世界エネルギー展望2009

開催日 2009年11月27日
スピーカー 田中 伸男 (国際エネルギー機関(IEA)事務局長)
モデレータ 東條 吉朗 (経済産業省商務情報政策局 情報政策ユニット 情報処理振興課長)
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議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

IEAの新たな課題

田中 伸男写真2009年は一次エネルギー需要が1981年以来初めて鈍化し、電力需要が1944年以来初めて減少するなど、相当な景気悪化の影響が見られました。しかし今後、景気が回復軌道に乗れば、2030年までに約40%の需要増が見込まれます。とりわけ中国やインドをはじめとする非OECD諸国の需要が増え、今後の伸びの93%を占めるようになります。IEAとしても、非加盟国のエネルギー消費が圧倒的に増えていく中で、これらの国との連携が非常に重要となっています。

現状維持のリスク

現状維持(BAU、レファレンス)シナリオでは、石炭需要が5割増になるなど、非OECD諸国を中心に化石燃料需要が増え、それに伴いCO2も圧倒的に増えます。石油・ガスの上流投資は、石油価格の下落と相次ぐプロジェクト延期を受け、約900億ドルの減少(-19%)になる見通しです。ただ、2014~5年には、需要の回復により再びタイトな市況が戻る可能性を懸念します。特に石油に関しては、現在の生産能力8300万バレルに対して、現状維持シナリオでは2030年に需要が1億500万バレルに到達します。既存油田の生産能力が著しく落ちる中、現在の需要・生産量を維持するだけでも相当の追加投資が必要です。ましてや現状維持シナリオの需要増を支えるとなると、既存油田に加えて約6300万バレル(サウジアラビアの生産量の6倍に相当)の生産能力拡大が必要になります。そうした意味においても、持続可能性の面で大きなリスクが現状維持シナリオには横たわっています。

天然ガスに関しても、既存ガス田の生産能力が減る一方で、CO2排出量が少ないということで需要が増えるため、約2兆7000億立米(ロシアの生産量の4倍に相当)の新規生産能力が必要となります。

経済成長への負担も大きくなります。現状維持シナリオの場合は、石油・ガス輸入費の対GDP比が過去30年と比べて著しく上昇します。とりわけ中国、インドではGDPの3%、6%を占めるまでとなります。これは、石油価格が過去最高値をつけた2008年、あるいは第一次石油ショックの1979年と同程度の水準です。現状維持シナリオが続けば、2030年あたりにエネルギー危機的状態が生じる可能性もあります。

「450ppmシナリオ」をとると、石油・ガス輸入の経済負担が大きく軽減されます。450ppmシナリオはCO2削減だけでなく、エネルギー安全保障にも大きく貢献するのです。

また、IEAでは、エネルギー貧困の実態調査をしています。電力にアクセスできない人口は、2008年時点で約15億人。主に中国、インド、サハラ以南アフリカに集中しています。2030年になっても、なお13億人が電力にアクセスできない見通しです。その解消には毎年350億ドルのコストがかかる試算ですが、全世界の電力投資のわずか5%にすぎないので、本気で解消しようと思えば決して難しいことでないと考えます。また、解消することでCO2排出量が多少増加しても地球環境に悪影響を及ぼす程ではないようです。

450ppmシナリオの意味

ここでいう「450ppmシナリオ」は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が掲げる、2度以内の気温上昇を目標とする450ppmシナリオをそのまま採用しています。昨年のエネルギー展望では、550ppmシナリオと450ppmシナリオとが併記されていましたが、世界不況と各国の政策発表を受けて、今年は550ppmシナリオを削除し、450ppmシナリオを中心に提言を述べています。

展望では世界をOECD+(先進国グループ)、OME(その他の主要国)、OC(その他)の3つのグループに分けています。中国、ロシア、ブラジル、南ア、中東がOMEに含まれる一方で、2030年になっても1人当たりGDPが1万3000ドルに達しないインドはOCに含められています。2020年まではOECDのみで、それ以降はOMEも入れてCap and Tradeをする段階的アプローチを想定しています。OCは2030年までCap and Tradeに参加せず、セクター別アプローチと国内政策に注力することとなっています。

現状維持シナリオでは、2020年時点で単年の排出量が約34.7ギガトンになります。450ppmシナリオでは、それを30.9ギガトン(-3.8ギガトン)に削減することになります。各国の国内政策(National Appropriate Mitigation Actions(NAMAs))でまず1ギガトン超の削減をしてから、セクトラル合意による削減を組み合わせることで計2ギガトン程度の削減が可能となります。残りの1.8ギガトンは、OECD諸国・先進国の発電と産業部門におけるCap and Tradeで減らすことが想定されています。その場合、先進国の国内削減が3分の2、クリーン開発メカニズム(CDM)を通じた途上国での削減が3分の1を占めるようになり、先進国間のCO2価格が50ドル/トン、CDM取引価格が30ドル/トンとなります。2020年以降はより大幅な削減が必要になるため、CO2価格は110ドル、CDM取引価格は50ドルにまで上昇します。

450ppmシナリオのインパクト

仮に450ppmシナリオが実現すれば、CO2排出量はさておき、石炭を中心に化石燃料需要が減少に転じるなど、エネルギー市場の大転換が起きます。石油価格は、現状維持シナリオでは2030年までに115ドルにまで上昇しますが、450ppmシナリオでは90ドルに抑えられます(名目価格では190ドルと150ドル)。ただし、450ppmシナリオでは110ドル/トン(石油換算で40~50ドル/バレル)のCO2価格が上乗せされるので、いずれのシナリオでも最終的な消費者価格は変わらないことになります。エネルギー低価格時代は終わった、という認識のもと、ビジネスモデルや政府施策を組み直す必要があります。

ただ、現状維持シナリオでは産油国だけが潤うのに対し、450ppmシナリオでは先進国にも収益(レント)が落ちるので、その分が最先端エネルギー投資に向けられることになります。それに対し、OPECは環境対応に伴う石油収入減の補填を主張しますが、(1)450ppmシナリオでも現状より1100万バレルの増産が必要である、(2)石油収入は現状維持シナリオと比べて4兆ドル減少するが、それでも20年前の4倍以上に達する、などの理由からあまり妥当でない気がします。

ガスに関しては、450ppmシナリオでも2020年の需要が現在比で17%増となります。ただ、2025年のピークを境に――代替エネルギー、原子力発電、CO2回収・貯蔵(CCS)などの進展にもよりますが――減少に転じると予想されます。450ppmシナリオでも、長期的にまだかなりの化石燃料投資が必要ということです。

各国の削減目標

現状維持シナリオからの削減は、OECD諸国での削減が約3分の1、非OECDでの削減が約3分の2を占めます。特に経済成長が著しい中国での削減余地が大きく、省エネだけで2020年削減目標の7割は達成できる見通しです。ただし、2030年以降は再生可能エネルギー、原子力発電、CCSなどが必要となります。日本はグローバルに見て最初から排出量が少ないため、国内でいくら削減しても貢献度は知れています。むしろ日本が注力すべきなのは、削減余地の大きい国における協力です。中国はCO2原単位を削減する旨を発表しましたが、国内政策に着実に取り組めば2020年予測値で約1ギガトンの削減が可能と見ています。

各国が表明する削減目標は、真水の数値かオフセットを含めた数値かは別として、IEAの450ppmシナリオに概ね沿った数値となっています。日本は25%の削減を表明しましたが、真水の削減は10%で、残りの15%をCDMか資金協力でまかなうと解釈しています。

450ppmシナリオ実現に必要な投資

450ppmシナリオが実現すれば、非化石燃料の発電シェアは現在の32%から55%に上昇します。しかし、そのためには18基の100万キロ規模の原発、1万7000基の風力発電所、94基の集中型太陽熱発電所、2個の三峡ダム規模のダムが2030年まで毎年新たに必要となります。巨額投資もさることながら、これだけの発電所を作るスペースの確保が最大の課題となっています。

自動車分野では、CO2排出原単位を現在の205グラム/キロメートルから90/キロメートルに削減するセクトラル合意が考えられますが、それは新車の約6割が電気自動車かプラグインハイブリッド車またはハイブリッド車となることを意味します。

450ppmシナリオを実現するには、2030年までを通して合計約10兆ドルの追加投資が必要となります。現状維持シナリオでも約26兆ドルの投資が必要なので、それに上乗せして10兆ドルが必要ということです。2020年単年の投資必要額は約4000億ドルですが、その半分を占める途上国分を誰が負担すべきかが問題です。

日本は25%の削減目標を掲げていますが、仮に15%をCDMでまかなうとなると、取引価格を30ドル/トンとして、2020年時点で年間4400億円の資金が国外に出ることになります。2020年までは省エネによる削減が非常に大きい見通しですが、2030年以降は原発が発電量にして半分程度を占めるようになります。そこで課題となるのが低すぎる原発稼働率の改善です(OECD諸国平均85%に対して日本は70%)。450ppmシナリオは毎年1基の原発新設と90%の稼働率を前提にしているため、安全性に関する過剰規制の見直しがどうしても必要となります。なお、国内の投資総額は約3700億ドルに上る見通しです。

コペンハーゲンに向けて――

10兆ドルの投資が必要と先程述べましたが、一方で建物、運輸などの分野での燃費節約効果が約8.6兆ドルに上るため、投資の大部分は回収されるといえます。ただ、初期投資をいかにファイナンスするかが問題です。CDMの改善をはじめ資金メカニズムを工夫することで、「グリーン成長」に民間投資を呼び込むことができると考えています。地球環境もさることながら、エネルギー安全保障にも大きく寄与する点にかんがみても、追求すべきオプションであると考えます。仮に取り組みが遅れた場合は、1年遅れる毎に5000億ドルの追加コストがかかる試算となっています。早期に民間資金を呼び込むためにも、コペンハーゲンで明確なメッセージを出す必要があります。

日本に関しては、国内の削減ポテンシャルは微々たるものですが、世界全体の削減を可能にするシステム作りと技術支援において大きな役割を果たすことが期待されます。科学技術政策に加えて、電力市場改革(系統の連携強化、原発の稼働率向上、スマートグリッド)なども必要でしょう。東アジア共同体の文脈においては、地域共通の電力・エネルギー市場の構築も考えられます。広い視野に立った取り組みが今こそ求められます。

質疑応答

Q:

CDMを効率的に運営すれば大幅なCO2削減が期待できるといわれますが、はたして本当に公平かつ効率的な削減が実現するでしょうか。CDMは仕組みが難しく、削減を実現するメカニズムが不透明で、ごまかしの可能性もあると思います。

シェールガスなどの天然ガスは抽出過程でメタンを排出しますが、それが温暖化対策効果を相殺してしまうことはないでしょうか。

A:

CDMは追加性(additionality)等の条件が厳しく、使い勝手の悪さが民間投資を遠ざけています。たとえばCCSは、中国での排出削減の鍵を握るにも関わらず、CDMに組み込まれていません。また、ごまかしが起きないよう、明確な計算方法やモデルを打ち立てる必要があります。一国(大国)にCDMが偏りがちな点も改善の余地があると思われます。

シェールガスの抽出に関しては、水利用が特に問題視されていますが、メタンの発生はそれなりにコントロール可能ですし、メタンを活用する方法も考えられます。輸送方法とメタン管理の見通しさえあればエネルギー安全保障上有効な手段となります。

Q:

なぜ、450ppmシナリオなのか、という前提の議論はどうなっているのでしょうか。仮に600ppmにまで上昇すると破滅的な結果をもたらすということが明確に示されれば、原発建設に関しても世論の納得も得られます。

A:

実は何もしないと、大気中のCO2濃度は1000ppmに達し、大気温度が6度も上昇します。そうなると壊滅的な地球環境破壊が起きます。世界の英知を結集して検証した結果、IPCCは「壊滅的変化を回避するには、気温上昇を2~2.5度以内に抑える必要がある。そのためにはCO2濃度を450ppmで安定させる必要がある」という結論に達しました。エネルギー起源の排出量はその重要な部分を占めるため(全体の温暖化ガスの6割、CO2の8割に相当)、IEAとしても450ppmシナリオに合わせたエネルギー分野の取り組みを検証した次第です。

Q:

日本が技術面で海外に貢献するチャンスは多いと思われますが、民主党政権の「事業仕分け」では低炭素社会実現プロジェクトが削減対象となっています。

A:

事業仕分けの中身についてはコメントを差し控えます。現政権でも低炭素社会は優先度の高い課題と思われますが、報道されるガソリン暫定税率の引下げは世界の流れに逆行しています。日本が地球環境分野でリーダーシップをとるためにも、国内事情だけを見るのではなく、世界全体の流れを見ながら政策策定なり事業仕分けをすべきと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。