英国における議会改革と日本への示唆

講演内容引用禁止

開催日 2009年12月2日
スピーカー レスリー・コナーズ ((財)世界平和研究所客員研究員)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI上席研究員/(財)世界平和研究所主任研究員)
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議事録

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英国の政治システム、ホワイトホール・モデル、憲法上の変化、議会改革

レスリー・コナーズ写真英国の政治システム(ウェストミンスター・システム)は、強固な内閣政治と議会主権の間でバランスが図られる仕組みとなっています。議会の主要な機能は、政権を監視し、議論し、法律の審査・立案をすることです。議会は行政府からかなりの制限を受けています。

ウェストミンスター・システムはホワイトホール(日本の「霞ヶ関」に相当)モデルと連結しています。官僚の役割は、大臣に助言を与え、政府が決定した政策を実施することです。官僚は行動規範や、官僚が大臣やメディア、ロビイスト、野党、バックベンチャー(役職のない一般議員)などにどれだけ関与できるのかを示した公務員指導書に従います。

英国の政治システムを規定する憲法上の取り決めは、スコットランド議会やウエールズ議会への立法権の委譲、各種政府機関への規制権限の委譲、情報公開法の制定、人権法の導入といった前例のない改革の影響を受けています。議会の権限はこうした憲法上の変革により、大きく狭められました。

1997年、労働党新政権が成立した直後に始まった議会改革の大きな推進力となったのが、下院に設けられた超党派の委員会、「近代化のための特別委員会」です。他の特別委員会とは違い、近代化特別委員会の議長には、一般議員(閣僚、下院幹事)が就任しています。閣僚という行政府の人間がかかわったことで、議会はより円滑かつ効率的・生産的に機能するようになりました。

しかし、議会の影響力が強まった訳ではありません。閣僚が議長であったため、政府に対する議会の影響力拡大の議論にはならなかったのです。

上院改革は、1997年の労働党マニフェストに従って、世襲貴族を排除する法律から始まりました。これは「第一段階改革」として知られています。上院の構成・権限・役割に関する「第二段階改革」については、いまのところ合意は形成されていません。

現在にいたるまでの改革

議会改革には2つの大きな目標がありました。第1に、議会に対する信頼の回復です。これは、議会の透明性を高め、議会討論をより話題性のあるものにすることで可能となります。

第2の目標は議会の近代化です。本日は特に、議会の近代化に向けた3つの改革――(1)立法過程の改革、(2)委員会過程に対する改革、(3)上院改革――に焦点を当てて話をしたいと思います。

立法過程の改革

立法過程の改革は3つの改革に細分化できます。

第1の改革は、法律素案の公表と立法前の審査です。従来、法律素案は省庁によってのみ協議されていました。しかし、改革により、議会の委員会は法律素案に関する証言を口頭または文書で得ることができるようになりました。立法前の審査は、次のような形で議会の影響力増大につながりました。まず、公的議論を通して、より幅広い層の市民が政策立案に参加できるようになりました。これにより、議会は立法過程でより多くの正確な情報を得ることができるようになります。そうすると政府も法案修正に同意しやすくなります。結果、立法過程の最終段階での党派的対決が減り、議会の効率は改善され、政府提案法案は円滑に議会を通過することになります。

第2の改革は、法案の繰越です。1998年までは、日本でいう会期不継続の原則が適用されていましたが、法案の繰越が認められるようになったことで、持ち越された法案を次の会期でゼロから再審議する必要がなくなり、下院の立法活動が1年かけてフルに行われるようになったため、ここでも議会の効率性は向上しました。立法前の審査と同様、一般法案の繰越により、法案はより深く審議され、より良い法律が作られるようになりました。

第3の改革は、立法の審議日程の設定に関するものです。改革以前、法案の審議は、与野党で内々の合意ができない場合は政府により打ち切られていました。現在は、いわゆる「プログラミング動議」により、法案の委員会審議日程が決められるようになっています。ただ、「プログラミング動議」は実際には動議打ち切りの手段として使われているという側面もあります。

委員会過程に対する改革

議会の近代化に向けた2つ目の改革、下院の委員会過程に対する改革は2つの大きな改革に細分化できます。

第1の改革は、省別特別委員会の創設です。議会改革により、行政府を監視する特別委員会の役割はさらに強化されました。委員会議長を務める一般議員に報酬を与える新制度により委員になることの魅力は高まりました。委員会の規模拡大により、より多くの一般議員が委員会に参加するようになりました。

委員会の主要任務は、政府および欧州委員会の政策案の審査、法案素案の審査、各省の質および出版物の監視、法律執行後の評価、政府職や政府関係機関の重要人事の審査の監視などです。委員会には、関係者に出席を義務付けたり、書類・記録の提出を義務付けたりする権限があります。ただし、大臣への出席義務付けや、省内内部資料、個人的文通、非公式書類、ワーキングペーパーといった書類・記録の提出義務付けに関しては委員会に権限はなく、この点は問題として指摘されています。

第2の改革は、一般法案委員会の創設です。一般法案委員会はすべての関係委員会から、時期・頻度・時間の制限を受けることなく、文書または口頭による証言を得ることができるという点で、従来の常任委員会とは大きく異なります。一般法案委員会は証言を得た後、法案の審査を一行単位で行い、修正法案を下院に報告します。

証言を集めることには、立法の目的・性格に関する議員の理解が深まる、関心を持つ人々のより幅広い参加を得られるようになる、という2つの利点があります。党内幹事ではなく、より広範囲な組織により選出・任命される、専門的な常設法案委員会に移行したことで、専門的かつ超党派的な、議会の監視、審査が可能となります。

上院改革

議会の近代化に向けた3つ目の改革が上院改革です。特に、近年になり、上院の地位・役割・権限の改革を求める声が強まっています。

上院と下院の関係は成文化されているものと、慣習により作られているものがありますが、いずれも下院の上院に対する優越性を示しています。具体的な慣習としては、第1に、いわゆる「ソルズベリー慣習」により、上院は政府のマニフェストに記された法案を拒否することはありません。第2に、上院は、政府の議事を合理的時間内に検討しなければなりません。第3に、上院は、例外的場合を除いて委任立法を拒否することはできません。第4に、二院間でピンポン玉のような修正の交換があるとき、最終的には上院が下院に譲ることが期待されています。

上院議員の一部または全体を選挙で選ぶとことを求めた現在の法案が議会を通過すれば、これら4つの慣習の生き残りはおそらくは難しいと思われます。

「第一段階改革」により、保守党支持の多い世襲貴族の上院議員の数は640人から92人に減らされ、上院の保守絶対多数が崩されました。これにより、第1に、上院の正当性と発言力が強まりました。第2に、第3政党である自由民主党・無所属が上院の3分の1を占めるようになり、ソルズベリー慣習が拒否されることになりました。全体として、こうした変化は、上院に対する大衆の評価を上げ、上院でも政府提出立法を拒否できるという考えを生み出しました。

しかし、こうした改革にかかわらず、議会の力は、(1)行政府と立法機関が分立されていないこと、(2)党議拘束の強い政党制が敷かれていること、(3)政府が議事日程を統制していること――の3つの要因により制限されており、国民の議会への信頼感は依然として強くありません。

日本への教訓

改革の元となる社会的・政治的考え方や、政治的改革のスタート地点は日本と英国では大きく異なります。英国での議会改革は、議会主権という理想ではなく、政府・内閣主権という現実に基づいています。英国では、永続的・中立的・非政治的な官僚のホワイトホール・モデルが存続しています。首相が大統領的スタイルを強めたため、議院内閣制が弱まりつつあります。

権力の中央集中が英国の問題であるのに対し、政治中枢の権力欠乏が日本の問題です。与党や官僚に対する政府・内閣の統制力が弱い日本の政治はウェストミンスター的ではありません。事実、日本の政府は国会の議事日程に関与できていません。

鳩山新政権は官僚に対する政治的統制力を強めるため、副大臣の活用など、新たな取り組みを始めています。また、党の政策調査会や税制調査会を廃止することで、早々と与党に対する統制力を強めています。同時に、国家戦略局や、英国の予算委員会をモデルにした予算委員会など、政策課題ごとに閣僚委員会を設け、内閣の政策決定力を強化しました。

国会、とりわけ参議院の役割は、二大政党制への移行により、より複雑なものとなりました。この機会を捉えて参議院の新しい役割・機能、たとえば修正・監視機能あるいは憲法上の特別機能を発展させることは可能でしょう。自由民主党が行ったような立法前取引(与党審査)を行う限り、英国議会の委員会と同じような審査機能を果たすことはできません。両院の本会議・委員会でより多くの議論がなされない限り、国会の監視機能や政府に対する責任追及能力は引き続き不十分なままです。

まずは、英国の近代化特別委員会のような委員会の設置から始めることができるかもしれません。しかしさらに重要なのは、政治文化を変えることであり、強い首相と、官僚が支持する政策を作る内閣を実現することであり、国会の監視機能や国会による責任追及の規範の礎となる慣習を発展させることです。

質疑応答

Q:

日本と英国の政治で大きく異なる点の1つとして、首相の交代頻度を挙げることができると思います。なぜ日本ではこれほど頻繁に首相が交代し、あるいは英国では首相が頻繁に交代しないのでしょうか。また、日本では、左翼やマスコミの間に「ニュー・リベラリズム」を批判する向きがあります。英国では「ニュー・リベラリズム」という言葉はどのように使われていますか。

A:

前半の質問については、英国の場合、党の総裁(=首相)を交代させるには複雑な手順を踏まなければならない点をまず指摘したいと思います。総裁の交代を求める動議が採択されるには、かなりの数の支持を取り付ける必要があります。しかしさらに重要なのは、議会政党に対する総裁の権力が絶大であるという点です。現在でも、多くの人はブラウン首相は次の選挙で勝つことはできないと考えています。それでも総裁の交代は政治的危険性をはらんでいるため、極めて難しくなっています。

日本の首相が頻繁に交代する理由を考える際には派閥構造を考慮に入れる必要があります。自民党政権下、日本では派閥が絶大な力を持っていました。首相の交代には、派閥間での権力均衡を維持する機能があったのだと思います。

ニュー・リベラリズムについては、英国ではそれほど活発に議論されている訳ではありません。ブレア政権下で一時期「第3の道」が議論されたことはありますが、いまでは「第3の道」を聞くことはほとんどありません。現在の英国の政治では、イデオロギーよりも現実路線を重視する傾向が強くなっているようです。

Q:

英国議会では政府与党のバックベンチャーが政府の政策や活動を批判することはありますか。また、バックベンチャーが政府提出法案に反対するというのは、民主的プロセスの一環といえるのでしょうか。

A:

政府与党のバックベンチャーが政府の政策や活動を批判することはもちろんあります。実際、省別特別委員会 ではバックベンチャーは頻繁に政府の政策・活動を強く批判しています。ただし、野党のバックベンチャー同様、与党のバックベンチャーも院内幹事が任命する仕組みとなっているため、より政府寄りで党の方針に異議を唱えない議員が任命されやすいというのは事実です。従って、政府への対立姿勢が強い議員とそうでない議員の間でどうバランスを図るかが大切となります。それに関連して、省別特別委員会の委員長や委員を院全体の合意の下で選ぶことを求めた提案が提出されたのは注目に値します。これは委員会の機能強化につながる提案です。

バックベンチャーが政府提出法案に反対するというのは、議会政治が成立する上で不可欠な要素です。英国では法案は基本的には政府が策定します。議会の役割は法案を審査し精査することであり、与党のバックベンチャーであれ、野党のバックベンチャーであれ、その役割の重要性に変わりはありません。上院と下院の関係でいえば、上院は法案審査においてとりわけ重要な役割を担っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。