日本の経済成長戦略 -経済成長論と企業レベルの実証分析の含意-

開催日 2009年10月19日
スピーカー 戸堂 康之 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院 新領域創成科学研究科 国際協力学専攻准教授)
モデレータ 由良 英雄 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

日本経済の実態――1970年代から始まった低成長

戸堂 康之写真成長には「人」の知恵が何よりも重要である――。その観点から、本日は企業のグローバル化の推進と少子化阻止の2つの戦略についてお話したいと思います。

日本経済の実態ですが、日本の1人当たりGDP(ドル、購買力調整済み)は、バブル期でも米国を上回ることはなく、1990年代初めにはシンガポールに抜かれ、今では台湾に追いつかれそうになっています。1人当たりGDPの成長率は、高度成長期といわれる1970年辺りから急減速しています。特に1990年代以降は米国との差が拡大する一方となり、今では1968~70年頃と同等のレベルにまで広がっています。驚異的な成長を遂げた1960年代と比べて、1970年からの40年間の平均成長率はシンガポールや台湾と比べてかなり停滞しています。

さらに今回の世界経済危機では、先進国の中で特に日本が打撃を受けています。その理由の1つが輸出の急減であることは否定しませんが、輸出依存そのものが原因とはいえません。輸出依存度とGDP下落率との間には明確な相関関係が見られないからです。たとえば、ドイツは日本と比べてはるかに輸出依存度が高いにも関わらず、日本ほど打撃を受けずに済みました。そもそも、日本はOECD諸国の中で輸出依存度が低い方なのです。

日本の問題点

それでは、日本経済にとって一体何が問題なのでしょうか。過去20年の経済成長論では、経済成長の源泉として、(1)資本蓄積、(2)教育、(3)「技術」の進歩の3つが挙げられています。ここでいう「技術」には、科学技術以外に、マネジメントや政策面の工夫も含まれます。経済成長論の結論としては、資本蓄積と教育は短期的な成長には効くが長期的な成長には効かない、とされています。投資すればするほど効率性・収益率が下がるからです。しかし、技術進歩にはそうした限界がありません。従って、長期的な成長には技術進歩が不可欠である、という大きなコンセンサスができています。

それを示すものとして、TFP(全要素生産性)と1人当たりGDPの相関を見てみましょう。TFPはまさに「技術」の指標であり、物的・人的資本や労働力では説明できない生産力の差異を示します。1人当たりGDPとTFPとの間に明らかな、強い相関があることは、「技術」のある国ほど1人当たり所得が高い傾向にあることを示します。

技術進歩が起きる要因としては、「人口規模・成長」と「経済・政治・法制度」、それから「技術」または「人口」や「制度」に関する政策があります。

技術政策論に移りますが、そもそも、市場任せにできない理由として、技術漏出が技術進歩を阻害するという状況があります。より具体的にいうと、仮に特許制度などの知的財産保護が無いと、ある会社が技術革新をしても、他の会社に技術が漏出することから、発明者が損をしてしまいます。そうした状況を防ぐために、通常の国では研究開発費に対して補助金を与えています。日本の政策介入の規模ですが、研究開発費に対する補助金比率は主要国(OECD・非OECD)中中位、研究開発費の対GDP比に至っては世界で3番目に高くなっています。にも関わらず、なぜ低成長にあえいでいるのでしょうか。

その背景を説明するものとして、技術進歩の経路があります。国内の技術革新だけが技術進歩では決してなく、海外の企業や研究者・技術者の知識を技術流入という形で国内に役立てるのも立派な技術進歩です。むしろ、外国の技術をどう有効活用していくかが国内の技術進歩の鍵であると考えられます。「日本は途上国ではない、独自の技術でやっていく」という反論も予想されますが、実は各国の生産性成長に対する貢献度を見ると、米国以外の先進国では、他国の研究開発成果を使って自国の経済成長を図ることが当たり前に行われていることがわかります。むしろ、英国やフランスと比べて、日本は自国の研究開発に頼りすぎているという見方もできます。

経済構造強化の鍵はグローバル化

外国の技術を有効活用する1つの方策は、企業のグローバル化(輸出、対外直投、海外での部品調達・アウトソーシング、海外での研究開発、対内直投)です。グローバル化することで企業は海外の優れた技術やノウハウを活用できますし、また、グローバル化による競争激化が生産性を押し上げる側面もあります。たとえば対内直投――特に研究開発に対する投資――は、実施企業だけでなく、国内の他企業の生産性向上にも結びつきます。グローバル化の負の側面として、国内雇用の悪化がよく指摘されますが、長期的に見ると生産性上昇によって雇用が増える可能性もあります。

このように、グローバル化は技術進歩にとって非常に重要ですが、日本経済のグローバル化は全体としてかなり低調で、特に対内直投が極端に低迷しています。対外直投も諸外国の中でも最低レベルにあります。研究開発活動のグローバル化(海外と連携した研究開発を行う企業のシェア)も低調です。同様に、民間研究開発費に対する海外資金の比率も非常に低く、ゼロに近い水準となっています。

とはいえ、潜在的にグローバル化できる日本企業は数多く残っています。国内向け企業とグローバル企業のTFPの分布を調べたところ、生産性が高いにもかかわらず、きっかけが無いなどの理由で国内に留まっている「臥龍企業」が2000社ほどあることがわかりました。それらの海外進出を促進することが1つの課題であります。逆に、生産性が全企業平均より低いグローバル企業「ゾンビ輸出企業」も若干数あります。銀行の「追い貸し」によって延命している企業があるばかりに、新規参入ができにくい状況となっていることも考えられます。そうした企業に退出してもらう代わりに、先述の「臥龍企業」がグローバル化すると、より品質が高くて、かつ多様な財を輸出できるようになります。その結果、今回のような需要ショックにも耐えうる経済構造になっていくと思われます。

実際に、農業やサービス産業などの内需型産業もグローバル化しつつありますが、全体的にまだ十分とはいえません。たとえば、建設業の場合、海外大手5社は売上の過半が国外ですが、日本の大手は海外売上が14%に留まるなど、グローバル化の余地がまだ残っていると思われます。現政権が掲げる政策支援によって建設業のグローバル展開が進むことを期待しています。

このように、「臥龍企業」や内需型産業も含めて、日本経済全体がグローバル化することが、日本経済の強化と高度な技術進歩に必要と確信しています。

政策を通じたグローバル化の促進

日本経済をグローバル化するには、FTA・EPAの促進やWTO交渉の妥結のほか、東アジア共同体構想などの地域統合を進めることが重要です。さらに一歩進めて、東アジアにおいて地域共通通貨を導入すれば、輸出入の増加だけでなく、需給リスクの緩和を図ることもできます。他方で、国内経済、特に農業における規制緩和も重要となります。規制があるとどうしても競争力を上げたり海外に進出したりするインセンティブが削がれますが、そうした規制を取り払って、強い企業を育てる必要があります。さらに、企業が海外展開するにあたって大きな障害となるのが初期投資ですが、融資を受けにくい企業に対しては、金融支援をしていく必要もあります。しかし、ここでいう金融支援はあくまでも積極的な企業に対するものであり、内向きの返済猶予やゾンビ企業を存続させるような支援はかえってマイナスの効果をもたらします。

それ以外に、海外情報の積極的な提供も重要です。それに関連して、政府開発援助の拡充も重要な企業支援策となります。支援先からの情報入手がその理由の1つです。特にアフリカに対する政府開発援助の拡充は、その意味で日本企業の直投を後押しします。

一方、特に研究開発センターを中心とする対日投資の誘致も重要です。ところが、現実を見ますと、外資系の製薬会社研究所はかなりの数が閉鎖しています。日本の優秀な人材が海外に流出することにもなりかねません。外資系だけを特に優遇することは難しいですが、たとえば特区などの設置は十分に可能ですし、また必要と思われます。さらに長期的な視点でいえば、人材育成――たとえば英語力、情報発信力の強化――も重要です。ジェトロ調査によりますと、対日ビジネス阻害要因の第1位は「人材確保の難しさ」となっています。実際には人材がいても、規制の強さなどもあって、外資からは「人材のいない国」と見られています。

以上、まとめになりますが、政策を通じてグローバル化を促進し、多角的に生産性を底上げしていく努力がこれからの日本には求められます。そうすることで生産性向上とグローバル化の相互作用が生まれ、最終的には長期的な経済成長が実現できると考えます。

輸出立国モデルの終焉――?

米国の需要に依存した従来型の「輸出立国モデル」はもはや破綻しているといえますが、しかし、「世界相互依存的発展モデル」というべき、新しい輸出立国モデルはこれからも機能すると考えます。世界中のあらゆる地域と活発に輸出入をすれば、不均衡も生じませんし、また、モノ以外に技術や知識も積極的に交換すれば、お互いを刺戟し合うこともでき、win-winの経済成長が実現します。これは決して理想論ではなく、むしろ現実としてそれ以外に選択肢は無いと考えています。

一方で、現在議論されている内需拡大モデルは、いわゆる再分配によって内需を拡大するものであり、総数を上げる内容にはなっていません。生産性の向上によって内需と輸出の両方を拡大することが、内需拡大モデルの本来あるべき姿です。特にグローバル化によって総所得が増えると内需も増えることになりますが、こうした好循環を生み出す視点が欠けているように思われます。

最後に、人口について考えたいと思います。なぜ、技術進歩に人口が関係するのか――。最初に述べた通り、技術は人の頭脳から来る以上、人間の数が多いほど知恵の総量も多くなります。また、需要面で見ても、人口(=市場)が少ないと投資の収益が見込めないため、技術開発のインセンティブが薄まります。従って、人口と経済成長は密接的に関係してきます。しかし、日本では少子化による人口減少が見込まれています。その原因の1つが保育園不足による機会損失ですが、月2万6000円の「子供手当て」ではとても補填できないものであり、むしろ規制緩和による保育園・学童保育園の充実と子育てクーポンの発行が有効と思われます。少子化は「高齢化」や「税負担」の文脈で捉えられがちですが、その一番の問題は「日本人の頭脳が縮小してしまう」ことにあります。「人間が成長の源泉である」、「三人寄れば文殊の知恵」ということを念頭に、国内人口を増やすと同時に、グローバル化によって「世界の知恵」を活用する姿勢が日本経済再生のために今こそ求められると考えます。

質疑応答

Q:

サービス業のグローバル化が遅れている印象があり、そこを何とかしようと国際交渉の場で何度か議論しましたが、水を向けても海外に進出しようとしない実態があります。特に金融、建設、運輸といった分野ですが、諸外国のサービス業と比べて何が違うのか――。海外進出を後押しする上で政府としてできることはないでしょうか。

A:

サービス業のグローバル化はこれからの鍵になると思われますが、国内に甘い市場があるのが海外進出の最大の阻害要因になっている印象です。その意味で大学もまさに規制に守られた市場といえます。同じく、建設業にしても、公共投資で何とかなる状況では、旗を振ってもなかなか海外進出に踏み切らないと思います。そういうところを無くして、企業に競争力を付けさせると同時に、こうした企業が自然に進出するよう仕向ける必要があると考えます。政府では「日本ブランドの展開」を政策の軸に据える考え方がありますが、政府主導でいくら日本ブランドを作ろうとしても、肝心の企業側の創意工夫が無いと、なかなか上手くいかない感じがします。

Q:

成長率急落は輸出依存が原因ではない、と言われますが、欧州経済圏を1つのまとまりとして考えると、たとえばドイツは輸出国ですが、全体としては閉じた、内需主導の経済と捉えられるのではないでしょうか。また、日本も欧州と同様に経済圏を作っていくことが必要ではないでしょうか。そうすると「内需」も経済圏単位でとらえることができます。その意味で、今後の経済成長の源泉として「東アジア経済圏」構想にも期待がかかりますが、いかがでしょうか。

A:

ご指摘の通りです。EUも欧州各国単独では限界があるとの認識でできたものです。日本も同様に、東アジア共同体の枠組みづくりや中国との関係強化によって、東アジアの市場と頭脳を活用していく必要があります。しかし、対ASEAN直投などで見ると、日本は逆にアジア地域でもプレゼンスが低くなっています。そういう状況を打破して大きな枠組みを作っていく必要があると考えます。

それに関連しますが、シンガポールなどの人口が少ない国は、規制緩和によって「国」を最大限に開放してGDPの倍以上の規模で輸出入をすると同時に、ノーベル賞級の科学者を招き入れるなど、「外からの知恵」を積極的に利用することで自国の人口の少なさ、つまり頭脳不足を補っています。逆にこうした努力をしなければ小国は生き残れないともいえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。