2010年景気回復の持続性と出口戦略---『世界経済の潮流2009II』から

開催日 2010年1月15日
スピーカー 林 伴子 (内閣府参事官(海外経済担当))
コメンテータ 片岡 隆一 (経済産業省通商政策局 企画調査室長)
モデレータ 伊藤 公二 (RIETI上席研究員)
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議事録

世界経済の回復の持続性

林 伴子写真~世界経済の回復パターンの特徴~
今回の世界経済回復のパターンには3つの特徴があります。

第1に、政策効果による持ち直しです。現在の世界経済の持ち直しは、前例のない大規模な財政拡大、非伝統的手段も含む金融緩和等の政策効果に大きく支えられています。特に、多くの国で自動車販売促進政策が展開され、全世界合計で少なくとも1000万台以上の需要が創出されています。ただし、米国、ドイツ等では支援策が終了し、特にドイツでは今後反動減が顕在化するおそれがあります。

第2に、アジア、特に中国による回復の先導です。中国経済は、4兆元の政策効果や消費刺激策もあり、2009年初頭から持ち直し、回復傾向にあります。韓国や台湾、日本もそれに続く形で、アジア全体では春先から回復しています。金融危機の震源地である欧米では、景気は総じて下げ止まっていますが、間接金融を中心に現在も続く信用収縮が今後の景気回復のペースに影響を与えることが懸念されています。

第3に、フェーズが金融危機から雇用危機へと移りつつあります。欧米各国では失業率が10%前後まで上昇するなど、雇用情勢の悪化が消費を低迷させる状況が懸念されます。

~アジア経済~
アジア経済は2009年春先から総じて回復に向かっています。日本経済の現在の持ち直しは、景気対策と中国向け輸出の2本の柱で支えられています。同様のパターンは韓国や台湾でもみられます。インド、インドネシア等では、他のアジア地域に比べ、内需を中心に高めの成長率が維持されています。

今後のアジア経済をみる上では、中国、特に中国の内需が重要となります。

中国経済は元来、内需と外需、特に投資と輸出に支えられてきました。輸出はリーマンショック後に急速に落ち込み、2009年12月にようやく前年比でプラスに転じています。このように輸出は中国経済のエンジンとなるところまでは回復しておらず、現在の中国経済は政策効果で回復した内需に支えられる形となっています。

中国の消費は、消費刺激策を背景に、前年比15~16%で伸びています。中でも、冷蔵庫、カラーテレビ、洗濯機は農村の三大需要品目となっています。先行きについては、2010年以降も継続される対策もあり、対象範囲の拡大も期待されること、さらには、雇用情勢は改善に向かっており、所得環境や消費者マインドにも改善がみられることにより、当面堅調に推移する見込みです。

2009年は、インフラ投資や災害復興プロジェクトを含む4兆元規模の内需拡大策の実施もあり、投資は過去10年間で最高の伸びで推移しました。先行きについては、対策の下支えが2010年も継続し、中国政府は当面、金融緩和を継続するスタンスであることから、投資拡大が続く見込みです。ただし、生産設備過剰業種に対する投資の抑制やバブル懸念を背景とした金融引き締めの可能性には注意する必要があります。

マネーサプライ(M2)は、2008年11月の総量規制撤廃後の銀行貸出の急増に伴い、前年比約30%と非常に高い伸びで、金融は大幅に緩和しています。これを背景に、上海等で局地的な不動産バブルが発生している可能性があります。そうした懸念もあり、中国政府は、預金準備率や手形割引率、手形発行で吸収する資金等の引き上げや土地取引規制の強化で金融を引き締める方向に動いているようです。

アジアの輸出は欧米向けが回復しなければ本格的な回復は難しい状況です。

過去20年を振り返ると、東アジアの貿易・生産構造は、日本を軸とした域内分業から、中国を軸とした欧米向けに輸出する域内分業体制へと変化しています。東アジア各国・地域への輸出は部品・加工品といった中間財が中心で、中国で加工・組み立てが行われた製品の最終需要地は主として欧米先進国となっています。

こうした構造はすぐには変わらないため、輸出の本格的回復は、欧米先進国の需要回復を待つものになると見込まれます。

アジア自身が持続的に自律性を持って安定的に発展するには、欧米向け輸出を軸とした域内分業体制ではなく、アジア域内で内需を創出し、域内貿易で伸びていく必要があるといえます。つまり、「世界の工場」から、世界の豊かさを味わう消費地へと、これまで築いてきた豊かさを人々が広く享受する構造に変貌する必要があります。そのためには、中国については、予備的貯蓄を減らすための年金・医療制度改革に加え、人民元の柔軟性を高めることも必要です。

~米国経済~
2009年7~9月期の実質GDP成長率(2.8%)のうち1.5%は自動車関係の寄与となっています。米国の景気刺激策は、2009年9月までは減税措置や個人向け移転支出に大きく支えられてきました。翌10月から始まった2010年度では、相当のインフラ投資が行われる見通しで、2010年度で全体のパッケージの半分が執行される予定です。

米国の州・地方政府では均衡財政が義務付けられているため、財政赤字となった場合には、公共サービスの縮小や増税が実施され、景気後退が増幅する可能性が考えられます。また、州・地方政府の税収減は連邦政府からの補助金増で補填されていますが、歳出はそれほど増やせないのが実態です。

消費者向け貸し出しは総じて減少傾向にあり、特に、商業銀行に次ぐ貸出規模である金融会社(消費者ローン専門のノンバンク)の貸し出しが大幅に減少しています。企業向け貸し出しも減少幅は拡大傾向にあります。

失業率は上昇傾向にあり、1983年4月以来の高水準です。若年層の失業も深刻で、長期失業者の増加でかなり厳しい状況が生まれています。サービス部門でも依然として雇用調整が進行しているため、ジョブレスリカバリーに陥る可能性が大きく考えられます。

家計のバランスシート調整が相当に進行し、貯蓄率は上昇しています。個人消費の回復は相当程度緩やかなものになる見込みです。

~欧州経済~
多くの国で自動車買換え支援策等の政策効果が現れていますが、英国、スペイン等、構造的な問題を抱え回復への動きが鈍い国もあります。

金融機関の貸出態度は依然として厳格化したままの状態が続き、雇用も深刻化しています。このほか、ドイツの政策効果のはく落と共に消費が落ち込むことが懸念されます。そうした中での明るい兆しとして、アジア向け輸出の増加を挙げることができます。

緊急避難的な経済政策からの出口戦略

~出口戦略の論点~
出口戦略の策定にあたっては、実施のタイミングや市場との対話が非常に重要となります。

米国の2009年度の財政赤字はGDP比10%、欧州でも、安定成長協定に定める財政赤字GDP比3%、政府債務残高GDP比60%の基準を多くの国が超過しています。

経済財政政策の出口戦略においては、財政再建開始のタイミングとペースが今後の景気回復の見通しに照らして適切であること、市場から信頼を得られるような実現可能性の高い枠組みであること、一定の柔軟性を有する枠組みであることを担保する必要があります。

オバマ政権は2013年までの財政赤字半減を目指していますが、今後の景気動向次第では達成が困難な状況です。欧州では2010年から財政再建に取り組む国が大多数ですが、2010年の見通しはおおむね0~1%台の弱い成長で、そうした中で財政再建に着手することには若干の疑問を持っています。

~金融政策の出口戦略~
連邦準備制度理事会(FRB)が中長期国債の新規発行額の前年比増加分の約半分を買い取り、イングランド銀行(BOE)が毎月の発行額を上回るペースで中長期国債を買い取る中、出口戦略をどう策定するかは大きなイシューです。

~金融システム安定化の現状と今後~
金融機関の業績としては、競争相手の再編や破綻により競争環境が緩和された状況下で、証券引受部門や自己取引部門が、過去最高水準の高収益となりました。一方、旧来型の商業銀行部門は厳しい状況が続くなど、欧米の大手金融機関の業績は二極化しています。

~出口の先の金融政策・金融システム安定化策の枠組み~
金融危機を未然に防ぐには金融システム全体に関わるリスクを監視する観点から政策運営を行う「マクロ・プルーデンス政策」が必要との認識が高まっています。実際、欧米では、マクロ・プルーデンス政策実現に向けて、中央銀行と金融機関監督当局の連携を確保する機関や仕組みを作る動きが進んでいます。

米国では、多数の機関に分散していた金融規制・監督体制を厳格かつ包括的なものに再構築する取り組みが進んでいますが、複雑な規制監督の構造の中での実効性確保等で課題も残っています。

世界経済の見通しとリスク

~米国経済~
信用収縮や雇用問題の動向を注視する必要があります。下方リスクの問題もあります。実際、商業用不動産の価格は下落し続けていますし、同不動産の債権を持つ中小金融機関の破綻も続いています。破綻が続けば地域経済に相当な影響を及ぼすと考えています。

~欧州経済~
欧州の回復ペースは極めて緩慢になる見通しです。輸出が伸びてから他が伸びるというのが欧州の回復パターンですが、輸出以外のエンジンに欠ける状態で、周辺国といわれるような国は依然として厳しい経済情勢です。

下振れリスクとしては、不良債権処理の遅れがあります。ドバイショックの影響で信用収縮が起きるリスクもあります。中・東欧への貸出債権が多いオーストリアやスウェーデンの金融機関は、不良債権の増加による業績の悪化に直面しています。財政赤字拡大に伴う長期金利上昇はもはやリスクではなく現実化しています。一方で、緊急避難的な財政・金融政策の拙速な転換による景気の腰折れもリスクです。

~アジア経済~
アジア経済は基本的に回復傾向が続く見通しです。中国の資産バブルは下振れリスクとして注視する必要があります。家計消費の伸びの想定以上の高まりは上振れリスクです。

~世界経済全般~
世界経済全体としては、2010年は、緩やかに、特にアジアを中心に回復すると考えています。ただし、拙速な財政・金融政策の転換による景気の腰折れや、急激な国際金融市場の変動、原油価格の上昇などの下振れリスクに注視する必要はあります。

2010年はソブリンリスクの年ともいわれています。これだけの財政拡大をする中で、各国の景気・財政状況にはばらつきがあります。一部の国の国債が大規模に売られるというリスクにも注視する必要があります。

2010年には中国のGDPが日本のGDPを抜く可能性が高いともいわれています。「世界第二位の経済大国」の地位を日本が失ったとき、日本は何を売りにし、どういう国になることを目指すのかが、非常に重要なイシューになる、2010年はそういう年になるのではないかと考えています。

質疑応答&コメント

コメンテータ:

(1) 財政・金融面での各国の景気刺激策が奏功し、危機は脱したように思え、欧米が緩やかに回復する一方で、アジア諸国、新興国が回復をリードするというのが世界経済の現状認識です。二番底リスクの現実化が2010年のポイントとなりますが、最も大きなソブリンリスクを抱えているようにみえるのは、実は日本ではないかと思います。

(2) 中国、インド、インドネシア、ベトナム等のアジア諸国や新興国の成長が世界経済の復活部分をリードしたというのはエコノミストの共通認識になっていると思います。中国のケースでいえば、財政赤字が比較的小規模な中での大規模経済対策が牽引力となった、あるいは、財政刺激も相俟ってボリュームゾーン(潜在需要を抱える大量の中間層)の消費の火が消えることはなかったためと考えることもできます。他方、ホットマネーがアジア諸国や新興国に流れているのも事実で、中国のバブル崩壊リスクに代表されるバブル要素がアジアの成長と表裏一体の関係になっている側面もあります。

(3) 米国が(過剰な)消費をし、産油国や中国等アジア諸国が米国への資金流入を支えるモデルの下で、2000年代以降、急速にグローバルインバランスが拡大しています。これは世界経済の地殻変動の1つの象徴です。米国経済の構造変化が本当に起きるのか、起きるとして、その過程でどういったアジャストメントがなされるのか、世界第一の輸出国家である中国との関係はどう考えるのか等は中長期的課題です。

Q:

「中国については、予備的貯蓄を減らすための年金・医療制度改革に加え、人民元の柔軟性を高めることも必要」とありましたが、中国の貯蓄を消費に回すために日本にできることは多くあると思います。どうお考えですか。

A:

中国の貯蓄を消費に転嫁する上で日本がどういった役割を果たせるかという問いは、アジアの域内内需振興で日本がどういった役割を果たせるかという問いに言い換えることができると思います。この場合、インフラ整備や政策面での支援のほかに、日本が消費のリーダーとなることも考えられます。たとえば、クリエイティブインダストリーといわれる分野でかっこいいライフスタイルを発信し、それに対する消費を中国で刺激することもできると思います。

日本の役割を日本経済にどう結びつけるかについては、消費・技術の最先端地であることを日本のアジアでの立ち位置とし、多くの人を海外から呼び込むことで国内消費を伸ばすことは可能と思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。