激動するアジア経営戦略 ~中国・インド・ASEANから中東・アフリカまで~

開催日 2010年2月23日
スピーカー 安積 敏政 (甲南大学経営学部教授)
コメンテータ 渡辺 哲也 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省通商政策局 アジア大洋州課長)
モデレータ 伊藤 公二 (RIETI上席研究員)
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議事録

「アジア・アズ・ナンバーワン」の時代

三本松 進写真1980年前後は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代でしたが、それが今では「チャイナ・アズ・ナンバーワン」、さらには「アジア・アズ・ナンバーワン」に変わってきています。アジア(日本を含む)のGDPは2014年に米国・EUを追い越すといわれています。そのアジアに占める日本のGDP割合も、1990年代の3分の2から3分の1に縮小する見通しです。

その観点から、21世紀の新たなアジア戦略を中心に説明したいと思います。まず、企業経営の視点においては、経営資源の投入先を「事業」と「地域」のマトリックスで考えることが非常に重要となっています。どの事業をどの地域で伸ばしていくか――。その中で、アジアは生産拠点だけでなく、成長市場そして研究開発拠点として脚光を浴びています。

経営戦略のアジアシフト

アジアで戦後最初に注目を集めたのは「強すぎる日本」でしたが、時代が下るにつれ、アジアNICs、中国、インド、BRICsが新たな投資先として脚光を浴びるようになりました。そして2010年代以降はポストBRICsへの流れが出てきています。

とりわけ1980年代は懐疑的な目で見られていた中国が日本にとって最大の貿易国になるなど、著しい成長を見せています。その次に脚光を浴びているのが、BRICsとイスラム諸国7カ国を含むN11(ネクスト・イレブン)です。とりわけ日本の投資先としては、VTICs(ベトナム・タイ・インド・中国)が有望視されています。

その一方で、日本国内では生産、研究開発拠点、海外直接投資、税(法人税、配当収入などの税)の4つの空洞化が問題視されています。実際に、日本のGDPの1~2割に相当する生産金額(と雇用)がすでに海外にシフトしています。その海外生産高の半分近くをアジアが占めています(2007年度は44.4%)。ここで考えるべきなのは、日本経済全体の収益源(profit center)が日本からアジアにシフトしている、すなわちアジアにおける収益性が日本企業の収益性を左右しているということです。一体何が変わったのか――。

たとえば、パナソニックの売上高は過去10年間、国内・海外とも殆どゼロ成長となっていますが、海外売上高に占めるアジアの比率が米国に代わる形で著しく伸びています。パナソニックは中国で1兆円の生産・販売を達成する経営計画を2003年に発表しましたが、その言葉の通り、2007年度は9417億円達成しましたが、2008年度はリーマンショックの影響から目標として9850億円の中国売上高を計上することはできませんでした。

しかし、結果として、中国企業と日本企業との競争も熾烈化します。それも、中国国内市場での競争から、中国の輸出品による海外市場での競争、現地生産品による消費者市場での競争に拡大していきます。

勝ち残りの法則

日本企業は過去10年間、どのようにして勝ち残ってきたか――。

たとえば、化学業界では住友化学が過去10年で売上高を1兆円も増やしていますが、売上増分の48.2%をアジアで計上しています。同時期に、アジアの売上高は1250億円から6000億円近くにまで伸びています。営業利益も海外が増分の実に66%を占めています。

他の「勝ち組」企業を見ても、コマツや資生堂などは、国内がマイナス成長となる中で、アジアを中心に海外で売上と収益を着実に伸ばしています。キリンホールディングスの豪ビール大手買収やサントリーとの経営統合構想の裏にも、そうした実情があります。運輸業界でも日本通運は海外売上比率が10~20%に上っています。

以上のことから、成功企業には次の共通点が見出せます。(1)確固たる中長期経営計画・ビジョンの策定、(2)少子高齢化・人口減による内需縮小の認識、(3)海外、とりわけアジアにおける成長性・収益性確保。国内市場がマイナス成長となり、価格競争のゼロサムゲームに陥る中で、アジアのダイナミズムをいかに成長戦略に取り込むかが重要となっています。また、さらなる共通点として、対アジア戦略における(4)業種間格差(製造業VS非製造業(サービス産業))と(5)企業間格差が指摘されます。

中国を急追するインド

中国が台頭する一方で、インドもここにきて有望な投資先として急浮上しています。とりわけ、関西企業の経営者、労組、学識者は2005年以降、一貫してインドを最も有望な投資先に挙げています(第21回KPC定期調査による)。実際に、インドに進出する日系企業の数も今では1000社を越しています。そうした点も含めて、1980年代後半の中国のような現象が起きています。また、中国と同様、インドの自動車業界もそう遠くない将来に輸出を本格的に始め、生産・需要の両面で日本を追い越すようになると見ています。

21世紀の新たなアジア戦略

国内に閉じこもっていては危ない。ゼロまたはマイナス成長の中で戦いを強いられ続けることになる。こうした危機感を持つ企業は多いと思われます。

日本の上場企業の2007年度連結決算を見ますと、全体の売上高524兆円のうち62%、326兆円を製造業が、さらにその半分近くを自動車・部品と電気機器が占めています。また、7兆円の海外営業利益のうち3兆円がアジアで計上されています。その3兆円の内訳ですが、輸送用機器、電気機器、化学、機械、その他の製造業が84.8%を占めていて、石油会社を除くサービス産業の比率はわずか6%となっています。

アジアの中でとりわけ収益源となっているのが、ASEAN、中国、インドです。日本のアジア進出はASEANを発端としていますが、その後、中国、インドへと進出し、域内分業を図ってきた裏で、ASEAN・中国間、ASEAN・インド間の貿易も年率2割で成長しています。

とりわけ、インドはASEANとの関係を緊密化させています。それを端的に示すのが、関税削減の加速化と、インド-シンガポール間の航空便の増加です。かつては週27便(SQ便)しかなかったのが、現時点では117便に増えています。さらに、対中貿易が年率4割で増えるなど、中国との経済関係も拡大しています。

その中で浮上してくるキータームが「さらなる拡大アジア戦略(Extended Greater Asia Strategy)」です。「日本・ASEAN・中国」、「中国・ASEAN・インド」の2つの三角形から成る構図ですが、一方の端にあるインドはもう1つの成長エリアである中東、さらには東アフリカのゲートウェイでもあります。インドからは週350便がドバイに就航していますが、そのドバイからは欧州に週472便が、東アフリカに週233便が到着します。日本に行くのは週わずか14便です。インドとドバイの緊密な関係からEU、アフリカに人・モノの流れが続いていく構図において、アジア戦略はもはや中東、アフリカ抜きに語れなくなっています。しかし、日本にいるとそのダイナミズムがなかなか見えてこないのです。

アジアの重心は既に「日本・ASEAN・中国」から「中国・ASEAN・インド」に移っています。IMFの予測通りに各国が成長すると、2015年には中国・ASEAN・インドの合計GDPが日本の2倍強となります。世界の目が日本から離れていく状況が避けられない中で、この新たな三角形のダイナミズムをいかに取り込むかが日本企業の浮沈の鍵を握ることになります。中国・ASEAN・インドにおいて最大の収益性と成長性を実現するシナリオをどう描いていくか、成長市場としてのアジア、生産拠点としてのアジア、研究開発拠点としてのアジアをどう経営に活かしていくか、そのために先述の2つの三角形をいかに地域統括していくか――。このような観点からアジア域内の各経営機能を高度化し、有機的に結びつけていく上で、日本あるいは日本の本社の役割が改めて問われてくることになります。

最後に、21世紀の日本企業については次のことがいえます。まず、アジアで稼げない企業は生き残れない、勝ち残れないということ。それから、アジアで勝てない企業は「本土防衛」ができないということです。また、アジア事業の経営リスクは企業体力によって異なりますが、いずれにしても、アジアはもはや日本中心に回転していないことを認識すべきです。敗北感、悲壮感はまったく不要ですが、健全な事実認識と危機感のもと、新たなダイナミズムを取り込むアジア経営戦略を立てることが日本再生の鍵になると考えています。

コメント

コメンテータ:
簡単に3点、問題提起させていただきます。(1)アジアの重点が先述の東の三角形から西の三角形に移る中で、日本はどう対応すべきか、(2)アジアの競争状況とリスクを見極めた上でいかに収益性を確保するか、その中で政府に求められる支援とは、(3)自動車と電気機器に並ぶ新たな収益の柱を作れるか。

特に3点目に関しては、「システムで稼ぐ」発想が浮上しています。アジアの膨大なインフラ需要と都市開発需要を取り込む上で、著書にもある通り、日本の優れた技術と経験を売り込むためのパッケージ作りが重要となってきます。

その関連で日本は現在、インフラをアジア全体で総合開発する提案をしています。今後策定される「アジア総合開発計画」のもと、2020年のアジア所得倍増に向けて、「デリー・ムンバイ産業大動脈」、「インドネシア経済回廊」、「メコン総合開発」などの計画を1つ1つ策定、実施していく考えです。そこでいかにビジネスチャンスを獲得していくかですが、インドに関しては、日本企業がコンソーシアムを組んで進出するモデルケースを作る案が出ています。

質疑応答

Q:

シャープもパナソニックも肝心のアジア市場で急速にシェアを落としています。何が問題なのでしょうか。

A:

消費者・市場に合っていないから、という答えに尽きます。日本のものづくりは高性能、高品質、高機能で高価格なのが特徴ですが、アジアの消費者が求めるのは、高性能、高品質、高機能で普及価格の製品です。技術、人材、資金力ではなく、そうした市場とのミスマッチが売れない原因となっています。

たとえば、蛍光灯はパナソニックが900円なのに対し、中国のフィリップスが275円で世界トップシェアを占めています。世界で成功する企業は「ものづくり」ではなくて「売りづくり」が上手なのが特徴です。逆に日本企業は「売りづくり」に弱い――。「ものづくり」ではなく「売りづくり」で負けているのです。現在の日本には「知財立国」、「科学立国」、「製造立国」などのイニシアティブが並立していますが、本当に必要なのは「売りづくり立国」であるといえます。その意味で「ものづくり大賞」は時代錯誤的であり、むしろ「売りづくりセンター」、「売りづくり大賞」を設けるべき時代にきています。

Q:

昔の松下電器は「売りづくり」が非常に上手な印象でしたが、なぜ下手になったのでしょうか。

A:

それは歩かなくなったからです。皆が高齢化して、豊かになったからです。技術・資金がない時代、日本の企業は社長から社員まで世界中を歩き回りました。その中で得た「気付き」が商品になってきたのです。歩かなくなると、そうした気付きがなくなり、感度が悪くなる、アクションが遅くなる――。現場を歩き回って市場と消費者を直に見ないと、的確な判断もできなくなります。また、同じ観点からアジアに本社を置く重要性を強調しています。日本にいては、各国の政府や競合他社の動き、消費動向が見えなくなるからです。また、このようにアジアの現場で意思決定をしていかないと、日本企業は生き残れないと考えています。

Q:

ボリュームゾーンを狙う上では、設計思想も根本的に考え直す時期にきているのではと思われます。現地生産でも日本企業の製品が高い理由として、現場の技術者にスペックダウンを指示しても、メンタリティーがついていかないという問題があります。スペックダウンの発想ではもはや通用せず、ゼロから安い製品を設計する発想が必要になっていると思われます。

A:

日本人が日本で研究開発をする前提でいるから、どうしても設計思想の話が出てくるのだと思われます。中国で売る製品は中国で、インドで売る製品はインドで開発すれば設計思想はそもそも問題になりません。消費者のいるところで開発する発想にまず転換すべきです。

設計思想は「プロダクト・アウト」の思想、ものづくり側主体の発想です。それを「客づくり」、「マーケット・イン」の発想に切り替えると、「30万円自動車を作る」という前提から始まりますが、これは300万円の製品を作る設計思想の延長線上ではできないことです。そもそも本国での設計思想を消費国で行うやり方に変えることに無理があるため、むしろ場所と人材を変える方が効果的です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。