘルス不全者なので人員削減の対象とするという考えに合理性はありますか。

A:

(1) 専門的に研究している訳ではないので断言はできませんが、国民性の問題は絡んでいると思います。「自分が大変になったときに他人に迷惑をかけないため」といったところで日本人には変な意味での「潔さ」があるのかもしれません。

(2) 学生に対するアドバイスは、自分にあった企業に入ることです。自分の中でやりたいこと、企業の中で自分を活かせる分野をみつけることです。すぐにあきらめないことも大切です。何事もそうですが、基礎的なことはおもしろくありません。おもしろさは、自分の中にある程度の知識や情報が蓄積されてから感じるものです。その意味で、最初の2~3年は我慢して、いろいろなことがわかった上でおもしろくないのであれば、その時点で判断すれば良いのだと思います。

(3) メンタルヘルス不全者だから人員削減の対象とするというのは常識的な考え方ではありません。メンタルヘルス不全者でもパフォーマンスの高い従業員は多くいます。従って、メンタルヘルス不全者でもパフォーマンスの高い人材とそうでない人材は別の次元で考えるべきです。メンタルヘルス不全だからという理由だけで問題を片づけることはできません。

Q:

ベックのうつ病調査表 (BDI テスト)を従業員に回答させて、それを時系列で追っていけばメンタルヘルスケアの効果はわかるのではないでしょうか。メンタルヘルスの取り組みはうつ病に対し医学的に効果のある治療法(認知行動療法や対人関係療法)とは関係のないように思えます。効果はあるのでしょうか。

A:

BDIテストで費用対効果が明かになるのであれば、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。

メンタルヘルスの取り組みの目的はメンタルヘルス不全者の早期発見であり、治療ではありません。これがメンタルヘルス分野での主流の考えです。認知行動療法や対人関係療法でケアするのはハイリスクアプローチで、そうしたケアはEAPや専門スタッフにより提供されるものです。これは企業内での取り組みとは別の話です。企業内でのメンタルヘルスケアの取り組みは、従業員1人ひとりがメンタルヘルスケアに関する知識を持ち、メンタルヘルスに関する問題を発見し、ストレスを早めにコントロールし、問題を放置しないようにするための予防的手法として取り入れられているものです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。