オリバー・ウィリアムソン、2009年ノーベル経済学賞受賞の意義 ~『組織の経済学』のフロンティアと現実の企業分析への適用可能性

開催日 2009年11月30日
スピーカー 伊藤 秀史 (一橋大学大学院商学研究科教授)/ 新原 浩朗 (経済産業省大臣官房参事官(商務流通グループ担当))
モデレータ 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
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議事録

2009年ノーベル経済学賞――キーワードは「経済ガバナンス」

伊藤 秀史写真伊藤氏:
今年のノーベル経済学賞のキーワードは「経済ガバナンス」。受賞した2名の教授のうち、エリノア・オストロムは経済ガバナンスとりわけ共有資源の分析に対して、オリバー・ウィリアムソンは経済ガバナンスとりわけ企業の境界の分析に対して賞が授与されました。いずれも「非市場制度」の理解に非常に貢献する内容です。

ここでは「経済ガバナンス」を「経済活動や経済取引を支える社会的制度の構造と機能」(Avinash Dixit)と定義しておきます。ウィリアムソンは社会制度を(1)社会的埋め込み(慣習、伝統、規範、宗教など自生的に進化していくもの)、(2)規制環境(ゲームのルール:憲法、法律、財産権など政府によって理性的に設定されるもの)、(3)ガバナンス(ゲームのプレー:当事者間での取り決め)、(4)資源配分(価格と労働量などの数量)の4つの層からなると述べていますが、そのうちの(2)、(3)が「経済ガバナンス」の範疇に入ります。

組織の経済学

会社組織は伝統的経済学ではあくまでも市場の一部とされていますが、Coase(1937年)はそれを「市場に代わる取引メカニズム」と捉えています。分析の基本単位は「売手」と「買手」の間の取引ですが、それがどこでどのような仕組みで行われるかに応じて「市場取引」(例:アウトソーシング)と「組織内取引」(例:企業内での部品調達)を区別する見方に変えたのです。

資本主義経済における組織内取引の重要性に関して、Simon(1991年)は、企業内の中間財取引は経済社会構造の大きな部分を占める、また、それは「市場経済」ではなく「組織経済」の構造をなしている、と主張します。

企業の境界――ウィリアムソンの理論

1.市場の失敗は組織の失敗でもある
市場が上手く機能しない現象はよく「市場の失敗」という言葉で総括されます。少数企業間の不完全競争、外部性、非対称情報などの要因が知られていますが、これらの存在が組織内取引を正当化する訳ではない、とウィリアムソンは主張します。そうした取引を内製化しても、事業部内での競争や情報偏在、モラルハザードなどの問題は無くならないからです。つまり、市場の失敗の源泉は組織の失敗の源泉でもあるというのです。

2.組織内取引が起きる理由
ウィリアムソンの基本的な説は、「関係特殊的投資」によって「ロックイン」が起き、「事後交渉(ホールドアップ)」が起きる流れが中心となっています。それによると、取引前は多数の潜在的取引相手がいても、いざ取引を開始するとそれを継続することで相互の価値が高まるような投資をするようになり、お互いが離れなくなる「ロックイン」状態が起きます。その結果、取引を解消するよりも継続した方が大きい利得が得られるため、その差額が追加的に生まれる余剰すなわち「準レント」となります。準レントが大きいほど相手に対する独占的な立場を利用して少しでも多くのレントを獲得する意図が働くため(レントシーキング)、かえって取引の価値が下がるリスクが増加します。自分に有利な条件を求めるあまりに生産性を下げてしまったり、交渉の遅れや決裂などを招いてしまったりするのがその例です。市場ではそういったロスがどうしても生じますが、それを企業内化することで非効率性が緩和されます。その理由として階層的な管理機構や権限関係の存在などが挙げられます。

しかし、市場で上手くいかないのなら、初めからルールを設定しておけないのか、なぜ同様の権限関係を市場で実現できないか、という疑問が生じます。それに対してウィリアムソンは、Coaseが説く「価格メカニズムを利用するための費用の存在」つまり取引費用によって契約が不完備になり、事後不適応の問題が発生することを指摘しています。また、企業の場合は、関連資産の一方的集中と雇用関係によって権限行使が担保されていて、裁判所も内部の権限関係を優先することとなっています。そこでウィリアムソンは、関係特殊性(準レント)が高いほど垂直統合が行われる可能性が高まる、という理論仮説を提示します。この仮説に対しては、多くの肯定的な実証結果が得られています。関係特殊性を測定するものとしては、アンケートなどを通じた定性的データのほかに、部品の複雑さや特殊知識の必要性などがあります。また、取引が複雑または不確実性(事後的不適応が起きる可能性)が高いほど垂直統合が起きやすいと推測しています。

3.なぜ市場取引の方が望ましい場合があるのか
関係特殊性が強いと生産される価値・パフォーマンスは企業内取引が市場での取引を上回るが、逆に関係特殊性が弱い場合はなぜ市場の方が良いのか、という問に対して、ウィリアムソンは管理組織の非効率性を指摘するだけでは不十分としています。垂直統合組織に市場の手法を導入することがなぜできないかに答えなければならないからです。管理傾向が必要以上に強まる、決定が政治的に扱われる、競争の欠如によりインセンティブが低下する、などの理由が指摘されています。

この研究は国際貿易(海外直投vsアウトソーシング)やコーポレート・ファイナンス(内部資本市場の功罪)などの検証にも応用できるほか、経営学や法学といった分野にも大きな影響を与えています。

ウィリアムソンは特殊な関係・取引環境が整備された後の「奪い合い(レントシーキング)」に専ら焦点を当てていましたが、その後の研究者は、ホールドアップや非対称情報(モラルハザード)によるインセンティブ問題を焦点に、企業と市場のどちらがよりそうした問題を緩和するかを「財産権アプローチ」と「インセンティブ・システム・アプローチ」の主に2つの流れで研究が進行しています。

企業と市場の中間的領域(グレーゾーン)についても、ウィリアムソンは1985年にその重要性を指摘しています。日本でも同時期に中間組織研究がいくつか発表されています。そこでは、取引をする「場」と市場・組織が持つ「原理」の2つの側面をテーマに、価格を媒体とした個人的利益・効用最大化による自由な交換と自由な参入・退出に基づく市場の原理と、権限による命令ないし共通利害の最大化と固定的・継続的関係に基づく組織の原理を比較分析しています。

関係特殊性、複雑性、不確実性が大きいと市場でも組織内でもパフォーマンスは下がりますが、後者の方がその下がり方が緩やかである、というのがウィリアムソンの研究から導き出される大まかな結論です。つまり組織内化するのはあくまでも「セカンドベスト」の選択であり、何らかの非効率性を内含しますが、だからといって市場に出しても必ずしも成功しない訳です。

組織内における非効率の源泉

新原 浩朗写真新原氏:
経済学では長らくの間、企業というものは資本と労働を投入する容器ないし「ブラックボックス」という見方がされていました。しかし、最近になって、組織間の問題と組織内の問題は密接に関連することがJeremy Steinなどによって指摘されるようになりました。

組織とは何か――。たとえば、マックス・ウェーバーは官僚組織を「正確さ、スピード、専門家によるコントロール、継続性、思慮分別、インプットに対する最適なリターン」を実現する機械的なツールと捉えましたが、実際には、官僚機構であれ大企業であれ、組織とはなべて「頻繁なルール破り、決定事項の不履行、評価と監査の体制の変更」が起きるものです。非効率で非公式で制度化された組織行動――それは「ファーストベスト」ではないがある一定の機能を果たす「セカンドベスト」なソリューションであり、内部組織の管理如何でその効用が違ってくる。このような認識で「組織学」が研究されるようになりました。

組織学が応用できる分野として、企業内文化と組織内における権限配分があります。そのうち企業文化について、経済学では「均衡」という概念が頻出します。企業文化は、組織変革やリーダーシップとあいまって、ある均衡を打ち立て、管理し、変化させる行為にかかわります。とりわけ、企業文化に関しては「予見できない出来事への対応パターン」と「複数の生じうる均衡からある均衡が選ばれるのを助ける基準」という2つの側面があります。

企業文化を計測する1つの試みとして、ウェーバーのmanaging growth(企業の成長管理)という考え方に基づく、minimum effort game(スライド14を参照)という実験があります。「1」から「7」のカードのうち、参加者全員が「7」のカードを選ぶと最も望ましい均衡点(0.9)が生まれますが、1人でも「1」を選ぶと大きな損害(-0.3)となります。なお、全員が「1」を選ぶと最も望ましくない均衡点(0.3)に到達します。プレーヤーが2人の場合は殆どのケースで望ましい均衡(0.9)に至りますが、3人を超えると低い値の均衡点(0.9→0.3)に落ちていきます。つまり「組織の失敗」が起きる訳です。組織規模が大きいほど、あるいはその成長が速いほどそうした失敗が生じやすくなります。2人から少しずつ人数を増やしていった場合、新しい参加者がこれまでのゲームの経過を観察しているケース(with history)で望ましい均衡に至る確率が最も高くなりましたが、新しい参加者がこれまでの経過を観察していないケース(without history)では、人数増に応じて最低の均衡点(0.3)に急速に落ち込み、固定メンバーでプレーするより悪い結果となりました。その場の文化を一緒に作ってきたか、それが実際に作られる場にいたかが重要であることがわかります。

M&Aに関しても、その失敗の重要な原因は組織文化の衝突にあると考えられます。それを測定するために、オフィス環境を撮影した16枚の写真を使った実験を行いました。マネージャー役が8枚の写真を選んでその内容を叙述し、それを従業員役がどれだけ素早くピックアップできるかを計測します。第1ステージでこれを一定回数繰り返した後に、第2ステージでグループを合併し、マネージャー役の1人をランダムに選んで、2人の従業員と同じ実験を繰り返します。その結果、第1ステージで回数を追う毎に速度が上昇していたのが、合併後に著しく後退する現象が見られました(第1タイプ:63秒→98秒、第2タイプ46秒→146秒)。合併後8回目までは合併直前平均に達しない結果です。また、作業前に被験者に所要時間を予測してもらいましたが、合併後について過度に楽観的に構える傾向が見られました。さらに、マネージャーに対する評価を事後で聞いたところ、新しいマネージャーの方が総じて評価が低いことから、結果に対する責任を組織の状況よりもマネージャーの個人的な性格に過度に押し付ける傾向があることがわかりました。

このような手法を厳密に用いることで組織をより理論的に解明し、今後の経営学に役立てたいと考えています。

質疑応答

コメント:

政策、特に補助金行政を検証する上で非常に重要な視点だと思います。昨今話題になっている「事業仕分け」でスパコン予算が削減された話でも、なぜ日立やNECが抜けてしまったのか、富士通が入ってどのような調整をしているのか、当事者間でどのような文化を育んできているのか、それによっていかに技術的優位性を確立していくのか、といった視点が抜け落ちた議論になっています。

新原氏:

事業仕分けは、無駄の削減のほかに、権限配分の問題にも大きく関連します。財政再建論によると、首相または財務大臣がトップダウンで予算の大枠を決めて、その範囲内で予算を組むよう下に投げる方式が最も効率的な予算削減方法ですが、これは組織論の考え方にも応用できると思われます。

Q:

一時期(80年代)は日本の企業内経済の効率性に焦点が当てられましたが、その特殊性故に必要でない部分まで内部化される現象も見受けられます。また、企業合併の判断に関しては、合併をしなかった場合の機会損失との比較も必要と考えます。その観点から見て、日本企業の特殊性はグローバル化において不利に思われますか、そうでないとすると特殊性をどう活かすべきでしょうか。

新原氏:

当時の日本研究は、内部プレーヤーの関係(従業員間または対経営者)を問わずに、「集団行動至上主義(日本特殊説)」と「資本市場の統御による組織合理化」の二極に分かれていた印象です。その穴を埋めるのが内部組織であり、それがいま問われていると思います。先程の実験は共有による文化醸成が焦点でしたが、逆にグローバル化などにより企業をめぐる状況が変化し元の文化に硬直性が生じたときは、経営陣がリーダーシップを発揮して従来の均衡を意図的に変えていく必要があります。

伊藤氏:

関係特殊性の投資をしていくと、本来なら解消した方が良いような関係であっても、関係を継続する方向に逆のバイアスがかかってしまうという指摘があります。関係を上手く構築して特殊性と価値を高めるのは非常に良いことですが、そうすると必然的に新しいパートナーと関係を作ることが難しくなります。トレードオフの着地点をどこに見出すかを常に考えなければならないと思います。

グローバル化への対応はケースバイケースですが、特に日本企業の場合は、非市場ベースの取引などの存在がグローバル化・効率化を阻害する問題が出てきます。その意味で特殊的関係の多い企業は変化に対応しにくいといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。